ダブル・エンカウント
また稲光が轟きます。
見つかったか、はたまた偶然か、今度は赤ずきんの真上で炸裂しました。
身を翻して跳び退き、紙一重で躱します。
「ちい……っ」
この攻撃を仕掛けてきている相手は十中八九、あの雷雲の中から赤ずきんを認識しています。雷雲の中にいるのか、それとも雷雲自身が敵なのか……。しかしそれだけでは説明できないほど、雷雲の追尾は正確なのです。
何にせよ手段がわからない以上、躱すことに終始するのは得策ではありません。
赤ずきんが反撃のため背中のマスケット銃に手を伸ばした、そのときです。
「キビダンガン!」
何者かの叫びとともに、雷雲が爆散しました。
「グギャッ」
雷雲から叫び声が聞こえました。
黒雲はまさに雲散霧消して、元どおり青く晴れ渡った空には、黒焦げになった狼が浮かんでいました。それは雷雲のあった場所から自由落下し、どさりと草原に落ちます。あれが雷雲に変化して、あるいは雷雲の中に潜んで赤ずきんを狙っていたのでしょう。
そんなことよりも。
(新手か?)
何者かが、私よりも先に雷雲を攻撃した――振り向いた赤ずきんの目に映ったのは、全身黒ずくめの男でした。
黒いスーツ、オールバックの神、黒いサングラス。一見若そうですが、格好だけを見ると相当怪しげです。そいつは、ゆっくりと赤ずきんのほうに歩いてきながら何事かを呟きました。
「GPS」
「なに?」
「GPS……global positioning systemの略だ。複数個の衛星からの電波を受信し、自分の位置座標を割り出すシステム」
赤ずきんは銃を構えます。
「何が言いたいのかわからない」
「つまりな、一つの衛星からの電波じゃ自分の位置はわからないのさ。複数の衛星の位置がわかっていて、そこからの電波が受信できて初めて、その電波のタイムラグやら何やらから自分の位置を計算することが可能になるんだ。さっきの雷雲も仕組みは逆だがよく似てる。一つじゃない」
赤ずきんは何かに気づいたように周囲を見渡します。
「そう。あんたを見てたのは一匹じゃなかったんだ」
赤ずきんは構えていた銃を別の方向に向け、発射しました。
それはログハウスから少し離れた場所……豚のウーヌスが住んでいた藁の家に命中して爆発します。
「グギャアアアッ!」
炎上した家の中から何者かの悲鳴が聞こえました。
「お見事」
その炎を背景に男は歩み寄ってきて、赤ずきんに右手を差し出します。
「初めまして、『炎に包まれた狩人』……いや、赤ずきん殿。申し遅れたが、俺は桃太郎という。あなたをずっと探していた」
赤ずきんは警戒を少しだけ緩め、手を差し出しました。胡散臭くはありますが、ひとまず敵ではないと判断していいでしょう。
「どうも」
桃太郎は、赤ずきんが遠慮がちに差し出した手をぎゅっと握ります。
炎に包まれた赤ずきんの手に触れても、桃太郎は悲鳴一つ上げません。いえ、この感触は……。
「……義手か!」
「その通り。本来なら生身の手を差し出すところだが、火傷するのは嫌だったものでな。マナー違反をお許し願おう」
「さっきの攻撃も、その手によるものか」
「そう」
桃太郎は袖を捲り上げます。
「俺の育ての親が作ってくれた義手だ。いろいろと仕込まれていて、さっき撃ったのは『キビダンガン』……戦闘用きび団子とでも言うべきか」
「きび団子……?」
桃太郎は頭をかきます。
「そうだったな。きび団子っていうのは俺の祖国で食べられているもので、きびという穀物を練って球状にしたものだ」
「なるほど、異国の者か」
言われてみれば、黒髪はこの国では珍しい色です。
「どうしてこの地に? それに、私を探していたというのは……」
「話せば長くなるが、一言で言えば、俺は共に鬼を討ち倒すための仲間を探しているんだ。『炎に包まれた狩人』の噂を聞いて、ぜひ会ってみたいと思った」
「鬼……?」
「そう、鬼だ。真っ赤な皮膚に覆われた人間のような形をしているが、人よりも凶暴で残忍、おまけに人を喰う。俺の故郷では人間が鬼に怯えながら暮らしている」
狼のようだ、と赤ずきんは思います。
「それを退治するために鬼の本拠地に乗り込んだ俺は、負けて死にかけた。こうやって命を拾った今、もう同じ失敗はしない。俺は仲間を探している。共に戦い、鬼を討ち倒すための仲間を」
「悪いが」
赤ずきんは首を振ります。
「力にはなれないだろうと思う」
「なぜ……?」
「祖母を狼に殺され、私自身も殺されかけて以来、私の体を消えない炎が包んでいる。この炎は、狼を滅ぼせという天からの啓示……私はそう受け取った。狼を滅ぼすという使命を途中で投げ出すわけにはいかない」
「ああ、それなら……」
桃太郎は笑います。
「あなたはきっと、俺に協力してくれるだろう。なぜなら、俺がまず狼を滅ぼすのに協力するからだ」
桃太郎は右手を振り、隠しナイフを出しました。
赤ずきんはマスケット銃を再び構えます。
「ちょうどいいところに来たな。こいつらに聞いてみれば俺の言葉の意味がわかるはずだ」
「なるほど……では、口を動かせる程度の力は残してやっておかねばな」
二人の目の前に、そっくりな二匹の狼が歩み寄ってきていました。
ぼろぼろです。二匹とも煤と火傷に覆われています。一匹は雷雲の中に、もう一匹はウーヌスの家に潜んでいたのを狙撃され、炎上したのです。
「よくも……てめえら……」
「やってくれるじゃねえかよォーーーーーッ」
二人を睨みつけるその目の周囲に、ばちばちと放電が起こりました。
「エクレール」
藁の家に潜んでいた一匹が名乗りを上げます。
「トニトルス」
続いて、雷雲に潜んでいたもう一匹。
「弟の雷をあそこまで躱されるとはな……だが赤ずきん! てめえに殺された父母のは! 必ず討たせてもらうッッ!」
エクレールに続いて、トニトルスも叫びました。
「そこの男! てめえには今さっき恨みができたッ! とくも俺を撃ちやがったな……てめえは念入りに焼き殺す!」
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