第69話「友の為に」

メイが気を失う数時間前。

特訓を済ませたミカは理沙の案内でマグナムバーガーへと来ていた。平日ではあるが、店内は人で混雑し、行列ができている。若者が大半だが、年配者もそれなりにいるようだ。理沙に注文を任せ、ミカは先に二階で席を取ることに。日本語が不自由なミカを気遣っての配慮だ。選んだのは窓際の端の席。




椅子に座り、窓から街並みを何気なしに眺めてみる。そこにはナイトゼナ以上に人で溢れる商店街の街並みがあった。何かのお店で明るく振る舞う店員たち。看板の日本語はわからないが、描かれているイラスト・写真などで何かの料理を提供している店だということがわかる。店に立ち寄る者もいるが、足早にどこかへ向かう人達が多いように見える。




どこへ向かうのかと行き先を見つめると、皆、大きな交差点を渡り、地下へと続く階段へ向かっている。メイによると、地下鉄へと続く駅の入り口が階段の先にあるらしい。ここから職場や学校まですぐに移動できる「電車」という乗り物に乗るそうだ。道路では、高速で走る乗り物「車」が素早いスピードでどこかへと駆け出していく。




メイによれば車に乗って職場などに向かう人もいるが、電車の方が安くて長距離には向いているとのこと。電車といい、車といい、つくづく、ここが異世界だということをミカは痛感する。




窓から目を離し、辺りを見渡す。

おしゃべりする制服姿の女子の集団。年の頃は同じぐらいだろうか。平日は学校があるそうだが、恐らくサボりだろう。他にもグループがいるが、一番声量があるのは女子たちだ。その声に怪訝な顔をする者もいるが、多くは無視して携帯電話などや新聞などで自分の世界に入っている。メイもああいう感じで友達とお喋りしていたのだろうか。




「お待たせッス」




と、理沙がやってくる。

持ってきたトレイにはハンバーガーとコーラが2つずつ載っていた。

それらをテーブルに並べ、自分の分とミカの物に分けた。




「これが、はんばぁがぁ……っていう食べ物ね」




「ミカ、アタシをよーく見て真似してくださいッス」




ハンバーガーにかぶりつく理沙。美味しそうに頬張り、よく噛む。

ついでにコーラも飲みつつ、また頬張る。ミカも真似をして、ハンバーガーにかぶりついてみる。




「……へぇ、意外と美味しいわね」




「ふふふ、庶民には慣れ親しんだ味ッス」




と、理沙は自分が褒められたかのように嬉しそうにハンバーガーを頬張る。女子なのに一口が割と大きく、難なく食べ続けていく理沙。一方、ミカは小動物にようにちまちまと食べていた。理沙ほど一口は大きくないのである。そもそも口も小さいので。




「ねえ、あそこでぺちゃくちゃ喋ってる女の子たちいるけど、メイもあんな感じだったのかな」




普通なら声を潜めて話す場面だが、ミカはそんなことはしない。彼女の言語はナイトゼナ語なので、他の人には聞いても理解ができないからだ。メイと理沙は四英雄の武器を所持しているので、ナイトゼナ語を自動翻訳してくれるので理解できる。まあ、そもそもこの世界は造られた日本なので、彼女たちはモブでしかない。RPGの村人的な設定の彼女たちはミカの言葉がたとえ聞こえたとしても、気にも留めないだろう。




「メイはお姉ちゃんと何度か行ったことがある程度だと言ってましたね。アタシと友達になってからは結構行ったッス。多分30回ぐらい」




「ああ、メイにはお姉さんがいたわね」




以前、ナイトゼナでも少しだけ一緒だったと聞いた。

ニルヴァーナでの大会の時だから、数か月前の話だ。




「メイは友達があまりいませんでした。何人かはいたそうですが、転校やクラス替えで疎遠になったそうで。メイは元々、引っ込み思案でしたから新しい友達を作るのもできなかったと思うッス」




「……そうなのね」




「でも、メイは勇気をもってアタシに話しかけてくれました。一緒にラーメン食べに行こうって。だからその期待に応えたくて、アタシは色々なお店を発掘して二人で周ったッス。今は修行だの何だの忙しいッスけど、終わったら、みんなでゆっくりゴハン食べたいッスね。何も考えず、のんびりと」




