イン・ザ・ケイヴ

 光の届かぬ闇の底から、ぼそりぼそりと話し声が響いてきます。

 ここは暗い洞窟の中……狼たちの集会場です。群れの狼たちが寄り集まって会議を開いています。

 今日の議題は、行方不明になった仲間について。

「なんということだ……」

「わかったのですか、我らが兄弟の行方が」

「うむ」

 しいんと静まり返る洞窟に、悲痛な声が響きます。

「血を分けた我らが兄弟は、死んだ」

 おや、これはどういうことでしょう。赤ずきんを襲った狼は、赤ずきんの纏う炎によって灰になり、風に吹き散らされたはずです。骨の一片すら残っていません。その場面を直接見ていたのでないなら、どうしてその行方を知ることができるのでしょうか。

「おお、なんということだ」

「姿が見えぬとは思っていたが、まさか……」

「それも、ただ死んだのではない。殺されたのだ」

 洞窟じゅうがひときわ大きくざわめきました。

「殺されただと」

「何の仕業だ」

「どういうことだ」

「少し待て……今から『視て』みる……」

 そして再びの沈黙が訪れます。どうやら群れの中に、こことは離れた時間・場所の出来事を知ることができる狼がいるようです。

「わかったぞ……禍々しき炎を纏った人間の雌だ……頭巾のようなものを被っておる……まだ若い……こやつに焼き殺されたのだ。食べようとした獲物に手痛い反撃を受けた、というところだな」

「炎を纏った……?」

「そやつも『魔女の祝福』を受けているというのか」

「それはわからぬ……しかし、野放しにしておくわけにはいくまい」

「そうとも、報復をせねば」

 ざわざわと怒りを内包した呟きが溢れ出します。

「違いない。報復だ」

「報復だ、吊るせ」

「血祭りだ」

「では手始めに祈りを捧げよう。いまだ彷徨える兄弟の魂を天に届けるため、七匹の山羊の血を以て祈りを捧げよう」

「然り。ではそこの三匹、行くがよい」

「はっ」「はっ」「はっ」

「ではこれにて終了。各々方、くれぐれも炎を纏った人間に気をつけよ」

 会議は終わったようです。

 洞窟の中から、びっくりするほどたくさんの狼がぞろぞろと姿を現しました。

「気をつけろよ」「お前もな」などと挨拶を交わしてから四方八方へと歩み去っていきます。

 やがて一番最後に洞窟の中から姿を現したのは、三匹の狼でした。焦げ茶色の毛並みを持つ狼、くるくるとカールした毛並みをもつ狼、そして顔にぶち模様のある狼。いずれも群れの中では下っ端で、リーダー格のように『魔女の祝福』を受けているわけではありません。

「行くか」

「よし」

 狼たちは歩き出しました。

「でも、どこに行けば七匹ものヤギが手に入るんだ」

 二匹は途方に暮れていました。そんな中で、一匹の狼がにやりと笑います。

「それなんだがな、俺にいい案がある」

「何だ」

「湖の横に家があるだろう」

「あるな」

「あそこには雌ヤギが一匹と子ヤギが七匹住んでいるそうだ」

「ほう」

「本当はもっと育って太ってから一匹ずつ食べようと思っていたが……」

「なるほど、そこならば七匹の子ヤギが手に入るな」

「素晴らしいな」

「いいぞ、そこにしよう」

 合意に達した三匹は、湖目掛けて駆け出しました。



 一方、その湖の横の家では。

「いいこと、お母さんが帰ってくるまでいい子にしてるのよ」

「はーい」

 子ヤギたちは元気に返事をしました。

 お母さんは町に買い物に出かけるのです。それを口実にホストクラブへと通っていることを子ヤギたちは皆知っていましたが、誰も口には出しませんでした。世の中には言わないほうがいいこともあるのです。

「お母さん以外がインターホン鳴らしても開けちゃだめだからね」

「はーい」

「わかってるって」

「特に最近は物騒なんだから。MHKが来たりして、もし開けてしまったら、法外な受信料を払わないといけなくなるからね」

「はーい」

 M森のH放送K協会の受信料を払えずに夜逃げしたフクロウの親子がいるらしい――その噂は子ヤギたちの耳にまで聞こえるほどでした。

「怖いなあ」

「大丈夫。MHKが来ても狼が来ても、扉さえ開けなければ問題ないから。特製の防弾・防火ドアだから、たとえ徹甲弾でも壊せないわ」

「はーい」

「なにその無駄な高性能」

「お母さんが帰ってきたら、暗号を言うから。暗号が言えなかったらお母さんじゃないからね」

「はーい」

「暗号は『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』だからね。覚えたね」

「はーい」

「なんで憲法二十五条?」

「じゃあ行ってきます、留守を頼みましたよ」

「いってらっしゃーい」

 お母さんヤギは扉を閉めて、家をあとにしました。

 家を空けるときはいつも心配です。森の中では、隙あらば誰かを騙して食い殺そうとする狼がうろついています。そんな狼たちにとって、七匹の子ヤギなんて絶好の獲物に違いありません。

 事実、そうなのでした。

 三匹の狼たちは、すでに家の横の茂みの中に潜んでいたのです。

「行ったか」

「行った」

「よし」

「なあ、なんであの母ヤギごと襲わないんだ?」

「あのヤギは強いらしい。今でこそホスト狂いだが、噂によると軍隊帰りで、今までにも子ヤギを狙った狼が数匹返り討ちに遭ったとか」

「そ、それは嫌だな……」

 母ヤギが行ってしまったのを見届けてから、狼たちは茂みから飛び出しました。

「さあて、どうやっておびき出すかね」

 無垢な子ヤギたちに、狼の魔の手が迫ろうとしていました……。

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