クロス・ロード

「お前は……」

 桃太郎は口を開きましたが、その後が続きませんでした。

 言葉が出ませんでした。

 どのような言葉をかければいいのでしょう? 誰が悪いでもなく、何が悪いでもない。ただ運命とでも呼ぶべきものによって道を違えてしまった兄弟を前に。

 桃太郎の沈黙に耐え切れず、モモタロウがまた話し始めました。

「……いささか熱くなりすぎたようだ。いいか、桃太郎。今の話でわかっただろう。俺を突き動かすものは、怒りだ。生まれたときから置かれてきた惨めな境遇に対する怒りであり、俺と同じような存在でありながらぬくぬくと暮らしてきたお前への怒り、そしてこの世界そのものに対する怒りだ。逆恨みだと笑いたければ笑うがいいさ」

「笑わんよ」

 桃太郎はグラサンを外し、モモタロウの目を真っ向から見据えます。

「俺はお前にかける言葉を持っていない。その資格もない。逆の立場なら俺がどうなっていたか? もしもあのとき、これが違っていたら? そんなこと、そうなってみなきゃあわからんさ。それに、俺が何を言ったところでそれでお前が納得するとも思えん。だろう?」

「ああ」

 寡黙な桃太郎も、このときばかりはいつになく饒舌でした。

「結局のところ、『もし』だの『たとえば』だのは無意味なんだ。大切なのは今このとき自分が何を考え、何を決断するかということ。今ここにある自分がすべてだ。俺はお前の話を聴いた。その上で、お前が人間の侵略を止めない限り、お前を倒すという俺の意志は変わらない。俺は変わらない。俺の行動を貫く一本の軸のようなものがこの胸に存在しているから」

「……俺は、それが欲しいんだ」

 モモタロウはぼそりと呟きました。

「軸、そう、軸だ。俺はそれが欲しい。自分を貫く、決して折れない確かな軸が欲しい」

「わかるよ。お前は今、自分の軸を探そうとして苦しんでいる。だがな……可哀想な境遇に置かれたから何をやってもいいなんて、そんなのはただの甘えだ。探したきゃ探せ。だが、その過程で俺の大切な人々が苦しんでいる……それに目を瞑るわけにはいかない。お前の苦しみを他の人々にまで背負わせることは許さん」

「そう言うだろうと思っていたよ」

 モモタロウは笑いました。それは安心したようで、どこか悲しげな笑みでした。

「そこまで言うのなら、俺を止めてみろ。桃太郎。俺はまだ、自分を見つけ出せずにいる。それは、ひょっとしたらお前の存在がそうさせているのかもしれない。お前を倒すことで何か答えが得られるのならば、俺は躊躇せずお前を殺そう。お前に倒されることで、あるいは俺は己の人生の答えを得られるのかもしれない。それならば俺はこの命、喜んでお前に差し出そう」

 モモタロウはパチンと指を鳴らしました。

 ずっと横に控えてきた巨体の鬼が部屋の外に出て、何かを引きずって戻ってきました。

 ああ、なんと!

 それは傷つき、縛り上げられ、ぐったりと横たわった犬と雉でした。一足先に侵入し、力及ばず捕縛されてしまったのでした。

「ああ……すみません……力及ばず……」

「ぐうう……すまぬ……」

 苦しげな呻き声を上げる二匹。

 殺さないように手加減されていたとはいえ、今にも力尽きそうなほど弱っています。

「お前の仲間はここにいる。こいつらの命はお前に懸かっているというわけだ、せいぜい頑張ってくれ」

 モモタロウは傍の鬼から武器を受け取り、構えました。

 それは美しい装飾を施された幅広の短剣。殺傷能力と芸術性を同時に追求したような、ぴんと張り詰めた美しい造形です。

「俺が勝てばそいつらを解放すると誓え」

 桃太郎は腰のナイフを抜いて左手に持ち、右腕の義手を振って仕込みナイフを飛び出させました。そして黒キビダンゴを取り出し、一息に飲み込みます。

「フェザー」

「……はい」

 桃太郎の横で固唾を飲んで見守っていたフェザーに、犬と雉をほうを指し示します。

「あいつらにこれを」

 そう言って腰のキビダンゴ袋を渡しました。

 フェザーは何も言わずに飛んでいきました。彼もわかっていたのです。桃太郎でさえ敵わないかもしれない、それほどに目の前の男は強いのだということ。今からの戦いにおいて、自分の存在は役に立たないであろうということ。

 武器を持ち、静かに佇むモモタロウから発散される闘気は凄まじいものでした。キビダンゴによるドーピングがあっても相手になるかわからない、それほどに練り上げられた闘気を身に纏っていました。

 短期決戦。

 桃太郎は一撃ですべてを決めるつもりでした。

「いいだろう」

 モモタロウは頷きます。

「お前が勝てば、の話だがな」

 桃太郎とモモタロウは向かい合って立ちます。

 その距離は間合いのわずか外。二歩踏み込めば相手の喉元に刃が届く、そんな短い距離を挟み、双子は睨み合います。

 答えなど誰も知らないのです。自分が生きている意味など、自分が死ぬそのときまで誰にもわかりはしません。自分なりに導き出した答え、それが正しいかどうかを判断することもできません。そう、誰にも。

 自分の納得できる答えを探して、誰もが戦っています。

 今このとき睨み合う二人だって、それは変わりません。

 戦争の本質。全存在をかけて戦い、勝ったほうがすべて正しいのです。己の正しさを証明するために、己の歩んできた道が間違っていなかったと証明するために戦うのです。

 道の交わることのなかった二人が今、刃を交えようとしていました。

「来い」

 それはどちらが発した声だったのか。

 二人は同時に床を蹴り――二人の影が交差しました。

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