「そうね」



そんな日が来るのか、少し不安ではある。そもそも造られた日本の出口すらもわからないというのに。いや、不安になったらいけないのはわかるのだが。だが、それは口には出さないでおいた。




「あ、そうそう。ミカにもこれを渡しておくッス」




理沙はそう言って封筒を渡した。

中には紙幣が3枚ほどと小銭がある。

この辺りは以前、メイに教えてもらった。




「こっちの世界のお金ね。ええと、福沢諭吉さんが三枚とコインがあるわね。500円玉が3枚、100円が4枚」




「言葉はわからないでしょうけど、ナイトゼナと日本は何故か数字は同じなんです。なので金額は把握できるでしょう」




「え、同じ?」




「だいぶ前ですが、シェリルとミリィが荒らしたナイトゼナ城を調べることになったとき、ボルドーさん……つまりメイとアタシのお義父さんが鍵を貸してくれました。その鍵には日本と同じ数字が使われていたッス。どうして同じなのかはわかりませんが」




「へぇ……興味深い事実ね。取り合えず、これはもらっておくわね。ところで今日はどうするの?」




「手がかりがない以上、しらみつぶしに歩くしか無いっス。今日は別行動で。あとでメイの様子を見てやってください。何もなかったとしても、夕方には家に戻って欲しいッス。それじゃ」




理沙はトレイごとゴミ箱へ突っ込み、載っているゴミや広告の紙を捨てた。捨てたあと、たくさんのトレイが重なっている所へ自分のトレイを重ねる。理沙はこちらを振り向かず、そのまま階段を下りて行った。今日、メイは修行中でノノも同行している。朝は彼女に付き添ったが、それ以降は一人だ。理沙はきっと付き添いをしたいのだろうが……それでは修行にならない。理沙はメイを手助けできない事に腹を立てているのだろう。そんな彼女にかける言葉が見つからなかった。




別行動といっても、この世界に縁もゆかりもないミカはただ歩くだけだ。射撃の訓練もしたいが、メイによると日本では銃を所持したりするのはご法度。発砲など、以ての外。もし警察に捕まったら面倒だ。唯一できるのは筋トレだが、それはもう終わらせた。特に予定もないので、今日は少し物見遊山で日本はどういうところなのか、まだ行ったことのない場所へ行こうと足をのばすことにした。




コンビニ、家電量販店、マンション、スーパー、散髪店、服屋さん……。




日向ぼっこしている猫を見たり、小さい公園のベンチに座って休んでみたり、自販機でジュースを買ってみたり。ナイトゼナと違って日本は治安がいいし、のどかだ。ただ、じっとしていると少し気持ちが沈みそうになるので、気分転換にちょっと服屋さんに入ってみる。メイが以前言ってた「UNIQRO」(ウニクロ)だ。




彼女曰く、安いけど、生地が丈夫で着心地がよいらしい。店内に入ると「いらっしゃいませー」という店員達の声が響く。店内には慌ただしく働くスタッフ、服を見てあーだこーだと会話をする若い女性達が数多くいる。中にはご年配のおじさん、おばさんもいるし、家族連れもちらほら見かける。




「色々な世代がいるのね」




字はわからないものの、男性もの、女性ものとフロアが分かれているのはわかる。女性物を物色し、マネキンが着ている服装を見て、こういうのが流行りなのねとファションへの理解を深める。メイ曰く困ったらマネキン買いをすること。つまり、マネキンが着けている服装を買えばいいらしい。




「オシャレか……ナイトゼナじゃそんな気持ちになったこと一度もなかったわね。でも、この日本ではごく普通のこと。オシャレをして、自分を着飾って、会社で働いて、誰かと結婚して、子供を産んで、育てて、老後を迎えて、亡くなる。それが普通なのよね」




