フォレスト・オブ・バイオレンス
鬼たちの指揮官と化した猿が、甲高い声を張り上げます。
「かかれ!」
鬼たちが四方八方から一斉に襲いかかってきました。
完全に囲まれている桃太郎。絶体絶命のように見えますが、気後れする様子は少しもありませんでした。おばあさんに鍛え上げられた戦闘技術があれば、雑魚鬼など何体いようと敵ではありません。
桃太郎は一歩踏み出しつつ体を旋回させ、背後から振り下ろされる金棒を紙一重で躱します。そのまま回転の勢いを利用して放った回し蹴りが、正面から来た一体の首をへし折りました。右から掴みかかってくる金髪鬼の腕は払いのけて肘を掴み、逆関節を極めてへし折ります。
桃太郎は苦鳴を上げる鬼の髪を掴み、左から突き出された剣の前に差し出しました。ずぶりと嫌な音が響き、鬼は仲間の剣を眉間から飛び出させて息絶えました。金髪が真っ赤に染まります。
「うおう」
己の手で仲間の命を奪ってしまった怒りに吠えながら、剣を持っていた鬼が躍りかかってきました。しかし桃太郎はすでにそこにはいません。
鬼の背後。延髄にとん、とナイフが突き込まれ、鬼はそのまま後ろに倒れこみました。
その死体の向こうから、さらに鬼たちが迫ってきます。
「せいっ!」
向かってきた一体の鬼の胸板を蹴りつけ、肋骨をへし折りつつ飛び上がります。空中で回転して振り抜かれた斧を避け、別の鬼の頭にかかとを振り下ろしました。回転の運動エネルギーを余すところなく伝える一撃。
陥没した鬼の頭の内容物が鼻と耳から噴出し、隣にいた運の悪い鬼の顔にべっとりと付着しました。桃太郎の前で視界を奪われた鬼は義手のナイフで右半身と左半身に分けられ、断末魔の悲鳴さえなく地に伏します。
その血だまりを乗り越えて、さらに多くの鬼が迫ってきていました。
なんという数の多さ!
主人公である桃太郎が童話にあるまじき残虐行為を働いているというのに、倒しても倒しても鬼は減らないのです。さすがは鬼の本拠地……兵力は無尽蔵なのでしょうか。
「ちっ……」
桃太郎は腰のベレッタを抜き放ってガンガンと連射します。
狙いも定めず適当に撃っているようにしか見えないのに、一発一発が正確に鬼の額へと吸い込まれていくのです。なんという射撃の腕でしょう。
六体の鬼が血を吹き出しつつ倒れますが、たちまちその死体を踏み越えて、新たな鬼が金棒を振り回しながら突っ込んできます。
「キリがないな」
桃太郎は辟易して呟きました。
本来ならば、包囲されたときは赤キビダンゴ炸裂弾で周囲を一掃してしまえば片がつくのです。しかし現在、キビダンゴは猿の手の中。義手から放つキビダンガンも、弾がなければ撃ちようがありません。
まずは猿を狙うべきでしょう。
いつの間にか樹上に登っていた猿を見上げれば、懐から何やら黒い箱のようなものを取り出し、それに向かって喋りかけています。
桃太郎は鬼の包囲網が途切れた一瞬の隙を突き、木の幹を駆け上がりました。気付いた猿は高笑いしながら隣の木へと飛び移ります。地上で生活する人と、樹上で生活する猿。立体起動においては明らかに猿のほうが上手でした。
「逃げるんじゃねえ」
「こっちの台詞よ。しぶといわねえ、さっさと捕まってちょうだい。あの方をお待たせするのは申し訳ないわ」
あの方、とは誰のことでしょう。鬼の長でしょうか。
猿は黒い箱を手の中でくるくると回します。
「この箱、いいでしょう? あそこに見える鬼ノ内センタービルと通信できるのよ。今また増援を呼んだわ。さあて、いつまで耐えられるかしらね」
「試してみるがいいさ……だが必ず、裏切った報いは受けてもらうぞ」
桃太郎は猿を睨みつけます。
グラサン越しにもわかるほどの強烈な怒気……しかし猿は涼しい顔で受け流しました。
「やあね、裏切ってなんかないわよ。だってあたし、あなたの部下になったつもりなんてこれっぽっちもないもの。あたしが服従を誓っているのは、今も昔もあの方だけ」
猿はうっとりとした顔で己の体を抱きしめます。
「あの方にお会いしたとき、あたしは悟ったの。あたしはあの方のお役に立つために生まれてきたのだと。あたしのすべてをあの方に捧げたい、心からそう思ったわ」
溢れ出すような陶酔感。この狡猾な猿にここまで忠誠を誓わせるとは、鬼の首魁は一体何者なのでしょうか?
所変わって、鬼ノ内センタービル最上階。
「侵入者です! 監視カメラの映像を確認したところ、どうやら犬と雉のようです。猿からの情報では犬と雉は地下の制御空間に向かうはずでしたが……。警備兵が壊滅的被害を受けています、どうなさいますか」
筋骨隆々、逞しい鬼が一人の男の前に傅いて指示を仰いでいます。この男こそ、鬼ヶ島に君臨する王。鬼たちの首魁です。しかし、鬼の王と言いながらそのシルエットは極めて小柄……まるで人間です。
「ふむ……兵を減らされるのはちと迷惑だな。お前が行って捕らえてこい」
「はっ!」
鬼は深々と頭を下げました。
「いいか、殺すなよ。殺すのは奴が来てからだ」
男は念を押します。
「しかし奴は、森で猿の師団が捕縛する手はずとなっていますが」
「いいや、奴はここに来るだろう……元より、あの猿ごときでは奴に敵うはずもなし」
「……随分と高く評価していらっしゃるのですね」
男は堪えきれないように笑みをこぼしました。
「クックックッ……当たり前だろう! 何しろ、奴はもう一人の俺だからな」
鬼が消えたあと、男は拳を握ります。
「桃太郎……ようやくお前に逢えるな、我が兄弟よ」
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