第71話「悲しみと絶望と希望と……」

目が覚めると、白色の蛍光灯が見えた。

どこかの部屋だとわかるが、意識がまだ泥の底から浮上していない。

一体、何があったのか思い出そうとするが……。




「りゅー!」




と、聞き慣れた我が子の声が。




「リュートおはよう」




「ママ、もうお昼だよ。つかれていたんだね」



頬を舐めてくれるリュートを見て完全に目が覚める。

壁時計を見るとちょうどお昼の12時だ。あー、そんなに寝ていたのか。

っていうか、なにがあったんだっけ。




「なんか身体が重いなぁ」




すこしだるさがあるが、頭がだんだんハッキリしてくる。そして何が起きたのか、ちょっとずつ思い出してきた。長山公園で修行中、私は鎧を着た変な女に斬られたのだ。でも、その後誰かが助けに来たような……。斬られた部分に痛みは感じない。ノノが回復させてくれたのかな。思案に老けていると、扉が丁寧にノックされる。





「メイ、起きてる?」




「ミカちゃん? 起きてるよ」




「今ちょっとお盆持ってて……」




「わかった、開けるね」



すぐにドアを開けると、ミカちゃんは丸型のお盆を両手で持っていて、その上にはお水とお粥がある。心配そうにこちらを見つめている。ちなみに服装は私があげたセータータートルネットとショートパンツである。なかなか似合っていてgoodだ。




「もう体調は大丈夫?」




「若干だるいけど、なんとかね。明日には本調子に戻れそう」




「そう、ならいいんだけど。元気になればと思ってメイの料理本見てつくったの。口に合うといいんだけど」




「ありがとう! あれ? ミカちゃん日本語読めなかったんじゃ……」




私の場合はセグンダディオのお陰でナイトゼナの言葉がわかる。さすがに書くことはできないが。ナイトゼナの人間であるミカちゃんと会話が成立するのもそのためだ。だけど、ミカちゃんは日本語が読めないはず。




「ま、色々あってね。もう日本語も大丈夫よ。食べ終わってからでいいから、着替えて準備して」




「ん? どこか行くの?」




「私は下で待ってるから」




「ミカちゃん、まだ私体調悪いからあーんしてぇ♡」




「し、仕方ないわねぇ」




多分、絶対わかってるよね、ミカちゃん。

ミカちゃんは私の隣に小さい折り畳みイスを広げて座る。




「はい、あーんして」




「あーん……うん、美味しい」





ちょっぴり幸せ。

ハードな日々が続いたのもあって、心も体も消耗していた。

そんな時にこういう風に友達とおしゃべりしたり、あーんしたりする。

こういう普通の幸せがあってもいいよね。罰当たらないよね?

私達はしばらく、あーんを続けた。







服を着替え、準備し、ミカちゃんと家の外へ出る。すると、家の前に車が停めてあった。優雅な雰囲気で幅広い層に合いそうなデザインの白の車、アルファードだ。住宅街で軽自動車はよく見るが、このタイプはまず見ないので、周囲からはかなり浮いている。ちなみになんで車の名前を知っているかと言うと、某金融闇金映画で社長が乗っていたのをお姉ちゃんと一緒に見たことがあるから。パワーウインドウが下に降り、梨音さんが顔を覗かせる。




「よう、メイ。久しぶりだな」




「梨音さん!? なんで……」




「詳しい話は後だ、みんな乗ってるぞ。お前らも早く乗れ」




「行きましょ、メイ」




「う、うん」




ミカちゃんが私の手を引き、梨音さんの車の後部座席へ乗る。リュートは私がだっこしている状態だ。車内には助手席に理沙、後部座席にノノ、私、ミカちゃん、更に後ろにジェーンさんとルルーがいる。車内は6人分座れ、シートも上物で座っていても苦にならない。




「メイ、もう身体は大丈夫!?」




と、横にいたノノが尋ねてくる。

私はコクコクと頷くとノノはよかったぁぁと安堵の息を漏らす。




「昨日は大変だったわ。リュートと協力してメイの傷の手当てをしたのよ。思ったより深手だったから大変だったの。でも、なんともなくてよかったわ。公園から家までおんぶしたのミカなのよ。一番心配してたんだから。で、理沙の家の敵達を倒したのはシェリル達とジェーンなのよ。みんなにお礼言ってね」




