第57話「繋いだ手だけが紡ぐもの」


「はあああ……」




草木も眠る丑三つ時。

街に大きなため息をつく理沙がいた。




「ちょっと理沙、ため息つかないでよ」




そのとなりを歩く小柄な少女・ミカは文句を言った。

理沙は歩くのを止め、ミカの方へと振り向く。

その時の表情は苦虫を噛み潰した顔だというのが適切だろう。

しかし、それだけに留まらない怒りと絶望が混ざったような。

それらがごちゃまぜになった、複雑な表情をしていた。

あまりにも顔面凶器なその顔にミカは思わず引いてしまう。

今が深夜でなければ、その顔に大勢の人が恐怖しただろう。




「なんでミカと一緒に仕事なんッスかね……」




「メイが修行に行ってる間、シンシナこっちの仕事は私達の担当よ。サラさんもメイもいないとなると、正メンバーが少ないマリア・ファングでは難しいわ。だからその配慮でしょ」




シンシナシティのギルドはマリア・ファングのみである。歴史のあるギルドで一時期は千人以上の正メンバーがいたという。しかし、近年は危険を嫌い、楽して稼ぎたいと考える若者が増えてきた。メンバーは様々な都合を言い訳にして引退。それでも残った見込みのある者にサラは更に強くさせるべく訓練を行った。しかし、誰もついてこれなかった。そいつらは恩あるサラを散々罵倒し、他所のギルドへ移籍もしくは引退していった。サラはとても歯がゆい思いをしたという。




現在、マリアファングでは簡単な仕事のみこなす準メンバーは多いものの、難しい仕事を任せられる、いわば主力となるメンバーが激減していた。そのため、これまではサラのみが幾つも仕事を掛け持ちしていたという。しかし、マスターはサラのみに負担をかける事を申し訳なく思っていた。そんな時に現れたメイ達は喉から手が出るほど欲しい人材だったと言える。これまでの実績と経験を高く買い、正メンバーとして迎え入れてくれた。何も言わないが、彼女達に大いな期待をしていることは間違いない。




今、現在ではサラを含め、メイ、理沙、ミカ、ノノが正メンバーとなった。

しかし、メイには致命的な弱点がある。それが呪いだ。

戦闘狂になり、思考すらも争いを渇望する者に変える恐ろしき武器。

それが呪われし聖剣・セグンダディオだ。

その力は強大で魔力を抽出すれば剣の刀身を自由自在に変え、魔法すらも吸収し、この世のどんな硬い物質でも斬り落とすことができる。

異獣・マルディス・ゴアに伝説の四英雄達は戦った。

しかし、彼奴は不死の存在で倒すことは不可能だと悟る戦士たち。

四英雄は自らの武器に変え、その中にマルディス・ゴアを封じたという。

だが、その封印は解かれたといわれている。

誰かが封印を解いたのか、それとも自然と消滅したのかはわからない。

セグンダディオの呪いの影響でメイは知らず知らずのうちに戦いを望む思考へ変わり、心が殺人衝動に駆られ、苦しんでいた。

本来は争いも好まない温和な性格の彼女だが、多くの戦いと人を殺した経験は彼女に重くのしかかっていた。今、争いの最前線にいる矛盾した状況に最も苦しんでいる。それでも、前進しようと必死だった。




それは元の世界に帰るという大目標の為でもあるが、仲良しのみんなと一緒の家で住みたいという自身の夢の為でもある。また、リュートを一人前にして数が激減したドラゴンを救いたいという使命の為でもあった。




呪いを克服するため、メイはサラと共にシンシナシティを離れ、修行することとなった。サラとの修行でどこまで成果が出るかわからない。だが、心と身体を鍛え、呪いを少しでも克服する事は彼女にとってはプラスになるはずだ。二人が修行でシンシナを離れる間、ギルドの仕事は理沙とミカが協力して行わなければならない。今回の依頼はその前哨戦と言っていいだろう。




