フェアリーテイル・ウォーズ
レジスタンス
一ヶ月。
それは戦争の準備をするのに十分な期間なのでしょうか。それとも、もっと時間が必要なのでしょうか。
たとえ不十分であったとしても、もう手遅れでした。時間は残酷に、平等に過ぎていきます。鬼狼同盟の軍はすぐそこにまで迫っていました。このままいけば、開戦は明日です。
「結局、桃太郎は帰ってこなかったな」
豚の三男トレースがぽつりとつぶやきました。
「大丈夫、彼を信じよう。きっと援軍を引き連れて戻って来るはずだ。それと、あの魔女を懲らしめる準備も終えて」
赤ずきんが力強く拳を握り締めます。出会ってから共に戦い、共に魔女の家に行って、言葉を交わして。一緒に過ごした時間は短いものでしたが、彼は信頼できる、とそう直感していました。
「そうだな。でも、魔女ってこの世界の神なんだろう? そんな魔女に対抗する術なんてあるのか?」
豚の次男ドゥオが首を傾げます。
「我々だけで対抗するのは無理だろうな。だから桃太郎は旅立ったんだ。きっと何か心当たりがあるんだと思う。そんなことを言っていた」
桃太郎は言っていました……「できるかもしれない」と。今はその言葉を信じるよりほかにありません。
「そうだ!」
豚のウーヌスが手を叩きます。決戦前日の緊張したムードを和らげようという心配りです。
「鬼狼同盟に対して、こちらも何か名前を決めないか」
「今更そんなことを決めてどうするんです? そんなことより……」
ヤギのビリジアンの反論を、赤ずきんが押しとどめました。
「いや、案外いい考えかもしれんぞ。兵たちの士気も上がるしな」
「でも」
「ビリジアン、大丈夫だ。この一ヶ月間、しっかり準備してきたじゃないか。それに今更足掻いたところで変わるものでもないだろう」
鬼狼同盟との戦争が決まってから一ヶ月。赤ずきんたちは、なんとか鬼や狼と戦うための軍団を結成することに成功していました。
ただし、結成というには語弊があるかもしれません。
最初は、遅々として進みませんでした。鬼と狼が手を組んで攻めてくるなどという恐ろしい事実を、誰も認めようとしなかったのです。呼びかけに応えてくれる動物はほとんどいませんでした。当然、兵隊として戦ってくれる動物も、一向に揃わないままです。
赤ずきんたちは歯噛みしていました。刻一刻と時間が過ぎていきます。自分たちの『魔女の祝福』を鍛えて、使いこなせるようになったとしても、数の力の前には無力であろうことがわかっていたのです。
状況が好転したのは、開戦が二週間後に迫ったときでした。
豚の三男トレースは研究者です。この国の首都で開催された学会に出席した際に、彼が各研究期間に助力を要請したのです。
名高い研究者である彼が突然「鬼と狼が同盟を組んで、海から攻めてくる」などと言い出したので、最初は「頭がおかしくなったのか」「壇上から下ろせ」と言われるだけでした。それが覆ったのは、彼の友人である鷲の一言でした。
「ではワシが見てこよう」
鷲は、実際にそんな敵がいるのかどうか確かめようと、羽を一振りして海のほうまで見に行ったのです。
上空を飛んでいた鷲は、ふと眼下に黒い影を捉えました。
それは、一本の線でした。奪い尽くされ、壊し尽くされ、燃やし尽くされて炭になった国土が、海から国土までを結んだ直線をなぞるように、どこまでも伸びていました。
鷲はただちに引き返し、線を辿って飛び始めました。やがて、雲霞のように地表を覆う黒い軍勢を見つけたとき、鷲は身を震わせました。
すでに、海から首都までの距離の半分以上を詰められていたのです。
「……本当だったか!」
目を凝らせば、確かに、鬼や狼がひしめき合いながら歩いているのが見えました。軍勢は進路上のすべてを破壊しつつ、首都に向けて北上してきています。
鷲は慌ててスマホを取り出して証拠写真を撮り、それから首都まで戻っていきました。
「トレースの言っていることは本当だった。空から見た軍勢はいかにも禍々しく、進軍してきたその軌跡には破壊された家や食べられた動物の骨、そして炭しか残っていなかった。おそらく目撃した動物は皆口封じに殺害されているため情報が伝わらなかったのだ」
壇上に降り立った鷲は見てきたままを伝え、スライドショーに自分のスマホで撮った写真を映し出しました。
会場はたちまちパニックになりました。
この国を代表する研究者たちが「鬼狼同盟ヤバイ」「くそわろた」等の投稿を一斉におこなったので、その噂は否が応でも国中に広まりました。
SNSの拡散力は恐ろしいものです。首都では夜逃げが頻発し、闇市で横流しされた武器を自衛のために買い求める人が増えました。
その結果、とうとう国も重い腰を上げました。
ただちに戦争中のすべての国々と休戦協定を結び、国内外の全戦力を鬼狼同盟の迎撃に充てることを発表したのです。それにより、赤ずきんたちは軍隊の心配をする必要がなくなりました。
「鬼と狼の下っ端は、この国の軍隊に任せればいい」
赤ずきんたちは、自分たちにできることを探しました。その結果、やはり修行するしか方法はなかったのです。相手にも『魔女の祝福』持ちがいるのですから、それを倒さないことには、勝利することはできないでしょう。
自分の祝福を使いこなす訓練。赤ずきんは炎を、ベルデは死体の操作を。
それぞれが自分にできることを探し、取り組んでいるうちに、その日はやってきました。
「それで、名前はどうするんだ?」
「防衛軍、とかでいいだろう」
ドゥオがぼそっと言いました。
「いいな、それ」
赤ずきんも賛成します。
「じゃあそれでいこう。我々は防衛軍だ」
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