第72話「それぞれの思う所」

宴会場で話し合いの途中だったが、シェリルはあの発言の後、その場を抜け、一人露天風呂に浸かっていた。ミリィも誘ったが、気分を害したらしく断られ、一人寂しく風呂に入りながら、日本酒を浴びるように飲んでいた。正直、こんな日は飲まないとやってられない。




「いい月だな」




闇が深まる空に満月が映える。こういう時に飲む酒は格別だ。そして、飲みながら前世の記憶がふと頭を過る。シェリルはメイが異世界ナイトゼナで初めて会った人物である。だが、何も知らないメイを騙して眠らせ、ミリィと共謀して地下墓地へと連れていき、セグンダディオや私物を盗んだ上に配下の男達に犯すよう命じた。その後で口封じに殺そうとした。もし、ロラン達が助けに来なければ死んでいたであろう。その後、脱獄したシェリルはメイと理沙との戦いに敗れ、命を落とした。



ミリィともニルヴァーナの大会で戦ったが、メイによって倒されている。しかし、メイは酷い目に遭いながらも、シェリル達を殺したことをずっと後悔していた。だからこそ、今回の提案に最初から乗り気だったのだ。



※ちなみにあくまでもシェリルの記憶を持った日本人である、名前も赤山香澄(あかやまかすみ)である。ややこしいので皆からはシェリル呼びである。ミリィも同様。




「隣、いいかしら?」




と、入ってきたのはサラだ。

メイの師匠であり、ナイトゼナではギルドで名を馳せる有名人。ぶっきらぼうな性格だが、芯がしっかりしており、幾多の事件や討伐退治を一人で解決してきた。ただ、過去に弟子に裏切られたこと、信頼を置いていた親友の裏切りに遭い、殺害することになってしまったりと不運が続いている。




「勝手にしろ」




サラはバスタオルを胸にあてつつ、シェリルの隣に座る。

顔を優しく洗い、髪をたくし上げて一息つく。




「随分飲んでるわねぇ。私もお酒もらっていい?」




「好きにしろ、口に合うかはわからんぞ」




風呂の上にお盆が浮いている。そのお盆の上には、とっくりとおちょこがある。ミリィ用にと二つ用意していたのだ。シェリルの飲んでいない方のおちょこにサラは溢れない程度に入れ、一気に飲み干す。




「う~ん、いいわねぇ。辛口だけど、なかなか美味しいわ。でも、ナイトゼナのお酒に比べるとマイルドな風味ね。これが日本酒なのね」




「……で、何しに来たんだ? 説教なら聞かんぞ」




「んー、なんであんな事を言い出したのかなって。少し気になったの」




あんなこととは、言うまでもなくミカの過去についての暴露だ。ミカは口を閉ざしていたが、シェリルは暴露した。しかも大勢の前で。サラはその真意が気になっていた。




「私は……正確には私の前世だが、極悪人だ。人を殺し、金を盗み、物を破壊し、大金を湯水のように使った。無くなったら、また人を殺して、盗み、壊し、欲望の思うがままに人生を歩んできた。今でも私を許せない奴がいるだろう。そんな女が悪態をついたとしても、何も問題はないはずだ」




現に理沙が真っ先に臨戦態勢になっていたのには気づいていた。他の何人かも獲物を抜く準備していたことはわかっている。シェリルは全て把握していた。




「理由を聞いてるのよ、シェリル。ミカは聞かれたくなかったと思うんだけどね、あんな辛い話。しかも大勢の目の前で……」




「あの噂は大体の者が知っている。シンシナシティでは広く伝わった話だ。だが、メイは知らなかった。知らない者がいるのは不公平だ。特にメイとミカは親しいのだろう? だったら尚更、知るべきだ。本人が言い辛い事なら、誰かが言うしかない。本人の知らない所で知られるのも嫌だろう。なら、私が言えばいい。憎まれ役なら私がお似合いだ」




「ミカが自分の口で言うんじゃないかとは思わなかったの?」




「胸糞悪い話だ、おまけにあの性格ではとても言えんだろう。誰かに訊いたとしても答えにくいはずだ。だが、皆が知っている情報をメイが知らないのは不公平だ。だから暴露したのさ」




