ライフ・ストリーム

「なあ、教えてくれよ。狼として生まれた俺らには、生きていく権利もねえのか?」

 今から自分が殺されることを悟ったトニトルスは、赤ずきんに対して問いかけます。

 その口調は、不思議なほどに穏やかでした。ただ純粋に、知りたかったのです。赤ずきんと呼ばれる目の前の少女が、どうして次々に狼を惨殺するのか。

「いいや、違う。お前たちにだって生きていく権利はある。私がお前たち狼を殺すのは、祖母を殺された個人的な恨みに過ぎないんだよ」

「俺が何をした? 俺は、あんたの祖母を知らない。ましてや殺したりなんかしていない」

「ああ、そうだとも」

 赤ずきんは静かに頷きます。

「私は、お前個人には何の恨みもない。今からお前の命を奪うのは、お前が狼だから、ただそれだけだ。逆恨みもいいところだろう」

「狼だから……狼に生まれてしまったから殺されるのか」

「そうだ。お前が殺されるのは、お前が狼だから。そして、私よりも弱いからだ。それだけ……それだけに過ぎない」

 赤ずきんの口調は、まるで生徒を教え諭すようでした。

「肉食も草食も関係なく、すべての命は例外なく尊い。弱肉強食がすべての基本であるこの世界で、一つの命が生きていくためには、たくさんの別の命を奪わねばならない。そうやってできている。世界はそうやって回っている」

 トニトルスは兄の死に顔を見つめながら、じっと耳を傾けています。

「私たちの目には見えないほどの巨大な流れに従って、命は巡り来るんだ。それに従うことの何が悪い? お前たち狼が獲物を狩り、殺して食べることは極めて自然な行為だ。生きていくための営みだ。そこには善も悪もない、そうだろう」

 沈黙を同意と捉え、赤ずきんは話を続けます。

「私たちは皆、生と死を繰り返す命の流れの中に生きている。食べるために殺すことが悪であるはずがない。もしも悪と呼ばれるものがあるとすれば……それは、食べるためでもなくただ殺すこと、殺すために殺すこと。わかるか? 私のようなものを、悪と呼ぶんだ」

 赤ずきんはゆっくりと歩み寄ります。

 エクレールを殺したとき、赤ずきんは異常なスピードを見せました。それは電撃によるものでした。そう、赤ずきんは自らの筋肉を電気刺激することで、限界を超えたスピードで動くことを可能にしたのです。

「せめて、苦しくないように一撃で殺してやろう。最後に何か、言い残すことはないか」

 兄の死骸から顔を上げ、トニトルスは微笑みました。

「あんたを、恨む」

「……そうか」

 赤ずきんが腕を振り上げた、そのときです。

 トニトルスの喉に、牙が食い込みました。

「え?」

 誰もが自分の目を疑いました。

 死んだはずのエクレールが突然身体を起こし、トニトルスの喉を食い破ったのです。

「兄……さん……?」

 トニトルスはごぼごぼと不明瞭な声を漏らしました。そして、前のめりに倒れて動かなくなりました。

 エクレールもまた、動かなくなりました。

 あまりにもあっけない最期でした。雷を操る狼の兄弟は、それきり動きませんでした。

 桃太郎と赤ずきんは、顔を見合わせます。

「何が起こった……?」

 ありえないことです、なんて。いち早くショックから立ち直った桃太郎が周囲を見渡し、何かを見つけたように眉を上げます。

「ぶ、無事かーい」

 戦いが終わったと見て、豚の三兄弟がどすどすと駆け寄ってきました。

「ああ、お陰様で無事だ……ん?」

 三兄弟の後ろに、誰かがいます。

 ヤギです。妙齢の雌ヤギと、その子供でしょうか、まだ幼い子ヤギが連れ添って歩いてきます。桃太郎の視線に気づき、ウーヌスが後ろのヤギたちを紹介しました。

「友達のヤギだよ。今さっき会ったんだ。かわいそうなことに、家を狼に襲撃されて、逃げてきたんだってさ」

「初めまして、私はビリジアン。この子はベルデです」

「ベルデです!」

 母ヤギと子ヤギは挨拶しました。

「赤ずきんだ」

「桃太郎という」

 二人も挨拶を返します。

「燃えてるお姉ちゃん、怪我しなかった? あの狼がちゃんと僕が殺したからね、もう大丈夫だよ!」

 ベルデが無邪気に放った台詞で、周囲が凍りつきました。

「それは、どういう……」

「僕はね、魔女の祝福を受けて死体を操れるようになったんだよ! 死霊魔術師ネクロマンサーっていうんだって! 燃えてるお姉ちゃんの近くにいた狼、一匹は死んでたけどもう一匹はまだ生きてたでしょ? だからね、僕がその死体を動かしてもう一匹を殺したの! ちゃんと死んだでしょ?」

 誰も、何も言いませんでした。

「……その能力、魔女の祝福というのか」

 口火を切ったのは桃太郎でした。

「海竜と化して魚を従えたり、雷や炎を身に纏ったり、死体を動かしたり……普通ならありえないはずの能力が、ある条件を満たしたとき与えられるという。ただの伝説とばかり思っていたが……」

 赤ずきんが後を引き継ぎます。

「私が調べたところによると、魔女の祝福を受ける条件は一つだけだ。深い絶望と激しい怒りを同時に味わうこと……なんともあやふやな条件だがな」

 ビリジアンも頷きます。

「私もそう聞いています」

「その魔女というのは何者なんだ」

 桃太郎の問いに答えたのは、その場にいる誰でもありませんでした。

「知りたいか? 知りたいなら、教えてやろう」

 低く、不気味な笑い声が響き渡ります。

 ずずず……と、何もない空間に漆黒の穴が空きました。赤ずきんが、ベルデが、そして桃太郎が、一瞬で穴へと吸い込まれ、姿を消します。

 後には、豚の三兄弟と母ヤギが残されました。

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