第56話「逡巡」


私は一人、考え事をしていた。

この世界に来て色々なことがあったけど、ようやくこうして一人の時間ができた。

これを機会にこの世界に来たことを逡巡していこう。




まず、私は新しい高校に行くために準備を整えていた。

そして、登校する前にお姉ちゃんから小さなハサミを渡された。

それを持って自宅を出て、地下鉄へ向かうエスカレーターに乗っている最中に突然、ハサミが光だし、気がつくと、見たこともない世界へ来ていた。美術の教科書でしか見たことないような美しき世界……そこが異世界・ナイトゼナだ。




私は道中、モンスターに襲われているミリィを発見した。どうしようかと思案していると、セグンダディオと名乗る声が私の頭の中に響く。私は無我夢中で契約を結んだ。ハサミは巨大な剣・セグンダディオとなり、モンスターを倒して彼女を救出した。思えばこの時、私に逃げようという選択肢は存在しなかった。ただ、ミリィを助けたいという思いしかなかった。それは既に呪いに蝕まれていたことを意味する……。




ミリィの相方であるシェリルとも合流し、私達は共に食事をした。だが、二人は私に睡眠薬を盛り、気がつくと地下墓地にいた。剣や荷物を奪われ、最初から私を騙すことが目当てだった二人に私は絶望を隠せなかった。彼女達の配下であるゲス男達の玩具に成り果てたようとした私をロランさん、ミオさんが助けてくれた。だが、戦闘中、ミオさんは戦いの中で大怪我を負ってしまう。セグンダディオの呼びかけにより、強制的に取り戻し、セグンダディオの封印を解いて、ミリィとシェリルを退けた。




この二人とは因縁があり、彼女たちナイトゼナ軍に一時拘束されたものの、再び私達への殺意を胸に脱獄。城にいる兵士はおろか、メイドすら犯し殺し、最後に王をも殺害して私の所へとやってくる。不意打ちを喰らい、ロランさんとミオさんは重症。私もシェリルに斬られてしまい、絶対絶命のピンチ。そこを理沙が助けてくれた。彼女は私の親友でセグンダディオの妻である四英雄の武器・ハルフィーナを装備していた。私達は連携してシェリル・ミリィを倒すことに成功する。




その後、異世界に関する記述を調べにナイトゼナ城へ向かうものの、手がかりは見つからない。お金はシェリル達の懸賞金があるが、無限ではない。世界を旅するには情報が不可欠なのだが、どうしたものだかと悩んでいると、ボルドーさんは私達に養子縁組を提案してくれた。この異世界・ナイトゼナで生きていくには身分が必要だという。悩んだものの、私達はそれを受け入れ、ボルドーさんと奥さんは私達の義理の父・母となった。特にお義母さんは私達を本当の娘のように受け入れてくれたのが本当に嬉しかったのを今でも感じている。




その後、元ナイトゼナの領土で以前、他国に支配されていたものの独立したというニルヴァーナという国が騎士候補生を求めているという話を聞き、そこへ向かうことに。騎士になれば辺境任務等で世界中を周り、情報を集めることができるかもしれないという考えのもとだ。途中、変態紳士と戦い、そこで妖精であるノノと出会い、意気投合して私と主従関係を結ぶ。



ニルヴァーナでは参加者の中にミリィが紛れ込み、会場中の人間の魔力を吸い取り、自分の物にした。魔力は誰にでも備わる物だが、急激に無くなることは死を意味する。アイン王子の働きがあったものの、会場にいた人ほとんどの人が犠牲となった。ミリィは集めた魔力で私にタイマンを挑み、激戦の中、私は彼女を倒した。




国民達は王政に疑問の声を投げつけ、ナイトゼナのように民主化を目指すべきだと叫んだ。元々、王様自体が元騎士で経済に疎いのもあり、国に主な産業などもなく、国として機能しているとは言い難い事態に国民達は苦しい思いをしていたのだ。その思いが今回のミリィ事件で爆発した格好だ。




騎士になる話は無くなったが、代わりに報奨金を貰え、怪我の治療費はアイン王子が支払ってくれた。ただ、ミリィを手にかけた事は今でも心に引っかかっている。私は誰も殺したくない。できることなら、友達になりたかった。今でもその思いが燻る。騙されたはずなのにどうして、あいつらにそんな感情が湧くのか。そもそも、二人を殺したのは私なのに、今更願っても仕方がないというのに……。




辛いことも多かったが、嬉しいこともあった。久しぶりにお姉ちゃんに会えた事もそうだし、ボルドーさんと奥さん……今はお義父さん、お義母さんである二人とニルヴァーナで再会した事。その気持ちを胸に更なる情報を求め、シンシナシティへと向かう私達。そこでミカちゃんと出会い、ギルド「マリアファング」の正メンバーとなる。元々、このギルドにはナイトゼナ城で会った死神に手紙を頼まれていたのもあり、それで立ち寄ったのがきっかけだ。結局、あの手紙が何なのかはわからないままだが……マスターも話そうとしないし。