「メンバー不足のうちじゃ私達が出張るしかないでしょ。今後、嫌でもこういう機会は増えていくわよ。メイが好きなのはわかるけど、いい加減慣れて欲しいわね」




「……まあ、仕方ないッス。ジェーンさんはリュートのお世話と家事で手一杯ですし、それに加えて戦えとか無茶は言えないッス」




お手伝いとして雇っているセントール族のジェーンさん。メイに危ない所を助けられ、以後は家事の一切を引き受けてくれている。また、ドラゴンの子・リュートのお世話も毎日こなしている。ギルドのメンバーではないものの、一緒に戦ってくれと言えば素直な彼女は喜んで引き受けるだろう。だが、流石にこれ以上負担をかけるのは厳しい。




どう転んでも、メイのいない一ヶ月はミカと協力する他ない。

理沙はため息をつきつつ、頭を切り替えることにした。

本当はノノとも共闘したいが、彼女は姉がかけたメイ達の毒魔法の解除に全魔力を消費した。今も眠っているので無理をさせることはできない。

次回のお楽しみにしておこうとポジティブに考えておく。




「でしょ。さ、早く仕事をこなしましょう」




「ハイッス。ええと、グランクリードの討伐資料は……と」





二人は街の中央にある噴水側のベンチに腰掛けた。

理沙の手には数時間前にメイから貰った仕事の資料がある。

また、街の図書館から幾つか資料を借りていた。




「依頼書によると、最近、街にグランクリードの連中が食料を盗んで食べているようね。街のあちこちから被害届が青年団に出ているわ」




ミカと一緒に依頼書に目を通す理沙。

二人はうげっと顔を歪めた。




「グランクリード……トカゲ人間ッスね。トカゲはあんま好きじゃ無いっす」




資料によると、グランクリードはトカゲが突然変異し、人間並のサイズに変化したモンスターだ。大きいもので180センチ近くの者もおり、ガタイが良いので、斧や剣を得意としている。基本的には森にいるモンスターだが人語を理解し、食料とメスさせ与えれば、従順に命令に従う。そこで多くの国がモンスター兵として使用していた過去がある。戦争で数が激減し、ここ最近は姿すら見なかったのだが……。




「でも、街の守りなら青年団でしょ? 自分たちで解決すればいいのに、なんでメイに頼んだのかしら」




「ま、それだけ人材不足って事ッス」




「青年団のメンバーはマリアうちより多いわよ」




「ヨタ公がどれだけ集まっても意味ないッス。ミカの尻触ってきた奴らみたいなのがゴロゴロしてもどうしょうもないッス」




理沙はぺっと吐き捨てた。

ミカは苦虫を噛んだような顔をしたが、それで納得した。

今回の仕事はメイ個人が青年団から依頼を受けたもので、ギルドを通していない。ギルドを通すと依頼料+依頼の掲載期間+達成依頼とお金がたくさんかかるからだ。青年団自体の予算が少ないので、報酬はギルドの仕事よりも格段に安い。だが、成功すれば世間も少しはギルドを見直すだろう。




マリア・ファングはメンバー不足のせいで請け負えない仕事も多くなり、世間からの信用は以前より著しく低下している。世間様は昔はよかったが今では……という冷ややかな目で見ているのが現状だ。マスター達がメイ達をすぐに正メンバーにしたのは失った信頼を早く回復したいという焦りがあるからだろう。




メイ達の活躍でサラの親友でもあり、スポンサーでもある梨音とは協力関係を強固にすることができた。今回の仕事の達成は活躍を広めることでの世間での信用の回復と青年団に借りを作る良い機会だと言える。青年団の助けは今後、必ず必要になってくる。恩を売って損はないだろう。




メイとしては理沙・ミカがもっと仲良くなるためにという思いであり、そこまで計算した訳ではないが……。




「で、具体的にどうやってグランクリードを討伐するの?」




「そうッスね。ミカに全裸になってもらって、パンツを頭に被ってもらって、盆踊りを踊ってもらって……」




バゴン!!




