アサルト・イントゥ・ザ・ビル

 白キビダンゴによって回復し、黒キビダンゴによって身体能力を高めた桃太郎。

 あと一押しで仕留められたはずの敵がより強力になって復活したのです。もはや鬼たちは総崩れになっていました。

 指示を出すべき猿は乱心し、口角泡を飛ばして喚き散らすばかり。

「お前なんか! あの方に比べれば屑だ! 塵だ! チンケな虫以下だ!」

 放たれたボウガンの矢を掴み取り、それ以上の速度で投げ返した矢が鬼の身体を三体まとめて貫きました。

「死ね! 死ね死ね死ね死んでしまえ!」

 振り下ろされた斧を避けるまでもありません。拳の一撃で鬼は後ろへと吹き飛び、もう一体に叩きつけられて二体とも絶命しました。

「あの方に殺されてしまえ! 地獄で己の無力を思い知るがいい!」

 桃太郎は最後の鬼を始末し終えると、くるりと振り返ります。

「聞き飽きてきた。仕上げといこう、フェザー」

「はい!」

 桃太郎は肩口に赤キビダンゴを装填し、フェザーに掴まって天高く飛び上がります。

 右手を下に向け、拳を開きました。

「さよならだ……キビダンガン!」

 炸裂弾が撃ち下ろされました。血塗れの空き地は荒れ狂う炎に覆われ、爆風が木々を引き裂き、木っ端を舞い上げます。激戦の痕跡も、まだ息があった鬼も、錯乱した哀れな猿も、すべてが炎の中に飲み込まれてその姿を消しました。

 夜の森から天高く爆煙が立ち昇ります。それは鬼ノ内センタービルからでもはっきりと見えるほどでした。

 桃太郎、反撃の狼煙です。

 

 

「いいか、鬼ノ内センタービル屋上まででいい。俺を送り届けたらお前はすぐに帰れ」

「でも……」

「でもじゃねえ」

 桃太郎が何度言っても、フェザーは桃太郎と一緒に突入すると言って聞きません。

「父さんが鬼と取引して帰ってきたときのことでした。父さんは僕が寝ていると思ったらしく、小さな声で話しかけてきたんです。『あいつらは平然と人を殺し、金品を奪う。だが……俺もやっていることは同じだ。俺はあいつらと同類なんだ。……フェザー、お前だけはまっすぐに生きるんだぞ』って。そのときの父さんはひどく悲しそうな顔をしていました。まっすぐに生きるというのがどういうことが、僕にはまだわかりません。けれど、今桃太郎さんに協力することが、きっと『正しい』ことで……ぼくは今、それをするべきなんだと思うんです」

 桃太郎は押し黙りました。

 フェザーにいてくれたほうがありがたいのは事実です。その戦闘能力は侮れません。

 先程の森の中で、桃太郎は死にかけました。助けが来なければ死んでいた……桃太郎は己の不甲斐なさを悔やんでいました。そして自らの見通しの甘さを痛感していました。

 鬼ヶ島の兵力は、想定よりもはるかに多大だったのです。

 今から行くビルは、きっとさらに厳重な警備と強力な兵に守られているでしょう。死地に飛び込むようなものでした。

「お前が来てくれて本当にありがたかった。だがな、万が一のことがあっては、お前の親父に顔向けできねえんだ。子どものお前にはまだ早い」

「僕はもう大人です!」

 桃太郎はフェザーの横っ面を叩きました。

「大人ってのはな、周囲の人間の気持ちを推し量って行動するもんだぜ。それができないのは、ただのガキだ」

 フェザーは黙り込みました。

「頼む、俺を送り届けたらすぐに帰ってくれ。お願いだ」

「……わかりました」

 桃太郎は黒キビダンゴをフェザーに渡しました。フェザーはそれを飲み込み、ばさりと羽ばたきます。

「乗ってください」

 桃太郎はフェザーの背に飛び乗りました。

「行きます!」

 桃太郎を乗せて、一羽の雉が夜空に舞い上がりました。

「あの建物が鬼ノ内センタービルですね?」

「そうだ、そこの最上階に用がある。屋上から侵入するから、俺を屋上まで送ってくれ」

 フェザーは方向転換し、ビルに向かって一直線に飛んでいきました。煌々とライトアップされた鬼ノ内センタービルが近づいてきます。

 鬼ヶ島の街並みは、ほとんどが平屋の一階か二階建て。その中で一本だけ天を突くように高く伸びるその建物の中で、何が待ち受けているのでしょう。

 緊張を孕んだ空気の中、桃太郎はふと違和感を感じ取りました。

 屋上を目指すならもっと高く飛んでもいいはずです。しかしフェザーは、まるで直接ビルに突っ込もうとしているような軌道を描いて飛んでいるのです。

「おい待て、屋上だぞ」

 フェザーはそれには耳を貸さず、最上階の窓目掛けてまっすぐに飛んでいきました。

 窓ガラスがぐんぐん近づいてきます。

「フェザー!!」

 桃太郎の怒号と、窓ガラスが砕け散る音が重なりました。

「侵入者! 侵入者!」

 警備の鬼たちが色めき立ちます。

 飛び散ったガラスの破片が照明を乱反射して、一人と一羽の侵入者をきらきらと照らし出しました。

 ボロボロのスーツを身にまとい、顔にはグラサン、髪はオールバック、腰にはナイフとベレッタ。聞かされていた通りの姿に、鬼たちはその姿を見るなり武器を構えました。

 桃太郎は葉巻を取り出し、一本口に咥えて火を付けます。

「フェザー、お前……」

「自分の意見を曲げて周囲の人に従うのが大人なら……僕はまだガキでいい!」

 フェザーは凛とした表情で翼を広げました。

 桃太郎はため息をつきます。

「絶対死ぬんじゃねえぞ」

「はい!」

 こうなっては仕方ありません。

 フェザーを守りつつ、鬼たちの棟梁を探して打ち倒すのです。

 桃太郎はナイフを抜き、手の中でくるくると回しながら呼びかけました。

「一応聞くが……お前らのボスはどこにいる」

 鬼たちはそれには答えず、じりじりと距離を詰めてきます。

「だよな」

 桃太郎はぺっと葉巻を吐き出しました。

「いいぜ、かかってきな」

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