イッツ・オール・フィクション

 桃太郎は悟りました。

 自分が小説の中の登場人物の一人であることを。今まで生きてきた世界も、小説の中の虚構に過ぎなかったことを。

(これはさすがに予想外だ)

 ここから、一体どうすればいいのでしょう。

 フィクションだから放っておいていい? そういうわけにもいきません。桃太郎はこれまで、十何年間もあの世界で生きてきたのです。あの世界では、今から戦争が始まろうとしているのです。既に始まった戦争で傷ついている人々が、確かに存在するのです。

 それが、たかが十数万字に収まるわけがありません。

(そうだ。膨大な数の人々と動物が暮らすあの世界の中で、俺という登場人物が生きた年月を、すべて描き切ることはできないはずだ。つまり、そのぶんは小説データに含まれていないのだ。しかし、俺は思い出せる。おじいさんとおばあさんに育てられた十余年の記憶は、俺の中にデータとして存在している)

 初めて戦った鬼の怖さ。初めて喫った葉巻の苦さ。

(思った通りだ。俺が思い出して明文化すれば、この小説の本文も増えていくのだ。つまり俺は今、この小説に干渉する力を持っている。ちっぽけなデータの塊である俺だが、データの塊であるがゆえに、この小説を書き換え得るのだ)

 桃太郎は確信しました。

 桃太郎は今や、この小説を書き換えることができるのです。桃太郎こんなふう桃太郎に、全然桃太郎関係ない部分に『桃太郎』を挟むことも桃太郎できます。桃太郎。これが、魔女の言っていた『本当の神様』なのです。

 しかし。

(なんということだ……まだ続きが書かれていない)

 そうです。桃太郎が2進数配列となってインターネットに潜行ダイヴしている現在、ももたろう戦争は第二部『レッド・ズキン・ガール』が完結したばかり。第三部『フェアリーテイル・ウォーズ』は連載が開始されていないのです。いくら桃太郎でも、まだ書かれていない小説を書き換えることはできません。

(となれば、やることは一つ。まだ書かれていない小説でも、『プロット』は存在しているはずだ。それを書き換える!)

 桃太郎は電子の海に身を躍らせました。

 0と1の奔流が桃太郎を押し流します。あまりにも膨大なデータの送受信で成り立っている現代のインターネットは、桃太郎にとってあまりに広大でした。『マジ卍』『それな』『わかる〜』『うそやん』『は?』『いやいや』『おk』『きも』『ガチで』『ありよりのあり』『ないわー』『なんなん』『うぇい』『やば』意味不明な言葉が、画像が、映像が、0と1を纏ってひしめき合っています。

(だが……あのとき沈んだ海よりは。鬼ヶ島で苦い敗北を喫したあのときに比べれば。こんな海など池も同然!)

 桃太郎は手始めに、ネット小説『ももたろう戦争』へのアクセスを解析します。

(全話合計PV数……およそ27000。内訳……第1話のPV数、およそ11000。なんということだ、ほぼ半数の読者に一話切りされている。掴みが弱いのだ)

 調べたいのはそんなことではありません。

 そう、桃太郎が探していたのは『ももたろう戦争』編集ページへのアクセス。そこに足跡ログを残した人物こそが、この『ももたろう戦争』の作者。作品世界の神なのです。

(……見つけた!)

 ついに桃太郎は発見しました。カクヨムのマイページにほぼ毎日アクセスし、小説を更新しているアカウントを。

『水尾』

 それが作者の名前でした。

 桃太郎は回線を辿って、『水尾』のパソコンへと潜行ダイヴを試みます。それは、あまりにもあっけなく成功しました。公衆Wi-Fiはこういうときのセキュリティ面に問題があります。あまり繋ぐのはお勧めしません。

(機種……MacBook Pro。充電中。壁紙……すみっコぐらしというキャラクターのもの。デスクトップには複数のゲーム。『Undertale』、『Ib』、『OFF by Mortis Ghost』そして『RPGツクール』。いくつかのソフトウェアが稼働中。どうやらLaTeXを用いて文書を作成している最中)

 桃太郎は『ももたろう戦争』でコンピュータ内を検索しました。大量のページ閲覧履歴 https://kakuyomu.jp/works/1177354054880644207 - 『ももたろう戦争』が列挙される中、ふと浮かび上がってきたものは。

『ももたろう戦争 プロット』

 それはアプリケーション『メモ帳』の内部にありました。メモ帳はiPhoneとMacbookの間で自動同期されるため、パソコンとスマホを使い分けて執筆するのに便利なのです。

(これだ!)

 桃太郎は拳と思しき部分の数列を握りしめ、メモ帳の中に飛び込んでいきます。

 そこには、ももたろう戦争の今後の展開が書かれていました。



ももたろう戦争 プロット

・桃太郎は開戦に間に合わない。

・国軍と鬼狼同盟との戦いは当然国軍不利。助けに入った赤ずきんは負傷したままシルヴァと戦い、討ち死に。

・ようやく戦場に到着した桃太郎を出迎えるのは仲間たちの屍。

・怒り狂う桃太郎、嘲笑うモモタロウ。そして最後の兄弟対決が始まる。

・決着し、最後に立っているのはモモタロウ。主人公である桃太郎は死ぬ。

・鬼狼同盟は勢力を拡大し、世界は戦争に呑まれて混沌に陥る。

・争いは森の奥にも及び、魔女が唯一心を許していた兄妹――ヘンゼルとグレーテルが暴漢に殺害される。

・そこで魔女が我に返り、改心する。その力で世界から戦争をなくし、悪役をすべて殺して回る。シルヴァとモモタロウもここで死ぬ。

・魔女は持てる力をすべて振り絞って世界を巻き戻す。もう一度正しい世界をやり直すために。

・今度は桃も一つしか流れてこないし、赤ずきんも燃えない。狼も鬼も悪いことをしたら懲らしめられる。世界は永遠に平和。



 すべてを読んだ桃太郎は、愕然として呟きました。

(これはひどい)

 最終的に世界が平和になるとはいえ、これでは誰も救われません。なんというバッドエンドでしょう。作者の『水尾』とやらは、何を考えてこんなプロットを立てたのでしょうか。大脳新皮質に蛆でも湧いているのでしょうか?

 しかし、これは小説です。

 作者がこう書きたいと思っているのなら、その通りに動くのが小説の登場人物としての役割。しかし……。

 桃太郎は、書き換えを開始します。

(こんな筋書き通りに生きるのは御免だ。戦争を阻止し、モモタロウに打ち勝って魔女を救うため……このプロット、勝手に改変させてもらう)

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