ホンキートンク・モンキートーク

 桃太郎と犬は、とある町に到着しました。

 そのまま大通りに面した武器やへと足を踏み入れます。煉瓦造りの重厚な建物は、どことなく重々しい雰囲気を醸し出していました。

 やや薄暗い店内は、しかし隅々まで清潔に掃き清められています。埃一つ落ちていません。桃太郎がカウンターのベルを鳴らすと、奥から店主がどたどたと走ってきました。

「らっしゃい……おや、桃太郎さん」

「世話になる」

 桃太郎はグラサンを外しました。薄暗い室内では、細かいものが見えにくいのです。

「いえいえ、毎度ご贔屓にしていただいて……おや、そちらの方は?」

「失礼、私はサムライドッグと申す。桃太郎殿に命の恩を返すため、こうして付き従わせていただいている次第」

「ご丁寧にどうも」

 店主はぺこりと頭を下げ、犬に手を差し出しました。

「私はこの武器屋を営んでおる者です、どうぞよしなに」

 店主の手に犬が前足を乗せます。

「あ、いえ、お手ではなくて握手です」

「そうであったか、すまぬ」

 改めて、店主と犬はがっちりと握手を交わしました。

「さて」

 挨拶も終わったところで、桃太郎が切り出します。

「弾薬とナイフを補充したいんだが」

「おお、とうとう鬼退治へ行かれるのですか! 思えば町中の腕自慢が鬼退治に出かけては、首だけ、ひどいときには指だけになって帰ってくるのをどれほど見たことでしょう……しかし桃太郎さんなら必ずや! 鬼たちを退治して町に平穏をもたらしてくださると信じております」

「ああ」

「つきましては、必勝祈願ということで全品半額にてお売りいたしますよ」

「ありがたい」

 桃太郎は店内を物色します。

「投擲用ナイフを三本は欲しいな……それとベレッタの弾を」

 ナイフをランプの灯に翳して刃の鋭さを確かめていた桃太郎に、店主が思い出したように声をかけました。

「そうだ、桃太郎さん。あなたに紹介したい人、いや、猿がいたんです」

「猿?」

 店主は店の奥へと手招きします。

「会ってやってくださいませんか。おーい、エテ子!」

「はーい」

 奥から、どこか媚を含んだような甘ったるい声が聞こえてきました。

 そして出てきたのは、なんと雌の猿です。

 猿は桃太郎の姿を認めると、「キャッ」と叫んで飛び上がりました。

「はじめましてぇ、桃太郎さん、ワタシ猿のエテ子って言いますっ」

「こいつ、桃太郎さんの大ファンらしいんです。この店が桃太郎さんの行きつけの店だと知って、ここで働きたいなんて言ってきたのでね」

「ほう、そうか」

 桃太郎は鷹揚に頷きました。

 以前桃太郎がこの町を訪れた際、襲ってきていた鬼たちを撃退したことがありました。それ以降も鬼が出たと聞けば修行がてら町までやってきて鬼に戦いを挑み、ことごとく打ち倒してきたのです。桃太郎に命を救われた人も一人や二人ではなく、桃太郎はこの町ではかなりの有名人だったのでした。

「あの、あのあの、桃太郎さん、お会いできて嬉しいですうっ」

「そうかい、ありがとよ」

 猿は桃太郎の周囲をぴょんぴょん跳ねまわります。

 スカートがめくれ、真っ赤な尻がむき出しになりました。それを見た桃太郎の目が、まるで何かに気づいたように細められました。

「それで、それで、お願いがあるんですっ」

「お願い?」

「はい!」

 猿は桃太郎の腕にしなだれかかりました。明らかに過度なボディ・タッチです。私大の文化系サークルには、たいてい一人ぐらいはこういうのがいます。いわゆるサークルの姫です。

「あのう、ワタシも、鬼退治に連れて行ってほしいんですっ」

 これには一同も非常に驚きました。先ほどのボディ・タッチを見て顔をしかめていた犬さえもぽかんとした表情を浮かべています。

「ワタシですね、鬼に親を殺されてて、それで、いつか鬼に復讐してやりたいって思っててっ」

「やめときな」

 桃太郎は葉巻を取り出し、火をつけました。

 煙を吸い込み、ゆっくりと天井めがけて吐き出します。

「悪いこたあ言わねえ。嬢ちゃん、ここでおとなしくしときな。仇なら俺が討ってやる」

「そう言うと思ってましたっ。でも大丈夫です。ワタシ、こう見えて強いんですぅ」

 猿はそう言って、腕をヒュッと一閃しました。

 桃太郎の目が、わずかに見開かれます。

 咥えていた葉巻の先端、ちょうど燃えている部分。そこだけがすっぱり切り取られ、ぽとりと煉瓦の床に落ちたのです。

 猿はにっこりと笑いました。

「どうですかぁ? ワタシの爪もけっこう鋭いんですよ……それと、店内は禁煙ですっ」

「……すまなかったな」

 桃太郎は、先端が切り取られて火の消えた葉巻をゴミ箱に放り込みました。

「ま、来たいんなら来りゃいいさ」

「ありがとうございますっ!」

 猿は嬉しそうに飛び上がり、店主に頭を下げました。

「そういうわけで、今日でこのお店は辞めさせていただきますっ。お世話になりましたぁ」

「ああ、生きて帰ってくることを祈ってるよ」

 こうして、桃太郎と犬に猿が加わりました。

 武器や弾薬を補充した桃太郎一行は、町を出て鬼ヶ島へと足を向けます。

 途中、猿が腹のあたりを押さえてもじもじし始めました。

「あ、あの……」

 桃太郎はくいっと顎をしゃくります。

「いいぜ、行ってきな」

「わ、わかりましたっ」

 猿は近くの茂みへと駆け込んで行きました。



(ええそうです、桃太郎です、それと犬が一匹います、はい、はい、わかりました、引き続き監視を、ええ、わかっております、では)



「ごめんなさあい、お待たせしましたぁ」

 しばらく経って、猿が茂みから出てきました。

「スッキリしましたっ」

「行くぞ」

 しばらく歩けば、見晴らしのいい高台。そこからの眺望は大変よく、青々とした海が遠くまで見渡せます。海の向こうにぽつんと浮かぶ禍々しい人工島、鬼ヶ島と呼ばれる鬼たちの居城までも。

「あそこが鬼ヶ島か」

 桃太郎が目を細めて呟きます。高台から坂道を一日ほど下っていけば、海はもう目の前です。

 鬼ヶ島が、近づいていました。

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