アウトブレイク
歴史に残る決戦の舞台は、鈍色の雲に覆われていました。
首都を目指して北進する鬼狼同盟の軍、狼三千に鬼が二千。合わせてその数およそ五千。
対するは、国軍が保有する全戦力及び赤ずきん率いる防衛軍。徴兵制を敷いているとはいえ、長年続く戦争での疲弊もあって歩兵三千、戦車五百、戦闘機百のみ。数字だけを見れば国側有利です。
しかし、いくつもの不確定要素が存在しています。まず、鬼と狼は一体あたりの戦闘力が非常に高いため、人間側は一体につき数人がかりでの戦いを強いられるでしょう。そして、鬼狼同盟側も何やら兵器を準備しているようなのですが、それもどのようなものなのか一切わかりません。
さらには、両軍がそれぞれ数名以上は保有する『魔女の祝福』持ち。これは一体でも戦況を逆転させるほどの力を秘めています。それが両軍に複数名存在している以上、勝負の行方は誰にもわからないと言っていいでしょう。
そして赤ずきん率いる防衛軍の真のリーダーである桃太郎、彼が引き連れてくるであろう援軍もまた未知数。もちろんこれは彼が開戦に間に合えばの話であり、間に合わない場合もあるでしょう。
決戦は首都へと向かう鬼狼同盟を国軍が防ぐ形になります。防衛戦です。
一週間前、それぞれの戦線から呼び戻されて新たに編成された国軍は、さっそく陣地を築いて塹壕を掘り始めました。
塹壕とは、敵兵からの銃撃などから身を隠すために掘る巨大な溝のことです。溝の深さは二メートル前後、人間が完全に隠れられるほど深くなっています。また、敵から投げ込まれる手榴弾、迫撃砲などの被害拡大を防ぐために、塹壕の所々には待避壕などが設置されています。
この時代の戦争は、互いに塹壕を掘って睨み合いつつ、どうにかして相手の陣地の塹壕を制圧する戦い方――塹壕戦――がメインでした。保塁に次々と機関銃が運び込まれていきます。
「この鉄壁の陣地に攻めてくる相手がかわいそうだ」
一週間後、時の大統領レイバンは、完成した陣地を上空から眺めてこう評しました。
「わが国は常に戦争状態を保ってきた。複数の国と同時に戦い続けられる国力を、たかが鬼と狼にすべて向けるのはまったく心が痛むね。HAHAHA」
大統領は高らかに笑います。その顔が引きつるのは、もうすぐです。
「結局、桃太郎は来なかったな……」
防衛軍は、両軍の衝突予想地点から遠く離れた場所に本拠を構えていました。戦火が及ばない場所です。これがなぜかというと、豚の三兄弟による解析を進めるための大量の電子機器を破壊されては困るからでした。
赤ずきん、豚の三兄弟、そしてヤギの母子。それに加えて、防衛軍には豚の三男ウーヌスの親友である鷲のホークがメンバーに加わっていました。防衛軍に欠けていた機動力を補ってくれるありがたい存在です。鷲なのにホークなのはどうしてなのか、とか、今はそういうことを聞くべき時ではありません。
「しょうがない。彼は彼で全力を尽くしている最中だと信じよう。今の我々にできることをするんだ」
赤ずきんたちは改めて顔を見合わせ、決意を新たにします。
「では、行ってくる」
「……気をつけて……」
赤ずきん、ベルデ、ビリジアン、ホーク。防衛軍は拠点を離れ、ゆっくりと戦線に向かって動き出しました。
さて、鬼狼同盟軍の姿が遠くに見え始めました。じわじわと滲み出すように地平線を覆い隠す、黒い軍勢です。その進軍はすべてを飲み込み、覆い尽くし、通った後には焼け跡だけを残します。まるで、ヨハネの黙示録第9章に出てくる光景の、再現でした。
第五の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると私は、一つの星が天から地に落ちて来るのを見た。この星に、底知れぬ所の穴を開く鍵が与えられた。
そして、この底知れぬ所の穴が開かれた。すると、その穴から煙が大きな炉の煙のように立ちのぼり、その穴の煙で、太陽も空気も暗くなった。
その煙の中から、いなごが地上に出てきたが、地のさそりが持っているような力が、彼らに与えられた。
彼らは、地の草やすべての青草、またすべての木をそこなってはならないが、額に神の印がない人達には害を加えてもよいと、言い渡された。
彼らは、人間を殺すことはしないで、五か月のあいだ苦しめることだけが許された。彼らの与える苦痛は、人がさそりにさされる時のような苦痛であった。
ただ一つ違うのは、彼らが人間を殺すのを許されていたことでした。
「姿が見えました」
「来たか……。挨拶代わりだ。一発お見舞いしてやれ!」
「
砲兵たちが慌ただしく動き始めます。九六式十五糎榴弾砲(口径149.1mm・口径長23.5・砲身長3.53m・初速540m/s・最大射程11,900m・戦闘重量4,140kg)がその発射口を虚空へと向けました。
「発射!」
どぉんっ、と地を揺るがす轟音が響き渡ります。火を噴いた榴弾砲から高く高く上がった榴弾が、鬼狼同盟陣地めがけて落下していきます。
次に期待される爆発音は、いつまで経っても聞こえてきませんでした。
一人の男が、空中で榴弾を掴み取っています。
「宣戦布告もなしに撃ってくるとはな」
モモタロウは不敵に笑いました。
手に持った榴弾を、肩をしならせて投擲します。
「お返しだ」
それは塹壕のど真ん中、たくさんの兵士たちが待機する中へと落下して爆発しました。重火器を使った素振りさえも見せない状態から、突然の爆発。
「どこから飛んできた!?」
「いいから手を貸せ! こいつ足が吹っ飛んでる!」
傷ついた兵士たちが混乱し慌てふためく中、モモタロウは右手を振り下ろしました。
「機械兵団、突撃!」
鬼と狼の隙間を縫って、自立式の戦闘用アンドロイドたちが姿を現しました。ペ◯パー君のような姿で小脇に自動小銃を抱え、匍匐前進で塹壕へと進んでいきます。
それを見た指揮官が、わなわなと唇を震わせました。
「馬鹿なっ……榴弾砲を片手で掴んで止め、投げ返すだと!? おまけに何だアレは! 殺傷機能を持つアンドロイドの戦争での使用は国際法で禁止されているはずだ!」
副官はあくまでも冷静です。
「それが奴らの覚悟……なんでしょうなあ。我々の国を陥したとして、そこで止まるつもりもないということでしょう」
「舐めおって……さっさと持ち場に戻れ! 射撃開始!」
戦争が、始まりました。
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