理沙の頭が赤く腫れた。




「あんたねぇ……マジメに答えなさいよ!! だ、誰が全裸になんか! だ、大体、私みたいな凹凸の少ない女より、あんたが全裸の方が良いじゃない! スタイルいいんだから」




忘れてるかもしれないが、理沙は巨乳である。

そのバストは90以上だというのだから驚きだ。

褒めるのは癪だが、容姿端麗でおまけに社交的だ。

男女どちらにも好かれ、その豊満なボディに騙される男子も多いだろう。

実際、理沙は過去に多くの男子に告白されたが、全て断っているそうだ。

それに比べるとミカは自分の身体に自信がなく、身長もメイと同じぐらいで小柄。

女としての魅力は理沙の方に軍配が上がるに違いない。




「チッチッチッ、アタシ達の世界じゃ「ちっぱい」が流行ッス。貧乳はステータスだ! ッス。だからミカの胸も需要があるッス」




と言って、ミカの胸を揉む理沙。

ミカは「もう、馬鹿……」と言いつつ、何故か反撃も反論もしなかった。

そんな彼女の頭を理沙は優しく撫でた。




「な、なによ」




「別になんでも。さ、それじゃ仕事の話に戻るッス。よく聞いて欲しいッス」












シンシナシティ北区に一軒の精肉店がある。

表向きこそ精肉店だが、店内で注文も可能だ。

いわゆる、ステーキハウスである。

店の名前は「満腹まんぷく」である。





「おっちゃん、おひさー」




「おう、理沙ちゃん! 久しぶりだなぁ」




おっちゃん……もとい、店主のウォンさんは御年56歳。

奥さんはおらず、一人でこの店を切り盛りしている。

女より料理を極めたいという一心で生きてきた筋金入りの料理人だ。

夜中ということもあり、他の従業員は流石に帰らせたようだ。

二人は仲が良く、ミカにはよくわからない話題で盛り上がっている。




「今日はよろしくお願いするッス」




「がはは、頼むぜ。しかし、グランクリードを退治しようってな流石だな。青年団のみたいな荒くれ者どもには任せておけん。その点、理沙ちゃんなら信頼できるってもんよ。今日は腕によりをかけて料理すっから楽しみにしとけよ!」




店主はガハハと笑いつつも厨房に戻り、颯爽と料理を始めた。

火力が凄まじく、店内からでも強烈な火の勢いが見える。

おおとミカはびっくりするが、理沙は鼻歌を歌いながらメニュー表を見ている。




「って、なんでこんな夜中に食べるのよ。太るわよ?」




「いつ相手が来るかわからないッス。その前に腹ごしらえッス」




グランクリードは夜現れるという話なので二人はお昼過ぎから寝て、夜に起きた。夜中である今、正直、お腹はさほど空いていない。そもそも、ミカは体重を気にしているので夜中の食事は遠慮したいのだが。そんなミカの気持ちなどつゆ知らず、理沙はガンガン注文していく。




「へいよ、おまちどうさん!!」




「うっしゃ、食べるッス~」




と、理沙は運ばれてきた料理に手をつける。

肉料理、海鮮料理、豚の丸焼き、なんでもござれだ。

理沙はウキウキと食べ始めていく。




「太っちゃうけど、仕方ないか……」




夜はあまり食事をしたくないが、体力をつけたいのも事実だ。

相手の現れる時間がわからないし、ボウズの可能性もある。

長期戦も視野に入れると食事をしない訳にはいかない。

渋々、食事をすることにした。




「邪魔スルゾ!!」




奇妙な言葉遣いと共に入り口が蹴破られた。

緑色の鱗にハードアーマーを身に着けたトカゲ人間……噂のグランクリードである。

武器は大剣を装備し、鋭く光る歯も威嚇にはちょうどいい。

数は10匹といったところだ。




「まったく、食事中ッスのに」




「よかったじゃない。何時間も待たなくて」




二人はすっと席を立ち上がる。

理沙は少々残念な気持ちだったが、ミカとしては助かった。




「おっ始めるのは構わねぇが、床を汚すなよ。クリーニング代だってタダじゃねぇんだ。やるんなら外でやってくれよ」




理沙は頷くと即座に行動し、手近な一匹に近づく。

腹にボディブローを叩き込み、トカゲは苦痛に顔を歪める。

ハードアーマーを装備しているのだが、鎧は何故か、粉々に砕け散っている。

何が起きたのか理解できぬ周囲を他所に、理沙はそいつを思いっきり外へぶん投げた。入り口が開けっ放しなのが幸いし、ドアを傷つけることなく、飛んでいくトカゲ。そのまま、隣家の壁に頭をぶつけ、そのまま動かなくなった。