「ちょ、ノノ。よくわからないんだけど」




こんなに捲し立てられては話がわからない。みんなが私の為に奮闘してくれたのはわかるのだが。っていうか、どこに向かってるの、この車。住宅街を抜けて、大通りを進んでいるんだけど。




「理沙、到着までまだ時間がある。メイに昨日のことを説明してやれ」





「ハイっス。メイ、おはよーです!」




「おはよー理沙。早速だけど、説明お願い」




「ハイッス。実は昨日、長山公園で修行中のメイはアルシオーネという敵に襲われました。マルディス・ゴアの部下ッス。メイは出血のショックで気を失いました。そこへミカとルルーが駆け付け、アルシオーネを倒したッス」





「なるほどね」




確かにその辺りは覚えている。

なるほど、ミカちゃんとルルーさんが駆け付けてくれたのね。




「アルシオーネは長山公園で結界を張り、メイの姿を上空からビデオカメラで録画していたリュートは吹き飛ばされました。ちょうどその時、ノノはジェーンと出会い、メイの家へと案内している最中でした。偶然ですが、飛ばされたリュートは二人に合流できまして、状況を説明しました。まずジェーンさんがメイの家に向かい、援軍を呼ぶことにしたんです。ノノとリュートはメイを助けに長山公園へ再び向かいました」




そして、異変を察知していたルルーとミカちゃん。二人は結界を破壊し、ノノ、リュートと合流してアルシオーネを倒したという。




「メイ様おはようございます」




「ジェーンさん、おはよう」




「あの時、私がメイ様の家に着くと、実はそこも結界で覆われていました。敵ながら用意周到なことです。援軍に邪魔されないよう、工夫したんでしょう。私の方で結界を作る結界師を幾人か葬りましたが、最後の一人がなかなか見つからず……そこにシェリル・ミリィ達が来てくれました。”けいたいでんわ”は通じたようで、理沙ちゃんが呼んでくれたそうです。私としては少々不本意ですが、彼女たちの協力もあって、結界師を全員倒せました」




ジェーンさんは苦々しくしゃべる。

彼女は以前、ナイトゼナ城で働いていたのもあり、王様や部下達を皆殺しにしたシェリルとミリィを激しく嫌っている。とはいっても、今いるシェリル達は前世の記憶を持っただけの別人……ではあるのだが。




「いやぁ、それよりも昨日のアルシオーネの発言には驚いたわ」




「え、ノノ、なんて発言したの?」




「ノノ、お喋りはそこまでにしとけ。続きは着いてからだ」




「はぁい」



と、その続きは遮られてしまった。車は高速にしばらく入り、同じような景色が続く。その後、田舎の道を通り、周りに背の高い建物がない場所へ出る。小さな家々と幾つかの商店がある程度で、たまに広い家もあるが、恐らく地主さんの家だろうなと推測。あとは段々畑が広がっている。いったいどこなんだろう、ここは。梨音さんは激しい洋楽を流しつつも、音量を絞っており、配慮してくれている。走り方も快適だ。周りの車に合わせた速度で走っているので、運転操作はとても上手なのが伝わってくる。




「意外ですね。もっと飛ばすのかなって思ったんですけど」




「私一人ならともかく、お前らがいるからな。おまわりに追いかけられるのも困るしな。偽物の日本とはいえ、再現度が高くて嫌になるぜ。まだ到着するのは先だから、少し休んでていいぞ」




「あの、まだどこに行くか聞いてないんですけど」




「着けばわかる。メイは昨日、修行もあったんだろう? 怪我もあったそうじゃないか。まだ本調子じゃないはずだ、今の内に休んどけ」




「……わかりました」




疑問は残るが、今は少し休むことにする。確かにまだ本調子じゃない。いつの間にか、ミカちゃん、ジェーンさんも眠っている。理沙は起きて梨音さんと会話しつつ、周辺の道路状況のチェックなどをスマホで行っているようだ。助手席の人が運転手の行きたい所を調べたり、道路状況を調べる役割を担うのは常識。どこへ行くかは知らないし、車で熟睡は無理だけど、この車なら乗り心地もいいし、良いシートなのでとても快適だ。運転操作も安心できる。お言葉に甘えてゆっくり休もう。瞳を閉じるとゆっくり眠気が来るのを感じ、意識が底に沈んでいく……。







