第7話「四英雄の末裔」
「メイ、そろそろ起きろ。もうすぐ宿屋につくぞ」
「ううん……」
どのくらい寝ていたのだろうか。
まだ寝ぼけ頭のまま、私は起き上がった。
変な体勢で寝たせいで、身体の節々が痛い。
馬車がゆっくり止まり、振動が収まった。
私達は降りることにした。
ロランさんが先に降りて、ミオさんをおんぶする。
ミオさんはぐっすり寝ているみたい。
「ロラン様、ミオさんへの回復は終わりましたが、念の為、病院等で精密検査を受けてください。魔法は万能ではありません。そもそも回復魔法は傷を治す抵抗力や自然治癒能力を強めるものです。大魔導師クラスでもない限り、完璧な治癒はできませんので……」
魔道士の人は馬車に乗ったまま、ゆっくり話す。か細い声ではあるが、ハッキリした口調は良く聞こえた。深く頷くロランさん。
「忠告ありがとう。折を見てそうさせてもらう」
「はい。では、私はこれで」
「報酬を渡しておく」
魔道士の人に札束を渡すロランさん。
それを受け取った魔道士は一礼し、馬車はいずこへと去っていく。
その姿が完全に闇に消えてから、ロランさんはこちらを向く。
「さ、宿に行こうか。もう部屋は取ってある。少し暗いが街の灯りが見えるだろう。あれを目指そう」
「は、はい」
正確な時刻はわからないが、恐らくド深夜。
足元もほとんど見えないので気を付けつつ、灯りのある方に向かう。
村に入り、中央の比較的大きい二階建ての建物へ。
どうやら、そこは宿屋のようだ。
ロランさんは店主に挨拶し、私も頭を下げる。
そのまま二階の部屋に向かう。
「メイ、部屋で少し待っていてくれ」
「はい」
ロランさんは一度隣の部屋に行き、ミオさんを寝かせてから、こちらに戻ってきた。室内は静かで私達以外の声や音は聞こえない。備え付けのタンスや鏡台がどことなく寂しく見えた。
「メイ、今回はお手柄だったな。明日、ギルドからシェリル達の賞金をもらってこよう。三人で山分けだ」
「はい。あの、今日はありがとうございました。助けて頂いて……」
私はもう一度改めてお礼を言う。
ロランさんは「ああ」と頷いた。
「色々話したいこともあるが、今日は流石に疲れただろう。ゆっくり休んでくれ。私はミオと隣の部屋で寝るよ」
「お気遣い、感謝します。おやすみなさいロランさん」
「おやすみ。ああ、それと」
「はい?」
「私の親友を助けてくれて本当にありがとう、メイ。ゆっくり休んでくれ」
ベッドに寝転がった。
先ほど軽く休んだが、もちろん、疲労は完全には取れていなかった。
まだ心の中には男達の恐怖とシェリル達に裏切られた後遺症が残っている。それに加えて、恐らく戦闘をした事での疲れも加わっている。
怪我自体はセグンダディオに治してもらえたが、疲労や心労は消えないようだ。
普段、平和な日本に住んでいて、喧嘩が日常ではない一般市民はいざ悪を目の前にすると、どうしても怯えてしまい、尚且つ及び腰になってしまう。不良漫画の少年達みたいに誰も彼もが強いわけでない。こういう時の対処法を学校では教えてくれない。でも、私は心の恐怖に負けず、セグンダディオで戦った。だから、奴らを倒せたし、ミオさんも助けることができた。その分、かなり疲れてしまった。
慣れないことをするのって本当に疲れる。
「ねえ、セグンダディオ。私はいつになったら、元の世界に帰れるのかな」
”我はその答えを知らぬ。ただ、この先、どんな道を歩もうとも、我は契約者の味方だ”
胸元にある小さなハサミ、セグンダディオは淡々とそう呟く。
それはどこかアクセサリーにも見える。
これが大剣になるなど誰も信じないだろう。
可愛らしく擬態しているなとそっと嫌味を呟く。
「お姉ちゃん、元気にしているかな。新しい学校はどうなってんのかな」
私は心配事を懸案しつつも、ゆっくりと目を閉じた。
睡魔はすぐに訪れ、夢も見ず、そのまま気を失ったように眠りに就いた。
次の日。
朝、目を覚ました私は部屋の中にある洗面所で顔を洗った。
死にかけた肌を蘇生させ、髪を整える。
