第63話「闇よ落ちるなかれ」


這う這うの体でギルドに帰ってきた私達。

雨で濡れた身体は芯まで冷え、お風呂に入りたい衝動に駆られた。

だが、まずは理沙が先だ。

さっきから声をかけているが、反応できないほど苦しんでいる。

はやく休ませてあげないと……。




「キャミィさん、タオルをお願いします」




「はい、どうぞ」




キャミィさんはあらかじめ用意してくれたようだ。

すぐにタオルで理沙の髪の毛や身体を拭く。

私も自分を拭こうとしたが、それはサラ師匠がやってくれた。

ちょっと嬉しい。




「二人とも、服を脱いでください。こちらでお洗濯して乾かしましょう。寝間着も魔法で用意します」




と、キャミィさんが魔法を唱え、私達は瞬時に寝間着となった。

ちなみに下着も新しいものになっており、サイズはばっちり。

着ていた服や下着は瞬時にキャミイさんの手に渡り、彼女はそれを抱えてバタバタと走っていった。

寝間着は猫のイラストがふんだんに使われたものだ。

寝てたり、甘えてたり、餌を食べてたり……。

そんな猫達が描かれている。





「なんか、随分可愛い絵柄ですね」




「あの子、猫好きなのよ」




と、答えてくれるサラ師匠。

少し心がホッとする。

もうちょっと雑談したいが、今は理沙を部屋に運ぶ必要がある。



「師匠、手伝ってもらっていいですか?」




「もちろん。そっち持って。部屋まで運びましょう」




「はい」




二人で理沙へ肩を貸し、部屋まで運んだ。

すぐにベッドに寝かせてあげる。

部屋は掃除が整っており、ベッドメーキングも完璧だ。

これならすぐにでも眠ることができるだろう。




「メイ、今日は理沙と一緒に寝なさい。あんたも疲れたでしょ。話は明日でいいわ」




「わかりました。お気遣いありがとうございます、師匠」




「明日は7時に起きてちょうだい。死霊剣と鍵は預かっておくわ。ゆっくり休んでね」




師匠はそう言うと優しく扉を閉めた。

あまり怒っていないのだろうか。

人を殺しまくったというのに……。

人を殺すことはセグンダディオの呪いの影響だ。

私は争いも喧嘩も嫌いだし、したことがない。

なのに……今ではもう、人を殺す事に躊躇いを感じない。

もう感覚が麻痺しているとしか言いようがない。

そんな私に師匠はどう感じているのだろうか。

呆れているのか、絶望しているのだろうか。

それとももう、見放しているのだろうか。




「ふう……」




色々考えたいが、疲労が限界で頭が思考を中断させた。

だめだ、今日は何もできそうにない。




「理沙、今日は私も隣で寝るから。ゆっくり休もう」




「………………はいッス」




いつもの理沙なら私が隣で寝ると言い出したら、大興奮だ。

良からぬ妄想を浮かべ、気味の悪い笑みをし、ル〇ンダイブで私を脱がそうとしてくるだろう。で、私が叩いてツッコミを入れるというオチ。

だが、今の理沙にはそんな気力は残っていないらしい。

絶好のシチュエーションにも関わらず、すぐに寝息が聞こえてきた。

ハルフィーナのワープでこの島まで来たというが、相当力を使ったのだろう。




「おやすみ、理沙」




照明魔法を消し、部屋を暗くする。

私は友人の頬にキスをし、そのまま一緒に寝ることにした。








突然、ガラスの割れる音が響いた。

びっくりして目を開けると、私の前には理沙がいる。

ハルフィーナを装備し、寝間着姿のまま、私の寝ているベッドを守るようにして立っている。理沙の前には割れた花瓶が床に散らばっている。

そして、その前に立っている人がいる。

キャミィさんだ。




「え、ど、どういう状況?」




「すんごい殺気がしたんで起きたッス。そしたら、ナイフを持ったキャミィが居ましてね。メイを刺し殺そうとしたんで近くにあった花瓶を投げつけたッス」




理沙は簡潔にまとめてくれた。

よく見ると、キャミィさんの額からは血が出ている。

しかし、本人は傷を抑えもせずにこちらを凝視している。

手に持つナイフは刃渡り25センチほどで刃が長いものだ。

元は料理で使う包丁だろう。




「……ふん、そのまま眠っていれば苦しまずに死ねたのに」




キャミィさんはナイフを両手で持ち、こちらに刃先を向ける。

しかし、その手は震え、息を荒く吐いている。

