ライジング・ピーチボーイ

「今帰ったぜ」

 桃太郎の声が響き渡ります。

「おやおや、おかえり」

 おばあさんは血に塗れた桃太郎を玄関口に迎え入れました。

「今日の戦闘は一段と激しかったようだね」

 十六歳になった桃太郎は、凛々しい青年になっていました。黒いスーツの腰には銃のホルスターとナイフをぶら下げ、顔には銀縁のサングラスをかけ、葉巻を口に咥えています。髪型はオールバック、ポマードでギンギンに固められてテカテカ光っていました。

 その姿、まさにハードボイルド。なんということでしょう、職業軍人ふたりに育てられた桃太郎は、齢十六にしてここまでハードボイルドな「漢」になってしまったのです。

 服には血飛沫が飛び、激しい戦闘の爪痕を残しています。腰のホルスターに収まったベレッタからは硝煙の名残が薄く立ち昇り、ナイフも夕日を反射してぬらりと紅く輝きます。

「例の赤鬼どもが村を荒し回ってたんでな」

 桃太郎は出会った鬼を三匹ほど切り刻んで、死体を一寸刻みにして畑にバラまいて肥料にして帰ってきたのです。

「そうかいそうかい、いい肥料になるねえ」

 おばあさんは目を細めます。

 軍人ふたりから生まれた、いわばサラブレッドである桃太郎。惜しみない英才教育の結果、桃太郎のスキルは超人的なまでの高まりを見せていました。

 鬼というのは怪力を誇る生き物です。

 数十kgはくだらぬ金棒を軽々と振り回し、一度の跳躍で屋根の上まで飛び上がり、人間の頭蓋骨などいとも簡単に掴み潰します。

 そんな鬼を、齢十六にして簡単に屠ることができるのです。それは、桃太郎の身体に飛び散った血液がすべて返り血であることからも明らかでした。

 桃太郎の素晴らしさも、推して知るべしでしょう。

「立派になったねえ……これならもう安心だよ」

 おばあさんは感動で目を潤ませました。

 右腕が義手である桃太郎のナイフ術は、やはり左手一本に頼りがちです。

 それに対して、かつて戦場を縦横無尽に駆け抜け、幾多の敵兵の喉を掻き切ってきたおばあさんの戦闘スタイルはナイフ二刀流。

 よって、おばあさんが桃太郎に教え込んだのは基礎のナイフの扱いと射撃のみ。基礎を習得してからというもの、桃太郎はおばあさんと組手を行いつつ、独自の戦闘スタイルを磨き上げていたのです。

 数年経つと、最初はおばあさんの加勢がないと敵わなかった鬼たちとも、いつしか互角に闘えるようになりました。熟練のおばあさんも、桃太郎にやすやすと勝つことは難しくなりました。

「ああ」

 桃太郎は明日、鬼退治の旅に出るのです。

 村を襲う鬼の尖兵たちを出会うたびに退けてはいますが、ずっとこれではキリがありません。受け身のままでは、いつか鬼に膝を屈することとなるでしょう。

 そうなる前に討って出るのです。鬼の巣食う島――鬼ヶ島へと。

 おばあさんは、我が子の成長に胸が詰まる思いでした。

「そうかいそうかい、なんと嬉しゴッホゴッホゴッホ」

 喉も詰まりました。

「大丈夫かい、あんまり無理すんじゃねえよ」

 桃太郎は背中をさすってやりました。

「大丈夫だよ、さすがにこの歳になるとあちこちガタが来てねえ……さ、晩ご飯にしよう」

「ああ。そういえば、じいさんは?」

「工房に篭っているよ」

 おばあさんの答えに、桃太郎はサングラスの奥の目をきらめかせました。おじいさんが工房に篭ること、それは桃太郎の右腕の義手がグレードアップすることを意味しているのです。

「そいつは楽しみだ」

「ほっほっほ」

 桃太郎とおばあさんは晩ごはんを食べ、寝床に入りました。



 翌日の朝。

 とうとう出発の日です。おじいさんは桃太郎を工房へと呼び寄せました。

「おお、桃太郎や、こっちへ来なさい」

「何だ」

 おじいさんは桃太郎を台に寝かせ、腕の接続部に機器を取り付け始めました。腕を新しいものと交換するのです。

「いいかい、一瞬ズキッと来るからね」

「いいからやってくれ」

「それっ」

 おじいさんは腕を取り外しました。ガチョンという音とともに桃太郎の腕が付け根から取り外され、下に落ちました。

 しかし、なんということでしょう。

 桃太郎は眉ひとつ動かしていません!

