第70話「師匠と弟子」
長山公園。
パンフレットによると、面積は0.657 km²、1周すると2.813kmで15周するとマラソンの42.195kmを走ったことになり、巨大な広さを誇る。普段ならランニングする人、木陰で涼む老夫婦、犬の散歩で訪れる人,親子連れ……色々な人が利用しているはずだが、今はただの一人も見かけない。
ミカ達は運転手に礼を言い、タクシーを降りて早速、公園へ入ろうとした。だが、見えない壁に阻まれて公園に入ることができない。今ならプロもびっくりなパントマイムができるだろう。園内は赤紫色の世界へと変色している。結界が公園を包んでいる証拠だとルルーは言う。
「どうやって通るの?」
生憎、ミカは魔法に関しては疎い。魔法で怪我をした時の対処法や治すやり方は多少知識としてあるが、固有結界の破壊についてはわからない。試しに銃で何発か撃ってみたが、壊れた様子はない。
「普通の武器じゃ無理よ。私が壊すから、少し離れてて」
ミカは言われた通り、下がる。ルルーは真剣な表情で呪文を詠唱した。彼女の足元にとてつもなく大きな魔法陣が広がる。思えば、彼女が魔法を使う所を見るのは初めてだ。
「
魔法陣から炎の弾が生み出された。それはバレーボールの試合に使うような球の大きさだが、同時に20個ほど出現。ルルーは杖を壁に向け、弾はその意思に従い、すべて見えない壁へと一直線に向かい、爆発していく。爆発は5分ほど続いたが、見た目的には変化が無い。
「大丈夫、ちゃんと通れるようになっているわ」
ルルーはそう言って自ら結界の中へ足を進め、すんなりと中に入ることができるのを証明する。ミカも続く。
「すごいわね、ルルー」
「いいえ、この程度、魔法学校の学生でも壊せるレベルよ。ほら、そこの天使と龍も一緒に来なさい」
と、そこへ天使が龍のぬいぐるみを抱えて空からやってきた。
リュートを抱きかかえたノノだ。
「りゅー!!」
「助かったわ! 二人とも、メイが狙われてるの!すぐ近くよ」
「わかってる。ノノ、道案内をお願い。みんな走って!」
ミカの号令と共に駆け出す一行。
ノノの的確な案内もあり、メイが襲われている現場へとすぐに駆け付けられた。
メイは倒れており、血が地面に広がっている。
そして、倒れた彼女の前に鎧を纏った女が剣を手に立っていた。
剣には赤々しい血がついており、新しい血だというのがわかる。
メイを斬ったのだとこの場の誰もが理解した。
「メイ!」
「ほう……あの結界を抜けるとは。少しはできる奴がいるみたいだな」
「何を言う。お前などに結界が張れるわけがない。あんなのは魔法学校の生徒でも壊せるレベルだ。幾多の時が過ぎたが、人というものは変わらないものだな、アルシオーネ」
「なんだと……?」
ギロリと鎧の女……アルシオーネが睨む先に少しも瞳を背けない堂々たる少女がいる。その顔に見覚えがあるのを感じた。どこか遠く、懐かしさすら覚える顔だ。
だが、その懐かしさの半分以上は嫌な記憶をも同時に引き出した。
「……ルー・グレイシアか。よもや生きているとは思わなかった。あれから100万年という月日が流れているというのに」
「貴様こそゴアの手下などに成り下がりおって。恥を知るがいい」
「何が恥じなものか。主君に仕え、主君の為に行動する事は騎士としての誉れ。こんな小娘どもに味方をするほうが恥だ」
ルーとアルシオーネの会話にノノもミカもついていけない。
ゴアはマルディス・ゴアの略称というのは理解できるが。
二人は知り合いなのだろうか?
「これもゴアの命令なのか、アルシオーネ」
「いいや、これは私の独断だ。だが、ゴア様はお喜びになるだろう。あの方は戦いを好むのだ。人同士の争い、戦争を最も好む”趣味”とされている。今、ナイトゼナは戦々恐々としている。まさにゴア様の望む世界だ。しかし、四英雄の武器を手に戦う者たちを激しく嫌っている。だからここで殺すのだ。主君の命令に従うだけではなく、主君が望むことを先回りして行うのも騎士の役目だ。ああ、私はなんと尊き存在なことか!!」
舞台役者のようにミュージカル調で語るアルシオーネ。
自己陶酔しきったその言葉に聴衆は感動など一切しなかった。
彼女達の怒りという炎に薪を焼べたという事実をアルシオーネは知らない。
「ふん……語るに落ちたな。これも師としての責任。今すぐ地獄へ送ってやろう」
「ルー・グレイシア、立場がわかっていないようだな。今ここで寝ている少女の首が飛んでもいいのか?」
アルシオーネの剣はメイの喉元近くに触れている。
いつでも処刑ができるというアピールだ。
「貴様……! それでも騎士か!」
「まともに貴女と戦った所で私は勝てないでしょう。だから切り札を使っただけです。少しでも近づけば彼女は死ぬ。それとも目や耳を削いでやってもいいでしょう。しかし、貴女も面倒なことをしたものだ。転生の儀など行わなければ、異世界人であるこの女がセグンダディオを持つこともなかった。ただの女として幸せな生涯を送れたであろうに……」
「どういう事?」
