ディクレレイション・オブ・ウォー
「どちらにも祝福を与えている……?」
「そう! あの狼の長の身体、銀色の炎に覆われてただろう? あれね、『聖衣』っていうんだけど、赤ずきん君に与えた『炎獄』と対になる能力なんだ! 面白いよねえ、狼への復讐を誓った女の子と人間への復讐を誓った狼が、同じ能力なんてさ。それから、モモタロウ君にもちゃーんと能力を与えてるよ? 戦ってみれば嫌でもわかると思うけど、彼は強いよぉ」
「それはわかってる」
「だよね、負けてたもんね。彼の強さは、復讐の対象がこの世界だってことなんだよね! 小さい頃から敵に囲まれて育って、自分の理不尽な運命に納得がいかなくて、それでこの世界のありとあらゆるものに憎しみを抱いてるんだ。駄々を捏ねる子供みたいだけど、なかなかどうしてその想いの強さは馬鹿にできない。与える祝福はそれぞれの状況に合わせて選んでるんだけど、彼に与えた能力は、たぶん全祝福の中でも最強だ」
魔女は誘うように笑いました。
「さすがに不利かなあ? もしよければ、君にも何か祝福をあげようか?」
ついに、桃太郎の怒りは頂点に達しました。
「要らん!」
椅子を蹴倒して立ち上がります。
「お前が何をしたいのか、何をしてほしいのか、すべてわかった。わかった上で言わせてもらおう。俺たちは、お前の思い通りにはならん! お前が身勝手で改変したこの世界は、俺たちがそれを元に戻す」
「ほーん、やってごらんよ」
魔女は小馬鹿にしたような笑みを浮かべます。
「君はこの世界の登場人物に過ぎないんだよ? この世界の神様である私にどうやって逆らうというのか、できるものならやってみせてくれ。私はここで見てるからさ、くれぐれも私を退屈させないでよね」
「言われなくてもそうするつもりだ。自分の企みがうまくいかなかったことの言い訳でも考えておくんだな」
「うっふふ、楽しみだな。グレーテル!」
「はあい」
二階からさっきの少女が降りてきます。
「お話は終わりましたか?」
「ああ、終わったとも。森の出口まで送ってあげなさい」
「かしこまりました」
「あの……あの人を、あまり責めないであげてほしいんです」
前を歩くグレーテルが突然そんなことを言い出すので、桃太郎は驚きました。
「聞いていたのか」
「ええ。それに、あの人が何をしたのかも、薄々は知ってます……それでも、あの人は悪い人じゃないんです」
「世界に争いの種を撒き散らしておきながら、か?」
「そ、それは……」
グレーテルは俯きます。
「……あの人は、本当はいい人なんです。あの人も被害者なんです。あの人が若いころ、魔女というだけで人々から恐れられ、迫害されていたらしくて、それでおかしくなってしまったんです。みんなの役に立つ魔法を研究していたのに、いつの間にか人をカエルに変えたり呪いをかけたり、そんな悪いことばっかり……」
「それは、いい人とは言わない。ただの弱い人だ」
「うう……」
グレーテルは、しゅんとしました。
「それで君は、俺たちにどうしてほしいんだ?」
「わ、私も、どうしてほしいかわからなくて、その、うまく言えないんですけど……助けてあげてほしいんです」
「あの魔女を、か?」
「はい。あの人、本当は寂がり屋で優しい人なんです。きっと、世界に打ちのめされてひねくれてしまった今も、心の奥底では苦しんでるはずなんです。ずっとあの家で暮らしてきたからわかります。本当はこんなことしてはいけないってわかってて、それでもやってしまう自分に、苦しんでるはずなんです……ごめんなさい、急にこんなこと言って」
「……なるほど。君の言いたいことはわかった」
赤ずきんが頷きました。
「なかなかに前途多難だな。私たちはこれから鬼と狼の侵攻を食い止め、世界に平和を取り戻し、あの魔女を救わなければならないわけか。神様でもない限り、そんなことができるとは思えないが」
「神様?」
桃太郎がぴたりと足を止めます。
「どうした?」
「いや……できるかもしれない」
その顔は、興奮に満ちていました。
「まだ思いつきの段階だ。できるかどうかもわからないが、やってみる価値はあるだろう」
「策を思い付いたのか?」
「ああ」
桃太郎はにやりと笑いました。
一方その頃鬼ヶ島、鬼ノ内センタービル内でのことです。
「……それで、シルヴァ、お前が直々に手を下したいというのはどんな奴なんだ?」
「まだ会ったことはないが……なんでも全身が赤い炎に覆われているらしい。俺やお前と同様、魔女の祝福を持っているのだろうと思う」
「ほう、祝福持ちか」
モモタロウは眉を上げます。かつて祝福さえ持っていないはずの桃太郎によって、この島はそれなりに大きな損害を受けました。
「だが、祝福を持っているから強いわけではない……人間の強さ、怖さは別のところにある」
「ああ、それは重々わかっているつもりだ。人間の怖さは肉体的な強さではなく、精神的な強さ。そして、徒党を組むことでその力を何倍にもできる点だ。だから俺は、人間のやり方を真似た」
集団戦を得意とする人間に対抗するため、鬼と狼が手を組む。こうなってしまった以上、もはや人間に勝ち目はないでしょう。
「その赤ずきんとかいう奴も、何人かと共に行動していると聞く。なんでも、黒いスーツを着て右腕が義手の男……」
がたん、とモモタロウが立ち上がります。
「なんだと?」
忘れるはずもありません。黒いスーツに右腕の義手。
「そいつの髪型は、オールバックか?」
「……そうらしい。どうしてわかった? 知り合いか?」
モモタロウは低く笑いました。やがて堪えきれなくなり、大きく口を開けて笑い出しました。
「……しぶとい奴だ。生きていたか、桃太郎!」
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