第34話「頂上を目指して 前編」
シンシナシティから東に進む私達。
辺りは闇に沈み、陰気な色に染まっている。
外灯の無い暗さは想像を絶するほど暗く、不安になる。
みんなの影を気にしつつ、駆け出していく。
大体10分ぐらいした所だろうか。
鬱蒼と広がる林の奥に頭一つ突き抜けた山が見える。
ミカちゃんがその山を指差した。
「あれがゴルツ山脈よ」
「あそこかぁ……」
翼のように波打つ峰を広げる連山である。
存在感のあるその姿は夜に見ると異様だ。
不動なる山は堂々とした姿で威厳を感じさせた。
夜中に見ると存在感がありすぎて、酷く不気味だ。
「元々、シンシナはナイトゼナの国土の一部だった。それがマルディス・ゴアの攻撃の影響で無理やり切り離され、その影響でできた山よ。攻撃の影響か、今ではモンスターの楽園よ。一般人はまずここに来ない」
そんな中に私達はやってきた。
ごくりと唾を飲む。
怖い気持ちがないといえば嘘になるけど……。
でも、今はやるしかない。
「今時間は21時っス。毒が完全に回るのは何時っスか?」
理沙がマジックウォッチで時間を見る。
魔力を利用することで正確な時間がわかるスグレモノだそうだ。
アイテムショップで買ったらしい。
「日の出に間に合わないと駄目ね。5時が日の入りだから……遅くとも4時までには処方しないといけない。つまり7時間で全てを終える必要があるわ」
「あの頂上まで登って下山も含めて7時間……山頂までどれぐらいかかるのかな?」
「登頂に成功した人はいないという話よ。ギルドの腕試しが何人も乗り込んだけど、死んだか、逃げ帰ってきたかのどっちかよ。あのギルドの雰囲気見たでしょ?まるで葬式みたいな。誰も挑戦したがらないのよ。あなた達がどれほど無鉄砲で命知らずな存在か理解できたかしら?」
ミカちゃんの話が真実だとしたらあの山を登りきるのは難しいだろう。
おまけに敵も大勢いるようだし、夜だから視界も悪い。
日本ではどこかしらに外灯やらお店やらコンビニの灯りがある。
けど、この世界にそんなものは存在しない。
互いの顔さえも把握しにくく、見えにくいのが辛い。
月明かりがあるから影くらいはわかるけど。
そして、さっきから背中に感じる視線。
複数あるそれらは私達をターゲットにしているに違いない。
だが、やると決めた以上はやるしかない。
私達の目的もあるけど……あのお婆さんを、弟さんを助けなきゃ。
「ナイトーヴァは頂上付近に生えているはずよ。道は知っているわ。
何度か登ったことがあるからね。流石に頂上までは行ったことがないけど」
「んじゃ、案内は任せるっス。つか、草を取ったとして処方できるんスか?」
「その辺は大丈夫よ。大学では薬物学を専攻していたし、病院で働いていた経験もあるからね。その前に……ボール女はもう知っているけど、メイとノノの武器を見せて」
「どうして?」
「どういう状況になってもいいよう、メンバーの得物の事は知っておく必要があるからよ。さ、早く」
「うん。
私は天空に拳を掲げ、その手に剣を収める。
セグンダディオの柄を握ると、いつも私に良い手応えを与えてくれる。
安心感と信頼、馴染んだ手触りが肌を通して伝わってくる。
そう、この感触、この手触り。
この剣が私に勇気と希望をくれる。
「……へぇ、見たことない剣ね、随分立派な刀身だわ。何かの魔法がかかっているようね」
剣を鑑定するミカちゃん。
随分興味深そうに上から下までじっくり調べている。
まずいな、四英雄の武器だってバレちゃうかな?