ミカの尋ねに気をよくしたのか、アルシオーネはふふっと鼻を鳴らす。
「昔、ある男がセグンダディオの継承を継いだのだ。だが、男は戦いを好む性格ではなく、まして男には妻がいた。セグンダディオは持つものに破壊と勝利を捧げるが、永遠に死ぬまで戦いを好む狂人へと変貌させるのだ。男はその力を恐れた。そこで世界中を旅し、様々な術者や魔法使いに継承を解くことを依頼し、数多くの術を重ね、最後にルー・グレイシアが転生の儀で、セグンダディオの継承を別の者へと転生させた。だが、問題が起きる」
「問題?」
アルシオーネの話に耳を傾けつつ、ルルーはどうすべきか考える。ミカの銃も有効だが確実にダメージを与えられるかはわからない。失敗すればメイの命はないだろう。
ノノはすぐにでもメイの傷を回復させたいが、近づくことすらできない。それはリュートも同じだ。しかし、これだけ饒舌に喋るこの女はきっと隙ができる。その隙を作りだすことができれば……。
「セグンダディオの継承は確かに男では無くなった。だが、その継承はなんと男の妻の腹の中にいる子供に移ったのだ。女の腹には実は二人の子供がいたが、その片割れは転生の儀によって異世界へと魂が飛ばされる。もう一人はそのまま生まれた。異世界へ飛ばされたのは言うまでもなく、ここで倒れている女だ。妻から生まれたのは今、そこで銃を構えようと考えているお前だ」
「……ちょ、ちょっと、何よそれ、どういうことよ!?」
「七瀬芽生とミカ・ストライク。お前たちは姉妹なのだよ」
「嘘……」
「何故そう言い切れる?」
ルルーの質問にほほほと高笑いするアルシオーネ。
「私個人で色々調べた結果です。ルー・グレイシアも今の解答に相違ないでしょう?お前たちがすぐ仲良くなれたのはそういう血の影響だ。あとは件の男から聞いてみるといい。七瀬芽生と近藤理沙の義母・義父のボルドー夫妻からな」
「………!!」
今までの話が真実なのだとしたら。
ナイトゼナの世界で養子縁組をし、メイと理沙を娘として迎え入れたボルドー夫妻は元々セグンダディオの継承者だった。だが、戦いを嫌う二人は様々な術式を経て、ルルーの転生の儀で……。頭が理解の範疇を超えている。
しかし、そういえば以前メイと一緒にシンシナシティで与太来堂のバザーで手伝いをしていた時、ボルドー夫妻が顔を見せに来たことがあった。簡単な挨拶の後、すぐに船で行ってしまったが、あの時、奥さんはミカを抱きしめてこんなことを言っていた。
「あなたも若いのにさぞ苦労してきたと思います。辛いこと、悲しいこと、様々遭った事でしょう。でも、悪いのは全て私。私のせいよ……」
ミカはその事を今でもハッキリ覚えている。まさか、奥さんはミカが自分の娘だと気づいていた? でなければ、悪いのは全て私という言葉は出ない。もしかしたら、メイの事も気づいていた……? もし、メイとミカが本当に姉妹なのだとしたら……。
”主と同じ血を引く者よ、我の声が聞こえるか”
ミカの頭に直接、語り掛けてくる言葉……セグンダディオの声だ。
彼女は聞いたことがないが、直感的に理解した。
”聞こえるわ、あなたの声が。セグンダディオね?”
”うむ。今、この窮地を脱する事ができるのは其方だけが頼りだ”
”私だってどうにかしたいわ。でも、どうすればいいの?”
”我の力を貸そう。今ここに封印された四英雄の武器の最後の封印を解く。どうか、主を救い、これからも助け合い、励まし合い、辛い局面があっても挫けずに乗り越えて欲しい”
”受け取るわ、その武器を。必ずメイを救うし、言われなくても助け合って生きていく。あの子は……私の家族だから”
ミカに掌に収まる小さな銃。
それはまるで羽のように軽く、冷たい金属が何故か心地いい。
しかし、弾が無い。
”弾数は気にするな。其方の気持ちがあれば撃ち続けられるだろう”
”ありがとう、セグンダディオ”
ミカは願いを込めて、まだお喋りを続けているアルシオーネを撃ち抜く。
「なっ……………」
アルシオーネは一撃で前頭部を撃ち抜かれ、その場に崩れ落ちた。ミカは近づきながら容赦なくアルシオーネに銃弾の雨を浴びせていく。心臓、腕、足、胸、頭……ありとあらゆる場所を撃ち続けた。
「よくもメイを酷い目に遭わせたわね……地獄で後悔するといいわ、お喋り騎士さん」
その言葉にアルシオーネは反応しなかった。
すでにこと切れていたのだ。
「ミカ、あんた、その武器……」
「話は後よ。今はメイを助けるのが先。ルルー、改めて後で色々教えてちょうだい。
真実っていう奴をね」
「ああ。その時が来たようだ」
ノノは回復魔法を、リュートは舌で舐め(竜の舌はどんな病にも効く傷薬の効果がある)メイを回復させる。その後、ミカは意識のないメイをおんぶし、長山公園を後にした。
赤紫の世界は橙色の世界から夕闇の世界へと変わっていた。
夕闇は間もなく漆黒へと空を染めるだろう。
その前にメイの家に戻りたいとミカは足を速めた。
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