ワン・ウェイ・フライト

「先程は大変申し訳ありませんでした」

 雉の父親は楽しそうに空を飛ぶ我が子から向き直ると、深々と頭を下げました。

「私どもはしがない雉の親子でございます。妻に先立たれ、息子は病気で飛ぶことさえままならず……恥ずかしながら道行く人々からものを盗み、それを換金して薬代としていたのであります」

「成る程。それにしても、雉の身でありながらあの凄まじき飛翔能力はどういうわけで御座るか」

 犬が質問しました。本来、雉は飛ぶのが苦手なはずです。

「実は、私は鷹に育てられたのです。幼い頃に親と死別し、今にも倒れそうだった私を引きとって飛び方を教えてくれました。おかげでいつの間にやらここまで飛べるようになりました……その鷹の親子とは今でも交流が続いています」

「そういうわけだったか」

 桃太郎は頷きました。

「では、もうひとつ。どこで換金していた」

「えっ?」

 桃太郎はぐい、と顔を寄せます。

「盗まれたものを買い取って金にしてくれる換金所など、まっとうな場所ではない。だがこの近くにある町は、どこも治安がいい。そんな換金所が存在するという話は聞いたことはない……となれば、どこで換金していたのかは自ずと限られてくる」

「は……はい」

「どこだ、言ってみろ」

 雉は震えながらその名を口にしました。

「鬼ヶ島です」

「やはりそうか。よし、いくつか質問に答えてもらおう……」

 桃太郎は白キビダンゴを渡し、自身も食べてお互いに回復してから聞き取りを続けます。

 鬼ヶ島の内情に通じている雉からは実に様々なことを聞き出せるのです。

 鬼ヶ島の鬼たちは人間を襲うと同時に、動物たちと情報や物品を取引して暮らしているということでした。雉の他にも、狼を筆頭に実に様々な動物が鬼に協力していたといいます。

「では、どうして鬼が人間だけを襲うのか」

「これはある種の処罰なのだそうです……」

 はるか昔から鬼は人間を食べて暮らしてきたのに、人間はいつの間にか進歩して知恵を付け、ただ食べられるを潔しとしなくなりました。そこで、生物としての分を弁えない人間に罰を与え、今一度食物連鎖に従うことを教え込むためにと襲っては食べているのです。

「なんと身勝手な野郎どもめ」

 桃太郎は呻きました。

「人間が肉を食うときは牛や馬と命がけの勝負をし、倒しているというのに、あいつらは黙っておとなしく食われろと言うのだな。その増上慢、正してやろう」

「あの……私も連れていってください!」

 雉の頼みに、皆一同に驚いた表情を見せます。

「私は……私と息子の命を救っていただいたあなたに恩を返したい。私はしがない雉……私にできることなどほとんどありません。しかし! 私は鬼ヶ島に顔が利きます! 鬼ヶ島へのルートを知っています! 鬼ヶ島まで、さらには鬼ヶ島内部までも。案内役として私以上に相応しい鳥はいないでしょう。私は今、確信しました。私にはこれしかできませんが、このために――きっとあなたの手助けをするために私は鬼との取引を続けてきたのだと」

 桃太郎は一も二もなく頷きました。

「それはありがたい。ちょうど人手、いや鳥手が欲しかったところだ」

「賛成で御座る」

「よろしくお願いしますねっ」

 一同は大賛成。こうして雉が仲間に加わりました。

「しかし息子はどうするのか」

「息子は私が以前お世話になった鷹のところに預けさせてもらおうと思います。今までは病気ゆえに預けることもできませんでしたが、今ならば」

「そうだな、それがいいだろう」

 その日の夜。

 桃太郎、そして犬、猿、雉。一人と三匹はすべての準備を整えて月夜に立っていました。

「いいか、これから先に進めばもう生きては戻ってこられないかもしれない。立ち去るなら今のうちだ」

「今更何を仰るのです」

「そうですよぉ」

「何があろうと、あなたについていきます」

 桃太郎は月光をグラサンに反射させながら頭を下げました。

「ありがたい」

「では、最後にもう一回侵入経路を説明します」

 雉が地面に図を描きながら説明します。

「鬼ヶ島の警備は大変厳重で、まず周囲を海に囲まれた孤島である上に、その周囲を鋼鉄の外壁で覆っています。門は東西南北に四つありますが、人間の軍勢をシャットアウトするため、二人の鬼がすれ違えるかどうかぐらいの広さしかありません。さらに門番によるボディチェックを通過しないと島内には入れない仕組みです。そこで今回は、外壁を飛び越えて直接中心部へと侵入します」

 一人と三匹は互いに頷き合います。

「鬼ヶ島の周囲を索敵するサーチライトには二種類あり、ひとつが侵入者を照らし出すための白熱灯、もうひとつが物体の動きを感知するブルーレーザーです。ブルーレーザーの射程は数百mですから、それより上空を通れば感知されずに済むでしょう」

 雉は茂みの中から箱を引っ張り出しました。

 大きな木箱です。

「では皆様、これにお乗りください。乗り心地は保証いたしませんが、鬼ヶ島まできっちりお届けいたします」

 桃太郎は頷き、腰からキビダンゴを取り出しました。

「これの出番だな」

 回復薬の白でもなく、炸裂弾の赤でもない、それは黒。

 黒いキビダンゴ――その効能は『一時的筋力増強』でした。

「では」

 雉は黒いキビダンゴを飲み込みます。

 鋭い爪で木箱をがっしと掴み、「えいや」と一声。キビダンゴにより増強された筋力で、雉は夜空へ舞い上がりました。

 鬼ヶ島への片道フライトです。

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