ノノはともかく、英雄の武器だとわかると騒ぎになってしまう。
シェリル達は売り飛ばして金にしようと企んでいた。
ミカちゃんがそういう事を考えているとは思わないけど……。
ただ彼女本人にその気が無くても小耳に挟んだ誰かが同じことを考える可能性がある。ここは言わぬが花ね。
「その剣、どこで手に入れたの?」
「えーと……わ、忘れちゃった」
「……ふーん」
と誤魔化しておく。
訝しむミカちゃんだが「まあいいわ」と諦めてくれた。
「んじゃ、ノノは?」
「私は武器は持たないわ。簡単な回復魔法とか補助魔法ぐらいならできるけど」
「そう。毒とか麻痺の治療魔法はできる?」
「ええ。それぐらいなら」
「わかったわ。全員私についてきて。行く手を防ぐモンスターを倒して進むのよ。でも、全滅させる必要はないわ。あと、一匹一匹に時間をかけずに倒して」
「了解!」
ミカちゃんを先頭に私達は駆け出した。
闇の森は思ったより進みにくい。
舗装されていない獣道を駆けていく。
途中、石や草に足を取られ、転けそうになる。
このままじゃ時間をロスしてしまう……。
早く行かなきゃ行けないって時に!
半年間ナイトゼナで暮らした理沙と地元民のミカちゃんはやはり早い。
その次にノノ、私の順で走っている。
でも、このままじゃ駆け出すこともままならない。
道を歩くことには慣れているが、ぬかるんでいる土もある。
どうしたら……。
「あっ!」
一瞬、転びそうになったが、間一髪で理沙が抱きとめてくれた。
「ごめん、理沙」
「これくらい構わないっス」
しかし、理沙は離してくれない。
なんかずっと私を抱きしめられたままなんですけど。
「……理沙、そろそろ離して」
「すんません、最近こういうの減り気味で寂しいっス。
女の子同士なのにバトルとか修羅場ばかりで嫌になるっス。
こうやって抱き合ったり、ゴハンとか食べに行ったりしたいっス」
その気持ちは大いに理解できる。
私だって異世界で戦いをしたり、危険な場所なんか行きたくない。
学校で授業を受けて、放課後は友達と遊んだりしたい。
また理沙と一緒に美味しいご飯を食べたい。
こんな山なんか登りたくない。
けど。
「私だってそうよ。だから、その為に行くんだよ。理想の未来を掴むために今は頑張るの。さ、行こ?」
「……はいっス」
渋々離してくれた理沙。
いつもは怒るところだけど、彼女の気持ちは素直に嬉しいし共感できる。
なので、ここは怒らないでおく。
”私の力を授けよう。これで夜目が効くはずだ……”
久しぶりに話しかけてきたセグンダディオ。
頭に響くその声に少しだけ懐かしさを感じる。
しばらくすると目の前が明るくなり、視界がクリアになる。
さっきまで相手の肌の色もわからないほど暗かったけど、まるで外灯をつけたかのようにハッキリと地面や林がくっきり見えるようになった。
歩き慣れた道ではないけど、進むことはできるはず。
あとはこの獣道を超えれば……。
しかし、その前に耳障りな羽音が聞こえてきた。
1匹じゃない、複数の羽音だ。
救急車が近くに来た時のように音が近づいてくる。
羽音は激しさと勢いと共にやってきた。
「ひええええ、はははははははは蜂!?」
咄嗟に理沙の後ろに隠れる。
蜂は大群でまっすぐこちらに向かってくる。
ヤバイ、これじゃいい的じゃない!
皆の表情が凍りついていた。
「ヤバイ、キラービーよ!あいつらは毒を持っているわ。
どこかに隠れないと」
「早く茂みの中に入るっス!」
「二人共慌てないで」
ノノが全員の前にに立つ。
そして、手を正面に出した。
「
現れたのはバリアらしき光の壁。
私達を包んだそれが蜂の進行を防いだ。
それでも構わずバリアに特攻していく蜂達。
だが、障壁の前に小さい命は次々と散っていく。
遺体はバリアで火葬され、灰となって地面に帰る。
ものの数分で大群は数を落とし、散り散りになる。
やがて生き残りは諦めて去っていった。
羽音が遠ざかり、ほっと一息。
「ノノ、助かったよ。ありがとう」
「どうってことないわ。それにしても、ずっと理沙の後ろに隠れてたわね、メイ。
ひょっとして蜂が苦手?」
「そうっスよ。メイは虫が苦手なんで……まあ、アタシも得意ではないっスけど」
「し、仕方ないでしょ!誰だって怖い物は怖いもん!」
ああ、あの羽音が耳にこびりついる。
あの羽音、本当に耳障りで嫌い!
