ワン・マンス・リメイニング
森の出口でグレーテルと別れ、桃太郎たちはログハウスまで戻ってきました。
我が子を心配して半狂乱になっていたビリジアンがベルデを見て落ち着きを取り戻してから、桃太郎たちはトレースの家に上がり込みます。
「仲間が必要だ。共に鬼狼同盟と戦ってくれる仲間が」
そこにいるのは、三匹の豚、二匹のヤギ、二人の人間。桃太郎はその少なさを噛み締めました。このままでは、圧倒的に足りません。
「言われるまでもない。向こうが軍隊ならば、こちらも軍隊を組織せねばな」
「魔女の話を信じるなら、猶予は一ヶ月。その間に出来る限りの準備を整えねばならない。俺は祖国に戻り、できる限りの仲間を引き連れてくる。この国においては赤ずきん、ビリジアン、ウーヌス、ドゥオ、トレース、君たちだけが頼りだ。できる限りの人脈を使って軍隊を編成し、訓練してくれ」
「あのね、僕のお母さん、昔は軍人だったんだよ!」
ベルデが口を挟みます。
「それはいい! ではビリジアン、訓練を頼めるか」
「ええ、この子を守るためならば私は何だってできます。私が所属していた軍隊からも賛同者を引っ張ってきましょう」
豚の三兄弟も頼もしげに見えます。
「僕たちは戦うのは苦手だけど、協力はできるよ!」
「ああ、俺たちは顔が広いからな。情報を広めて戦場付近の動物たちを避難させよう」
「学者仲間と話し合って作戦を練りますよ」
三匹とも、自分の得意分野で協力してくれるのです。
桃太郎は誓うように拳を掲げます。
「そうだ、これが動物たちの力だ。単体でできることはちっぽけでも、力を合わせれば、何だってできる。鬼と狼を止め、この世界を平和にして、魔女を救う……全部やり遂げてみせようじゃないか!」
「おおっ!」
「どうした? 急にやる気になったじゃないか」
「当たり前だ! 殺したと思っていた奴が生きていたんだ。それも、おそらくは強くなってな……おい、赤ずきんは鬼狼連合軍を食い止めにくるんだろうな?」
シルヴァは自信満々といった様子で答えます。
「ああ、奴は来る。最近まで増えていたはずの森の狼が突然いなくなれば、そのことに気付かないはずがないからな。奴なら俺たちの狙いも突き止めるだろう」
「そうか……それならいい。赤ずきんが来るなら奴も来るだろう。また相見える日が来るとはな……」
モモタロウは嬉しそうに笑います。
「お前と会える日が楽しみだな、桃太郎よ」
「おばあさん、風が出てきたよ。外は冷えるよ」
「そうだねえ」
おばあさんは、名残惜しそうに家の中に入ります。
「家の外で待ってたって、桃太郎が生きて帰ってくる確率が上がるわけではないんだ」
「そうだけど、でもねえ……私には、あの子が死んだなんて信じられないんだよ。今にもひょっこり帰ってきそうで――」
おじいさんは、悲しそうにおばあさんの肩を抱きました。
「きっとそうに違いないよ。さ、家に入ろう」
「犬よ、また修行しているのかい」
「これは珍しい。親子連れかね。フェザー、君もすっかり大きくなったな」
犬が腕立て伏せ、いや、脚立て伏せを繰り返しているところに、雉の父親と息子が訪ねてきました。
「元気にしているかと思ってね」
「無論、元気は元気だ。ただ……桃太郎殿とフェザーに救われたこの命、今後どのようにして使うかを決めかねている」
「決まってるさ。桃太郎さんがいつかまた現れたとき、また力になればいいんだ。あの人が簡単に死ぬわけがない」
「……うむ、そうだな」
「桃太郎は元気にしておるのかえ」
乙姫は、部下の魚に尋ねました。
「それが、ずっと陸地にいるものですから……わたくし海水に棲む魚でございまして、淡水では数分と保たずに死んでしまうのでございます」
「御託はいい。汽水域までは行けるだろう、そこで淡水魚に会って協力してもらうがいい。あんまりぐずぐずしておると主を肴に酒を呑むぞ」
「お、お許しを……」
魚は逃げるように去っていきました。
「桃太郎、浦島太郎に毒ガス発生装置……じゃなかった、玉手箱を渡してくれたかのう。けけけ、妾を捨てた男め、苦しんで死ぬがいいわ」
乙姫の恐ろしい独り言……魚たちは皆、聞こえないふりをしていました。
「グレーテル、あの人たちに何か言ったのかい」
「お兄さん! ええ、言ったわ。あの人を……助けてあげてほしいって」
「そうか……」
ヘンゼルは、顎に手を当てて考え込みます。
「……僕たちに、何かできることはないかな」
かくして、御伽噺の世界を揺るがす大戦が始まろうとしていました。
動物を襲って食べてしまう嫌われ者、狼。人間を襲って食べてしまう乱暴者、鬼。二つの種族は、人間と動物たちの反抗を抑え込むために手を組みました。軍隊を作り、着々と準備を整えています。手始めにこの国の首都を制圧し、政府を乗っ取ってしまおうという計画です。
一方、それを知った桃太郎と赤ずきんたちは、鬼狼連合軍に対抗するための仲間集めに奔走します。一ヶ月の猶予でどれだけのことができるのか。そして、基本の身体能力で劣る鬼や狼たちに、どうやって立ち向かうのか。
一人で戦の趨勢をひっくり返すだけの力がある『魔女の祝福』持ちが、双方の陣営に複数人いるのです。最後まで勝敗はわかりません。
世界の命運をかけた戦いまで、あと一ヶ月……。
その結末を知る者は、誰もいません。この世界の神を自称する魔女でさえも、できるのは現在の事象に干渉し、少しでも自分好みの未来になるよう誘導することだけ。未来を確定させることは、
望んだ未来を掴み取るのは、一体誰なのか。
最後に笑うのは、一体誰なのか。
「私を楽しませてくれよ、桃太郎君……」
森の奥深くで、魔女は静かに笑います。
第二部・完
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