それは置いておくとして、ある日、ジェーンさんというセントールが質の悪い連中に絡まれているのを助け、行く先のない彼女をうちの料理番として雇うことに。仕事とはいえ、戦うのが嫌いな私は矛盾を抱えつつも、仕事に精を出す。ある仕事でリュートというドラゴンの男の子をお世話することにもなった。




この世界ではドラゴンは忌み嫌われている。100万年前、人間とドラゴンは仲がよかった。だが、異獣・マルディスゴアに一部のドラゴン達が加担したのだ。マルディス・ゴアはこの世界の大陸を8つから4つへと減らした恐ろしき化物である。




四英雄は異世界から召喚した武器を使い、マルディス・ゴアを討伐した。だが、奴は不死身だった。四英雄は最後の手段として、自らの武器にマルディスゴアを封印させたという。




戦後、人間たちはマルディス・ゴアに加担したドラゴンを激しく恨むようになった。ここで人間とドラゴン達の信頼関係が決裂した。時が流れ、今ではそれを大義名分に人間たちはドラゴン狩りを行う。ドラゴンは歯や骨などどの部位を売っても金になるのだ。そのせいで数は激減し、ナイトゼナのドラゴンはもうリュートだけだ。でも、私はセレナさんにリュートを頼まれた。この子が最後の希望だと。




セレナさんは龍であるものの、人に恋をした。だが、それはドラゴンにとっては禁忌であった。彼女は夫を愛したが、子供が産めず、世間の無理解が彼女を苦しめた。また寿命が極端に短くなり、私と出会った時は既に死に体だった。




私は彼女と色々話をし、激高されもしたが、それでも諦めなかった。セレナさんは最後に私に希望を託した。それは卵で、そこから産まれたのがリュートだ。セレナさん自身の子供ではないが、ナイトゼナでは最後の生き残りであるドラゴン。




もう、私だけの戦いじゃない。

自分の為に、仲間の為に、リュートの為にも戦い続けなきゃならない。

私の夢は大好きなみんなと赤い屋根のある大きな家で暮らすこと。

理沙、ミカちゃん、サラ師匠、お義父さん、お義母さん、リュート、ジェーンさん……みんなと一緒に楽しく暮らしたいのだ。



そして、リュートが大手を振って外に自由に生きられるような世界にすること。

そのためにも、私が強くならなければならない。







そして、私こと七瀬メイには悩みごとがあった。

目下の悩み事と言えば、サラ師匠の修行についていけるかどうかだ。修行は当然厳しいだろうし、泣きたくなる時や辛くなる時もあるだろう。でも、これに耐えられないとマルディスゴアは倒せない。そもそも耐えたところで必ず倒せる保証はどこにもないのだが。




1ヶ月でモノにしなければサラ師匠に自分を殺すようにお願いもしている。だが、サラ師匠は私の事を可愛がってくれている。そんな師匠に辛い思いはさせたくないし、勿論、ただ黙って死ぬわけにはいかない。修行で体力を培い、セグンダディオを使いこなす。悩みではあるが、迷ってはいない。




もう一つの悩み事は自分が抜けた後の理沙達の事だ。修行は私だけが行くことになる。今、ギルド「マリア・ファング」に登録している正メンバーは私、理沙、ミカちゃん、ノノだけだ。(ジェーンさんは家事手伝いとリュートのお世話が主なのでギルドのメンバーではない)




ギルドのトップランカーでもあるサラさんが抜けるのはギルドとしては痛手だろう。

私が抜けても微々たるものかもしれないが、理沙とミカちゃんは少々仲が悪い。以前、オーク討伐で一緒になった事もあり、以前よりは仲良くなったとは思う。お互い名前呼びになっているぐらいだし。とはいえ、二人はお互いライバル視しているようだ。




果たして、私がいない一ヶ月間、上手くやっていけるのだろうか?それを思うとため息が出てしまう。




そして、一番不安なのがノノだ。

妖精であるノノは私と契約を結び、行動を共にしている。ノノは基本的に誰に対しても優しいが、それでも一歩引いた所がある。今まで苦楽を共にした事もあって、ノノは私たちを信頼している。だが、輪があっても自分から積極的に参加せず、客観的に見つめるタイプ。その部分を改善しなければ、いざという時にチームワークが取れない。それは由々しき事態である。