「ママ、おきて」




頬をぺろぺろされ、起きる。舐めたのはもちろん、リュートだ。頭を撫でて抱っこして、その体重に重たさを感じつつ、車を降りる。いつの間にかどこかへ着いている。自然が多い森の一角に大きな旅館がある。少し古いが、古きよき日本らしい旅館だ。




「あの、ここって……」




「水炎館(すいほかん)だ。割と有名な旅館だぞ。知ってるか?」




「確かテレビコマーシャルで見た覚えがあります。ドラマのロケ地にもよく使われてますね。でも確か大阪じゃなくて、他府県ですね。かなり遠いんじゃ……」




「みんなでしばらくここで寝泊まりだ。ゲストも来ているから楽しみにしてな。メイ、理沙と一緒にみんなを起こしてくれ」




「え、あ、はい」






全員を起こしてロビーに行くと、女将さんが出迎えてくれた。

歳は60代くらいだろうか、着物がよく似合ういかにも”女将”という感じだ。




「遠い所からはるばるようこそ、水炎館へ。私、女将の山口と申します」




「どうもご丁寧に。しばらく厄介になりますので、よろしくお願いします」




と、丁寧に挨拶する梨音さん。

っていうか、大人がほとんどいないんだよね、ここのメンバー。

私、理沙、ノノ、ジェーンさん、リュート、ルルーさんだし。

なんか、修学旅行の引率の先生みたいだ。





「まずは宴会場までお越しください。お料理は後ほどお持ちいたします。宴会場は7F銀の竜の間です」




「わかりました。ご丁寧にありがとうございます。みんな先に行っててくれ。私は部屋に荷物を置いてくるよ」




「あ、はい」




と、ここでミカちゃんが私の袖を掴む。




「ここが日本の宿屋なの?メイ」




「そうだね、宿屋よりもかなり高い旅館だよ。料理もサービスも期待していいと思う」




「へぇ~~これが! メイの本で少し読んだけど、すごい広いし綺麗ねぇ!!」




興奮しているノノにキョロキョロしているミカちゃん。私としてもホテルに泊まった経験はあまりないので、ちょっと緊張とワクワクが入り混じっている。本当に修学旅行に来た気分だ。あの時は民宿だったけど。




「民宿に泊まったの思い出すッス。メイと一緒に寝ましたね」




「あ、私もそれ思い出してた。懐かしいね」





「あの……皆様。私はどうしましょうか」




と、ジェーンさんが挙手して発言。

そういえば、ジェーンさんは上半身が人間、下半身が馬のセントールだっけ。

そこへルーさんがやってくる。




「ジェーン、私が魔法で人間の足にしてやろう。メイ、下着とズボンを貸してやれ」




「あ、うん」



実は下着とズボンを一着持ってこいという伝言を受け取っていた。カバンから取り出し、準備する。ルルーさんが魔法を唱え、辺り一面がきらめく。ジェーンさんはすぐに足が生え、見えちゃいけないモノが見えてしまうが、即座にパンツとズボンをジェーンさんに履かせる。幸い、誰も見ていなかった。





「これが……人間の姿ですか。あら」




よろめきそうになったのジェーンさんを私が支える。

四足歩行が二足歩行になったのでバランスを崩したのだ。




「慣れるまで私が付き添うよ。一緒に行こう、ジェーンさん」




「すいません、メイ様。お言葉に甘えます」



「いいって、いいって」




「じゃあリュートは私が見てるわ」




と、ノノがリュートを抱っこする。

わくわくそわそわしつつ、7階へ向かうことにした。









7階。

和風の宴会場だ。下は畳で何十人も座れるように座椅子、机がある。端のほうにシェリル、ミリィコンビがいる。お酒を飲んでいるのか、シェリルは赤い顔をしている。ミリィは特にお酒を飲んでいないようだ。こちらに気付き、会釈してくれた。だが、驚いたことにサラ師匠、お姉ちゃん、ミオさん、ロランさんまで見知った顔がいるではないか。




「え、師匠にお姉ちゃんにロランさん達!? ど、どういうこと」




「私が探したのよ。もしかしたらこの世界にいるんじゃないかってね。しばらくいなくてごめんなさいね、メイ」




と、師匠が名乗り出た。

私が飛びつくと、優しく抱きしめてくれた。




「師匠……戻ってきてくれてうれしいです。てっきり、どこかに行っちゃったんじゃないかと。色々あったし」




「少しこの世界の事を知りたくてね。メイ達には馴染の場所でも私からしたら初めての土地だし。修行の候補地と拠点をずっと梨音と探していたのよ。あと自分の心を落ち着ける為にね」




