アース・サンダー・アンド・ファイヤー

 煙が晴れたとき、そこには地面に倒れ伏した桃太郎と、今にも倒れそうな赤ずきんがいました。

 エクレールとトニトルスは、勝利を確信したように叫びます。

「はは……はははッ……死にやがったぜッ!」

「赤ずきんッッ! あとはてめえだけだなァーーーッ」

 エクレールがもう不要だとばかりに電脳空間を解除しました。8bitの世界が元に戻ってゆきます。

「私だけ? それは違うな」

 絶体絶命と思われる状況下で、赤ずきんは不敵に笑います。

「その通り」

 桃太郎がむくりと起き上がりました。

「なっ……あの電撃を受けて起きあがれるはずが……」

「まともに受ければな」

 桃太郎は右手を軽く振ります。

 そうです。桃太郎の右手は義手……人体よりもはるかに電気伝導率の高い素材で構成されています。

 桃太郎は直撃の瞬間に地面に伏せ、右肘を地面にめり込ませて右掌を掲げるという防御体勢をとりました。さらに、桃太郎が右肘を付けた地面は水で濡れていました。水は電気を非常によく通します。人体よりもはるかに低い電気抵抗によって、電撃の大部分は桃太郎の右掌から右肘、そして地面の中へと逃げていったのです。桃太郎へと到達した電流は、ごくわずかでした。

「馬鹿な……何ボルトあると思ってんだッ! 地面に流れる前にてめえの体を通過するはずだッッッ」

「普通ならな。ところが、なぜかここの地面だけ湿ってたんでな……水は電気をよく通すだろう?」

 でも、どうしてその部分だけ濡れていたのでしょう……?

 ここでつい先刻、赤ずきんがウーヌスとドゥオのもとを訪れたときのことを思い出してください。


「おーい、ドゥオ、いるかい」

「やあ、兄さんじゃないか。元気か……うわっ燃えてる」

 ドゥオは家の中に駆け戻り、水を溜めたバケツを手に戻ってくると少女にぶち撒けました。

「あー、すまない、気にしないでくれ。勝手に燃えているだけだ」

 またもや立ち込めた白い煙の中で、赤ずきんは諦めたように呟きました。

「ほ……本当に大丈夫なのか? 熱くないのか?」

「大丈夫だ」


 数話前の『チャーシュー・アクシデント』からの抜粋です。

 戦いの場は、燃えているログハウスのすぐ近く。そして桃太郎が伏せたその場所は、赤ずきんが初対面のドゥオからぶち撒けられた水がたっぷり沁み込んだ場所だったのです。

 なんということでしょう。桃太郎は相手が雷を使うことを知ったときから、すでに対策を立てていたのです!

「電撃の大部分は地面に逃がしたが、避雷針代わりに使ったせいで右手がイカれちまった。もうキビダンガンが撃てねえ」

「へ……へへ……ならてめえはもう怖くねえなァ、あれが撃てねえんならよ」

 トニトルスはほっとしたように笑います。雷雲化からのピンポイントサンダーは最大威力の技……これで仕留められないなら、もう自分たちに打てる手は残されていないからです。

「ああ、な」

 桃太郎は隣にいる赤ずきんを顎で示しました。

「こっちはどうかな」

 赤ずきんはよろけながらも立ち上がります。心なしか、身体を覆う炎が幾分か黄色がかっているようです。

「礼を言うぞ、エクレールと……トニトルスだったか?」

 肩で息をする赤ずきんの炎がばちばちと爆ぜます。いえ、これは炎が爆ぜているのではありません。この音は……。

「私は今、している」

 赤ずきんは、全身に炎と雷を纏っていました。

「同じ『魔女の祝福』を持つ者どうし……戦えばどうなるのかと思ったが、まさかこうなるとは思わなかったぞ。よもや、よもやだ」

「馬鹿な……ッ!」

「俺たちの雷を……奪っただと?」

「奪った? それは違うな。免疫とでも言うべきか、貴様らの雷を大量に喰らって一度死にかけたことにより私の皮膚は変性……雷に対する耐性を獲得したのだ! 貴様らに撃たれた雷は今、私の体表に留まっている。もはや私にこれが到達することはない……決してな」

「馬鹿を言うなァーーーーーーーーッッッ」

 エクレールが叫び、両脚から何本もの電撃を放ちます。

 そのどれもが赤ずきんの周囲を取り巻く炎に飲み込まれ、赤ずきんに届くことはありませんでした。

「無駄だと言っている」

 赤ずきんの姿がふっと消えました。

「……え?」

 次の瞬間、赤ずきんの姿はエクレールの背後にありました。赤ずきんの腕には、赤くびくびくと脈打つ肉塊が掴まれていました。

「ええ?」

 振り返ったエクレールは、呆然として赤ずきんを見ました。赤ずきんの手にあるものを見て訝しげに目を細め、何気なく視線を落とした先、地面にできた血溜まりが自分のものであることを悟りました。自分の胸にいつの間にか空いていた穴の奥、そこにあるはずの心臓がないことに気付きました。

「なるほど」

 そして、驚きの表情のまま息絶えました。

「に……兄さんッッッ」

 どさっ、と地面に頽れたエクレールに向かって、トニトルスが駆け寄ります。

「無駄だ。もう死んでる」

「あ……あああ……」 

 トニトルスの目から涙が溢れ落ちました。目の前で赤ずきんに父と母を焼き殺され、そして今、唯一の肉親である兄を無残にも殺されたのです。

「俺らは、肉を喰わなきゃ生きていけねえ」

 兄の屍を抱いたトニトルスは、食い縛った歯の奥から言葉を押し出します。

「ああ」

「だから俺らは殺す。生きるために殺すんだ。それが駄目なことだってのか。なあ、教えてくれ。狼として生まれた俺らには、生きていく権利もねえのか?」

「いいや、そんなことはない」

 赤ずきんは悲しげに微笑みました。

 祖母を殺され、復讐に奔った赤ずきん。両親を殺され、復讐に奔ったトニトルス。何が違うというのでしょう。

 赤ずきんの祖母を殺した狼。トニトルスの両親を殺した赤ずきん。何が違うというのでしょう。

 赤ずきんの口調は優しげでさえありました。

「すまないな。私がお前たち狼を殺すのは、祖母を殺された個人的な恨みに過ぎないんだよ」

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