カウンター・アタック
かれこれ一時間以上、桃太郎は鬼を殺し続けています。
鬼が少なくなってきたら猿が増援を呼ぶ、その繰り返しです。
「しつこい男は嫌われるわよ?」
猿の嘲りに反応もできないほど、桃太郎の顔には疲労の色が濃くなってきました。
先程から延々と鬼を倒し続けているのです。足元には鬼の鮮血や臓器が飛び散り、ずるずると滑りやすくなっています。ぬかるんだ地面に足をとられて転びでもしようものなら、たちまち鬼たちが殺到してきて、桃太郎は滅多刺しにされてしまうでしょう。
そして、鬼たちの捨て身の攻撃は、着実に桃太郎に傷を負わせていました。全身に数え切れないほど細かい傷がつき、さらに腕や足には深い裂傷も負っています。おばあさんに仕立ててもらったスーツはもうボロボロでした。
おまけに、流れ出す血は桃太郎の体力を容赦なく奪っていきます。
疲れ切って転んだときが桃太郎の最期でした。
猿もそれをわかっているのか、木の上から余裕の表情で桃太郎を見下ろしています。
「おやおや、息が荒いわよ。さすがの桃太郎さんも疲れてきたようね。あなたの這いつくばる姿、楽しみだわあ……ホーッホッホッホッ」
さすがの桃太郎も、己の不利を実感せずにはいられませんでした。振り下ろされた斧の柄をナイフで切り飛ばしますが、再び地面に足をとられてよろけます。なんとか踏みとどまり、鬼のストレートをスウェイバックして躱すと、そのこめかみを右フックで打ち抜きました。
ああ、キビダンゴの袋さえあれば! しかしそのキビダンゴの袋は今、猿の手の中にあるのです……。
そうしている間にも、振り下ろされる金棒を避け、木の陰から打ち出されるボウガンの矢を避け、打ち下ろされる拳を避け、振り抜かれる斧を避け……桃太郎はだんだんと反撃に移れなくなってきました。不安定な足場で反撃を繰り出し、仕留めるだけの力が残っていないのです。
投擲用ナイフはとっくに使い果たし、ベレッタの弾倉は空っぽ。義手のナイフも血糊で使い物にならなくなりつつあります。
(こいつは、やべえな……)
じっとりと汗が滲みます。
犬と雉は鬼ノ内センタービルに侵入している最中でしょう。助けは望めません。一人で切り抜けるしかないのです。
数の力……単純な物量は、時にはそれ自体で脅威となり得るのでした。
(猿の裏切りを逆手に取ろうとしたのが間違いだったのか? あの時点で殺しておくべきだったか……いや、今更言っても詮なきことか。まずはこの場をどう切り抜けるかを考えろ)
しかし、考えても考えてもいい案は浮かびません。疲れた頭で、おまけに鬼の攻撃を避けながらでは考えもまとまりません。考えるのに意識を割こうとすれば、たちまち死角からの攻撃に対処できなくなるでしょう。
じわじわと首を絞められていくような時間でした。時間が経てば経つほど、着々と桃太郎は不利になり、鬼たちは有利になるのです。
そしてとうとう、そのときがやってきました。
足を滑らせ、体勢を崩したところに鬼の剛腕による一撃。なんとか防御したものの、桃太郎は吹っ飛ばされて地面に転がりました。滑る地面でもがき、思うように立ち上がれない桃太郎。
「やっておしまい!」
猿の号令。桃太郎に向けて斧が振り下ろされました。
ひゅんと風を切る音。
続いてザシュ、と肉を断つ音。
ああ、哀れな桃太郎……とうとう敗北を喫してしまったのでしょうか?
いいえ、違います!
斧を振り下ろした鬼が口を開き、大量の血塊を吐き出しました。斧は途中で軌道を逸れ、桃太郎の首を数cm先の地面を割って突き刺さっています。
どさり、とうつ伏せに倒れた鬼の首は、まるで鋭利な刃物で切り裂かれたように半ばまで切断されていました。
周囲で断続的に風切り音が響き渡ります。謎の影が森の中を低く、低く飛び回っているのです。
力強く空気を打ち鳴らすその音……それは、どこかで聞き覚えがある音でした。
「がっ」
「うぐっ」
「ああっ」
桃太郎を取り囲む鬼たちが、次々と苦しみ出します。皆一様に体のどこかを押さえており、そこから鮮血が溢れ出しているのです。それは、まるでかまいたちのようでした。
「何だ! 何が起こった! さっさとそいつを殺せ!」
猿が混乱して叫びます。
次の瞬間、猿の手首から先がふっと消失しました。当然、その手に持っていたキビダンゴの袋も。
「……!」
白目を剥いて傷口を押さえる猿。声にならない絶叫が響きます。
ふらりと立ち上がった桃太郎の肩に、バサバサと羽音を響かせて黒い影が降り立ちました。
「キビダンゴ、本当にありがとうございました」
嘴に咥えたキビダンゴの袋を桃太郎に差し出し、雉の息子は笑いました。
「僕が飛べるようになったのは桃太郎さんのおかげです。どうでしょう、これで少しは恩返しになったでしょうか」
そうです。桃太郎が助けた雉の息子がやってきたのです。
桃太郎は思い切り怒鳴りつけました。
「馬鹿野郎! お前の父親が何のためにお前を残していったと思ってやがる! お前の身を案じたからに決まってんだろうが! それを、こんな敵地の奥深くまで来やがって……お前の身に何かあったらどうするつもりだ!」
「ご、ごめんなさい」
雉の息子はうなだれます。
「……だが、よくやった。名前は?」
「フェザーです」
桃太郎の手が、雉の息子の頭をくしゃりと撫でました。
「助かったぜ、フェザー。お前がいなきゃあ俺は死んでいた……今度は俺が恩返ししねえとな」
キビダンゴの袋を開封した桃太郎は、白と黒のキビダンゴを同時に口に放り込みます。
桃太郎の身体に回復とドーピングがおこなわれました。しゅうしゅうと白い煙を上げて傷が治っていきます。
「さて……反撃といこう」
口惜しげに桃太郎を睨みつけている猿に向かって、桃太郎は不敵に微笑みました。
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