「あなた、メイが大好きなのね」




「違う、これは贖罪しょくざいだ。それだけのことを私は前世で行った。だが、メイは文句も言わない。苦々しく思ってはいるだろうが、私を批判してはいない。寧ろ、批判したのはミカの方だ。それにメイはこう言った。”誓いなさい。生きて罪を背負うの。勝手に死ぬことは許さない。今世では絶対に悪いことをしないで。人に、社会に役立つことをして。そして、二人は私の友達になるの。何でも話せる対等な友達にね” とな」




「メイがそんなことを……」 





「憎まれ役は慣れている。それでも文句がある奴は直接私に言えばいい。ただ、それだけの話だ」




シェリルはそう言い残すと露天風呂から出て行った。噂をハッキリさせるとはいえ、あの発言はかなり顰蹙ひんしゅくを買うだろう。古傷を抉るような真似をシェリルは理解した上で行ったのだ。




「もっと違う場所で言ってもいい気がするけど、噂をハッキリさせたかったのかしらね」




サラはまだ風呂から上がらず、ゆっくり酒を飲んでいた。

身体が温泉と酒のせいで熱くなるが、その分、風が心地いい。

日本も悪くないなと思うサラであった。














その頃。

ミカちゃんはお義父さん・お義母さんと話がしたいと言い、別室で話すことに。ただ、私には聞かれたくないとの事で席を外すことにした。色々思う所があるだろうし、鬱積した思いもあるだろう。快く快諾した。




「ごめんね、メイ。また改めて話すから」




「ううん、気にしないで。それよりさ、呼び方はお姉ちゃんのほうがいいのかな? それとも妹ちゃんなのかな? っていうか、どっちだろ?」




「ふふ、今まで通り、ミカでいいわ」




優しく微笑むミカちゃん。でも、その笑顔がどこか苦しそうに見える。真実が表情を汚している気がしてならない。だけど、私は特にそれについてコメントすることはしなかった。




「……私、部屋で休むから、何かあったら連絡してね。確かケータイもらったんだよね? 使い方は大丈夫?」




「ええ、大丈夫よ。何度か使ったし」




実は梨音さんがまだ携帯電話を持っていないメンバーへ連絡用として渡していたのだ。普通ならお金がかかるし、短時間では絶対に用意できない。だが、ここは作られた日本なのでご都合主義が可能だ。理沙がみんなに配り、やり方もレクチャーしたとのこと。




「メイ、ゆっくり休んでね。また明日」




「うん、また明日」




私はその場を後にし、お手洗いを済ませ、どうすべきかなと思った。確かにすぐ寝てもいいが、実はまだ眠くない。ちなみにリュートはおねむの時間でジェーンさんとノノが交代で見てくれている。




「ん?」




その時、足が震える。ポケットに入れているスマホが着信を知らせている。画面には「ルーさん」と出ている。




「もしもし」




「メイ、少し話がしたい。今時間大丈夫か?」




「うん、大丈夫だよ。私の部屋で話す?」




「いや、二人で話がしたい。私の部屋まで来てくれ。9階の909号室だ」




「OK」




電話が切れ、私は階段で9階へと向かう。本来ならエレベーターですぐに向かう所だが、体力をつける為になるべく階段を使うようにとのサラ師匠からのお達しだ。大変だけど、階段で9階へと向かう。テクテク歩いて3分もしない内に着いたが、少ししんどいかも。他の階より静かで、人の気配が感じられなかった。9階は部屋の数が他の階より少なく、ルーさんの部屋はすぐに見つかった。ノックする。



「鍵は開いてる」



ドアノブを回すと静かに扉が開く。ゆっくりと開け、中に入り、ゆっくり閉める。

ルーさんは床に座り、じっとしているようだ。




「お待たせ」




「いや、大丈夫だ。座ってくれ」




言われた通り、座る。椅子がないので、床に女の子座りで。

部屋は他の部屋と同じだ。唯一違うのは隅にボストンバッグがあるぐらいだ。

ルーさんの私物だろうか、何が入っているのだろうか。




「さて、単刀直入に言う。皆には明日、説明するが、メイには先に言っておきたくてな」




「あ、うん」



「言うまでもないが、ここはマルディス・ゴアが我々の記憶を元に構築し、創造したた日本だ。疑似日本とでも言おうか。見た目といい、建物といい、細かい部分まで立派に再現した複製品だ。さすがの私でもここまでの再現はできない」




