第35話「頂上を目指して 中編」



山に登ってそろそろ一時間近く。

舗装されていない道が通常のナイトゼナだ。

日本・大阪出身の私は最初はあまり慣れなかった。

けれど、旅をする影響で今は徐々に慣れつつある。

元々、アスファルトよりも普通の道の方が歩くのに適しているからというのもある。

アスファルトで走った時と土の道で走った後、足の痛みや疲労感が違うからね。

だが、山歩きはあまり経験がない。

最後に山歩きをしたのは小学校の時の一泊移住の時以来。

山の上の方に旅館があって、そこを登った記憶がある。

あの時も到着する頃はヘトヘトだったけ……。

だが、現実とは容赦がない。

思い出に浸る暇もなく、足が痛くなってきた。

先頭を歩くミカちゃんのペースについていけず、足を止める。




「メイ、大丈夫っスか?」




「ご、ごめん。足が痛くて……」




「見せて」




ミカちゃんが私の足元をじっと見る。

そして鞄から何かを取り出した。




「その靴だと山歩きには不便だわ。これを使って」




「それ何?」




「山歩き専用の靴よ」




「トレッキングシューズっス。足首まできちんと包んでくれる靴っス」




ミカちゃんは私の足に靴を装着してくれる。

確かに足にフィットして履き心地が良い。

見た目は重そうだけど、履いてみると結構軽い。

紐をきっちりと結び、両足に装着してくれた。

前の靴は”預かっておくわ”と鞄に仕舞われる。

あれ、鞄なんて持ってたっけ?




「フィット感が合う魔法がかかっているわ。これなら大丈夫よ。

つか、そこそこ歩いたし、10分ほど休憩ね」




「でも、休んでる暇は……」




「山を舐めないほうがいいわ。確実に登頂を目指すからこそ、無理しちゃダメ。

あと、二人共タオルで汗拭いて。水分補給も忘れずにね」




と、タオル二枚とペットボトルを三本くれた。

何か透明な液体が入っているが……水かジュースだろうか。

あれ、何でこの世界にペットボトルがあるんだろう?

少し疑問に思うが、先程の戦闘と慣れない山道で汗もかいている。

今は素直に従うことにした。

ひとまず、切り株に腰を落ち着ける。

首や胸元、足などの汗を拭いていく。




「メイ、背中拭いてあげるっス」




「胸触ったらグーパンだからね」




「……はいっス」




注意しとかないと「手が滑ったぁ~」とか言って絶対胸揉むからなぁ、理沙は。

中学の修学旅行でお風呂に入った時もしてきたし……。

少し警戒していたけど、普通に拭いてくれた。

お礼に理沙の背中を拭いてあげる。

もちろん、胸は触らない。




「ノノは汗かかないの?」




「私は人間と違って妖精だからね。発汗作用がないの。大丈夫よ」




「じゃあ、ミカちゃん。背中拭いてあげるね」




「ありがと」




それにしても夜風がちょっと冷たいなぁ。

ナイトゼナの風はいつも冷たいけど、山の風はそれに輪をかけて寒い。

拭き終わった後、貰った飲み物で乾いた喉を潤す。

どうやらジュースみたいだ。




「何か変わった味ね……なんて表現すればいいのかしら」




「何か……コンビニによくある飲料水をちょっと不味くした感じかな?」




「あー、確かに似てるっス。この味……アクアリスに似ている気がするっス」




「ふふん、これはミカちゃん特製オリジナルドリンクよ。人間の身体に必要な栄養素がた~~~くさん入っているわ。味はちょっと微妙だけど、山登りには強い味方よ。つか、アクアリスとかコンビニって何?」