「蚊が止まったかと思ったぜ」

「強くなったなあ、桃太郎」

 おじいさんは感激のあまり目を潤ませました。

「では、こいつが新しい腕だよ」

 おじいさんが台の下から取り出したのは、美しい義肢でした。

 流線型のフォルムは艶のある肌色に塗られ、指の先まで一種の芸術品とでも呼ぶべき美しさがありました。

「……こいつは」

 クールな桃太郎も、思わず感嘆の吐息を漏らすほどです。

「詳しい機能は装着してから説明しよう。神経を繋ぐぞ、それっ」

 おじいさんは義肢を肩の部分に当てがい、ぐいっとねじり込みました。再びガチョンという音がして、機械の腕は桃太郎の腕となります。

「うっ……うおお……」

 桃太郎は手のひらを握っては開き、腕を曲げ伸ばししてみました。

「軽いな」

「そうじゃろうとも。今までの倍以上の材料を組み合わせておる。セラミック、合成ゴム、チタニウム合金、繊維強化プラスチック、その他、その他。それにより軽量化を耐久性の向上を両立を可能にした。それから、手首を曲げて腕を大きく振ってみなさい」

「こうか?」

 桃太郎が腕をぶんっと振ると、ジャキンと何やら鋭い音が響きます。

「こ、これは……」

 桃太郎の掌底から、鋭い両刃のナイフが三十cmほど飛び出していました。

「そう、仕込みナイフじゃ。一定の加速度を感知したとき飛び出す仕組みになっておる。ナイフはおばあさんが若い頃使っていたものを再利用したぞ、ワシも何度かこのナイフで殺されかけたものじゃ。わっはっは」

「ハッハッハ」

 和やかに笑い合うおじいさんと桃太郎でした。

「そして、それだけではないぞ。詳しくは後で話すから、上へ行きなさい。おばあさんが待っておる」

 桃太郎が地下の工房を出て一階に上がると、おばあさんが駆け寄ってきました。

「おや、新しい腕になったんだね。まあまあ凛々しいこと」

「ああ、こいつはすげえ。ところでばあさん、俺に用があるって?」

「そうなんだよ」

 おばあさんは手に持っていたものを桃太郎に手渡しました。

「これは……何だ?」

 それは白い布袋。その中には、小ぶりな球体がたくさん詰まっているようでした。日の光に透かしてみれば、うっすらと色がついているのがわかります。

「これはね……キビダンゴだよ」

「キビダンゴ?」

「そう。わたしの最高傑作、三色キビダンゴさ。赤、白、黒でそれぞれ味も効果も違うからね、いいかい、間違えないようによくお聞き……」

 おばあさんは、三色キビダンゴの使い方を説明しました。

「……というわけさ。わかったかい」

 桃太郎は、黙っておばあさんを抱きしめました。

「グレートだ。ばあさん、あんたってやつは……」

「わたしはね、桃太郎、あんたが生きて帰ってきてくれればそれでいいんだ。強くなりなさい。強く、強くなって、何としてでも生き延びるんだ。いいね?」

「おう」

 桃太郎は力強く頷きました。

 朝日を背にして戸口に立つ桃太郎。腰にはホルスターとナイフとキビダンゴの入った袋を提げ、オールバックに銀縁グラサン。

「惚れ惚れするね。どうだい、わたしたちの息子だよ」

「ああ、行っておいで。いつでもここで待っているからな」

 おじいさんとおばあさんは、涙ながらに桃太郎を送り出します。

「世話になったな」

 桃太郎は振り返り、眩い日差しの中へと踏み出しました。

 グラサンの下から一筋の涙がこぼれ落ち、朝日を反射してキラリと光りました。


 こうして桃太郎は旅立ったのです。

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