ポンポンと頭を撫でてくれる師匠。

なんかこういうの久しぶり。

最後だけ少しボソッとして聞き取りにくかったけど、一人になりたかったのもあるのだろう。




「愛されてるわね、メイ」




「お姉ちゃん……会いたかった」




と、頭を撫でてくれるお姉ちゃん。

サラ師匠に抱きしめられ、頭をお姉ちゃんに撫でられる。

なんか最高に幸せだ。





「みんな、積もる話は後だ。席について」




と、ルルーさんがやってくる。

TPOに合わせてか? 浴衣姿で正面奥に立つ。

まるで学校の先生のようだ(姿は幼女なのでちびっこ先生みたい)

皆、彼女を見つめる。




「今日は皆に真実を話そうと思う。その話を聞いた上で今後の事をどうするか議論する。料理がまもなく運ばれてくる、食べながらでいいので話を聞いてほしい」




「失礼します」




女将や番頭さんたちが食事を運び、皆の机の上に料理を置いていく。

ご飯、豚の角煮、秋刀魚卯の花寿司、松茸……色々なごちそうによだれが出そうだ。




「あの、どう食べるんですか? 日本食は初めてで……」



「ジェーンさん、私のマネをして食べてみて」




と、私がお手本を見せる。

ジェーンさんは私を見つつ、真似して食べる。




「あら、美味しいですわね。ナイトゼナでは味わったことがないですが……あむあむ」




と、もぐもぐ食べ続けるジェーンさん。私ものんびり食べ始める。

理沙やミカちゃん達はすでに食べ始めている。




「ミカちゃんはお箸慣れてるね?」




「ルルーとあった日にお店で食べたからね。でもメイに比べたらまだまだよ」





「では、真実をはなそう。皆、そのまま聞いてくれ」








食事が全員に行き渡り、各々食事をしつつ、中央の壇上に立つルルーさんを見つめる。普通なら緊張するだろうけど、彼女の表情からはその様子は見られない。堂々とこちらを見返している。




「まず、初めに言っておく。私は100万年前から生きている。不老不死に極めて近い状態なの。昨日、メイを斬りつけたアルシオーネは私の元弟子。元弟子とはいえ、奴を導けなかったのは私の責任だ。メイ、怪我をさせてごめんなさい」




「そんな、別にルルーさんのせいじゃないから。気にしないで」




悪いのはアルシオーネであり、ルルーさんではないことは誰もがわかっている。だが、ルルーさんは頭を下げ、丁寧に謝罪した。というか、私には100万年前から生きているということが驚きなのだが。




「ありがとう、メイ……本題に入りましょう。アルシオーネが昨日、言った通り、実はメイの前にある男がセグンダディオの正当な継承者だった。だが、男は妻がいたこともあり、戦闘には消極的だった。セグンダディオは勝利と破滅をもたらす剣。男は悩んだ末、世界中を旅して様々な術者に継承を解く術式を大金を払って依頼し、重ね掛けした。最後に私が直接、魔法をかけ、男は継承者から遂に逃れることができた」




ルルーさんは続ける。




「その継承権は男の妻に宿っていた子供に行くことになった。女の腹には二つの魂が宿っていたが、継承権を持つ魂は日本へ。もう一つの魂が女の腹に宿ることになる」




「ちょっと待って!? 日本って……」




「そう、継承権を得たのがメイだ。そして女の腹から生まれたのがミカ。二人は姉妹なのだ」




「私とミカちゃんが姉妹!?」




私は驚きを隠せなかった。ミカちゃんの方を見ると、無言で頷いた。

それは他のみんなも同様らしく、どよめいている。けど、不思議と納得がいく部分もある。確かにミカちゃんと話した時とか、一緒にいると落ち着く感じ。愛や友情とはちょっと違う親愛にも似た感情……それは姉妹であるが故だったのか。