できればシャワーを浴びたいけど、生憎なかった。
素泊まりだけの安宿だからとはいえ、そろそろ着替えとかもしたい。
男たちに破られた服はセグンダディオで元に戻ったが、汗の匂いなどは消えていない。そういうのも消えてくれればいいんだけどな。
「起きてるか、メイ?」
快活なノックと共にロランさんが入ってきた。
金髪の輝きが日光に照らされて、とても綺麗だ。
ちょっぴり眩しいけど。
「おはようございます、ロランさん」
「おはよう。一緒に朝食を食べないか?」
「はい。あの、ミオさんは?」
「まだ眠っている。今は休ませおこう。さ、こっちだ」
「は、はい」
階段下の1階は酒場でもあり、レストランでもあった。
朝のせいか、さほど人はおらず、人口密度は低かった。
私達は隅の席に向かい合って座る。
「ご注文はお決まりですか?」
笑顔の良いウェイトレスの女性がオーダーを取りに来る。
「レッドスチル、マルドーターの丸焼き、スープと。
メイも同じ物でいいか?」
「あの、もう少し控えめの物で」
よくわからないが、マルドーターの丸焼きってかなり重そう。
朝からそういうのはちょっとね。
「ふむ。では、彼女には厚切りトーストとサラダで。あと、レッドスチルも」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ウェイトレスは頭を下げ、伝票をテーブルの上に置いて去っていった。
本当はご飯派だけど、我儘を言う訳にもいかないだろう。
そもそもこの世界でお米があるかどうかわからない。
「さて、メイ。昨日は本当に助かった。改めて礼を言う」
「いえ。こちらこそ、助けていただいてありがとうございます」
「奴らの逮捕は国中で話題になっているぞ。ほら」
と、彼女が鞄から取り出したものは新聞だった。
紙面には私では読めないナイトゼナの文字で何か書いてある。
一面にシェリルとミリィの写真が大体的に写っていた。
その顔はよくある憔悴しきった犯人・容疑者のそれではない。
こちらを睨みつけるような、迫力ある目力を感じる。
堂々とした佇まいを見せており、反省の色はまるで無いようだ。
「まあ、何にせよこれでナイトゼナは少し平和になったことだろう。
賞金は昼に取りに行くが……メイは今後、どうする予定だ?」
「私には行く先がないです。というか、私、元々この世界の人間じゃないんです。異世界の人間なんです」
私は経緯を説明した。
流石に説明をしない訳にはいかないだろう。
ロランさんは初めは驚いていたようだが、やがて頷いた。
「なるほどな。にわかには信じ難いが……シェリル達が君を狙ったのはそういう事か」
「私は元の世界に帰りたいんです。でも、私じゃこの世界のことはわからないです。ナイトゼナの文字も読めないんですし。会話だけはできるんですけど」
「それは多分、セグンダディオのお陰だろうな」
「え?」
「言語を翻訳する機能がセグンダディオには存在するそうだ。だから言葉が通じるのだろう。ただ、文字までは翻訳できない。恐らく、君が日常使っている文字をセグンダディオは知らないせいだろうな。まあ、時間が経てばセグンダディオも理解し、ナイトゼナ語も読めるようになるはずだ」
「はい」
「お待たせしましたー」
ウェイトレスが料理を持ってくる。
丸焼きは想像した通り、牛みたいなモンスターの丸焼きが皿に丸々載っている。あとは申し訳程度にスープが置かれた。
私はパンとサラダ、レッドスチルという組み合わせ。
この世界でもトーストとサラダがあるのは良かった。
ただ、ドレッシングはかかってないけど。
「あの、セグンダディオについて詳しいんですか?」
「多少はな。私は四英雄の武器について色々調べているんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。メイ、これはここだけの話にして欲しいんだが、いいか?」
「はい」
「私とミオは四英雄の子孫なのだ」
「ええ?」
