9ミリ・キビダンゴ・バレット

 桃太郎と犬が対峙してから、数十分が経過しました。

 静謐な山中には時折金属音が響きわたって、驚いた鳥たちが梢からバタバタと飛び去っていきます。

「ぐっ」

 犬の猛攻に、とうとう桃太郎がよろめきました。

 ふらり、と体勢を崩した桃太郎を容赦なく攻め立てる爪と牙。桃太郎は頬を削る爪を首を捻って避けたあと後ろへと跳び、空中で回転しつつナイフを放ちます。さしもの犬も追撃の手を休め、ナイフを弾き飛ばしました。

 遠くに落ちたナイフ、弾の尽きたベレッタ。義手のナイフを除いては、桃太郎は丸腰です。犬にとっては絶好のチャンス!

 犬は低い声を漏らしました。

「悪いが、次で終幕とさせていただこう」

「ほう」

 桃太郎は不敵に笑います。

「俺も次で決めようと思ってたとこだ」

 おばあさんの言葉が脳裏に蘇りました。

 ……いいかい、桃太郎。このキビダンゴは三色ある。使い方を説明するよ。まず、この赤は……。

「ありがとよ、ばあさん――」

 桃太郎は、ぐぐっと拳を握りしめます。

 右肩、鎖骨の横にカシャンと穴が空きました。ちょうどキビダンゴがひとつ入るぐらいの大きさです。桃太郎は腰の巾着から取り出した赤いキビダンゴを、その穴にはめ込みました。

 桃太郎は右腕を上げ、拳を犬に向けます。

 一方、犬は唸り声を上げながら全身の筋肉をギリギリと撓めていきます。特にその後ろ足は、もはや大木の切り株と見紛うほどに怒張していました。

「サムライドッグ、お前は強かった」

「貴殿は強かった……だが、これで終わりだ!」

 奇しくも一人と一匹は同時に相手への賞賛を口にし――そして!

 犬が全身の筋肉を解放し、引き絞られた矢が放たれるようにして一直線に桃太郎へと驀進します。とっくに目で追える速度など過ぎており、通り過ぎたあとには微かな茶色の残像が尾を引くばかり。もはや砲弾です。

 犬の牙がまさに桃太郎の喉笛へと届こうとしたとき、一人と一匹は時間が共にゆっくりと流れるのを感じ取りました。桃太郎の拳が正確に犬の腹へと向けられ……犬が大きく口を開け……牙がぎらりと輝き……そしてこの極限まで引き伸ばされた時間の中で、犬は確かに聞き取りました。

 桃太郎の口が動きます。き、び、だ、ん、がん。

「喰らいな、キビダンガン!」

 次の瞬間桃太郎の拳が開かれ、轟音とともに辺り一帯が爆発しました。

 荒れ狂う爆風。

 凄まじいエネルギーに山全体が鳴動し、鼠が一匹飛び出しました。へし折れた木々の破片が乱舞し、土埃が舞い上がって視界を覆い尽くします。

 やがて清涼な風が爆煙をゆっくりと吹きさらっていき……そこには、桃太郎が立っていました。

 桃太郎はタバコを取り出し、火をつけて深々と吸い込みました。勝負のあとの一服は格別なのです。紫煙が風に流れてどこかへと運ばれてゆきます。

 そこから少し離れた場所に、焼け焦げた犬が倒れていました。

「はっは」

 苦しそうに咳き込みながらも、犬は嬉しそうに笑いました。

「そうか、私は負けたのか……ふふ、これが敗北か。思っていたより気持ちのよいものだ」

「紙一重だったな。この腕がなかったら、負けていたのは俺だったろう」

 桃太郎は歩み寄り、犬を抱き起こします。

「悔いはない。最後の最後まで、文字通り一手残していた貴殿の勝ちだ」

 犬は笑いました。

 何かから解放されたような、清々しい笑みでした。

「どうやら私は長くない。ああ、勘違い召されるな、貴殿のせいではござらぬ。戦いを挑んだのは私、敗北を喫したのも私。そこに恨みも何もありはしない……ああ、ただ、戦いの前のあの約束、守れそうもない」

「おっと、それは困るぜ」

 桃太郎は巾着からキビダンゴを取り出しました。今度は赤ではなく、白です。

「食いな」

「む? 頂戴いたす」

 犬はキビダンゴを一口で飲み込みました。

「お、おおっ」

 すると、なんということでしょう!

 傷つき、今にも息絶えようとしていた犬の体が凄まじい速度で修復されていくではありませんか!

 まさに匠の技。おばあさんが桃太郎にもたせたキビダンゴは、色によって効果が違うのです。赤は炸裂弾、桃太郎の腕から発射されれば、桃太郎を除く周囲一帯を一掃できる代物です。そして白は回復薬。ひとつ食べれば瀕死の怪我人もたちどころに歩けるようになる妙薬なのでした。

 では、黒はいったい何なのでしょう?

 もちろんそれは、使ってからのお楽しみ……。

「これは驚いた。貴殿は魔術師か」

「いいや、ただの人間だ。これは俺のばあさんが作った、ただのキビダンゴさ。旨いだろう」

「無論……旨いですとも」

 犬は起き上がりました。傷はすっかり癒えています。

「戦いに負けたのみならず、命まで救って頂いた。このご恩は全力で返させていただく所存。短い道中ではあろうが、よろしくお頼み申す」

「ああ、よろしくな」

 こうして、桃太郎は犬を傘下に加えました。

 互いの身の上話などしながら、鬼ヶ島へと歩いていきます。三叉路に差し掛かり、右の道へと入る桃太郎を犬が引き止めました。

「……おや、鬼ヶ島はこちらではないのか」

「ちょっと寄り道するんでな。こっちでいい」

 まっすぐ鬼ヶ島へと向かっていた桃太郎でしたが、ルートを少し変更して近くの町に向かうことにしたのです。

 そこには顔なじみの武器屋があります。武器弾薬を安く売ってくれますし、鬼の出没情報なども仕入れてくれるのです。

「武器弾薬を仕入れに行くのさ」

「了解いたした。それにしても、先程の腕から放たれた弾丸、あれは」

「ああ、あれか。長い話になるからな、歩きながらでよければ聞いてくれ……」

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