ウィッチ・イン・ザ・ウッドランド

「ここは……?」

 桃太郎、赤ずきん、ベルデ。穴に吸い込まれた二人と一匹は、森の中のぽっかりと開けた空き地に立っていました。

 深い森です。鬱蒼と茂った下草、節くれだった樹木に絡みつく蔦。空き地の上にはわずかばかりの日光が差し込んできますが、一歩森へと分け入れば空まで木の葉に覆われ、何も見えなくなるでしょう。

 その光景がおどろおどろしく見えるのでしょう、ベルデは今にも泣き出しそうでした。

「ここはどこ? お母さんは?」

「落ち着け、ベルデ……だったか」

 桃太郎が頭を撫でます。

「何かあってもちゃんと守ってやる」

 赤ずきんも撫でようとしましたが、自分の手が燃えているのを思い出してそっと引っ込めました。

「あのね、僕も戦えるんだよ。だからね、もしお兄ちゃんとお姉ちゃんが死んでも僕が操ってあげるからね」

 桃太郎と赤ずきんは顔を見合わせます。

 悪意も何もない、純粋な子供の純粋な思いやりでした。だからこそ、それは不気味に響きました。

「ベルデ、お前の力はあまり使わないほうがいい」

「どうして?」

 桃太郎は顔を歪めます。一体、どう説明すればいいのでしょうか。

「……今説明しても、お前にはたぶん理解できない。いずれわかるだろうが――わかってからでは遅いこともあるんだ」

「難しくて何言ってるのかわかんないよ」

 ベルデは頬を膨らませました。

「さて、とりあえず今は出口を探さなければ――」

「その必要はないよ」

 桃太郎は瞬時にベルデを抱きかかえて飛び退り、赤ずきんが素早く銃を構えます。

 目の前に突如現れた、長い黒コートの人影。フードで顔を隠しており、年齢はおろか、性別さえもわかりません。いつからそこにいたのか、今の今までその存在を歴戦の二人にまったく気づかせませんでした。

「……誰だ?」

「おいおい、そんなに警戒されると悲しいな。私は君たちをここに呼んだ張本人さ」

 奇妙にしゃがれた声は、男のようでもあり、女のようでもあり、老人のようでも、子供のようでもありました。

「貴様……まさか、魔女」

 赤ずきんが照準を合わせたまま発した言葉に、フードの人物はぱちぱちと手を叩きました。

「おお! ご名答。それから、その物騒なものを下げたまえ。それで私は殺せないよ」

 赤ずきんは銃を下げません。

「下げろと言われて下げる奴がいると思うか? 今の貴様がどれだけ怪しいと思っている」

「怪しいかー、ま、確かにそうだよね。突然出てきて『魔女です』なんてさ。でも」

 魔女は静かに言いました。

「こればっかりは信じてもらうしかない。私は魔女だ。赤ずきんの炎にベルデの死霊魔術、君たちの能力は私が与えたものだよ」

 魔女は手のひらの上にぽっと小さな炎を出しました。

 炎はくるくると回転し、だんだんと細長くなっていきます。ついには矢のような形になった炎が、今度はばちばちと爆ぜ始めました。炎が、雷を纏っています。

「さっきの……」

「ああ、そうだ。エクレールとトニトルス兄弟には雷を与えた。もっとも、君たちに返り討ちにされてしまったけれどね。戦いの一部始終。ずっと見てたけどなかなかにワクワクしたよ。君たちって強いよねえ」

 雷を纏った炎の矢を、魔女はことも無げに近くの樹木へと投擲しました。

「ギャッ」

 木の上にいたリスが矢に貫かれ、ぽとりと落ちてきます。

 魔女がぱちんと指を鳴らすと、すでに息絶えていたはずのリスは、血まみれのままむくりと起き上がりました。

「あ、それ僕もできるよ!」

 ベルデが無邪気に笑います。

 手招きすると、リスは魔女に駆け寄りました。足元からコートに爪を立て、駆け上がって手のひらの上へ。そこでリスの体がぐにゃりと歪みます。リスは一瞬で、大きな銀色の鱗を持つ魚になっていました。

 魔女が手を離しても、魚はそこに静止していました。

 浮いています。

「まあ、こんな感じだ。もっといろいろできるけど……とりあえず、私が魔女だってわかってもらえたかな。普通の動物にはできないでしょ、こんなこと」

 桃太郎と赤ずきんの顔を、冷や汗が伝い落ちました。もっとも、赤ずきんのほうの汗は一瞬で蒸発してしまいましたが……。

「魔女の祝福。神の祝福でもなく、魔女の呪いでもなく、魔女の祝福だ。善とも悪とも判断つかないこの一緒くたな感じ、誰が名付けたのか知らないが案外的を射てると思わないかい? これは私からの祝福でもあり、期待でもある」

 くるりと後ろを向き、魔女は歩き始めます。魔女が近づくと森の樹木たちはざわざわと震え、飛び退いて道を開けました。

「話が聞きたいのなら、着いておいで。今まで誰も足を踏み入れたことのない、魔女の住処見学ツアーにご招待しよう」

 二人は顔を見合わせました。

 ベルデは行く気満々です。

 罠……にしては、あの魔女には二人への敵意も害意も一切感じられません。そもそも、危害を加えたいならわざわざここにまで連れてくる必要はないでしょう。

 魔女の目的が、掴めませんでした。

「話とは、なんだ」

 魔女の背中に向かって、赤ずきんが叫びます。

「この世界について。私について。それから、君たちが知りたいことについて」

 二人はもう一度顔を見合わせ……それから、魔女のあとを追いかけました。

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