仲間の気絶した様子に呆然とするトカゲ達とミカ。

しかし、理沙はひょうひょうとしている。




「おっちゃん、お勘定を置いておくッス」




「別にいらねぇよ。そいつらがいなくなりゃ、それで十分だ」




「ご厚意に甘えるッス。んじゃ、これで従業員の皆さんと飲んでくださいッス」




「へ、ありがとよ。奴らは団体戦が得意だ。気をつけろよ」



「はいッス!」




理沙はそう言ってテーブルに紙幣を置き、外へ出ていく。

トカゲ達は我に返り、彼女の後を追う。

ミカもウォンさんに一礼し、後に続いた。




夜の街はひたすらに静かだ。

日本と違い、街灯に乏しいシンシナシティで夜に戦うのは難しい。

だが、ミカも理沙もこれまでの戦いで視力を鍛えている。

夜目は充分なので、あとは勘があれば大丈夫だ。




「一体どういう事なの。グランクリードの鎧を打ち砕くとか、投げ飛ばすとか……」




「内緒ッス」




背中ごしにミカが喋るが、理沙は回答を明かさない。

奴らは言葉が理解できるので、種明かしは控えたのだろう。

ミカはそう理解し、それ以上追求しなかった。




「ミカ、ご近所迷惑なんで銃声は抑えて欲しいッス」




「サプレッサーをつけてる。まったく音がしない訳じゃないけど、多少は防げるわよ」




「上出来ッス」



サプレッサーとは銃の発射音と閃光を軽減するために銃身の先端に取り付ける筒状の装置のことだ。ミカは既に自身の銃にそれを装着済みである。




「グルルル……」




トカゲ達はジリジリと距離を詰めてきたが、我慢しきれなくなった一匹が奇声を上げて飛びかかってきた。ミカはそれを的確に銃で撃ち抜く。三発の銃弾は目、額、頭部を撃ち抜かれる。だが、トカゲは痛みに耐えつつ、歯を食いしばった。