「確かにね。私もう完全に日本にいる感覚よ。何も説明が無かったらナイトゼナから日本に帰ってきたって思っちゃう」




「ああ。意図はわからぬが、これはチャンスだ。ここを利用して思う存分、修行に励むのだ」




「私はそのつもりだよ。でも、みんなはどうするの?」




「四英雄の武器を持つメイ、理沙、ミカ、茜を除き、その他の者は自由にさせる。一緒に戦うもよし、戦わずして去るも良しだ」




「なるほどね。ルーさん、この世界から脱出する方法はあるの?」



ルーさんは机の上に世界地図を広げた。世界地図は地理の歴史でおなじみの物である。ただ、マジックでいくつか丸印がしてある。場所はインド、オーストラリア、フランス、ドイツ、アメリカだ。




「丸で囲んでいる場所に、この世界の切れ目のような魔力を感じる。そこを調査しようと思う。調査が済めば、疑似日本の破壊方法が見出せるだろう」




「なるほどね。それで修行を終えて、無事に結界を出たとして……戦乱続きのナイトゼナでどうするの?」




ナイトゼナの政情は不安定だ。元々ナイトゼナ国を取り仕切っていた王様がシェリル・ミリィに殺され、ナイトゼナから独立したニルヴァーナもミリィ事件のせいで国民は王政に疑問を持ち、民主主義を訴えている。貴族たちが取り仕切っていたシンシナシティも貴族たちが身の危険を感じ、逃げたことで機能を失った。誰がこの国の指導者になるのか、それを巡ってナイトゼナ全土で争いが起きている。今はもっとひどい状態かもしれない。




「私が仕えている国がある。四英雄の者達はその国に仕官し、騎士となってもらいたい。ゴア関連を調べられるよう、任務の自由度は高くするよう取り計らうつもりだ。いずれはその国……バルドザーグ国が戦乱の世を平定すれば平和になるだろう。お前たちならそれができるはずだ」




「バルドザーグ国?」




「シンシナシティからやや西にある大国だ。私は昔からその国に仕えている。魔法技術の顧問も担当し、女王からは信を得ている」




「待ってください!!」




と、そこに割って入ってきたのはジェーンさんだ。




「バルドザーグ国は大国とはいえ、それは国土がただ広いだけに過ぎません。人材も少なく、安定した政治能力があるとはとても言えません。第一、女王はまだ20そこそこ。王になった経験が浅いのは有名な話です。ナイトゼナに疎いメイ様を言葉巧みに自分の持ち駒にするのはやめてください。それにナイトゼナはまだ情勢不安定です。悪人だけでなく、反対派の一般市民を大勢殺せとあなたは言ってるのですよ!」




「そうだ。だが、誰かが成し遂げなければならないことだ。誰かが血を流せねばこの戦いは終わらない。マルディスゴアを倒せたとしても、ナイトゼナが戦乱続きでは真の平和とは言えない」




「だとしても、それはご自身の国でなんとかすればいいでしょう! メイ様は四英雄の武器を扱うとはいえ、民間人です! 身勝手な大人の事情に年端もいかない少女を巻き込むのは反対です!!」




ジェーンさんは激しくルーさんの意見を拒絶した。ルーさんはまだ何かいいかけていたが、ジェーンさんは私の手を握り、無理やりどこかへ連れていく。




「あ、あの、ジェーンさん??」




ジェーンさんは私の問いかけには答えず、ルーさんの方を睨みつける。その瞳にルーさんは動揺はしておらず、ただまっすぐ瞳を見つめている。




「ルーさん、私を含め、みんなはあなたの持ち駒なんかじゃありません!! ましてや軍人でもないし、あなたは上官でも無いんです。言葉巧みにメイ様を騙す真似は金輪際、止めてください!!」




ジェーンさんは私を部屋の外に連れ出し、腹いせに扉を思いっきり強く閉めた。

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