フェザント・キッド・フライング
「ここか」
雉の血の跡は、とある叢で途切れていました。
そこが雉の住処であるに違いありません。桃太郎はナイフを構え、ゆっくりと奥へ分け入っていきます。
ふと、奥から話し声のようなものが聞こえてきました。
「……また怪我してるじゃんか……」
「馬鹿野郎、俺のことはいいんだ。お前が……」
桃太郎は犬と猿に手で合図します。息を殺して、静かに近づけ。奥に近づくにつれて、声はだんだんとはっきり聞こえてくるようになりました。
「そうやっていつも怪我して帰ってくるの、俺のせいだろ。俺の薬を買うために無茶してるんだろ」
「違う。転んだだけだ」
叢の奥に小さな茂みがありました。そこに横たわっているのは小さな雉。その横で血を流しながらもいたわるように言葉をかけているのは、先程桃太郎が片翼を撃ち抜いた雉です。
どうやらこの二匹は親子で、息子のほうは病気に伏せっているようでした。
「いいんだ、どうせ俺の病気は治らないんだから。父ちゃん、もっと自分のために生きろよ」
「何を言ってるんだ。お前を産んだとき死んだ母さんと約束したんだ、この命尽きるまでお前を守るって」
「でも……」
「ごちゃごちゃ言うな。いいか、薬買ってくるからおとなしくしてるんだぞ」
そのとき、桃太郎はベレッタを構えて叢から足を踏み出しました。
「そこまでだ」
照準はぴたりと雉の子どものほうに向いています。
「話は聞かせてもらった。子どもが死ぬのを見たくないならさっきの袋を出しな」
あまりのことに硬直している雉の親子に、桃太郎はドスを効かせた声で凄みます。
「早くしろ!」
「わ……わかった。頼むから、息子だけは」
あまりのことに震えながら、雉の父親は茂みの奥から袋を取り出しました。
傷ついた翼を動かし、よろよろと桃太郎に近づいて袋を渡そうとします。
「おっと、持ってこなくていい」
桃太郎はそれを制止しました。
「袋を開けろ。さあ開けるんだ、息子の命が惜しければ言う通りにしろ」
父親は必死で頭を下げます。
「頼む……悪かった、悪かったから息子だけは」
「開け!」
雉の父親は半泣きで袋を開きます。中に入っている三色のキビダンゴを見て、目を丸くしました。
「これは……?」
「よーし、じゃあその白いのを息子に食わせろ。どうなるか試してやろうじゃないか」
雉の父親は目を剥きました。
「どういうことだ! これを食べたらどうなるって」「いいから食わせろ!」
桃太郎が銃の撃鉄を起こします。
「さっさとやりな。俺は怒ってるんだぜ、襲われた上に大事なキビダンゴを盗られてな」
父親はガクガクと震えます。
「ああ……どうか……どうか……」
「父ちゃん」
父親にすがりついて震えていた雉の息子が声を発しました。
「いいよ、おれ、食べる」
「お前……」
雉の息子はがたがた震えながら、それでも精一杯胸を張ってキビダンゴに顔を近づけます。
「おれがこのまま生きてても、父ちゃんの重荷になるだけだ。それなら」
「お前……やめろ……馬鹿なことを考えるんじゃない……」
桃太郎はニヤリと笑います。
「よーし、いい子だ。間違えるんじゃないぞ、白を食え」
「はい。だから父ちゃんには手を出さないでください」
「いいだろう」
雉の息子はキビダンゴを嘴で咥え……目をぎゅっとつぶって飲み込みました。
「うっ!」
目をかっと見開いた息子の顔から目を背け、雉の父親は慟哭します。
「うっ、うわああああああああああ」
そのときです。
「父ちゃん!」
さっきより元気な声が響きました。
「なんでだろう……おれ、体が軽い。胸が痛くない」
雉の息子は驚いたような顔で翼を上下させます。
「痛くない! 父ちゃん、おれ、元気だ! 治ってる!」
桃太郎はニヤリと笑いました。
「ガキは元気が一番だ」
雉の子どもに病気を治すため、桃太郎は白いキビダンゴを食べさせたのです。白キビダンゴの効力は『回復』……突然現れて「これを食べろ」なんて言ったところできっと信用されないことを悟り、わざわざ芝居まで打って。
「あ……あなたは……」
桃太郎は肩をすくめました。
「キビダンゴを盗まれた仕返しをしようと思ってたのに、図らずも元気になってしまったようだな。やれやれ」
「あ……ああ……」
雉の父親の目から、涙がこぼれました。やがて大粒の涙がぽろぽろとこぼれ出し、ついには滝のように流れ落ちては地面を濡らします。父親は号泣しながら頭を下げ、地面に頭を擦りつけました。
「ありがとう……ありがとう……」
「さーて、何のことかな。俺は無理やりキビダンゴを食わせただけだが。そいつが勝手に元気になっただけだ」
喜びに暮れる父親の横で、雉の息子が喜びの声を上げて大きく羽ばたきました。
緑の巣から一直線、青空に向かって羽ばたいていきます。
「見てよ父ちゃん! おれ、飛んでる! 飛んでるよ!」
「ああ……よかったな……」
桃太郎のグラサンの奥の目から、一筋の涙がこぼれ落ちました。
「おっと、目にゴミが入っちまった」
「ワタシもっ」
猿が目をこすっています。
「心優しきことよのう」
犬も静かに涙を流していました。
涙を流す桃太郎たちに見守られながら、雉の子どもは元気に空を駆けていきました。
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