「グ……コンナ銃弾……ドウトイウコトナイ。オレタチ、サイセイノウリョクがある」




「そんな事わかっているわ。だから特殊弾にしたのよ」




「ナンダト?」




その疑問符がトカゲのこの世で最後の言葉となった。

身体が氷つき始め、一瞬で身体も心臓も凍らせてしまった。

傍から見るとそれはトカゲの氷の彫刻のようだ。

街の新しいオブジェクトになってもおかしくない。

爬虫類が寒さに極端に弱いのをミカは知っている。

そこで用意したのが特殊・冷凍弾である。




「さあ、次に彫刻になりたいのは誰?」




「オノレ!! イクゾ!!」




二人の死に動揺した彼らは目線を合わせ、三人同時にミカを狙う。

撃たれる前に大勢で襲ってしまえという魂胆だ。

一人は撃ち抜かれても、二人がミカを始末できる。

爬虫類にしては頭を使った戦法だろう。

ただし、それは相手がミカだけの場合だ。

理沙はそれを読んでいた。




「トランスバースクラック !!」




理沙は横一直線にトカゲ達を斬り裂いた。

二丁斧ハルフィーナは切れ味が抜群な上、斧自体の質量もある。

咄嗟に剣で防ごうとしたトカゲは刀身ごと己も斬られ、絶命する。

頑丈な鎧がいとも容易く破壊され、その切り口は真一文字となるほど綺麗だ。

地面が黒い血に汚れ、トカゲの標本と化した二人に仲間達は驚きを隠せなかった。




「ナ、ナンテ連中ダ……」




「引ケ! 引ケ!」




トカゲ達は死んだ仲間を気遣うこともなく、そのまま退散した。

もちろん、そのまま逃がすつもりは毛頭ない。




「追いかけるッスよ!」




「わかってる!」




理沙達は後を追った。





シンシナシティ北区・未開発地域。

北区の少し済の方にトカゲ共は逃げていった。

この辺りは経済特区の地域になる予定だったが、現在は白紙になっている。

様々な噂があるが、何でもマルディス・ゴアの攻撃の影響でモンスターが集まりやすい地域だという。



シンシナシティは元々島ではなく、ナイトゼナ大陸の一部だった。それがマルディス・ゴアの攻撃により、陸地から離され、島となったのだ。ここはその影響が強く、渦巻く瘴気は人間にとっては耐え難いものであり、理沙達は気分の悪さに耐えながらも木々に身を隠していた。




