ブレア・ウィッチ・プロジェクト

「今から話すことが『本題』だよ。鬼と狼が今まさに組もうとしていると、これから起こるであろう戦争について」

 魔女は桃太郎と赤ずきんに座れ、と手で合図します。

「人に武器を突きつけるんじゃないよ。失礼な人たちだね」

 渋々ながら二人が着席したのを見届け、魔女はすっかり冷めたお茶を飲み干しました。

「さて、これは映像を見てもらったほうが早いかな。あちらをご覧あれ」

 魔女がぱちんと指を鳴らすと、ディスプレイにでかでかと一人の男が映し出されました。男は一匹の狼と向かい合っていました。狼は、銀色の炎に覆われていました。



 部屋に入ってきた銀色の狼は、含み笑いして呟きます。

「お前が鬼の長か。どう見ても人間だが」

「人間で何が悪い? 俺が鬼ヶ島にいる鬼たちの中で一番強い……それだけだ」

 モモタロウは王座から銀色の狼を見下ろしました。

「お前がここに来たのは軽口を叩くためか? あと、そんなに燃えていて熱くないのか?」

「熱くはない」

 銀色の狼は、堂々とした佇まいで胸を張ります。

「挨拶が遅れたな。俺は狼の長、シルヴァだ。この身体を覆っている炎については深い理由がある。聞かないでくれるとありがたい」

 狼たちは、普段はいくつもの群れに分かれて生活しています。群れには指導者がいます。指導者たちは招集をかけられれば集まって、狼全体のリーダーから支持を仰ぐのです。

 つまりこのシルヴァが、狼の中で最高位の存在なのでした。そんな狼が、どうしてこんなところに単騎で潜り込んでいるのでしょうか?

「鬼の長、モモタロウだ。護衛も連れずにようこそ、狼の長殿。鬼ヶ島に何か用かな」

「用がなければこんな辺鄙なところまで来るわけがなかろう……」

 くっくっとシルヴァは笑います。

「さて」

 次に顔を上げたとき、シルヴァの顔からは笑みが消えていました。

「俺がここに来たのは、同盟の申し入れをするためだ」

「同盟?」

「同盟だ。近頃、人間も動物も知恵を付けた。狼に狩られることを潔しとせず、無様にも反撃したり、逆にこちらを襲撃してきたり、な。無論そのほとんどは取るに足らない存在なのだが、時たま強い奴が現れる。恥ずかしながら、傘下の群れのいくつかはたった一人の人間によって壊滅しているほどだ。そして考えた。鬼と狼が手を結べば、もはや敵はなくなるのではないかと」

 モモタロウは答えません。

「少し、調べさせてもらった。この島は以前、一人の人間と数匹の動物によって手痛い損害を被っているそうだな。牙を剥いた人間の危険性は十分にわかっているものと見なして、話を進めさせてもらうぞ」

 シルヴァは滔々と語ります。

「鬼も狼も人を喰う。ただし、鬼は人しか喰わないが、狼は人以外の動物も喰う。協力して狩りをおこない、人とそれ以外の動物とで獲物を分割すれば、捕食者同士での共存が可能ではないか? 狩られる者どもは狩られることが運命なのだと、改めて心に刻みつけなければならぬ。二大捕食者たる鬼と狼が手を結び、人や動物たちを管理して、二度と逆らう気など起きないようにせねばならぬ。……ここに、『鬼狼同盟』の設立を提言しよう」

 シルヴァは、歴代の長たちの中でもっとも若い狼でした。

 かつて狼総選挙のとき、これまでの保守的な指導者たちとは明らかに違う、貪欲に変化を求めるその姿勢に共感する狼たちの票を得て、シルヴァは長となったのです。

 その姿勢はどんなときも変わりませんでした。今回もそうです。まず部下を向かわせてみればいいものを、同盟が成立しなかった場合の危険性が大きいと判断し、シルヴァは一匹で鬼ヶ島へ潜入することを選んだのです。

 自分の身を顧みない無茶をするときもありますが、それらはすべて狼という種のための行動。それが、シルヴァが支持されている最大の理由なのでした。

 モモタロウが、口を開きます。

「……よかろう。それで、具体的にはどうするつもりだ」

 シルヴァはにいっと笑います。

「手始めに、この国の首都を制圧する。人間の政府を壊滅させ、鬼と狼による支配体制を打ち建てるんだ」



「……とまあ、こういった会談がおこなわれていてね」

 魔女がディスプレイをぷつんと消しました。

「ちなみにこれはリアルタイムじゃないよ。録画だ。この会談で鬼と狼が手を結ぶことが正式に決定されてから、鬼狼同盟は恐るべき速度で勢力を拡大している。まあ当然だよね、食べるものが違う捕食者同士が手を組めば、双方に利益だけが残るんだから。……この国は、赤ずきん君の頑張りによって狼が森の奥に引っ込んでるからさ、なかなか表面化しないんだよね。でも、たとえば桃太郎君の生まれ故郷なんかは、かなりひどいことになってると思うよ?」

 桃太郎はぎりりと奥歯を噛み締めます。

「……それで、お前は俺たちに何をさせたい」

「えっ、決まってるじゃないか! 戦争をしてほしいんだよ。この鬼狼同盟、なかなか強いんだ。人間たちに気付かれないように、でも着々と準備を進めてる。このまま放っておけば、彼らは確実に首都を陥落させるだろうね……それも、一晩かからずに。そうなれば、もう人間側に勝てる要素はなくなる」

「お前にとっては、そのほうが都合がいいんじゃないか?」

「冗談言わないでよ!」

 魔女は手を振り回して叫びます。

「私が求めてるのは戦争だってば。狼と鬼による圧政なんて見ててもつまらないじゃない! 私が見たいのは血沸き肉踊る復讐劇なんだよ。このままだと人間も動物も、復讐しようなんて気さえ起こらないほど飼い慣らされてしまう。そんなの嫌だ」

 だからね、と魔女は手を叩きます。

「君たちには、それを止めて欲しいのさ! 鬼狼連合軍は鬼ヶ島で兵力を蓄えつつある。このままいけば一ヶ月後には首都まで進軍を開始するだろう。君たちは兵を募って、それを食い止めてほしい。戦争だよ、戦争を見せてくれ」

「てめえ……」

 なんと身勝手な言い分でしょう。

 しかし、魔女の言う通りにしなければ鬼と狼に支配される世の中が待っているというのです。言う通りにしても、しなくても、待っているのは地獄。なんと狡猾な魔女の仕掛け……!

「普通の鬼と狼なら、今の君たちの敵じゃない。だけど、あの雷を操る兄弟との戦いで学んだろう? 魔女の祝福を持ってる奴らは、一筋縄じゃ倒せないんだ。鬼狼連合軍はなかなか強い。本気でかからないとあっさり負けちゃうよ――だって、」

 魔女は、にいっと笑います。

「鬼の長モモタロウ、狼の長シルヴァ。私は祝福を与えているからね」

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