「ミカちゃんは知ってたの?」



「昨日、アルシオーネって奴がぺちゃくちゃ喋ったからね。それで」



「え、待って、その継承権を解いた男の人って……」




「俺の事だ、メイ」




と、そこへボルドー夫妻……お義父さんとお義母さんが姿を見せた。

二人とも旅館の浴衣を着ており、良く似合っている。





「お義父さん、お義母さん!!」




私は一目散にお義母さんに抱き着く。

だいぶ久しぶりだ、会うのは。

泣けてくる。




「ごめんなさい、メイ。全部、私が悪いの。私が逃げるしか能のない女だったから……。貴女達を辛い目に遭わせたのは私のせいなの」




「どういうことなの、それ?」



今のはミカちゃんの言葉だ。

私とは対照的にミカちゃんはギロリと二人を睨みつける。

怒りを歯でかみ殺しているのか、目が血走っている。




「俺と妻……エルフィーナはある国の騎士と姫だった。本来なら許されない恋だが、俺は他国の王子と望まぬ結婚をさせられるエルフィーナが不憫でな。騎士の名誉も誇りも捨て、彼女を連れて駆け落ちしたんだ。しかし、追手の追及が激しくてな。逃げるだけで精一杯だった。俺の家はセグンダディオを継ぐ家庭でな……追手を倒し続けた。だが、セグンダディオを持つことで感じる戦いへの激しい執着、相手を殺すことへの喜び、マウントを取る事への高揚感……メイも感じたことがあるだろう?」




「うん」




戦闘狂になってしまうのはわかる。

人を殺したくなんかないのに、人を殺して殺して殺したくなる。

マウントを取って、相手を八つ裂きにして、破壊したくなる衝動。

お義父さんもそれを味わっていたのね。




「俺はもしかしたらエルフィーナも手にかけてしまうと思ったんだ。だから、逃げながら解除の方法を探し、金を稼いで、術者に頼んで術を重ね掛けして最後にルルーに解いてもらった。しかし、それがお前に行くとは誰も予想ができなかったんだ」




「お義父さん、最初に会った時にわかっていたの? 自分の娘だって。だから養子縁組を……」




ナイトゼナで生きていくには身分が必要だ。私と理沙はボルドー夫妻の提案で養子縁組をしたので、義理の娘となっている。本来なら手続きに時間がかかるが、その時はシェリル達の騒動で役所の機能がマヒしていたのですぐに申請が通ったらしい。




「なんとなくな。俺よりエルフィーナの方が特に感じていてな。ずっと心配していたんだ。せめてもの償いと思い養子縁組をしたんだが……結果として、お前や理沙君、そしてミカを不幸な目に遭わせてしまった。これは全て俺達の責任だ」




「あんた、なんで私を捨てたの? 私がどれだけ辛い目に遭ったか、わかってる!?」




ミカちゃんはお義母さんに詰め寄り、それに泣き出してしまうお義母さん。




「捨てたつもりはないわ。でも、私たちは逃げるので精いっぱいだった。孤児院に預けるしかなかったの」




「その孤児院は違法な所でね……私は散々な目に遭った。その後、銃職人のおじいちゃんに拾われたけど、亡くなって。それから私は……ずっと、ずっと死ぬことだけ考えてきた。生きているのがずっと嫌だった」




「ミカちゃん……?」





「そう。全部、全部、あんたのせいで……。もしメイに会わなかったら、きっと自殺してた。今でも思い出すと辛くて頭が割れる思いがする。何度頭を銃で撃ちぬこうと思ったか……でも、もっとかわいそうなのはメイよ。あんたたちが身勝手なことをしなければ、メイはナイトゼナで不幸な目に遭わずに済んだ! 普通の女の子として一生を終えることができた。人殺しなんてすることなく、ごく普通の人生を歩めた!! その可能性をアンタ達は全部ぶっ潰したのよ!!」




「ミカちゃん!!」




私はミカちゃんを抱きしめた。

理屈じゃない、彼女を抱きしめたい気持ちに駆られたからだ。





「確かに……確かに、お義父さん達が解除しなければ私たちは不幸にならなかったかもしれない。私もナイトゼナで色々あって気分最悪でこんな世界どうでもいいって思ってた。でも、私たちはこうして出会うことができた。セグンダディオを継承してなければ、ナイトゼナに来ることはなかったし、ミカちゃん、リュート、そして、かけがえのない仲間たちに生涯会うことはできなかった。だから、私はそれほど不幸だとは思っていないの」