「よりにもよって未開発地域とはね。面倒な所に逃げたッス」




「この瘴気はモンスター達には効かないわ。奴らにとっちゃ都合のいい逃げ場所よ」




「相手が有利な場所に誘い込まれたという訳ッス」




理沙は双眼鏡を取り出し、辺りを確認した。

トカゲ達はざっと見ても50匹以上いることがわかる。

奴らは砂浜近くにいて、周りには遮蔽物がほとんどない。

よって闇に紛れて倒すということはできない。

落ち着いた様子を見せつつも、獲物を抜いて警戒態勢を取っている。

恐らく、店に現れた連中は偵察部隊だったのだろう。

敵わないと見て本隊に逃げ帰り、こちらを待ち伏せしているということだ。




「ざっと見ても50匹以上……面倒な数ッス」




「応援を呼びましょう。青年団と力を合わせて戦った方がいいわ」




「今から呼んでも人数を集めるには時間がかかるッス。さっきも言ったッスけど、青年団じゃ頼りにならないッス」




「それは心外だな、理沙くん」




第三者の声に振り向くとロランとルルーの二人がいる。

奇妙な組み合わせに理沙もミカも驚きを隠せなかった。




「二人が仕事を請け負ったとミオから聞いてね。ここは少数精鋭でいこうじゃないか」




「あなた、シェリル達に負けたのを忘れたんッスか? 戦力にならないと思うッス」




「ちょっと理沙!」




ミカが嗜めるが、理沙は態度を崩そうとしない。

嫌味を受けたロランは「大丈夫だ」と否定した。

本人は清々しい顔をしており、気にしていないらしい。




「確かにあの頃の私は未熟だった。だが、茜殿に鍛えてもらった。その成果を発揮するチャンスだ。汚名返上といこうじゃないか」




得物を抜剣し、やる気を見せるロラン。

それは以前のロングソードではなく、ファルシオンのようだ。

長さは80センチ~1メートル、重量は1.2~1.7kgである。

ファルシオンは片手剣としても、両手併用でも使える剣だ。

重量を生かして叩きつけるという斬撃でどちらかというと、斧の使い方に近い。

しかし、斧よりも攻撃範囲は広く、乱戦ではサーベルのようにも使え、他の剣よりも刀身が頑丈で質量があり、鎧を着た相手にも絶大な効果がある。

また切れ味が落ちても鈍器のように使えるという利点がある。




「トカゲ共は鎧を着て守りを硬めたつもりだろうが、この剣なら大丈夫だ。理沙くん、ぜひ協力させてほしい」




彼女はメイの姉である茜と一時、行動を共ににしていた。

どのような修行をしたのかは知らないが、茜は頭が良くて教えるのも上手だ。

理沙はそれをよく知っている。

彼女が鍛えたというのだから、間違いないだろう。

ロランの決意の固さも含め、頷いた。




「では、よろしく頼むッス」




「任せろ」




そして、視線がルルーに注がれる。

恥ずかしいのか、少し視線を外すルルー。




「私はロランに無理やり連れて来られたの。バイトとしてね」




ふうとため息をつくルルー。

やや眠い目を擦りつつ、頬をぷーと膨らませる。




「でもま、仕事だからね。頑張るつもりよ」




「ルルーは爆発系魔法が使えたッスね。一発、派手にブチ込んで欲しいッス」




「了解」




「で、その後で私、ロランが先陣を切るので、ミカは逃げようとする連中を仕留めて欲しいッス。ルルーと連携し、状況に応じてこちらのフォローもしてくれると助かるッス」




「OK。ついにこれを出す日が来たというわけね」




ミカはバックパックから一つの拳銃を取り出した。

それはハンティング用のスナイパーライフルだ。

全長4.08Kg 、銃身長は660mm。

重さは女子砲丸投げの砲丸程度だが、ミカは筋肉トレーニングも行っているので、この程度の重さなら楽なものである。

スコープも良いものを使っており、特殊な魔法で暗闇でも問題なしのスグレモノ。

音が物凄いので耳を痛めないよう、ヘッドホンを装着する。

重量が少ないものの、反動が大きいので、マズルブレーキ(銃口制退器)を装着しており、反動を軽減させている。ただ、重心が細めであまり長距離には向いていない。500メートルを超える目標物の狙撃には難しいが、300~400メートル程度なら問題はない。




500メートルと端的に出されてもわかりにくいが、大体徒歩7分程度の距離だと考えるとわかりやすい。銃弾は魔法で加工されており、常にエキスパンションチップを装着した状態となっている。これがあれば殺傷能力が増し、相手に甚大な被害を与えることができるのだ。