「いや、こっちの話で。つか、寒いっス……」




「少し風が出てきたわね。みんなウェアを着て。ついでに手袋と帽子、パンツもね」




あれよあれよという間に私と理沙は素早く着させられてしまう。

ミカちゃんによると雨具・防風着・防寒着にもなるウェアだそうだ。

私は青、理沙は紫の物を装備し、ミカちゃんは赤色だ。

パンツは伸縮性のある歩きやすい奴だね。

下着のパンツではなく、ズボンの方なので間違えないように。




「今の季節だと、それでしのげるはずよ。20~30分ごとに5分休憩を取って進みましょう。魔物もいるけど極力、体力・魔力は温存でね」




「……えらく詳しいっスね。つか、準備もいいっス。これだけの装備と豊富な知識。

しかも随分山慣れしてるっスね。あと、鞄持ってるのに驚きっス」




「まあ、独学で色々勉強したからね。靴とかもパーティメンバー用に買ったものよ。

ちなみにこの鞄は魔法で隠すことができる特殊な奴よ。使う時以外は基本見えないし、中身が広くて色々入るの」




「……にしちゃあ、ウェアもパンツも新品同然っス」




理沙がじーとウェアやパンツを見て呟く。

言われてみれば確かに汚れやシワなどがない。

誰かが履いたとかの使用感が感じられない。




「……そこは察しなさいよ、ボール女。えー、えー、そうですよ。こんなワガママでタカビーなお嬢様の私にだぁれも付いてきませんでしたよぉ!!」




どうやら性格が災いしてパーティーメンバーは集まらなかったらしい。

わざわざ人数分買ったのに……マメな性格なのにちょっと損をしている。

もう少し歩み寄ったら人も付いてきただろうに。




「……ミカちゃん」




けど、歩み寄るのが怖い子もいる。

はじめの勇気を出せない子もいる。

その気持はよくわかる。

今でこそ理沙やノノと仲良しだけど、昔の私はぼっちだった。

寂しくて、でも友達を作るのは勇気が必要で。

嫌われたら怖いし、歩み寄って引かれたら悲しいし……。

だから、本音を隠して建前で女子たちのグループにいた。

何人かは仲の良い子もいたけど、でもどこか一線を引いていた。

ミカちゃんを見ていると、どこか昔の自分のように感じてしまう。

歩み寄り方を知らなかった昔の私に。

なんで学校の教科書には友達の作り方が書いてないんだろう。




「ミカちゃん、ありがとう」




私はそっと彼女を抱きしめた。

ミカちゃんはあたふたしてパニックになっている。

ふふ、なんだかとっても可愛い。

夜でもわかるくらい、顔が真っ赤だ。




「あ、あんた、な、何を……」




「私、ミカちゃんと友達になりたい」




「え……い、いきなり何言ってるのよ」




「私はいつでもオールOKだから。返事待ってるよ。大好きだから」




歩み寄り方を知らなければ、教えてあげればいい。

こっちから手を差し伸ばしてあげればいい。

もし手を振り払われても、こちらの好意は相手に残る。

手を差し出すのを止めれば、自分の事しか考えない人になる。

そうはなりたくない。

それにミカちゃんの事をもっとよく知りたい。

もっと仲良くなって色々な話をしたい。

おしゃべりして、食事して、泣いて、笑って……。

このつまんないナイトゼナでの過酷な毎日。

戦闘ばっかで正直、嫌気もする。

山なんて登りたくないし、蜂とか嫌だし。

早く帰りたいという気持ちが日増しに強くなる。

けど、友達がいれば何とかなりそうな気がする。

理沙も大切だけど、もっともっと友達が欲しい。

大勢の大切な友達が欲しい。




「……考えとく」




ミカちゃんはボソッと呟くように言い、顔を赤らめて目を逸した。








それから休憩を終え、ペースを落としつつも再び山道を進む。

5分ごとに休憩を入れてはいるが、順調に進んでいく。

先程の動く死体リビングデッド以外は特に何もなかった。

幾つかの洞窟を抜け、上へと順調に進む時に異変は起きた。

上空がギャアギャアと騒がしい。

空を見上げると夜の空に黒い塊が蠢いていた。




「あれは……カラス?」




「違うっス、エビルバードっス。獰猛で肉食の鳥です。

集団で家畜や人間を襲い、毎年死者が出ているエグい奴らっス」





「なんで急に?さっきまでは空に何も異変はなかったよ」




「恐らく、エビルバード達は最初から私達を狙ってたのよ。近くに来るまでじっと巣で待機していた。そして、今が絶好のチャンスと出て来たのよ」




そこへ一羽がフランイグでミカちゃんを狙って急降下してくる。

ミカちゃんは迷わず引き金を引く。

銃声が山の上に鳴り響く。

エビルバードが渓谷に落ちて行く。

それを引き金にバード達が襲い掛かってきた。




「急ぐわよ!こんな連中キリがないわ。時間も惜しい。ダッシュで駆け抜けるのよ!」




ミカちゃんの号令で一斉に走り出す私達。

逃がすものかとエビルバード達は一斉に襲い掛かってきた。

頭や顔をついばんできたり、背中や身体をくちばしで傷つけてくる。

痛みと共に血が出てくるのを感じるが、止まる訳にはいかない。

止まってしまえば、私達は彼らのベッドタイムスナックとなってしまう。

寝る前に美味しいメシが来たし、たっぷり食べて寝るとするか。

そんな夜食にされるわけにはいかない。

皆、攻撃を受けながらも山道をひたすら駆けていく。




「ノノ、結界で防ごう!」




「移動しながらはできないわ。あれは止まって演唱する魔法だから。

でもこんな状態じゃ集中できないし、魔力が尽きたらそれこそ終わりよ!」




ミカちゃんが一心不乱に銃でエビルバード達を撃ち落としてく。

数羽が翼や身体を撃ち抜かれ、闇の底へ消えていく。

だが、数は一向に減らない。

むしろ増えているような気さえする。

理沙もハルフィーナを振り回し追い払うが、キリがない。

ノノは身を低くし、なるべく襲われないように気をつける。

けど、エビルバード達は容赦なく身体や顔、足などを傷つけていく。




「……っ」




一匹一匹を倒している暇は無いし、一気に倒す武器や道具もない。

セグンダディオを巨大化させて殲滅させる手もあるが、あれは魔力を大きく消費する。今使って魔力が尽きたらそれこそ、奴らの餌食だ。

痛みが次々と身体の節々から伝わってくるが、今は耐えるしか無い。

黒い塊の中を私達は駆け、進んでいく。




「あの橋を渡るわよ!」




ミカちゃんの指す先に橋があった。

と言っても、簡易な吊橋だ。

桁も板を繋いだだけのオンボロ橋。

確かに山の中での橋はこれがポピュラーだけど。

こんな時にこんな橋を渡らなくちゃならないなんて……。

まさに危ない橋を渡ろうとしているのだ。

私達は橋を渡り、慎重に進む。

だが、エビルバードはさもあざ笑うかのようにこちらに襲い掛かってくる。




「来るなっス!」




ハルフィーナを振り回し、応戦する理沙。

私もセグンダディオで眼前のカラスを倒しながら進む。

渓谷にエビルバードの遺体が黒く積み上げられていく。

このままでは私達もあんな風になってしまう。

焦りと不安の中、橋を突き進む。

だが、それもつかの間。

なんと、奴らは橋の縄を食い千切り出した。

橋を落として一気に私達を殺すつもりだ。

後は弱った所を啄み《ついば》、食い殺すという。

なんて頭のいい連中だ。




「は、橋が!」




案の定、縄は簡単に切られ、橋が落とされる。

私達は渓谷へと真っ逆さまに落とされた。

重力の法則通り、地面に向かって一気に落ちていく。




「落ちるっスーーーーーーーーーー!!」




「いやああああああああああああ!!!」




「し、しんじゃううううううう!!」




「セグンダディオ!!なんとかしてぇぇぇぇぇぇ!!」




「メイとデートもしてないわ、結婚式もしてないわ、Hもしないまま死ぬのは嫌っスぅぅぅぅぅぅぅ!!!!まだまだメイと一緒にゴハン食べたりもしたいっスのにいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」




「りりりりさ、なに、こんな時にバカ言って……」




るのよと続ける時だった。

突如、セグンダディオが輝き出した。

物凄く巨大になっていく。

ぐんぐん大きくなっていく。

それはどんどん縦方向に大きくなる。

全体的にも巨大化していく。

横向きになったセグンダディオは次に刃を大きくさせる。

そして、その刃は大地に傷を残せるんじゃないかと思うほど分厚くなる。

その分厚くなった刃の部分に私達を載せた。

つまり、私達は剣の上に載っているのだ。

そのまま飛行機のように飛んでいく。

その間もキラキラと神々しい光が私達を包む。

その光に怯えてエビルバード達は退散していった。

脱兎の如く、怯えて逃げていくという感じだ。




「あれ……腕とか足が痛くない。回復してる?」




ノノの言うとおり、頭や足などに負った傷が治っていた。

傷跡もなく、何事もなかったように痛みが引いている。

他のみんなも同じように傷や怪我が回復していた。

あと、山登りで減った体力も戻ってきているようだ。




「きっとセグンダディオのお陰ね」




「メイ、セグンダディオって確か四英雄の……。一体どういう事なの?」




「よし、このまま一気に山頂に向かいましょう」




ミカちゃんの疑問を大声で遮る理沙。

質問する隙を与えさせない。

確かに今質問されても答えるのは時間がかかる。




”契約者よ。我がこの姿になるのは一日に一度きりだ。

下山には使えない。それだけは心得よ”




私にだけセグンダディオの声が響く。

なるほど、この状態は今だけなのね。

私達はそのまま山頂へと向かった。

あともう少しだ。

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