恐らく、こういう行動には慣れていないのだろう。

一方、理沙は平然とし、斧を構えたままだ。




「キャミィさん、ど、どうしてこんなことを……」




「私がガルオンの妻だからよ」




キャミィさんはそう告げた。

一瞬驚いたが、予想できないことではない。

また妙に納得がで来たと言っていい。

これは最初から仕組まれていたということだ。





「お前達を殺してあの人の手向けにしてあげる……」




ナイフをこちらに向け、私を狙って一直線に向かうキャミィさん。

しかし、彼女の腹から刃物が突き出た。




「ぐ……」



吐いた血が床を黒く染めていく。

驚愕した表情が硬直し、目だけが後ろを向く。

そう、師匠がキャミィさんを背中から刺したのだ。

師匠は音も立てず、部屋に侵入していたとは驚きだ。




「し……親友の私よりも……弟子を取るの……?」




「私はメイの師匠よ。師匠が弟子を守るのは当然でしょう」




「ふ……こんなちんちくりんのオチビちゃんに耐えられるかしら? うちの人ですら逃げ出したほどの厳しさなんでしょう? 無理でしょ、普通」




「勝手な決めつけはあんたの悪い癖よ、サラ。こんな結末になるなんて……本当に残念よ」




師匠は一度剣を引き抜き、そのまま彼女を上からまっすぐ斬り裂いた。




その血飛沫を師匠は真っ向から受け止めた。

床や壁が黒く染まっていく。




キャミィさんはもうそれ以上何も言えず、そのまま床に倒れた。




一瞬だけ悲しそうな瞳を見せた気がしたのは気のせいだろうか。




「メイ、キャミィは懐に毒薬を仕込んでいたの」




「え?」




師匠は既に死体となった彼女の懐を漁り、幾つかの試験管らしきものを私に見せた。理科の授業で使う試験管らしき物の中には毒々しい色の液体がたっぷりと入っていた。




「透明になる特殊な溶液もある。恐らく、ナイフにも仕込まれていたでしょう。この子は剣術や体術の経験はない。失敗したら毒薬を使ってでも殺すつもりだったんでしょう」




だから、確実に殺したのか。

もし情けをかけていたら逆にこっちが殺されていた。

それに理沙も巻き込まれていただろう。

師匠の顔を覗くと複雑な表情をしいてた。

泣いているのか、笑っているのか――。

何とも例えようのない顔だ。




「あんた達は別の部屋で寝なさい。私は遺体を埋めてくるわ」




「あ、はい……」




私は師匠の背中に何も言えなかった。

だが、ここで手伝いますというのは野暮だというのは理解できる。

二人は親友だ。

最後の別れの時くらいは一緒にいさせてあげるべきだろう。

色々考えたいが、まだ疲労が残っている。

緊張感が切れて疲れが眠気を誘う。

理沙は特にキツイらしいが、根性で耐えていた。




「理沙、今は寝よう」



「考えるのは明日ッスね」




そのまますぐ寝ることにした。






次の日。

けたたましい音が鳴り響く。

まるでスマホの着信音のようだ。

でも、ここは異世界・ナイトゼナ。

スマホなんてあるわけが……。

と、思うものの、音は鳴り響く。

うんざりして目を開けると、隣では理沙が寝ていた。

あんぐりと口を開け、上半身は何故か裸だ。

暑くて脱いだのだろうか。

音の発生源は理沙の枕元にあった。




「ん……これ、理沙が梨音さんとやり取りしてた時に使っていた奴?」




以前、梨音さんのお手伝いをしたことがあった。

理沙はこのスマホで梨音さんとやり取りしていた覚えがある。

でも、近くでしか使えなかったんじゃ?

しかし、疑問は着信音でかき消される。

仕方なく電話に出た。




「もしもし」



「あ、えっと、もしもし! 聞こえてる?」




「うるさいぐらい聞こえてるよ、ミカちゃん。おはよう。モーニングコールありがとう。お礼に今度ご飯奢るよ。一緒に食べに行こう」




「いいわよ。今度、肉料理に行きましょ。二人っきりでね。シンシナは海の街だからね、魚は飽きたし……ってそうじゃなくて!! メイ、緊急事態が起きたの。すぐにシンシナに帰ってきて!」




「え、何? どうしたのミカちゃん」




「ギルドが……ギルドが解散しちゃったのよ!!」

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