蚊や蝿も勿論大嫌いではあるが、なんせ蜂だ。
おまけに毒持ちなんて、もし刺されたら……。
あーやめやめ、想像しただけでゾッとする。
うわ、なんか鳥肌立ってきた!
「ノノ、朝ごはんは好きな物頼んでいいからね。
後でアクセサリーとかも見に行こうよ」
「……よっぽど苦手なのね」
「あんた達!時間がないわよ。お喋りしている暇があるなら、一歩でも多く駆け出しなさい。弟さんを助けるんでしょう!?」
ミカちゃんの怒鳴り声に驚きつつも皆、無言で再び駆け出す。
……どうして彼女は怒っているのだろうか?
確かに急がなければならないけれど、かなり真剣だ。
助けに行くのを決めたのは私だけど、この中で一番真剣なのは彼女だと思う。
理由はわからないが、なにか個人的に思う所があるのかな?
ただ、今はあれこれ考える暇はない。
駆け出して進んでいくだけだ。
とはいえ、アスファルトに慣れた現代女子高生に林を駆けるのは難しい。
それでも夜目が効くのを最大限利用してミカちゃんについていく。
やがて山の中の洞窟に入っていく。
「一気に登れないから所々洞窟になっているの。そこを超えていけば山頂につくわ」
「うん」
洞窟の中はやはり暗いが、理沙の
空気が少しひんやりして冷たく、声がマイクのエコーのように声が反響する。
なんか、若干カビくさい匂いがする。
だが、ふと異変に気づく。
それは洞窟の中央部分だろうか。
そこに人の姿があるのだ。
「あれ、こんな所に人が……ここって魔物の楽園じゃ?」
ミカちゃんが腕を前に出して止まれの合図をする。
理沙達も止まり、じっと様子を伺う。
相手は5~6人ほどの男女だ。
背格好は160センチ程度で年齢は20代半ばくらい。
髪の毛を脱色していたり、冒険者が好むレザーアーマーやブーツを履いている。
ということはギルドか探検家の人ということだろうか。
しかし、彼らは一向に何も話さず、ただじっと立っている。
生気が無く、俯いて目はどこか虚ろだ。
ただ、視線だけはこちらをハッキリと捉えている。
だけど、その瞳はどこか攻撃的で獰猛だ。
正直、不快感を感じる。
「助けてください……」
メンバーの内の女が声を出した。
ただ、その声はとてもか細くて聞き耳を立ててようやく聞こえるレベルだ。
洞窟内は静かだからいいけど、街中だと雑音に消されてしまうだろう。
何を……と言いかけたところで、女の前に男が一歩だけ前に進む。
背中に嫌な汗が流れ出す。
「助けてください……」
その男に続く形でもう一人の男が前へと足を踏み出す。
そして、私は気づいてしまった。
彼らの体の部位の異変に。
脚、腕、腹……彼らの身体のどこか一部分が白骨化しているのだ。
つまり、彼らは……。
「お腹が空いたんです。食ベさせてください……タベサセテ……!!」
突如、銃声が鳴り響く。
声を発していた男がどさりと崩れ落ちた。
その音を合図に彼らが襲い掛かってきた。
間髪入れずに銃を撃ちまくるミカちゃん。
撃ったのは全て足元だ。
動きの鈍くなった連中に理沙が速攻で動く。
ハルフィーナで首を攫い、再び遺体へと戻っていく。
見事な連携プレイでこちらの勝利に終わった。
「にくぅ……くわせろ……くわせろ……コロス……コロス……」
だが、そう思ったのも束の間。
遺体から緑色の何かが出てきた。
それは炎のようなゆらめきをしている。
よくホラー番組で見る霊魂という奴だろうか。
「たすけて……いやだぁ、死にたくないよ!!」
「だれか、だれか、たすけて。ころされる!しにたくない、しにたくない!
おうちにかえりたい、おとうさん、おかあさん!!」
それは彼らの断末魔の叫びだった。
飢えで死んだのか、モンスターに襲われたのか。
いずれにせよ、彼らは深い絶望の中で死んでいったのだ。
それを思うと胸が痛くなる……。
ミカちゃんは遺体からそっと何かを拝借し、ポケットに仕舞う。
「ミカちゃん、何を取ったの?」
「ギルドのタグよ。メンバーは全員持っているの」
それは銀色の認識票だった。
長円形の金属板に穴を開けチェーンで結ばれたものだ。
金属板に氏名・生年月日・性別・血液型・出身地・所属ギルドが打刻されている。
「後で死亡報告書を出さないといけないからね。みんな祈ってあげて、報われない魂に」
無宗教の私は神も仏も信じていないけど……。
ただ、今だけは彼らの成仏を熱心に祈った。
理沙もノノも手を合わせ、同じ気持ちで祈っていることだろう。
霊魂はそんな私達の祈りに満足したのかどうかはわからない。
恐らく、彼らの深い悲しみや絶望はすぐには消えないだろう。
だが、それでも私は祈らざるを得なかった。
「ウウウウ……」
しかし、その祈りも虚しく霊魂は再び死体へ憑依する。
そして、映画の如く、ゆらりと立ち上がる。
武器を手にし、鈍い動きでこちらへと向かってきた。
「はあ!」
私は悲しい気持ちを無視して、一気に斬り裂いた。
けれど、頭を斬っても彼らは動きを止めようとしない。
「こいつ……大人しく土に帰るっス!」
理沙も応戦し、ミカちゃんも銃で戦う。
彼らは既に死体なので血は出ない。
頭が無くなっても、部位がなくなっても、動きは止めない。
ただ、こちらに向かってくるだけだ。
洞窟はさほど広くないが、あまりに下がりすぎると前へ進めなくなる。
「駄目ね……どこを斬っても撃っても動きを止めないわ。どうすれば」
「タチの悪いゾンビ共っスね……いや、
「ガアアアア!!」
動く死体の剣を斧二本で防ぐ理沙。
ジリジリと鍔迫り合いになるが、蹴りで吹き飛ばす。
壁に激突しておまけに頭を石で打った。
常人なら死んでいるが、動く死体には効果がない。
なんでもないことのように立ち上がった。
このままだと体力を消耗してしまうし、先にも進めない。
どうしたら……。
「セグンダディオ、どうしたらいいかな?」
”ハルフィーナを使うのだ。我が妻・ハルフィーナは聖なる心を持つ。
浄化への祈りを捧げるのだ”
理沙にそのまま伝えると、理沙は驚いたものの頷いた。
斧を高く掲げ、理沙はすうと息を吸い込む。
そして。
「
ハルフィーナから光が溢れる。
光は黄色くまばゆく、どこか紫色がかっていた。
洞窟内でそれは眩しく、相手の素肌や毛さえ見えるほどの明るさだ。
動く死体達は皆、一様に涙する。
「オオオオオオオ…………」
祈りを捧げ、神が見えたかのような喜びの声を上げる死体。
そのまま人形のように崩れ落ちた。
遺体だけがその場に放置されるが、もう動く気配は感じられなかった。
「……ねえ、ちょっとボール女」
「アタシは近藤里沙って名前があるっス」
「いいから。聖なる光を持つ斧なんて聞いたことがないわ。
一体何なの、アンタのその武器は……?」
ミカちゃんは信じられないという顔をしていた。
彼女は私達が四英雄の武器を持っていることを知らない。
だが、説明すると時間が掛かるし、日本の話をする必要もある。
「お喋りする暇はないっス。さあ、行くっス」
私達は洞窟を後にし、先へ進むことにした。
心の中で祈りを捧げながら。
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