そんな人生考えたこともなかったなと思う。いつもお金を稼いで食事をするだけだった。それ以前はもっと地獄だった……今でもが頭を過る。正直、思い出したくもない。




「……私が人並みの幸せを求めてもいいのかしら。もう充分すぎるほど、あの子からもらったっていうのにね」




ミカにとってメイは初めての友達で親友だ。地獄の日々を終えても、それからも一人でいることは変わらなかった。だが、メイ達に出会ったおかげで人生が変わったのを感じている。メイはいつも気持ちがストレートで優しい。私が欲しい言葉をくれる。でも、傷つきやすく、落ち込みやすい。本当なら戦闘には一番、無縁の子だ。だが、セグンダディオは彼女を危機から救う代わりに戦闘狂にしていく……。いつか暴走するんじゃないかという危険性をはらんでいる。




今回の修業は単にトレーニングではなく、セグンダディオを上手く制御するための修業でもあるのだ。メンタルも筋肉も鍛えなければならない。だが、肝心のメイの師匠であるサラはどこかへと行ってしまった。裏切ったとは考えにくいが……どこで何をしているのだろうか。とても心配だ。




理沙だって友達だ。口が悪いものの、何だかんだ世話焼きだし、口喧嘩することはあっても、こちらが本当に嫌がることは絶対にしない。わからないことを尋ねてもきちんと丁寧に説明してくれる。みんないい人たちばかりで、私を幸せな気持ちにしてくれる。




でも、自分は何か返せているだろうか。何か恩返しできているだろうか。

私はもっと、もっと、メイの力になりたいのに……。ミカが呟いても周りの人間にはナイトゼナ語なのでわからない。外人が何か話している程度にしか聞こえないだろう。




「あら、ミカがオシャレしたいなんて意外ね。でも、それでいいのよ。女の子はもっと可愛くならないとね」




と、誰かが反応を返した。

慌てて振り向くと、とんがり帽子にローブを身にまとった、ここではやや場違いな少女がいる。




「え、ルルー!? あ、あんた、ここで何してるのよ!!」




ナイトゼナで宿屋「ルナティック・キス」や「しなの湯」で働くあの少女が何故、こんな所に?




「そっちと同じよ、私もこの世界へ。この世界を創った奴にね」




「え、それって!?」




「あんたの疑問の前に私の質問が先。誰がこの世界に来てるの?拠点はどこ?」




ルルーはミカに詰め寄り有無を言わさず、自分の質問をぶつけた。ミカは少し驚いたものの、頭の中で誰がいるかを数えた。




「え、ええと。私、メイ、理沙、ノノ、リュート、サラさんよ。あと、シェリルとミリィの生まれ変わりというか、前世の記憶をもった人とか。今はみんなでメイの家を拠点にしてるの。シェリル達は別だけど」




「……なるほどね。メイの家はどの辺?」




「私は日本人じゃないから住所はわからないわ。あ、でもメイが書いてくれた紙がメモ帳にあるの」




と、ミカはルルーにメモ帳を見せた。ルルーはふむふむと理解を示す。

そこで何故、ナイトゼナの人間なのに日本語が読めるの?と疑問符がつく。




「ルルー、私の質問や疑問にも答えて欲しいんだけど」




「……だいぶややこしくなるから、私の話はみんな揃ってからにしましょう。それよりもっと大事なことがあるの」




「な、何よ?」




「お腹が空いたわ」







おなかを空かせたルルーを連れてやってきたのは松野屋だ。メイや理沙から話には聞いたことがあるが、ミカは初めてだ。ルルーは慣れているのか? 堂々と入店するが、ミカは恐る恐る後に続いた。店内を見ると、いくつか机があり、そこで食事をしている様子が見える。見た感じ、男性が多い印象だ。女性もいるが、全体の2割ぐらいだろうか。ちょっと抵抗がある。あと、日本語音声なのでわからないが、歌が流れている。きっと流行りの歌なのだろう。




「ええと、何をどうすればいいのかしら。言葉は通じないし……」




「ミカ、日本円は持ってる?」




「ええ、理沙から少しもらったわ」




「聖徳太子……いや、伊藤博文だったかしら」



「誰なの、その人たち」



「そのお札に描かれている人物よ。歴史的に有名な人たちなのよ。ああ、今は野口英世なのね」



「ふぅん……」



と、ミカはよくわからない様子。

そんな野口英世をルルーに渡し、券売機にお札を入れる。

コンビニでジュースを買ったとき、福沢諭吉をくずしたので野口英世を持っていたりする。ルルーは操作になれており、ミカはその動作を横から見守る。




「ミカ、写真ならわかるでしょ? どれが食べたい?」




「へぇ、どれもおいしそうね。あ、でもさっき、理沙とマグナムで少し食べたばかりなのよね。あんまりお腹空いてないかも……っていうか、あんた、ナイトゼナの人間よね? どうしてこれの使い方を知っているの?」