彼女は私の耳元で私だけに聞こえるようにそう言った。
私は言葉を失う。
でも、それほど驚いた訳でもない。
確か、四英雄はこの世界を救った勇者達のこと。
末裔がいてもなんら不思議はない。
日本の歴史の教科書に出てくるような戦国武将、総理大臣、文豪の末裔は実は芸能人や有名人の○○だという特集はテレビでもよくやっている。
「10数年前、ある高名な預言者がある予言をしたんだ。”闇の王が再び目を覚まし、それに乗じて眷属達が息を吹き返す。ナイトゼナは再び破壊と混乱の世になるであろう”と」
「闇の王……」
「マルディス・ゴアだ。伝説では四英雄は自らの命と引き換えに、彼らの使った武器と共に封印したと聞く。だが、その武器は我々の手にある。それは何故か? 恐らく、剣は長き年月で力を失い、封印する役目を降りたのだ。剣はそれぞれの持ち主の家へと自然に戻ってきたと聞く」
「え、じゃあ、その、ゴアは?」
「恐らく、どこかで復活しているのだろう。ただ、100万年という歳月は奴に大きくのしかかっている。昔のような力を取り戻すには時間がかかるはずだ。しかし、この世界の誰もがそれを知らない、王ですらな。時が過ぎれば世界はまた混乱と破滅を迎える」
「混乱と破滅……」
「ああ。そこで四英雄の末裔である私とミオは世界を周り、旅をしているんだ。ゴアを倒すことが一番の目標だが、それ以外にも目標はある。ナイトゼナ大陸の平和の為に国民に尽力すること、剣を元の状態に戻すこと、同じ四英雄の末裔を見つけて仲間にすることだ」
ロランさんはそこまで話してから丸焼きを豪快にガツガツ食べ始めた。
というか、食いちぎり、荒々しくも猛々しく食事を進めていく。朝からよくそんなに食べれるわね。まあ、日本でもモーニングステーキを出すホテルはあるけれど。それに似た類かな? 私はトーストとサラダを美味しく味わう。本当はご飯が食べたいけど、我慢、我慢。
「メイ、君が末裔かどうかはわからないが、セグンダディオが君を選んだ事は事実だ。どうか我々と協力してほしい」
「ロランさん……」
「正直、私とミオの剣は四英雄の所有していた剣とはいえ、既に力を失った剣だ。だが、君のセグンダディオは違う。シェリルとの戦闘を見たが、圧倒的な破壊力、魔法すら打ち返す強大な力を持っている。理由はわからないが、セグンダディオは力を失っていないのだろう」
私はサラダを咀嚼しつつも、黙って話を聞く。
そして頭の中で意見をまとめていた。
「どうか、この世界の平和の為に力を貸して欲しい」
「……二つ条件があります」
「何でも言ってくれ」
「まず一つ。私は元の世界に帰りたいんです。ですので、その調査です。元の世界に戻る方法がわかったら、私はそれを最優先で行い、帰らせて欲しいんです」
「うむ、いいだろう」
ロランさんには悪いが、私はこの世界の平和に興味はない。
正直、この世界がどうなったところで私には何の関係もない。
でも、それは私個人の感情なので今は黙っておく。
今話すと鬱モードで長々と喋ってしまうから。
私にとって最も大切なことは元の世界に帰ること。
再び、日常生活を取り戻すことである。
「もう一つは何だ? どんな事でも、できる限り協力する」
「そしてもう一つ。一緒に旅をするんですから、さん付はやめますね。
そして、友達になってください。ロラン」
私は手を差し伸べた。
そこで硬かった表情を柔らかくし、私の手に自分の手を重ねた。
「勿論だ、メイ。よろしく頼む」
「はい!」
これから私たちの旅が始まる。
世界を救うために戦う、四英雄の末裔達。
私は末裔ではないけど、セグンダディオの契約者。
私一人でも戦うことはできるけど、この世界に関しては詳しくない。
だから、ロラン達と一緒に戦い、そして元の世界に戻る調査もする。
きっと忙しくなるだろうが、やるしかない。
私はそう決意し、進んでいくことを誓った。
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