チャーシュー・アクシデント
目の前で燃えている少女は口を開きました。
「質問は二つある。まず、最近この付近で狼を見かけなかったか?」
「この付近で……」
ウーヌスは考え込みます。
この丘陵地帯は見晴らしがよく、あまり狼が現れそうな場所ではありません。事実、この近辺に住んでいて狼に出くわしたという話は聞いたことがないのです。だからこそ三兄弟は、この付近を家に選んだのですから。
「見かけたことはないなあ。あっ、でも」
以前、トレースの家で宅飲みをしたときの会話が思い出されます。
「でも?」
「森の中では最近、狼が増えてるって聞くよ。以前は森の中心部で生活していて、狩りのときだけ森の周縁部に姿を見せるだけだったのが……最近は縄張りを広げてるらしいんだ。今は、森の浅いところでも以前のように安全じゃないのかもしれないね」
「やはりか……なるほど、ありがとう」
少女は頭を下げます。
「それからもう一つ。『魔女の祝福』について何か心当たりはないか?」
「魔女の……何だって? 祝福?」
「魔女の祝福、だ」
「うーん……聞いたことがないなあ。魔女だけなら森の奥深くに住んでいるって噂を聞いたことがあるけど、祝福については初耳だよ」
「そうか……」
少女は、さして残念でもなさそうに呟きました。
「ごめんね、力になれなくて。あっ、しばらく行ったところに僕の弟たちが住んでいるんだ。もしかしたら何か知っているかもしれないよ。案内しようか?」
「ありがたい。恩に着る」
「いいよいいよ、暇だったしね」
ウーヌスは頷いて、少女を先導して歩き始めました。
家と家のあいだは、何キロも離れているわけではありません。歩いて五分かからないくらいの距離です。
まもなく弟ドゥオの住むログハウスに着いたウーヌスは、「そういえば」と振り返りました。
「僕はウーヌスっていうんだ。ここに住んでいるのは弟のドゥオだよ。君の名前は? なんて呼べばいい?」
「かつての名は捨てた。好きに呼んでくれ」
ウーヌスは困ってしまって、目の前の少女を眺めました。
「なんだか
全身が燃え盛っている中で、頭に被った頭巾の赤さが一際目を引きます。よくよく見てみれば、なんともかわいらしい顔をしていました。ブラウスとスカートという服装も、燃えていることと真っ赤なことを除いては、ごくごく普通の村娘といった様子。
それなのに、目だけはまるで何十年も生きたかのような光を湛えています。深い哀しみと、熾のように燻る怒りを押し隠した、何もかも見通すような目です。
「じゃあ、かわいらしい頭巾を被ってるから、赤ずきんちゃん。これでいいかい?」
刹那、少女の顔が何かを思い出したかのように引き歪みました。
「あっ、や、やっぱり別のにしようか?」
「いや、それでいい……私は赤ずきんだ。よろしく」
赤ずきんは手を差し出しました。ウーヌスはその手を握り返します。
「あっつ! あっつ!」
ウーヌスは飛び上がりました。危うく焼豚になるところでした。
「す……すまない」
「おーい、ドゥオ、いるかい」
「やあ、兄さんじゃないか。元気か……うわっ燃えてる」
ドゥオは家の中に駆け戻り、水を溜めたバケツを手に戻ってくると少女にぶち撒けました。
「あー、すまない、気にしないでくれ。勝手に燃えているだけだ」
またもや立ち込めた白い煙の中で、赤ずきんは諦めたように呟きました。
「ほ……本当に大丈夫なのか? 熱くないのか?」
「大丈夫だ」
ウーヌスが感心したように呟きました。
「やっぱり兄弟だなあ、驚いたときの行動まで一緒だとは」
「心優しい兄弟なのだな」
赤ずきんがぼそりと言います。
「いやあ……」
ウーヌスは照れました。
煙が晴れ、赤ずきんの姿がはっきり見えるようになると、ドゥオは驚いたように「ひょっとして」と呟きました。
「それ、魔女の祝福ってやつか?」
「……知っているのか!?」
赤ずきんは思わずドゥオに詰め寄ります。
「あっつ! あっつ!」
ドゥオは飛び跳ねました。危うく焼豚になるところでした。
「あ……すまない」
「い、いや、大丈夫だ。俺も森で暮らす奴から聞いただけなんだが、森の奥深くに住むという魔女は、とある条件を満たした人間に『魔女の祝福』と呼ばれる能力を与えるそうなんだ。それは炎を操ったり、雷を操ったり、つまり生物としての限界を超えた能力らしくて、だから」
ドゥオは赤ずきんを見ました。
「それがひょっとして魔女の祝福なのか、と」
「おそらく」
赤ずきんは頷きました。
「私もそれを調べている最中なのだが……もしこの炎が魔女の祝福であるなら、実際に魔女に会いに行って尋ねてみたいんだ。私にこの炎を与えた理由を」
「いたぞ。赤ずきんだ」
「一人か?」
「いや、豚野郎が二匹いる。晩飯にでもするつもりかな」
玄関口での会話を、遥か遠くの森の中から眺めている影。
見晴らしのよい丘陵地帯は、それゆえに遠くからでも姿を発見されやすく……おまけに赤ずきんは轟々と燃え盛っています。見つけるのは、そう難しいことではありませんでした。
「仕掛けるか?」
「応」
二匹の狼はゆっくりと動き出しました。
「奴に焼き殺された父と母の仇を討ってやる」
狼たちの体毛は、見事に逆立っていました。それは全身を覆う怒りのせいではなく――。
「……この雷でな」
ばちり、と空気の爆ぜる音が鳴りました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます