ボルツ・フロム・ザ・ブルー

「……それから、俺は世界各地を彷徨って仲間を探していた。強い仲間、信頼できる仲間を。そして、その途中に『炎に包まれた狩人』の噂を聞き……そいつを探してここまで来たんだ」

 トレースはしばらく呆然としていました。

 なんという数奇な人生、数奇な運命!

「いやはや、なんというか……」

「信じられないか?」

「正直に言えば、そうです。だけど、あなたが嘘を吐くような人には見えない……」

 話を聞いているうちに、トレースの手には汗が滲んでいました。傍らのタオルで拭き取りながら、床に敷いてある布団を指し示します。

「すっかり夜も更けました……あちらにお客さん用の布団を敷いていますので、どうぞお休みください」

「世話になるな」

 桃太郎は頷き、布団に潜り込みました。



 翌朝、もう少しで昼になるかという時間帯のことです。

 腹にずしんと響くような轟音によって桃太郎は目を覚ましました。素早く飛び起き、周囲を見渡します。家の中には特に変わったところはありません。

「……外か!」

 桃太郎は家の外に飛び出します。

 なだらかな丘陵地帯の、ここから少し離れた場所……丸太を組んで造られた立派なログハウスが、轟々と燃え盛っていました。

 その真上の突き抜けるような青空に、一点だけぽっかりと黒い部分がありました。そこにだけ、黒い雷雲が浮かんでいます。どうやらログハウスに雷が落ちたようです。

 雷雲は再び眩しい閃光を放ち、ログハウスに向かって雷を落としました。

 青天の霹靂。それはあまりにも異常な光景でした。ピンポイントでログハウスだけを狙っているような……いや、よく見るとログハウスからはわずかに逸れています。まるで、そう、ログハウスの前にいた誰かを狙っているような……。

「何の音です……?」

 眠そうな目を擦りつつ家の中から出てきたトレースは、燃え盛るログハウスを見た瞬間に目を見開きました。

「兄さぁん!!」

 そう叫ぶなり、もつれるような足取りで駆け出します。

 あれが、昨日紹介すると言っていた兄たちの家なのでしょうか。桃太郎は、必死で走るトレースのあとを追いかけます。

 そうしている間にも、稲妻は断続的に轟いています。雷はログハウスから少し離れた場所へとその標的を変えていました。その次はまた少し離れた場所。ログハウスの周囲に円を描くような軌道で落ちています。なんだか狙っている場所がちぐはぐです。

 そうしているうちに、雷はやたらめったらに落ち始めました。誰かを狙ってるわけではなかったのでしょうか?

(ただの異常気象か、誰かを狙った攻撃か。攻撃なら、標的を見失ったように見えるが)

 わずかに一瞬だけ、雷の側に人影が見えました。

 見間違いでしょうか? 目を凝らした桃太郎は、理解しました。

 よく晴れた日の太陽、眩しい稲光、燃え盛るログハウス。三つの強烈な光源という条件の中で、さらに自身も燃え盛っていれば、氾濫する光量に紛れて姿が見えにくくなるのも当然です。

 一人の少女でした。赤いずきんを被り、全身が真っ赤な炎で覆われた少女です。

 桃太郎はぞくりと震えました。探していた『炎に包まれた狩人』をついに見つけたからではなく、その狩人が彼よりも若い少女だったからでもありません。

 少女は己が雷に狙われていることを察すると、まずはログハウスの周囲を回るようにしてを探しました。どこか遠方から彼女を狙っているのならば、彼女がログハウスを一周する間に、ログハウスによって彼女が隠れて見えなくなる瞬間ができるはずです。雷が円を描くように落ちていたのはそのためです。

 しかし雷は彼女を狙って落ち続けました。そのため彼女は、敵は遠方にいるのではなくであると判断し、次は三重の光源と自身の炎という条件を利用して姿を晦まします。事実、雷はある時点から彼女を見失い、数撃ちゃ当たるとでもいうように滅多打ちを始めたのです。

 桃太郎が震えたのは、その恐るべき冷静さとそれを迷いなく実行する度胸、それを素早く実行できる技量に対してでした。

 間違いなく、彼女は桃太郎が探し求めていた狩人でした。


 そのとき、何かがよたよたと桃太郎たちのほうへ駆けてきました。それは煤まみれになった二匹の豚でした。兄たちは生きていたのです。

 それを見たトレースは、ほっとした表情になりました。

「兄さん!」

「トレースじゃないか」

「何があったんですか! ああ、そんなに煤まみれで……まるで焼豚だ」

「俺たちにもわからん。赤ずきんさんが突き飛ばしてくれていなければ俺たちは本物の焼豚になっていただろうさ……」

「あの雷はあの人を狙っているようなんだ。一体何が起こってるんだろうか」

「聞いてくれ」

 三匹の会話を遮ったのは、桃太郎でした。

「煉瓦の家なら落雷にも耐えられる。三匹でトレース殿の家まで逃げるんだ、さあ早く」

 三匹は何か聞きたそうな表情をしていましたが、状況が差し迫っていると判断したのでしょう、急いで家へと走って行きました。桃太郎については家の中でトレースが説明してくれるでしょう。

「さて」

 桃太郎は仁王立ちして、右腕の義手を掲げます。

「これを使うのは、久しぶりだな――」

 きゅうん、と作動音が響きます。桃太郎は大きく開いた掌を、まっすぐ雷雲に向けました。あの雷雲をなんとかしないことには、危なくて赤ずきんに近寄れません。

「キビダンガン!」

 赤のきび弾丸が、掌から撃ち出されました。

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