セブン・リトル・ゴーツ

 子ヤギのきょうだいは、皆仲良しでした。

 上から順番にしっかり者のゴリ、優しいウルディン、甘えん坊のオリ、おっとりしたベルツ、真面目なスリ、恥ずかしがり屋のモレ、そして怖がりのベルデ。

 七人の我が子に、ヤギのお母さんは虹の七色の名前をそれぞれ付けてくれました。

 末っ子のベルデは緑。野山に、森に、この世界を満ちてすべてを優しく包みこむ自然の緑です。



 コンコン。

「ママだよ、開けておくれ」

 お母さんが出て行ってからしばらく経った頃、扉の外からやけに低い声が聞こえました。

「あっ! お母さんが帰ってきた。お母さーん!」

 ベルツが嬉しそうに言って、扉を開けに行こうとします。

「待て」ゴリが止めました。

「お母さんが自分のことをママって呼んだことはない。あれは偽物だ」

「たしかに」ウルディンも頷きます。

「それに、声も違うじゃない」

「なーんだ、そうか……じゃあ開けちゃだめだね」

 ベルツはしょんぼりしました。



 家の外では狼たちがひそひそ声で会話しています。

「おい、『お母さーん』の後から一切返事がないぞ。扉も開かない」

「バレたんだろうな。だいたいお前、そんな低音ボイスで騙せるわけがないだろ。麒麟の川島かよ」

「それにお前、自分の事『ママ』って言っただろ。でも家の中からは『お母さん』と聞こえた。つまり、そこも違和感があったに違いない」

「言われてみればその通りだな……じゃあお前らならどうすんだよ」

「ふふん、まあ見てな」

 一匹の狼が立ち上がり、ホームセンターに向かって走っていきました。



 コンコン。

「お母さんだよ、開けておくれ」

 またしばらく経ってから、声がしました。

 今度はさっきより高い声です。きっとお母さんにちがいありません。

「お母さーん」

 オリが扉に駆け寄り、鍵を開けようとしました。

「待って」それをウルディンが引き止めます。

「お母さんなら暗号を言うはずよ」

「そうだった」

 オリはインターホンに向かって叫びます。

「お母さーん、暗号言ってよ!」

「暗号かい? 困ったねえ、忘れてしまったみたいだよ」

 外の声は悲しそうな調子でそう言いました。

「忘れてしまったなら開けられないよ」

 オリも悲しそうに言いました。

「憲法二十五条でしょ、頑張って思い出してよ」

「あっ、こら」

 ゴリがオリをインターホンから引き剥がしました。

「それ言ったらバレちゃうだろ」



 家の外では、悔しそうな狼たちがまた会議を始めました。

「くそっ、ヘリウムガスを吸って声を偽装したはいいものの……」

「お前、今その声で喋るのやめてくれ。笑うから」

「まさか暗号があるとは予想外だったな。あの母親、かなり警戒してやがる」

「やめろって!」

「ところでどうすんだ? 憲法二十五条とか言ってたが」

「……それじゃねえか」

「……それじゃん」

 他の二匹が、呆れたようにその狼を見つめました。



 コンコン。

「お母さんだよ、開けておくれ」

 またしばらく経ってから、声がしました。

「今度こそお母さんだよね!」

 モレが嬉しそうな顔をします。

「お母さん、暗号は?」

 インターホンの向こうから、何かを読み上げるような声が響きました。

「すべて国民は……健康で、ぶ、文化的な最低……限度? の生活を、営む権利を、あり……じゃなくて有する」

「暗号言えたね! きっとお母さんだ!」

 モレが扉の鍵に手をかけます。

「待て!」ゴリがそれを止めました。

「念のため、そこの覗き穴から見てみるんだ」

「はーい」

 しぶしぶ覗き穴に顔を近づけたモレが、ぎゃっと叫びます。

「違うやんけ!」

 あまりのショックに関西弁になってしまったモレをベルツが慰めました。

「よーしよしよしよし」

 ウルディンが立ち上がって覗きに行きました。

「どれどれ……うげっ、狼だ。開けなくてよかったね」

「まったく……」ゴリが汗を拭います。危うく家の中に狼を招き入れてしまうところでした。さすが長男、しっかり者です。

 ゴリが立ち上がり、インターホンに向かって叫びました。

「狼め! お母さんのふりをして家に入ろうったってそうはいかないぞ。早くここから立ち去らないとお母さんを呼び戻すからな!」



 狼たちは冷や汗を垂らしました。

「どうする? あの母親が戻ってきたら俺たち殺されるんじゃないか?」

「くそう、食物連鎖のピラミッドをガン無視しやがって……」

「こうなったら扉を蹴破るしかないか」

 狼たちは扉を蹴りつけ、体当たりし、それでも壊れなかったので助走をつけて体当たりし、女装して体当たりしました。

 それでも扉はびくともしません。なにしろ特製の防弾・防火ドアです。群れの中でも下位の若い狼に破壊できる代物ではありませんでした。

「無駄だよ」

 インターホンの向こうから子ヤギの声が聞こえました。

「このドアは徹甲弾でも壊れない強度を誇るんだ。そのくらいじゃ壊れないよ」

「くそっ……」

 狼が膝をついた、そのとき。

「思いついた」

 別の狼が、ニヤリと笑って煙突を指差しました。

「扉が駄目なら別のところから入ればいいだろ」

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