ベトレイド・ベトレイヤー
不気味なほどに明るい月の下、鬼ヶ島へと飛び立った桃太郎、犬、猿は木箱の中にぎゅうぎゅう詰めになっていました。
箱の外からはびゅうびゅうと唸る風音、そしてそれに負けないほどの羽ばたきの音が響いてきます。黒キビダンゴによってドーピングされた雉が木箱を提げ、力強くそしてリズミカルに翼を打ち下ろしているのです。
「いいか、確認するぞ。降り立ったら二手に別れる。俺と猿、そして犬と雉だ。俺と猿は鬼ヶ島中心部、鬼ノ内センタービルを目指す。そこに鬼どもの首魁がいるということだ。鬼社会は中央集権型、まずはそいつを倒せば指揮系統は混乱するにちがいない。そして犬と雉は」
「施設の爆破ですな」
犬が言いました。手順はすべて頭の中に入っているのです。
「そうだ。渡してある赤キビダンゴを島の地下、制御空間の要所要所に仕掛けてまわってくれ。鬼ヶ島それ自体が人工島であり、海に浮かぶ巨大な要塞である以上、爆弾でもなんでも使って穴を開ければ沈むのが道理」
木箱の中に静寂が満ちました。
これから先は鬼の領域。見つかれば戦闘へと移行するほかありませんが、島の内部であるからには応援も無尽蔵に来るでしょう。それはつまり、見つかった時点で生存確率が大幅に下がるということです。
「
「
きりきりと緊張の糸が張り詰めていきます。
命がけの任務の始まりです。外から雉の声が響きました。
「鬼ヶ島上空です。捕捉されている気配はありません、このまま突入します。ご準備を」
木箱が大きく揺れました。ふわりと体が浮くような感覚から、木箱が急降下していることがわかります。雉は木箱を掴んだまま鬱蒼と茂った森めがけて急降下、木々の合間を縫って地面を這うように飛びます。あとは爪を離すだけ。
「降下まで三秒……二秒……一秒……GO!」
桃太郎と猿を残し、犬が木箱から飛び上がって雉の背に乗りました。
「幸運を!」
雉は木箱を掴んでいた爪を離し、犬を背に乗せて颯爽と飛び去りました。
ここからは別行動です。
落とされた木箱は、着地の衝撃で軋みながらざりざりと柔らかい土を抉るようにして滑っていき、やがて停止しました。
その中から桃太郎と猿がゆっくりと這い出してきました。姿勢はそのまま、匍匐前進でゆっくりと進みます。
夜の闇と下草、その姿を二重に隠しての進軍です。
やがて、ぽっかり開けた空き地に出ました。桃太郎と猿は周囲に鬼の姿がないことを確認してから立ち上がり、遠くを眺めやりました。森を抜けた先、煌々とライトアップされた一本の高層ビルが木々の向こうに見えます。
そこが鬼ノ内センタービル。目指すはその最上階です。
「あそこに見えるのが目標の鬼ノ内センタービルですねっ」
「ああ、そうだ。だが、お前がそこに行くことはない」
いつの間にか抜かれた桃太郎のナイフが月光を反射してきらりと煌めきました。そのナイフは、なんと猿の首に突き付けられています!
「……何の真似ですかあ?」
猿は動じません。
「犬と雉には、直前にルート変更を伝えてある。お前の報告を受けて鬼たちが待ち受けている場所を迂回するルートだ」
「何の話をしているんですかぁ?」
「離陸前。それがお前が鬼ヶ島へ通信できた最後のチャンスだったはずだな」
「何の……ことですかっ」
「いつまでとぼけるつもりだ」
猿が動きました。
腰を落とし、ナイフから逃れると同時に後ろ足で土を蹴り上げます。桃太郎の視界が一瞬だけ土くれに覆われました。
その隙を突いて、猿は桃太郎の腰からキビダンゴの袋を奪い取っています。
大きく飛び退って距離をとり、猿は婉然と微笑みました。
「……手癖の悪い奴だな」
「わかってて黙ってたのね。いけない人……それにしても、いつから気づいてたのかしら」
今までのわざとらしい喋り方をかなぐり捨て、本来の姿に戻った猿。
そうです、猿は仲間になったふりをして桃太郎たちの情報を鬼ヶ島に流し続けていたのです。
「武器屋で貴様に会ったときからだ」
武器屋で猿のスカートが捲れて赤い尻がむき出しになったとき、桃太郎はその尻の赤さが赤鬼のそれと同一であることに気がついたのです。
それから一緒に行動していく中で、猿は桃太郎たちを見張って行動を逐一報告していました。しかし、桃太郎もまた、猿のことを見張っていたのです。
そして離陸前のことです。猿が「お手洗いに行く」と言って鬼ヶ島への通信に行きました。それが好機でした。
桃太郎は犬と雉に『爆弾は仕掛けず、直接鬼ノ内センタービルに向かう』ことを指示したのです。広大な島の地下に広がる制御空間、爆弾を仕掛けられるポイントなど無数にあります。猿の報告を真に受けた鬼たちは、そこに多大な兵力を割くでしょう。そこを突き、まず犬と雉で先陣を突破。裏切り者の猿を処断したあと桃太郎も合流し、警備の薄くなった鬼ノ内センタービルを最上階まで一気に駆け上がる。これが桃太郎の計画でした。
「あら! 一番最初じゃないの」
手の中でキビダンゴの袋を弄びながら、猿はくすくすと笑います。
「まさか気づかれてるとは思わなかったわ。でも、わかってたなら話は早いわね」
猿が合図をしたその瞬間、空き地の周囲からのっそりと鬼たちが姿を現しました。その数は十を超えています。気配を殺し、植え込みや茂みの中に身を隠していたのです!
それぞれがナイフや金棒を携えて、桃太郎を睨みつけています。
「悪いけど、あなたを捕縛させてもらうわ。鬼ノ内センタービルに行きたかったんでしょう? ビルには連れてってあげるから、おとなしく捕まってくれると助かるわあ」
「嫌だと言ったら?」
猿はぺろりと唇を舐めました。
「死体になったあなたを連れていくだけよ」
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