ザ・メイルストロム
それは、開戦の少し前の会話でした。
「
「ああ、俺の切り札だ」
シルヴァは胸を張って答えます。
「任意の箇所に
「ほう……」
モモタロウは感心します。
「この技が発動したとき空間内部は炎上しする。すべてをハイにするまでその炎は消えん」
「
「当たり前だ」
「素晴らしい技だな。お前が敵でなくてよかった」
準備が必要とはいえ、発動してしまえば最強の技だと言えるでしょう。モモタロウはそのとき既に、それを戦術に組み込む算段を立てていたのです。
「準備はいいか?」
そして、準備は整いました。
「こき使いやがって……今までこんな広範囲に
シルヴァは大きく息を吸いました。
銀色に燃える体躯が、ゆっくりと蠕動します。
「大丈夫さ、お前を信じてるからな。全軍退け!」
モモタロウの指示が飛びます。
まだ生き残っていた鬼たちが逃げ始めました。蘇った亡者たちが追いつけないほどの速度で、全速力で退却していきます。
兵士たちは、呆然としてそれを見送っていました。
「どうなってるんだ……?」
「まさか……勝ったのか?」
もう駄目だ、と思ったそのとき突如蘇った謎の死者たち。人間を襲わずに鬼だけを襲ったということは、きっと味方なのでしょう。事実、その死者たちに追われるようにして、鬼たちは退散したのです。
じわじわと喜びが湧き上がります。死なずに済んだ。生き残った。よくわからないままでも、それでも鬼と狼を打ち倒したという喜びが、兵士たちの顔を緩ませ……。
「我々の、勝利だ!」
司令官の叫びとともに、戦場は歓喜に包まれました。
亡者たちはまだ鬼の去った方角へと目を向けていましたが、視界に標的が入らなくなった以上、もう動きませんでした。
「鬼たち、逃げちゃったよ」
ベルデが残念そうに呟きます。
「死体はいくら倒しても蘇りますからな、一旦退却ということでしょう……我々も戻りましょう」
ベルデを背に乗せたホークが、拠点に進路を変えたその瞬間。
空中に、眩い銀色に光る点が出現しました。その数、四つ。そして見下ろせば、国軍の陣地をちょうど囲むような銀の光点が同じく四つ。
「何だ……!?」
銀の光は一層輝き、やがて光点は細い光線を伸ばし始めました。光線は互いを結ぶように伸びていき、合体し、一つの巨大な直方体を形成する辺となりました。
歓喜に浮かれ騒いでいる国軍の兵士たちも何人かはそれに気がつきましたが、「戦勝を祝う花火だろう」と気にも留めませんでした。
そして直方体は完成し、不気味に輝きます。
「敵の攻撃か? まずい……っ」
ホークが直方体内部から脱出しようとしたとき、それは発動しました。
「鬼の避難が完了しました」
「いいぞ。さあシルヴァ、出番だ」
「簡単に言ってくれやがってよ」
シルヴァの体が、一際大きく燃え上がります。
設置したマーカーは、全部で八個。国軍が掘った塹壕をすべて囲み、兵士も武器も何もかもを覆い尽くす、一辺が数キロを超える直方体です。
「
天を衝くが如きシルヴァの叫びは、一筋の炎となって天空へと舞い上がり……そして、戦場は銀の炎に包まれました。生き残っていた兵士も、大量の武器弾薬も、ベルデとホークも、ベルデが操っていた大量の亡者も。何もかもを呑み込んで、豪炎が直方体内部で荒れ狂います。内部にいるすべての生命がハイになるまで消えない炎です。
炎は数分間燃え続け、直方体が発する膨大なエネルギーによって電波通信が一斉に乱れました。その輝きは首都まで届き、突如映らなくなった衛星放送と合わせて住民たちの不安を煽りました。
「ハアッ……ハアッ……」
やがて炎はゆっくりと鎮まり始めます。
シルヴァは肩で息をしながら、地面に倒れ込みました。ここまで広範囲を燃やしたのは初めてです。力を使い果たしてしまった気分でした。
「おい、大丈夫か?」
「うるせえ、誰のせいだと思ってやがる……」
モモタロウはにやりと笑いました。
「少々お疲れのようだが、これで目障りな亡者も国軍も」「UWAAAAAA!!!!」
歓声が、轟きました。
モモタロウの台詞を掻き消すほどの、大地を揺るがす大音声です。
「な……」
「MUSIC COME ON BACK TO ME YAAAAAAAA!!!!!」
ステージでロックバンドの演奏が始まりました。
炎が消えた戦場では、ありとあらゆるものがハイになっていたのです!
兵士たちは歌い踊り、足を踏み鳴らします。榴弾砲までもがエイトビートに乗せて空砲を撃ちまくり、弾薬は飛び跳ねてジャラジャラとマラカスのような音を立てています。
夜間戦闘用にと設置されていたサーチライトはセロハン紙を被せられ、スポットライトと化して空に七色の軌跡を描きました。
「馬鹿な……馬鹿なっ!」
シルヴァは喚きます。確かに切り札は発動したはずでした。どうして戦場はあんな有様になっているのでしょう?
「こんなはずがあるか!
「今何と言った!」モモタロウが叫びます。
「シルヴァ! もう一回言ってみろ!」
「何が起こってる!」
「違う! その一個前だ!」
「どうしてハイになっていない!?」
「それだ!!!」
モモタロウはこの現象の正体を悟りました。なんということでしょう!
それは「灰」と「ハイ」の『誤変換』だったのです!
「切り札は発動した。お前の
「何だそのふざけた理論は! 灰になる代わりにハイになったってのか?」
「そうだ……読みが一緒だから俺も今まで気付かなかったが……お前が俺に
声は、すぐ後ろから聞こえました。
「誤変換の能力なんかじゃない。俺の仕業さ」
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