「メイ……」




「でも、ミカちゃんらしい。ちゃんと私のこと心配してくれる。私、ミカちゃんの事、本当に好きだよ。もう姉妹でもいいからさ、付き合おうよ」




「……人が良すぎよ、メイ。恨んだってお釣りが来るほどだっていうのに」




「はっきりと言え、ミカ・ストライク。貴様は性奴隷とて死ぬような地獄を送ってきたことをな」




そこで黙っていたシェリルが口火を切った。

シェリルの言葉に一瞬、聞き違いかと思ってしまう。




「貴様は預け親の死後、生きていく為に仕事を探したが、身分がほとんどないに等しい人間がナイトゼナで生きるのは難しい。女なら身体を売るか、私のように人を殺し、物や金を奪うかのどちらかだ。お前はランドという金持ちに拾われ、屋敷で飼われた。毎日裸で生活を強制され、奴の性交渉に度々応じ、ゴミ同然の残飯を与えられて過ごした。3年間そんな生活を歩んできたそうだな」




「………っ!!」




「奴が貴様に飽き、お前は屋敷を出ることを認められた。口外しないことを約束としてな。その為の裏工作にメイの師匠であるサラや壇上で喋るルーの姿もあった。ランドの親はギルドのスポンサーでもあったし、表立っては動けなかったのだろう。しかし、噂が広まっていたのもあり、誰もお前を相手にしなかった。だから一人でギルドの依頼をこなし、日々の金銭を得て生きるしかなかった。メイだけがその噂を知らず、お前を友達として迎え入れてくれた。それがお前には心地良かったんだろうな」




絶句した。

ミカちゃんにそんな過去があったなんて……。

シェリルが嘘をついているのかと思ったが、誰も声を上げない。

場内は静まり返り、ミカちゃんは歯を噛みしめながら、嗚咽を漏らしていた。

が、即座に銃口をシェリルに向ける。




「あんたこそ、メイをひどい目に遭わせておいて……よくここにいられるわね。今すぐ殺してやってもいいのよ?」




「悪いが、私はシェリルではない。前世の記憶があるだけで、他人に等しい」




「そんなの関係ないわ。抜きなさいよ、悪女。引導を渡してあげる」




「やるか、銃撃士? 四英雄の武器・シルバーブレストを手にしたとはいえ、簡単にはやられぬぞ?」




「お笑い草ね。セグンダディオとハルフィーナで死んだ癖に……もう一度地獄に送ってあげるわ。四英雄の銃でね」




「やめなさい、二人とも」




と、仲裁に入ったのはサラ師匠。

私は呆然としていて、何もできなかった。




「ここで二人が争っても意味がないわ。私たちは真実を聞き、ゴアを倒すためにここにいるの。仲良くしろとは言わないけど、団結が乱れると士気に響くわ。そこまでにしなさい」




「ふん……興ざめだな。部屋に戻る。行くぞ、ミリィ」




「え、ええ」



サラさんの一喝でシェリルとミリィが部屋から立ち去ってから、ミカちゃんは銃をしまう。そして私を抱きしめる。




「ミカちゃん……」




「そうよ、あいつの言う通りよ。私は散々な人生を過ごした。でも、メイ達に会えた。メイは優しくしてくれた、初めての親友。それに噂を知っていても、色眼鏡で見ないでまっすぐ私を見てくれた理沙には感謝してる。口は悪いけど、今だって封印を解いてシェリルを抑えようとしてくれたでしょ?」




「さあて、何のことやら」




理沙はああ言ってるが、四英雄の武器は絶えず共鳴している。普段は封印されて武器の状態ではないが(私の場合は小さいハサミ)封印を解こうとすれば、すぐにわかるのだ。もし、シェリルが本気でおっ始める気なら、理沙は殺していただろう。もっとも、シェリルは口だけで本気で戦う気はなかったと思うが……。




「……今日はここまでにしよう。明日は昼よりミーティングする。それまでは自由行動だ。部屋で休むもよし、風呂に入るのもよし。ただし、旅館内からは出ないようにな。以上、解散」




ルーさんの言葉で会議が終わった。だいぶ荒れてしまったこともあり、ざわざわが収まらない。お義母さんはミカちゃんを抱きしめていた。今、ここでようやく親子が再会を果たしたが、様々な想いが駆られ、それが溶けていくのを二人はきっと感じているに違いない。







様々な想いと衝撃の真実に私は頭がついていかず、それでも少しずつかみ砕きながら、一日は終わりをつげた。

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