四人は細かい打ち合わせを終え、最後に理沙は全員と握手をした。

一人一人を鼓舞し、士気を上げる為の彼女なりの気遣いだ。

本来は円陣だが、気づかれる訳にはいかないので握手にした。

皆の瞳は輝き、やる気に満ちていたのを理沙は実感する。

それは瞳だけではなく、握手の時の力強さでも感じられた。




「では、幸運を!」




ロランの言葉に皆がそれぞれの位置へ移動する。

まず、ルルーが呪文を演唱し、魔力を高める準備に入る。

理沙はその間、ハルフィーナで周囲の瘴気をかき消す。

セグンダディオの妻・ハルフィーナは闇の女王でもある。

瘴気を完全に消すことは無理だが、一定時間無効化することは可能だ。

突然の瘴気の消滅に驚くトカゲ達を他所に演唱を終えたルルーが思いっきり炎の玉を投げつけた。




「グギャアアアアアアアアアアアアアア!!!」




爆心地近くにいたトカゲの何人かが大火傷を負った。

ミリィの炎の球よりも巨大でその火力は凄まじい。

大火傷を負った者は逃げる気力も失せ、そのまま息絶えた。

トカゲ達が慌てふためく所へ理沙とロランが強襲。

次々と連中を斬り裂いていく。




「そらそらそらーー!!!」



「はああああああああ!!!!」




返り血を浴びつつ、グランクリードを容赦なく殺していく二人。

ロランはファルシオンで奴らの首を斬り裂いていく。

理沙の二丁斧ハルフィーナは鎧ごと粉砕できた。

ロランもファルシオンで鎧を叩きつけるように戦っていく。

一撃では無理だが、トカゲ共は強烈な攻撃に動きが怯み、その間に刺突や頭部を叩きつけ、一体一体を確実に倒していく。

二人の奮戦に10分もしない内にトカゲ達は散り散りになっていた。

何人かが逃げようと背中を見せはじめた。

そこに銃声が轟く。

言うまでもなく、ミカによる射撃だ。

背中を見せたものは的確に撃ち抜かれ、その全てがヘッドショットを決めている。




「右側、海沿い近く……」




ルルーの声と共に銃声が轟く。

役目を終えたルルーはスポッター(観測手)としてミカを支援していた。

魔法の双眼鏡で相手を正確に割り出し、ミカに目標を指示する。

狙撃銃のスコープは倍率が高く、目標を見失いやすい欠点がある。

そのため、狙撃手を狙撃に専念させるための支援作業を行う相方が必要だ。

それがスポッターと呼ばれる観測手である。

スナイパーは一人で戦う孤高の戦士というイメージが強いが、実際は違う。

有能な相方がいてこそ、狙撃が成り立つのである。

ルルーの無駄のない的確な指示にミカはどんどん目標を撃ち抜いていった。

戦闘は圧倒的に理沙達の優位で進んでいった。




1時間後。

動くトカゲ達がいなくなり、理沙たちは執拗に辺りを調べ倒した。

隠れている奴がいないかのチェックだ。

また数も確認し、メモにまとめていく。

調べた結果、トカゲ達は65体いることがわかった。

証拠として奴らの首を切り落とし、ロランと分担して死体袋に入れる。

モンスターの遺体が無ければ報告をしても信じてくれないのだ。

遺体の回収を行うまでが仕事である。




「ふう……なんとかなりましたね」




「死体は全て青年団で預かる。後で報奨金も持っていくよ」




ロランの言葉に理沙は頷き、死体袋を渡した。

流石に疲れたのか、二人は汗まみれだった。




「理沙、なかなか頑張ったわね」




「そっちこそ良い射撃だったッス。さ、手を上げて」




「ん?何するの」




ミカは疑問に思いつつも手を上げた。

その手の平を理沙は思いっきり叩いた。

ハイタッチである。




「あ……」




「お疲れッス、ミカ。みんなもありがとうございましたッス!」




理沙は全員とハイタッチを交わし、勝利を喜び合う。

今回の戦いはこの四人で無ければ勝てなかった。

この四人だからこそ勝てた。

誰か一人が欠けたとしても勝てなかっただろう。

そして、理沙には最高の相棒がいる。

メイの事は譲れないが、決して嫌いではない。

そんな頼もしい存在の彼女が。

叩かれた手を見て呆然としている彼女が。




「お、日が登ってきたようだな」




「みんなでご飯行くッス!!」




「私はそろそろ寝たい。魔力消費したから眠い」




「……」




太陽の眩しさに目を細めるロラン。

まだまだ元気な理沙。

魔力の消費で疲れがピークなルルー。

ハイタッチの手をまだ見つめるミカ。

四人で見る朝焼けの太陽は格別だった。

この日の事を彼女たちは忘れないだろう……。

















「以上が事の顛末だ、主」




「そう。ミカちゃんと理沙は上手く行ったのね」




私、七瀬メイはセグンダディオの特殊魔法を解除した。

遠くの景色をリアルタイムで視聴できる魔法「ピープ」だ。

私はBlue-rayを視聴するかのように理沙達の動向を視聴していた。

あの二人が上手くいくかどうか、気になっていたのである。

もちろん、みんなには内緒だが。




「ロランさん達が加わったのは驚いたけど、これなら私が不在でも大丈夫ね。っていうか、理沙はミカちゃんを気に入ってるような気がする。二人は自然体で仲良くなれそう。よかったわ、本当に」




「懸念がある」




「何? セグンダディオ」




「何故、グランクリードがあんなに大量いたのだ? 奴らは群れを好む個体ではあるが、この地方では珍しい部類に入る。そもそも戦争で数は激減したはずだ。たかが食料を盗む為にあれだけ大人数で来るものだろうか? おまけに人語を話せる類は今となっては珍しい部類に入る」




「つまり、誰かが仕組んだ事かもしれないと?」




「そう考えるのが普通だろう。マルディス配下の奴らかもしれぬ」




「なんの為にそんなことを?」




「我々の正確な戦闘力を計りたいのだろう。主もそうだが、理沙達のデータが必要だと考えれば説明がつく。主よ、我々は奴らに完全にマークされている。脅威として認識されていることは間違いない」




「ありがとうセグンダディオ。でも、理沙達なら大丈夫でしょう。ルルーさんにはこれからも協力を要請するつもりだし、ロランさんは青年団としても協力してくれる。奴らの狙いが私達だとしても、仲間みんながいれば大丈夫よ」




「うむ。では、後は妖精の件だけだな」




「そっちは私の仕事ね。みんなが頑張ってるのに私だけ休む訳にはいかない。セグンダディオは妖精について詳しいんでしょ? 教えてちょうだい」




「うむ……我の知る範囲で良ければ構わぬ」




ノノを説得するのはマスターである私の役目だ。

頑張らないといけない。

私はその日、昼過ぎまで妖精に関するレクチャーを受けたのだった。












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