レッド・ズキン・ガール

ザ・ビギニング

 舞台は変わり、異国の地へ――。



 昔々あるところに、赤いずきんがとてもよく似合う女の子がいました。

 そのずきんは、おばあさんに貰ったものでした。おばあさんから赤いずきんをもらった女の子は、寝るとき以外はいつもそのずきんをかぶって暮らしていました。それがとてもよく似合っていたので、いつの間にかその女の子は、みんなから赤ずきんちゃんと呼ばれるようになっていました。

 ある日のことです。

「おばあちゃんの具合が悪くなったらしいわよ」

 お母さんからそれを聞くなり、赤ずきんは飛び上がりました。

「まあ、大変! きっと森の中で寂しい思いをしてるわ、お見舞いに行かなくちゃ」

「それじゃ、これを持っていってあげなさい」

 お母さんが赤ずきんに渡したのは、上等なパンとぶどう酒でした。きっとおばあさんも喜ぶでしょう。

「狼に気をつけるのよ! 狼は嘘つきだからね、信用してはいけないよ」

「はい!」

 赤ずきんは元気よく返事をして、家を出て歩いていきました。

 森まではそんなにかかりません。しばらく行くと、森の入り口が見えてきました。

「やあ、お嬢ちゃん。かわいらしい頭巾だねえ」

 森に入ってしばらく経った頃、うしろから声をかけられました。振り向いた赤ずきんの目の前に立っていたのは狼でした。

「こんにちは狼さん。でも急いでいるので失礼」

 赤ずきんは振り返ってそのまま森の奥へと進んでいきました。狼はニヤニヤと笑いながらそのあとを追いかけてきました。

「お嬢ちゃん、そんなに急いでどちらまで」

「あなたに話す必要はないわ」

 赤ずきんは振り返りもせずに進みます。

「冷たいねえ。あ、待ちなさい、そっちには毒を持つ花が生い茂っているよ。危ないよ」

「じゃあ着いてこないでくださいね、危ないので」

 赤ずきんはお母さんに言われたことを思い出していました。狼はよく嘘をつくのです。信じてはいけませんし、相手にしてもいけません。

「やれやれ、じゃあもう着いていかないよ」

 狼は、やっと着いてこなくなったようでした。

 赤ずきんがさらに歩いていくと、目の前に草原が広がっていました。季節は春、草原の草たちはきれいな花を咲かせています。かぐわしい香りが赤ずきんの鼻をくすぐりました。

「これが毒の花? ただのシロツメクサやアザミやカラスノエンドウじゃない。本当に嘘つきだったのね」

 赤ずきんはぷりぷり怒って、草原の中ほどまで歩きます。そのとき、素晴らしい考えを思いつきました。

「そうだわ! この花で冠を作っていってあげたら、おばあさん喜んでくれるかしら」

(ほう、おばあさんか)

 狼は、実はこっそり着いてきていました。

 久しぶりに若い女の子の肉が食べたかったのです。

 赤ずきんの進む方角には、おばあさんとやらの家があるに違いありません。そういえば、森の中に家が建っているのを見たことがあります。猟師の家なので近づかないようにしていましたが、おばあさんであるならば力も弱いでしょう。簡単に始末できそうです。

 狼はニンマリ笑うと、回り道しておばあさんの家へと急ぎました。



 赤ずきんは夢中で花を摘み、冠を作っています。そして狼はその間に、おばあさんの家までたどり着いてしまったのです。

 森の奥にある小屋の前で立ち止まり、狼はニヤリと笑います。

 コンコン。

「おばあさん、私よ。赤ずきんよ」

「誰だい」

 狼の精一杯の裏声は、たちまち見破られてしまいました。それはそうでしょう。

「だから、赤ずきん……」

「いーや、違うね」

 おばあさんは鋭い人でした。戸口にいるのが赤ずきんのふりをした何者かであることを瞬時に看破したのです。病気に臥せっているといえども、伊達に森の中で八十余年生き抜いてきたわけではありません。

「赤ずきんはねえ、二人きりのとき私のことをおばあちゃまって呼ぶのよ」

「チッ、あんたらそういう仲かよ!」

 狼は一瞬の躊躇の末に、扉を蹴りつけました。

(こうなったら仕方ない、強行突破だ)

 扉は破壊され、内側へと吹っ飛んで食器棚に激突します。陶器の皿たちが耳障りな音を立てて砕け散り、室内に木屑と埃が舞い散りました。食器棚の横に立てかけてあったマスケット銃を蹴り飛ばし、狼は余裕の表情で振り向きます。

「そこにいたか、小賢しいババアめ」

 ベッドの上で半身を起こし、狼を睨みつけるのは凛とした風貌の老女でした。赤ずきんのおばあさんです。

 齢八十を超えてなお、その瞳に宿る闘志が燃え尽きることはありません。絶体絶命と言えるはずのこの状況において、その口元には笑みさえ浮かんでいるのです!

「何をしに来た、小汚い狼風情が」

 堂々たる口調には、寝込んでいたとは思えないほどの力強さと貫禄が備わっていました。

「貴様の孫娘がここに向かっているらしい。森の入り口では何かと人目につくからな、ここでじっくりいただくとするぜ……貴様を始末した後でな」

 狼は爪を剥き出しにしました。ギラリと光る爪は、今までにどれほどの生き物の命を奪ってきたのでしょうか。裂けた口から吐き出す息が、おばあさんの鼻腔に腐臭を届けます。

「当然、そのためにはあんたは邪魔ってわけさ。さあ、愛用の銃は手が届かない位置にあるぜ。命乞いでもするかい?」

「試してみるかい。命乞いするのはどちらになるか」

 おばあさんは悠然と微笑みました。

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