ダンス・ウィズ・ウルヴス
赤ずきんが戦場に降り立ちました。
その場の誰よりも、何よりも、禍々しい紅を纏って。
「狼を殺すことが、私の使命だ」
その掌から生み出された火球が、次々に狼達を屠っていきました。塹壕内で暴れていた狼たちも、塹壕を乗り越えてきた狼たちも、突然自分たちを襲う炎に訳も分からず逃げ惑っています。
「祖母の仇だ」
逃げようとする若い狼が、じゅっと音を立てて跡形もなく焼失しました。兵士の心臓に爪を突き立てようとしていた狼も、その爪だけを残して業火に消えます。
「我々は、夢を見ているのか……?」
「どちらにせよ、救われたことは間違いなさそうです」
司令官と副官は、眼前に現れた少女を味方だと判断しました。
「今のうちだ! 押し返せ!」
兵士の増援が到着しました。控えていた兵士たちが銃を乱射しながら塹壕を奪い返すべく進んでいきます。突然の炎に仲間を焼かれて混乱する狼たちを、今度は銃弾の雨が襲いました。喉を裂かれ、食い破られて死んでいった戦友たちへの餞に、狼の死体を積み上げていきます。
「狼はすべて根絶やしにしてやる!」
赤ずきんの炎はますます激しさを増し、戦場を駆け巡りました。
「あれが赤ずきんか」
憎々しげに呟くのは、鬼狼同盟軍の一番後方から戦況を眺めている銀色の狼シルヴァです。今にでも飛び出していきたいところですが、モモタロウに「お前は切り札だから」と戦場に出ることを厳しく禁止されていたのです。
「なるほど、炎か。なかなか強力な『魔女の祝福』だな」
モモタロウが感心したような声を上げます。
「感心する暇があったら何か指示を出せ! 俺の群れの雄たちが焼け死んでいってるんだぞ」
ガチガチと牙を鳴らしてシルヴァはモモタロウを睨みつけます。
「今やってるよ」
モモタロウが指示を出します。鬼たちが、動き始めました。
生き残ったわずかな狼たちが一斉に退却を始めました。
その後ろから、今度は別の軍団が押し寄せてきます。そう、鬼たちです。
国軍が必死の思いで蹴散らしたアンドロイドたちが第一波。続いて攻めてきた第二波の狼たちは、群れの中でも地位の低い、まだ若い雄たちです。後ろには群れ全体、そして『魔女の祝福』持ちのシルヴァが控えているのです。赤ずきんに蹂躙されほぼ壊滅しているとはいえ、まだ鬼狼同盟の全兵力の十分の一も削れていないと見ていいでしょう。
そこに第三波。無傷の鬼達が、金棒を担いで走ってきます。一体一体が人間の数倍の体躯を誇る虐殺者たちが数千体、足並みを揃えて突撃してくるのです。砂埃が舞い上がります。その重い足音は共鳴し、地面を激しく揺らしました。
その揺れの余波は、なんと首都まで届きました。避難できなかった住人たちは、衛星放送からの戦場生中継を固唾を飲んで見守るばかりです。
「潮時だ!」
上空から滑降してきた鷲のホーク(鷲なのにホークだとか、今はそういうことを言うべき時間ではありません)が、赤ずきんを掴むとそのまま大空へと舞い上がりました。鷲はそのかぎ爪に不燃布を巻いており、燃えている赤ずきんを掴んでも大丈夫なのです。レーダーの探知も届かない上空まで一旦飛び上がり、鷲は防衛軍の拠点にその進路を向けました。
「よく働いた。一旦退却だ」
いくら赤ずきんといえど、大勢の鬼に囲まれては危険です。炎で金棒を防ぐことはできません。狼の第一波を蹴散らし、自分の存在を見せつけた時点で第一の目的は達成しました。
そう、赤ずきん率いる防衛軍の目的は、自分たちが死なない程度に国軍の援護をして鬼と狼の戦力を削ることでした。真っ向からぶつかっても、勝ち目はないでしょう。物量に呑まれるだけです。
そして最終的な狙いは、鬼と狼の司令塔――どちらも『魔女の祝福』を持っているとのことです――を、戦場に引きずり出し、祝福を使用させることでした。
炎の祝福と判明している狼シルヴァはともかくとして、まずは鬼の棟梁モモタロウに祝福を使わせなければなりません。何の祝福かわからないまま挑むのは自殺行為です。そのために赤ずきんは姿を見せて挑発したのです。狼を殺し回ったのは自分だぞ、さあ出てこい……と。
しかし、敵もさすがに見え透いた挑発には乗りませんでした。これ以上暴れても祝福持ちは出てこないと判断し、ホークは赤ずきんを連れ帰りました。
現れたときと同じように、唐突に去った赤ずきん。後には焼け焦げた狼たちの屍が残るばかりです。
新たに投入されて銃を構える兵士、そして猛り狂って押し寄せる鬼たち。国軍と鬼狼同盟の戦いは、戦力で言えば鬼狼同盟の圧倒的有利でした。一体一体の攻撃力の高さに物を言わせて攻め込む鬼狼同盟軍に対し、国軍は塹壕を掘って築いた陣地を守るので精一杯です。
しかし、ここからが国軍の本領発揮。上空を飛ぶ戦闘機の機銃が、鬼たちに照準を合わせました。
そして。
「ベルデ、出番だ」
「はあい」
生き残ったヤギの子が、その力を振るおうとしています。
「おい、赤ずきんが消えたぞ」
シルヴァが焦った声を出します。
「まあ、そうだろうな。あれが向こうの切り札なら、俺だったらこんな序盤では消耗させない」
モモタロウはあくまでも冷静でした。
「くそっ! 俺の出番はまだなのか」
「まだ……いや、そろそろか。よーしシルヴァ、この戦場を囲うようにお前の
「ああ? なんだってそんな面倒臭いこと……」
「黙って俺の言う通り動け。勝ちたいならな」
シルヴァは舌打ちを一つして、動き始めました。
「赤ずきん……奴だけは俺の手で消し炭にしてやる」
戦争は、次の局面に突入しようとしていました。
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