トレンチ・ウォーフェア

 戦場に銃弾が飛び交い始めました。

 南から北上してくる鬼狼同盟の侵攻を防ぐため、塹壕は東西数キロにわたって掘られています。

 その塹壕の中から兵士達が身を乗り出し、迫ってくる戦闘用アンドロイドに向けて銃を乱射しているのです。硬質な金属音が一斉に反響し、アンドロイドの胴体ボディに次々と銃弾が食い込み始めました。しかし大多数の銃弾は、研磨された曲面に当って弾かれていくだけです。

 一方、アンドロイドたちの銃から放たれた弾丸は、さすが機械と言うべきコントロールで機関銃や榴弾砲を狙い撃ちし、破壊していきます。砲兵たちが次々と血を噴いて倒れていきました。

「くそっ、的確に狙いやがって……」

 司令官が歯噛みします。今までは、塹壕に近づく兵士は機関銃で真っ先に蜂の巣にされていました。たとえ全軍で突撃されても、塹壕という手堅い堀を破られることはなかったのです。唯一不安なのは、一点に火力を集中させて突破されることだけでした。

 それが、国際法無視の戦闘用アンドロイドです。二人の立てた作戦は、いきなり瓦解しました。

「そりゃあ、手ブレもなければ計算も完璧でしょうからねえ。でもアンドロイド達、その重量のせいか動きは遅いですよ」

 副官が呑気に呟きますが、彼だってまさか戦闘用アンドロイドを使ってくるとは思いもよらなかったのです。初っ端から後手に回ってしまった……副官も内心では舌打ちを堪えていました。

「怯むな! 撃ち返せ!」

 榴弾砲が次々に火を吹き、塹壕の前の平原に炎の華を咲かせました。榴弾砲の爆発に伴う破片の飛散は、いくらアンドロイドといえど無視できる威力ではありません。数体が煙を噴き上げて動かなくなりました。

「いいぞ!」

 人間側は動きが鈍ったアンドロイドを狙い撃ちしていきます。兵士達が標準装備しているのは突撃銃アサルトライフルですから、あまり狙撃には向いていません。逆に言えば、その銃でも狙い撃ちできるほど、アンドロイドたちは塹壕へと接近していたのです。

 密集していては砲撃にやられると判断したアンドロイド達は、一層散開して押し寄せてきます。着弾地点から距離があれば、榴弾の破片はわずかに食い込む程度。動きを止めるには至りません。

「撃て撃て! 奴らを塹壕に近づけるな! きっと奴らは――」

 そのとき、塹壕に辿り着いた一体のアンドロイドが溝へと転がり落ちました。

「――奴らは塹壕を制圧するために――」

 カッと眩しい閃光が周囲を照らし、続いて爆煙が噴き上がります。

 アンドロイドが爆発したのです。

「――自爆を」

「遅かったようですな、司令官」

 アンドロイドは体に大量の爆薬を隠し持っていたのです。生身の兵士とは違って一体も無駄にせずすべて使、まさに理想的な運用でした。

 塹壕の一点が、完全に破られました。

「修復しろ! 押し返せ!」

 司令官が声を限りに叫びます。

 完膚無きまでに破壊された塹壕には土塊と負傷した兵士の肉体が積み重なっており、代えの兵士たちが近づくこともできないまま、アンドロイド達はその一点に向かって動き始めました。

「ここで一点集中か……」

「動きが遅いのはあの爆薬を詰め込んでいるせいだったんですね、いやはや敵ながら見事としか」

 突撃銃の、機関銃の、榴弾砲の一斉射撃を受けて煙を吹き上げるアンドロイド達。アンドロイドの射撃によって次々に倒れていく兵士。物量で攻める国軍に対し、機械の照準はあまりにも正確なのです。国軍側が数十発撃つたびに一体のアンドロイドが倒れます。でもアンドロイドが一発撃つたびに、必ず国軍の誰かが血を流して倒れるのです。

 そしてなんと三体のアンドロイドが破壊された仲間の胴体ボディを拾い上げると、銃火の雨の中、塹壕に向かって投擲しました。

 またもや爆発。

 二点を破られた塹壕は、もはや溝としての意味をなさなくなりつつありました。後方からの支援も間に合いません。アンドロイドたちは破れた地点に密集し、塹壕を乗り越えて、いえ、降り越えていこうとしています。

「今だ!」

 そのとき、密集したアンドロイドたちの中心部に手榴弾が投げ込まれました。

 勇敢な兵士たちは、まだ諦めてはいなかったのです。

「ここに密集してるぞ! ありったけ撃ち込め!」

 破られた地点にアンドロイドが集結しています。国軍側の集中砲火がもっとも効果的な局面でした。

「おおっ!」

 息を吹き返した兵士たちが機関銃に飛びつき、機関銃はアンドロイドたちに向けて猛烈な勢いで弾を吐き出し始めます。

 鋼鉄の表皮を破り、アンドロイドの機関部で銃弾が猛威を振るいました。

 次々と機能停止していくアンドロイドたち。

「巻き返せたか……?」

 司令官が拳を握った、そのとき。

 突破された二点のちょうど中間、手薄になっているところに向かって何かが動き出しました。

 完全に忘れていたのです。

「鬼狼、同盟……」

 相手にしているのが、鬼と狼の軍勢だということを。

 アンドロイドの尖兵によって破壊され、混乱する塹壕へ、狼たちが我先にと駆けていきます。

「う……撃て撃て!」

「無理です、当たりません!」

 狼たちは地を蹴り砕きながら突進していきます。決して銃の照準が定まらないよう散開してジグザグに走っているせいで、射撃がほとんど当たりません。何体かの不運な狼が血を吐いて転がりましたが、ほぼ無傷の軍勢が、塹壕へと到達しました。

 殺戮が始まりました。

 銃剣を振り回すこともできないほど狭い塹壕の中で、兵士たちはろくに抵抗もできないまま喉を噛み裂かれて死んでいきます。

 狼との近距離戦など、兵士の大多数は未経験でした。野生を体現したような爪と牙を前に、塹壕内で味方に当たる危険のある銃を使うこともできず、文明の利器はただ野生に呑まれていくばかりです。

 戦線は完全に崩壊し、司令官と副官が、眼前に迫った狼たちを前に死を覚悟したとき。

 突如現れた紅い炎が戦場を走りました。

「何だあ……っ!?」

 炎は蛇のようにうねりながら塹壕を走り抜けていき、数十頭の狼をまとめて焼き焦がしました。

 狼達の苦鳴が至る所で上がります。それに続いて、ぼっ、ぼっ、ぼっ、と空から放たれた火球が、兵士に襲いかかる狼を飲み込んでは灰に変えていきます。

「狼は全て殺す。それが私の役目だ」

 上空から、炎を纏って赤ずきんが降り立ちました。

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