アイランド・オブ・オーガ

 さて、もう一つの桃はどうなったのでしょう……?

 おばあさんに拾われなかった桃は、そのまま中流、そして下流へと流れていきました。桃の中には、当然ながら赤ん坊が入っています。本当ならばおばあさんに拾われて桃太郎となり、鬼退治に出かけるはずだった赤ん坊が。

 海に出た桃は、波に揺られつつもゆっくりと流れ続けます。海流に身を任せ、自分の行き先を知ってか知らずか……無論、赤ん坊はこのことを知りません。何しろ赤ん坊ですから。

 ですが、運命というのは時に残酷なまでに数奇なものです。やがて桃は、とある島の海岸に流れ着きました。

 そこは、鬼ヶ島と呼ばれる場所。

 人間を襲っては殺して食べ、金品を奪い、いつか世界を自分たちの手に収めんとする鬼たちの島です。鬼と人間は長い間の抗争を経て、互いをわかり合うことはないという結論に達していました。致し方ないことです。鬼は生産的活動というものをしません。人間を食べ、人間から搾取することで生活を成り立たせていたのですから。


 桃が海岸に流れ着いてからしばらく経って、一人の鬼が海岸に転がる桃を拾い上げました。

 鬼は全身が真っ赤っかで、身につけているのは腰巻ひとつ。皮膚が丈夫なので、人間の弓矢などでは傷さえつかないのです。さらに人間を襲う際には金棒と呼ばれる棒を担ぎ、それを振り回します。それはぶっとい鉄の棒で、おまけに表面がごつごつとしているので、こんなもので殴られては人間などひとたまりもありません。

 その鬼は、桃を見て頬を緩めました。

「ほほう、こりゃ美味そうだ」

 人間の肉を好む鬼ですが、果物等も食べるのです。桃を見つけた鬼は、自分の家へとそれを持ち帰りました。

 鬼は刃物を精錬する技術を持っていません。それというのも、刃物などなくとも大抵のことは腕力でなんとかなるし、なんとかしてしまうのです。脳みそが筋肉なのです。金棒も、捕らえた人間に無理やり作らせています。そういうわけで、鬼は包丁を使わずに素手で桃を割りました。そのおかげで、こちらの赤子は怪我をすることもなく生まれ出ることができたのです!

「ほほう、こりゃ旨そうだ」

 鬼は再び顔を緩めました。人間の赤子はご馳走です。一番不味いのは老人の男、その次に老人の女。肉は硬く、筋っぽくて食べられたものではありません。それなりに美味しいのは大人の男女で、男のほうはたまらない歯ごたえ、女のほうはぷりぷりと弾むような食感です。あまりに若いと可食部が少ないので、美味しいけれども物足りません。

 しかし赤子は別です。全身が柔らかく、どこも余すことなく骨まで食べることができるのです。大抵の人間は赤子を必死になって守り通すため、なかなか手に入らない珍味でもあります。

 桃から人間の赤子が生まれたと聞いて、鬼たちは次々と集まってきました。

「こりゃあうまそうだ」

「焼いて食うか煮て食うか」

「蒸して食うか生で食うか」

「パエリアにしよう」

「いやカルパッチョだ」

「まあ待て、もう少し育ててからのほうが味に深みが出るぞ」

「お前に深みなんぞわかるかい、バカ舌のくせに」

 好き勝手に騒ぐ鬼たち。

 そのとき、鬼の長老が高らかに宣言しました。

「待て! 食うのは許さんぞ。儂に考えがある」

 鬼たちから不満の声が上がります。目の前のご馳走を『お預け』されれば誰だってそうなるでしょう。しかし、長老のその次の言葉は、そんな鬼たちを沸き立たせるに十分すぎるものでした。

「こやつを立派に育て上げ、人間社会に溶け込ませることで我々の人間征服の尖兵としようではないか! 近頃、人間どもが組織だった抵抗を始めたせいで我々もなかなか飯にありつけぬ。しかし、内通者がいれば話は別だ。育てるのだ! 一時の満腹ではなく、数十年後の豊かさを選ぶのだ!」

 鬼たちがどよめきます。

「さすがは長老!」

「考えもしなかった手を」

「では、こやつには名前を付けねば!」

 長老は少し考え、そして宣言しました。

「名前は、そうだな……桃から生まれたモモタロウ、こいつの名前はモモタロウだ!」

 こうして、ふたつの桃から生まれた子どもたちは、正反対の運命をたどることとなります。




 その頃、おじいさんとおばあさんはやや不安そうでした。

「じいさんや」

「なんだい」

「この歳になると、軍隊で鍛え上げた身体とはいえ、さすがに不安でのう……わしらが死ぬまでにこの子を育てきることができるじゃろうか?」

「そんなことか」

 おじいさんは呵呵と笑いました。

「ばあさんや、心配しなくてもよいぞ」

「おや、それはまた一体どうして」

「二行で終わる」


 こうして、桃太郎とモモタロウはすくすくと育っていきました。

 そして月日は流れ、二人は十六歳になりました。


「ほれ」

「まあ、これで安心ですねえ」

「ほっほっほ、そうじゃろう」

「それにしても、十六年を二行で終わらせるとは、思い切ったことを」

「そうじゃのう。さて、わしは成長した桃太郎に合わせたサイズと機能の右腕を造らねばならぬので、また工房に籠るぞ。今度の腕は、わしの生涯における最高傑作となることじゃろう」

「それはそれは。期待しておりますよ」

 おじいさんは工房へと入っていきました。

 おばあさんは、桃太郎のためにご飯を作り始めました。

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