フォー・ヴェンジェンス
「笑えるだろう? 私が夢見て、憧れて、ついに到達した『神様』は、ただの紛い物に過ぎなかったんだ。だから私は、魔法の研究をやめた」
魔女はクッキーをもう一つ手に取ります。
「おいおい、冷める前に飲んでやってくれよ。ヘンゼルの淹れたお茶は絶品だよ」
そう言われてやっと、桃太郎と赤ずきんはお茶に口を付けました。不思議な香りが鼻に抜け、なんともいえない甘みとわずかな渋みが口に広がりました。確かにそれは絶品でした。
「それ以降、私はこの家に閉じこもって、この世界を眺め続けた。ほら」
魔女が居間のほうを指さすと、壁には巨大なディスプレイが埋め込まれていました。
「4Kテレビだよ。もちろん地デジ対応済み」
誰も何も言いませんでした。
「……とにかく、私はあれで長いこと世界中を眺めていたのさ。そうやってぼんやり見ているうちに、私の胸を打つ物語がいくつか見つかった。恋人を刃物で殺した男を同じ刃物で刺し殺した偏執的な青年、母親の仇討ちを十年かけてやり遂げた豚……私が好きになった動物たちは、すべて復讐をやり遂げていた。ようやく気付いたよ。私はね、自分にはできなかった復讐をやり遂げてくれる、胸のすくような物語が好きなんだ」
「ふくしゅう?」
「そう、復讐。何か嫌なことをされたとき、やり返すことだ」
ベルデにきっちり解説してあげてから、魔女は先を続けます。
「だから私は、この世界を思う存分作り変えてやろうとした。目指すは、私の理想とする世界。復讐が好きな私に、ここで永遠を生きる私に、いつまでも復讐というエンターテインメントを提供してくれる世界。せっかくこの世界の何でも改変できる力を手に入れたんだ――ここで腐ってるよりも有効活用したほうがお得じゃないか? ってね」
魔女がぱちんと指を鳴らします。
「そうと決まれば話は早い。私はあの画面で世界中を眺めつつ、良い復讐をやってくれそうな動物を見つけたら、ほんの少し未来を歪めてあげた。都合よく家を狼が襲撃したり、偶然一人だけ生き残ってしまったり、ね。それから復讐を決意してくれればしめたものだ。ちゃんと成功させてくれるよう、復讐の手助けをしてあげることにした。それが『魔女の祝福』だ。偽物の神様からの、期待を込めたプレゼントさ」
魔女の口の中で、音を立ててクッキーが噛み砕かれました。
「これだけ生きてれば、本物の神様がこの世界をどういうふうにしたいのか薄々わかってくる。本物の神様は、この世界を平和に作った。動物たちの笑顔が溢れ、悪人は必ず懲らしめられ、みんなが必ず幸せになる。温かくて穏やかな、そう、まるで童話のような世界だ。だけど、そんな世界を眺めててもつまらないじゃないか。もっとドロドロしてなきゃ。そうだろう? 私が欲してるのは、そんなものじゃない。だから」
魔女はディスプレイを指差しました。ぱちっと電源が入り、どこか遠くの国の風景が映し出されます。それは戦争でした。巨大な兵器が火を吹き、建物は炎上し、道端に転がった死体に縋って小さな子供が泣いていました。
魔女がぱちんと指を鳴らしました。
画面が切り替わり、どこか別の風景が映し出されました。戦場で、まだ若い兵士の身体が砲弾に引き裂かれました。ぱちん。また別の場所で、女の子が地雷を踏んで片足を失いました。ぱちん。画面は目まぐるしく切り替わり、そのたびに画面に悲劇が映し出されました。世界は悲しい物語で溢れていました。
「平和よりも戦争、和睦よりも闘争。常に世界のどこかで悲劇的な出来事が起こるようにした。そうすれば、あとは手を加えるまでもない。動物ってのは愛情に溢れた存在だ。そして愛情は悲劇を、悲劇は復讐を生む。……この世界が私好みのものになるまでに、そう時間はかからなかった。鬼は本来臆病で優しい生物だったし、狼は穏やかな草食動物だった、といえば私のしたことをわかってもらえるかな」
桃太郎と赤ずきんは同時に立ち上がり、桃太郎は右手を、赤ずきんは銃を、魔女に突きつけました。
「貴様……」
「そう怒らないでくれたまえ」
魔女は少しも動じません。
「赤ずきん、君の見せてくれた復讐は最高だったよ。扱いづらい『炎獄』の能力を誰に与えるか随分悩んだんだ……生半可な復讐者では精神が灼き切れてしまうからね。いやはや、君に与えてよかった……」
言葉に詰まっている赤ずきんを一瞥し、魔女はベルデに向き直ります。
「ベルデ、君はあのとき、もう一度お兄ちゃんお姉ちゃんに会いたいと願っただろう?」
「うん」
「だから私は、君の願いを叶えてあげることにしたんだ。冥府から魂を呼び戻し、死者の肉体を従える術。あれを使えばいつでも大切な人たちに会える」
「うん、でもお兄ちゃんもお姉ちゃんも全然喋ってくれないよ」
「それはまあ、仕方ないことさ。死んでるからね」
魔女は最後に、桃太郎に向き直ります。
「君は訝しんでいるはずだ。『どうして魔女から祝福を与えられていない俺がここにいるのか?』ってね。違うかい?」
桃太郎は答えませんでしたが、事実その通りでした。
「答えを言おうか? 君の双子の兄弟には『魔女の祝福』を与えたからだ」
「……っ!」
桃太郎は唇を噛みます。あのときの苦い敗北が、脳裏に蘇りました。
「馬鹿を言うな! あいつは俺と戦ったとき変な能力など使っていなかった」
「君を傷つけないように配慮して言わなかったんだけどなあ……それはね、桃太郎。あのときの君は、彼が能力を使うまでもないほど弱かったからだよ」
魔女は微笑んで立ち上がりました。
「とはいえ君は強くなった。竜宮城で鍛えてもらったんだろう? 乙姫には拍子抜けだったよ、素敵な復讐を見せてくれるかと思ったらそのまま海底に住み着いちゃってさ。……まあいいや。強くなった桃太郎君、今ならもしかすると双子の彼とも戦えるかもしれないよ。一対一なら、だけど」
「……どういうことだ?」
「それを今から話すのさ! 前置きが長くなってしまったけど、今から話すことが『本題』だよ。鬼と狼が今まさに組もうとしている同盟と、これから起こるであろう戦争について」
魔女は両手を広げます。
「
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