私はどーしたものかと考えつつ、街を散歩していた。

理沙はサラ師匠と共に梨音さんの入院手続きを行っていた。

それが済むと家に着くなり部屋のベッドにダイブして爆睡。

「もう食べられないッス~」とベタな寝言を残して。




サラ師匠は仕事の引き継ぎ等の用事があるといい、去っていった。

ミカ、ジェーンさん、リュートは朝早かった事もあり、二度寝している。

ノノの説得をしたいが、魔力の激しい消耗と姉との摩擦があり、疲れ切ってしまい、今はぐったりと横になり、眠りについている。起きるまではしばらく時間がかかるだろう。




「なんか、久しぶりに一人だなぁ」




思えば、いつも周りには仲間たちがいた。

一人っきりになれる時はなかなか無い。

その分、落ち込んでもみんなが励ましてくれたりと嬉しくもある。

けれど、なかなか考え事に集中できないというデメリットもあった。

たまには一人になるのも必要な事なのだと思う。

しかし、どう考えても思考はまとまらず、平行線のまま。

具体的な解決方法は何も出てこなかった。




「あ、メイ発見!」




と、背中から抱きついてきた少女が一人。

それはかつて自分を救ってくれたミオさんだった。




「ミオさん、お久しぶりです」




「ほんと、久しぶりだね―」




抱き合い、きゃっきゃっうふふと戯れる二人。

ロランさんとは良く会うが、ミオさんと出会うのは本当に久しぶりだった。




「いやー、会いに行きたかったんだけど、青年団の仕事が忙しくてね。私はロランと違って書類整理とか書類を書いたりとか、そんなんばっかで。いつもいつも詰め所で書類と睨めっこな訳ですよ。ごめんね、ほんと」




ミオさんはロランさんと同じく、シンシナシティの青年団として働いている。

この街は元々貴族が管理しているのだが、海の男達は柄が悪い。ギルドだけでは人数的にも厳しいため、青年団と協力して治安維持に勤めている。ロランさんが主に現場指揮、ミオさんは文書管理等のデスクワークをしているそうだ。




「いえ、お仕事じゃ仕方ないですよ。今日はお休みですか?」




「ううん、夕方からまた仕事なの。きちんとした文章書けるの私ぐらいだしね。みんな腕っぷしはいいんだけど、そういう細かい仕事ができなくて。ロランもその口だし。かといって新人がすぐできる仕事でもないからね。代わりがいないのが現状なんだ」




「そうなんですか」




ミオさんの口ぶりはユーモアを感じさせつつもあるが、言葉の端々に疲労が滲む。

ナイトゼナの字は書けるし、読むこともセグンダディオの力で可能だ。そもそも日本語が通じるのもセグンダディオのお陰である。全てクオリティが高く、誰もが私をナイトゼナの人間だと信じて疑わない。力になりたいけど、私には難しいだろう。どちらかというとデスクワークより身体を動かす派だ。




「あの、なにかお手伝いできることはないですか?」




「んん~~~……気持ちはありがたいんだけど。あ、そうだ。一つだけ案件があるの。これなんだけど」




ミオさんは詳しい書類を見せてくれた。

それに「!」と頭にアイディアを閃かせ、これだと心の中で声を上げた。




「これ、ぜひ、私達で引き受けたいんですが」




「いいけど、メイは明後日にサラさんと修行の旅でしょ?うちの青年団でも話題になっているよ。今は身体休めたほうがいいんじゃない?」




「ええ。なので、これは理沙達に行かせようと思うんです。私に負けず劣らず強いメンバーですから」




「ん~、メイがそういうなら大丈夫そうだね。ええと、これが配布資料。これを渡してあげてちょうだい」




それは4~5枚程度の薄い紙だった。

中にはクエストの詳しい説明と達成条件、成功報酬等が記されている。




「んで、最後の紙にある”最終責任者の署名欄”の所に名前を書いて。メイの名前で構わないよ。これは責任者が誰にあるのかっていう事を示すの。依頼をこなすのは誰でもいいんだけど、最終的な責任者は明確にする必要があるからね」




ギルドで依頼を受ける時はポールシェンカさんが事務処理をするので、この作業は省かれる。ただ、青年団から個人的に直接依頼を受ける場合にはこういった事務処理が必要となるようだ。他にも住所等の記載も必要だった。説明を受けつつ、私はスラスラとペンで記入していく。




「できました」




「ありがとう。この書類はロランに渡しておくよ。達成できることを願っているね」




「ええ」




「んじゃ、またねー」




と、ミオさんは駆け出した。

思えば、最初にナイトゼナに来た時、彼女に助けられた。男たちの魔の手から救ってくれた命の恩人だ。シェリル・ミリィ達に重症を負わされ、呪いにもかかったが、その治療費は私が出した。今、こうして元気になってくれているのは素直に嬉しく思う。




背中を見送りつつ、私はプランを実行することにした。




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