「日本には観光で何度か来たことがあるの。随分昔の話だけどね」




「アンタ、一体幾つなのよ……」




ルルーは小柄で身長は140程度。

幼い童顔で見た感じ、14,15程度にしか見えないが。

そういえば本当の年齢は知らない。何歳なのだろうか。




「ミカはミニ牛丼セットにしましょう。これなら食べやすいし、そんなに多くないから」




「任せるわ。私にはよくわかんないし」




券売機で食券を購入し、一枚をミカに渡す。二人は窓際の隅の席へ移動した。すぐにお冷を持ってきた店員に券を渡す。店員は券を半分に千切り、一つは客席の白い筒へいれ、もう半分を自らが持つ。




「少々お待ちください」




軽やかな足取りで去っていく。

やがて注文が届き、食事をすることに。





「美味しいわね。やはり日本食はいいわ」




ルルーが感想を述べる。鮭定食はごはん、みそ汁、鮭がついた定食セットだ。ごはんは熱々ほかほかで湯気が出ている。




「へぇ……これが牛丼なのね。これは小さい奴だけど、なかなかイケるわね。うん、美味しい」




「随分、箸の使い方が上手いわね。メイに教えてもらったの?」




「メイと理沙に特訓を受けたからね。流石に日本語はわからないけど」




「そう。食べ終わったら、メイの家に案内して。みんなに挨拶したいし。色々話すこともあるからね」




「わかったわ。っていうか、こんな異国でアンタとご飯食べるなんて不思議なこともあるものね。昔じゃ考えられなかったわ」




「私もよ」




二人は笑みを交わし、その後は特に何も話さずに食べることに集中した。

でも、雰囲気は悪くなく、いい意味で気を遣わずに食べることができた。




「さて、食事も済んだし、メイに会いに行きましょう。どこにいるの?」




「公園よ。こっからまっすぐ行った先の長山公園って所。そろそろ会いに……」




突然、空が赤紫色になった。

比喩ではなく、空の色が絵の具をこぼしたように赤紫に染まったのだ。




「なに、これ!? 魔法?」




「固有結界の魔法よ。けど、普通は灰色。赤紫はまだ下手くそな証拠よ。情けないわね」




と、ルルーは軽蔑したように空を睨む。




「よくわからないけど、誰かが結界にメイを閉じ込めたって解釈で合ってる? しかもその相手はあんたの知り合いみたいね、ルルー」




「ええ。ともかく公園に向かいましょう」




「よし、じゃあ走って……」




「何言ってるの、文明の利器を使うのよ」




と、ルルーは手を上げる。

魔法でも唱えるのかとミカは身構えたが、そこへ一台の車が停まった。

車は後部座席の扉を開け、二人を歓迎する。ルルーはミカの腕を強引に引っ張り、車に乗る。 




「長山公園までお願いします。なるべく急ぎで」




「かしこまりました」




と、車は一度前進してからUターンし、公園へと向かった。





「ミカ、日本では急ぎの時は車を使うの。免許がなくても、お金さえあれば、タクシーを呼ぶことができるのよ」




「ルルー、あんたホントに詳しいわね。ナイトゼナの人間じゃないの?」




「言ったでしょう、観光で来たことがあるって」




「でも、さっきご飯食べているとき、私より箸の使い方が上手だったわ。それに日本語もきちんと話せている。ただ観光しただけじゃ無理よ。勉強して何年も住んでいたってレベルだと思うんだけど?」




「今話すと死ぬほどクソ長いから後でね。ミカ、すぐに修羅場になるわよ。武器と心の準備をしておいて」




「言われなくてもそのつもりよ」




二人は心を平静にしつつも、戦闘モードへと頭のスイッチを切り替えた。

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