グッド・バイ・オニガシマ
桃太郎は、悔しげなモモタロウとシルヴァを見下ろします。
「俺が連れてきた援軍は、かつて鬼ヶ島に攻め入ったときのメンバーだ」
桃太郎の後ろで、犬が牙を剥き出しにして威嚇します。雉の親子は空中で目を光らせ、桃太郎に害をなそうとする動きがないかどうか見張っています。
「もちろんそれぞれが修練を積んでいる。あのときよりも強い。鬼狼同盟、お前たちの今の戦力では、もう勝ちの目はない」
「心配をかけてすまなかった」
おじいさんとおばあさんに再会した桃太郎は、今までの無沙汰を詫び、心配をかけたことを詫びました。
「いいんだよ、お前が生きて帰ってきてくれただけで」
おばあさんは、桃太郎が鬼ヶ島で捕虜になったと考え、救出に向かおうとしたそうです。
「秘蔵のナイフまで持ち出してね。でも、海岸まで行ったら鬼ヶ島が消えてたんだよ。どこにもなかったんだ、あんな大きな島が」
鬼ヶ島が消えていた……そう、海上を自在に移動する要塞である鬼ヶ島は、日本の海岸をとっくに離れていました。桃太郎の襲撃による被害は、無視できるほど小さくはなかったのです。万が一の追撃を避けるため、鬼ヶ島ははるか遠く異国の海上まで移動し、そこで復旧作業に勤しんでいました。
狼の長であるシルヴァが訪れたのも、ちょうどこの頃です。
「勝ちの目がない、だと? それは早計というものだろう」
モモタロウは不敵に笑います。
狼と組んで首都へと攻め上るため、今の鬼ヶ島は海岸沿いに停留してあるのですが、そこには大量の控え兵たちがいるのです。
「ここに寄越しているのは全兵力の七割……残りの三割は鬼ヶ島に残してある! 死体を操るのは予想外だったが、まだ残った兵力を合わせれば勝ちの目はある。見くびるなよ」
「そうか……」
桃太郎は頷きます。
「全兵力をここに連れてくるべきだったな」
海から音を立てて水柱が噴き上がりました。
「なっ……」
鬼狼同盟軍がありとあらゆるものを薙ぎ倒し燃やし尽くして進軍してきたおかげで、戦場からは遠くに海が見えます。その海に浮かんでいた鬼ヶ島が、突如爆発したのです。
「何をした!」
「以前の戦いで、上陸して鬼ヶ島を陥すのは不可能だと悟ったんでな。海の中から援軍を呼んだ」
鬼ヶ島は大混乱に陥っていました。
地面の下は巨大な動力部……鬼ヶ島を動かすスクリューと直結している推進装置です。そこから間断なく爆発音が聞こえてきます。地響きが鬼ヶ島全体を揺るがし、鬼ノ内センタービルが轟音とともに崩壊を始めました。
「何だ! 何が起こってる!」
モモタロウの右腕である屈強な体つきの鬼が叫びながら人混みを駆け抜けていきます。
「機関兵! 説明しろ!」
「推進装置が……爆発しました。いえ、爆発し続けています」
「馬鹿な、この島に敵などいるはずがない!」
現在の鬼ヶ島には鬼と狼しかいません。いるはずがないのです。
「まさか……」
モモタロウの右腕である屈強な体つきの鬼は、地下へと駆け下りていきます。最悪の想像は、当たっていました。
「水没、している……」
地下への階段は、途中から水没していました。先に進めません。
鬼ヶ島の弱点である水中からの攻撃です。幾重にも補強してあるはずの底部の鋼板が破られて浸水しており、作動不良を起こした機械たちが次々と誘爆を始めていました。
「馬鹿な、まだ潜水艦は開発されていないはず……」
「潜水艦? 何だそれは」
声は水面下から響いてきました。
「誰だ!」
水没した階段の向こうから、何かが上がってきます。
ばしゃっと水音を立てて水面から飛び上がったのは、全身傷だらけの鮫でした。
「ぐおっ……!」
モモタロウの右腕である屈強な体つきの鬼に噛みつき、水中へと引きずり込みます。
「俺は竜宮城で警備兵長をさせてもらってる。以前うちの桃太郎が世話になったらしいな」
モモタロウの右腕である屈強な体つきの鬼は必死でもがきますが、自慢の筋肉も水中では役に立ちません。
「桃太郎が助けてくれって言ったんでな。あんたに恨みはないが、倒させてもらうぞ」
呼吸を封じられた陸上生物が、水中で鮫に勝てる道理はありません。
こうしてモモタロウの右腕である屈強な体つきの鬼は、とうとう一度も名前を出してもらえないままに全身を引き裂かれて息絶えました。
桃太郎は、かつて世話になった竜宮城にも出向いていたのです。
再び鬼ヶ島に戦いを挑むとき、力を貸してほしい――桃太郎の願いは聞き届けられました。
「兵力が手薄になった鬼ヶ島を沈めてくれ。奴らの退路を断つ」
かつて桃太郎と修行と称した喧嘩を繰り広げていた警備兵たちは雄叫びをあげ、我先にと鬼ヶ島へ向かっていきました。
「竜宮城の警備兵が竜宮城を出払ってしまうとはのう」
乙姫は面白そうに笑います。
「妾の兵を貸し与えたツケは、いつかきっちり返して貰おうかの。身体で」
桃太郎はなんとなく背筋が凍るのを感じました。
それはともかく。鬼ヶ島が沈んでいきます。誘爆はついに地上へと及び始め、鬼ヶ島のあちこちで爆発に巻き込まれて鬼と狼たちが死んでいきました。
とうとう、残った兵たちは鬼ヶ島を放棄して海へと飛び込みました。陸までは泳げない距離ではありません。もちろん、海に何もいなければ……。
必死で海を泳ぐ鬼や狼たちが、次々に沈んでいきます。
「がぼっ」
「ごぼぼっ」
足に噛みつかれ、海中に引きずり込まれて次々と魚の餌になっていきます。川や湖なら泳げる狼も、水中に潜ったことなどほとんどありません。おまけに海中では塩水が沁みて目も開けられないのです。
わずか数十分……残していた鬼狼同盟の兵力とともに、鬼ヶ島は壊滅しました。海上に残っていた残骸も、泡とともに沈没していきます。
モモタロウとシルヴァは、ただ呆然とするしかありませんでした。
これで鬼狼同盟は兵力の八割近くを失った状況です。一方、国軍と動く死体たちは戦場でハイになっています。無傷ではありませんが、残存兵力としては鬼狼同盟よりもはるかに多いのです。国軍と鬼狼同盟の戦いは、防衛軍の介入によって国軍勝利に終わったと言ってもいいでしょう。
「もう一度言ってもらおうか。勝ちの目が何だって?」
ここから巻き返すには……もう、モモタロウとシルヴァの『魔女の祝福』に頼るしかありません。
「いいや、何度でも言うさ……勝ちの目は、残ってる」
モモタロウが手をかざしました。
「俺の祝福を使うときが来たようだ」
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