ももたろう戦争

紫水街(旧:水尾)

タロウ・ザ・ピーチボーイ

ダブル・ピーチ・ダウンストリーム

 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが暮らしていました。

 ある日のことです。

 おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。

「やれやれ、このままふたりで年老いて死んでいくのも悪くはないと思っていたけれど……子どもぐらいは欲しかったねえ」

 おばあさんが独り言を言いながら服をざぶざぶと洗っていると、川上から、大きな桃がドンブラコ、ドンブラコと流れてきました。

「おやまあ!」

 おばあさんはびっくりしてその場にひっくり返り、腰を石に打ち付けてしまいました。

「あいてててて」おばあさんの腰はじいんと痺れ、動くこともままなりません。では考えられない失態です。

「ああ、桃が……」

 おばあさんがやっと立てるようになったとき、桃ははるか彼方まで流れていってしまっていました。

 がっくりと肩を落としたおばあさん。

「おいしそうな桃だったのに……歳はとりたくないものだねえ」

 しかし、桃はもうひとつあったのです。

 ふと顔を上げると、上流から再び大きな桃がドンブラコ、ドンブラコと流れてきました。

 二つめの桃です。

「あれまあ!」

 今度は逃しません。

 おばあさんは川の中にざぶざぶと分け入って、桃を受け止めました。

「大きな桃だねえ」

 剥いてそのまま食べようかしら、それともタルトにして、いや、おしゃれにパイを焼くのもいいねえ……とおばあさんの顔がゆるみます。

 慌てて洗濯を終えたおばあさんは、ひょいっとその桃を抱え上げると、家まで持って帰りました。

「じいさんやーい」

 柴刈りを終えて家にいたおじいさんは、その声を聞いて慌てて表に駆け出しました。

「なんじゃなんじゃ……うひゃあ!」

 そこにあったのは、大人ひとりがやっと抱えられるほどの大きさの桃です。

「こんなものが上流から流れてきましたよ」

「こりゃあすごい。早速剥いて食べようじゃないか」

 おばあさんは桃を土間に下ろしました。

 台所から包丁を持ってきたおじいさんが包丁をおばあさんに手渡し、桃を両手で押さえます。

「さあ、切り分けとくれ」

「はいよっ」

 おばあさんは包丁で桃を切り始めました。

 その手つきは大変鮮やかです。おばあさんは、若い頃はとある軍隊に所属していました。そこでは包丁ではなくナイフの腕で数多くの敵を恐怖のどん底に突き落とし、『魔王』と呼ばれて敵軍から恐れられていたのです!

 おばあさんは、中にあるはずの種に沿って果肉だけを切り分けていきます。

「おうやおや、この桃の種はずいぶん柔らかいねえ」

 そのとき、おじいさんがのんびりと声を上げました。

「ばあさんや」

「何です」

「ワシの目に狂いがなければ、そこから染み出しているのは血ではないかね」

「ありゃ」

 おばあさんは目をわずかに見開きました。

 確かに血です。桃の切り口から、血が滲み出しています。

「こりゃ大変じゃ」

 おじいさんは桃の中にずぼ、と手を突っ込みました。

 何かを探り当て、えいやっと引き抜きます。

「なんとまあ」

 それは、血に濡れた赤子でした。

 しかも、右腕がありません。おばあさんが切り落としてしまったのです。

「なんということじゃ」

 桃の中から今にも失血死しそうな赤子が飛び出してきました。普通なら慌てふためき、動揺するでしょう。

 しかし、ふたりともまったく動じていませんでした。

 なぜなら、ふたりには「技術」と「経験」があったからです。

「ふふふ、あの戦争でパイナップルの果実の中に爆弾を仕掛けられたときを思い出すわい」

「すまんのうばあさん、あれはワシが造った爆弾だ」

「やっぱり! あんたの作品はクセがあるから見抜きやすいんだよ」

 思い出話に時間を割いている場合ではありません。

「ばあさん、止血は頼むよ」

「はいよ、じいさん……あれを使うんだね」

「うむ。あの箱を開けるのは何年ぶりか……腕が鳴るわい」

 おばあさんは止血帯や消毒液を駆使して手当を始めました。

 軍隊で鍛え上げられたそのスキルをもってすれば、赤子の命など赤子の手を捻るように救うことができるのです。実際に捻るわけではありませんが。

 その間に、おじいさんは床下にしまいこんであった箱を取り出しました。

 それは愛用の工具と手術道具。

 おじいさんとともに数多くの命を救ってきた相棒たちです。

 おじいさんはその昔、とある軍隊で軍医としてはたらく医療系先端ロボット工学の技術者だったのです。昔といえどもその技術は折り紙付き、その腕は少しも鈍っていません。

「さてさて、赤子のサイズに合わせて……と」

 おじいさんはよどみない手つきで部品を溶接、切削して組み立て始めました。

「ばあさん、準備はいいかね」

「はいよ」

「ここからは、ワシの出番じゃな」

 おじいさんが腕まくりをします。

 あれよあれよという間に、赤子の肩の骨にいくつかの部品を取り付け、ボルトやナットで固定し、肩から先に義手を取り付ける準備を終えてしまいました。

 かかった時間はまさかの二十分。

 かつて『神の腕』と呼ばれ、尊敬と畏怖の念を一手に集めた軍医の姿がそこにありました。負傷者の欠損部位を機械で補って命を救う、戦場にて知らぬ者はない伝説の軍医です。

「じいさんや、あんたの手術はいつ見てもほれぼれするのう」

「惚れ直したかい、ばあさんや」

「もちろんだとも」

 神の腕を持つおじいさんと魔王と呼ばれるおばあさんがどのように出会い、恋に落ち、結婚したのかはここでは語りません。

 それはまた、別の物語。

「さあて、あとは義手を造るだけじゃわい。ばあさんや、その間この子のことは頼んだよ」

「はいよ」

 それからおじいさんは、二日間地下の工房にこもって素晴らしい義手を造り上げました。動きは生体の腕と遜色ないほど滑らかです。さらに強化チタンに適宜カーボン素材を利用することで、成長を阻害しない軽さと耐荷重五百kgの剛性を同時に実現しています。間違いなく世界中の義肢職人の垂涎の的となるであろう逸品です。

「できたよ、ばあさん」

「あらあら、無骨ながらも洗練されたデザイン。衰えてないねえ」

「当たり前じゃ。ワシを誰だと思っとる」

 そして、赤子の肩に義手が取り付けられました。

「そういえば、名前はどうしようかねえ」

「桃から生まれた桃太郎、でどうだね」

「そりゃあいい! 今日からこの子は桃太郎だ!」

 こうして、桃太郎はおじいさんとおばあさんに育てられることになりました。

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