第8話「黒百合」



牢屋の中。

シェリルとミリィはナイトゼナ王国のある牢屋に入れられていた。

一般房ではなく、特別房と呼ばれる大罪人を入れるための牢屋だ。

二人は一日目に市中を引き回され、民衆から侮蔑・嘲笑・罵声を浴びせられた。物を投げつけてくる者もおり、二人は悔しさと苦しさを味わうことになった。朝から夕方までそれが続き、二日目の今日になって特別房に入れられた。



二人は大罪人とされている為、衣服を着る権利と弁護士を呼ぶ権利は剥奪されている。服を着ることもできず、ただ裸でいるしかできない。衣食住の権利もなく、食事はおろか水さえ飲むことも許されない。明日には民衆の前で絞首刑ショーが待っている。




「……」




横に目をやるとミリィが寝ている。

二人はさきほど愛の営みを終え、疲れ果てて眠っていた。

シェリルは先に起きたが、ミリィはまだ寝ているようだ。




「明日には死ぬのか。あんな小娘のせいで……。私達の人生はここで終わりなのか?」




思えば、シェリルの人生は不幸の連続だった。

父はすぐに他界し、母が彼女を育ててくれた。

だが、母は結婚しては離婚を繰り返す人だった。

淫売で雌犬でもあった母は多くの男と浮名を流していた。

噂では某国の王子や富豪の愛人でもあったという。

だが、歳を重ねるにつれ、男達は母を捨て、新しい女へと乗り換えた。

年老いた老婆より、若くて健康的な女が良いという理由もあるが、男達が離れた最大の原因はシェリルの存在だった。

彼らにとって、子供がいることが重荷だったのだ。




”あんたなんか、生まれてこなければよかったのよ!”




母のそれは口癖だった。

母はシェリルの存在を恨み、憎んでいた。

褒められたことはないし、罵倒され、殴られることも多かった。

だが、不思議と自分の手元からは離さなかった。

二人はホームレス暮しを続け、各地を転々とした。

裏路地でゴミ捨てを漁り、残飯を食べるのが日常だった。

食べるものが見つからない時は盗みもやった。

草を食べて飢えをしのいだこともある。

そんな二人を人々は汚物のように目を背け、見ないふりをしていた。

それが多感な少女時代のシェリルの心をいたく傷つけた。






ある日のこと。

その日は雪が降り、寒くて辛い1日だった。

シェリルは街である親子連れを見かけた。

娘は父と母に連れられ、楽しそうに歩いていた。

彼女はシェリルと同じくらいで10代の少女だった。

暖かそうな服を着込み、親と何やら楽しそうに話している。

会話の内容からすると、これからどこかへ食事に行くようだ。

シェリルはその娘を尻目に何とも言えない不公平さを感じていた。

自分はどうして薄汚れた服を身に纏い、雪を食べているのだろうか。

あの子と私の差は一体、何なのだろうか……。

シェリルはそれをずっと考えていた。

けれど、答えは何も出なかった。

わかったのは神は不平等だということだけだ。




そして、シェリルが12の時だった。

森へと食べられる草を探しに訪れた時だ。

「売春をしてこい」と母が言ったのだ。

自分の身体を売って、金にして来い。

若い処女ならいい金になるだろうと。

この世界では非処女より、処女の方が価値がある。

この時、シェリルは悟った。

自分を生かしてくれたのは愛でも情でもなく、食い扶持にする為だと。

母は結局、自分のことしか考えていなかった……。



勿論、シェリルはそれを拒否した。

12になった彼女はそれが何を意味するか、既に理解していたからだ。

すると母は烈火の如く怒り、シェリルを殴りつけ、親不孝者だと罵った。

何が親不孝なものか、自分こそ子供を不幸にしているくせに……。

殴り、蹴られているうちに段々と憎しみがこみ上げてきた。

今までの恨み辛みが一気に爆発し、シェリルは母の胸をナイフで突き刺した。いつも護身用で所持しているナイフだ。



動物ぐらいには使うことがあるが、人を刺したのはこれが初めてだった。

母はのたうち回り、五月蝿いぐらいに悲鳴を上げ、苦しんだ。

だが、生憎人気のない森だったので誰も気づく者はいない。

シェリルは何度も何度もナイフで滅多刺しにし、遂に殺害した。

遺体を湖に捨て、その後は野良猫のように各地を転々とした。





だが、それが彼女の転機となり、人を殺すことに躊躇が無くなった。シェリルはその後、各地で強盗や殺人を繰り返すようになり、得た金で生活を整え、剣術を学び、強くなっていった。ミリィとは17の時に酒場で出会い、意気投合した。それからは何年もコンビを組んで犯罪を起こし、更に強盗・殺人を繰り返していく。その名はナイトゼナ以外の他国にも知れ渡った。



二人を慕う連中も現れ、そいつらを金で雇い、犯罪はエスカレートの一途を辿る。このまま楽しい人生を送れると思っていた。人を殺し、金を盗み、美味いものを食い、愛する人と契を交わす。あの時、苦労したからこそ、そんな日々がずっと続くと思っていた。だが、それもこれもメイのせいで全てが狂わされてしまった。たった16の小娘のせいで……。




「……うにゃ、シェリル? もう起きてたの。まだ夜中だよ」




「ああ」




「今日は最後の晩餐でしょ。私たちが望んだ空間は二人一緒で一日を暮らすこと。ねえ、もっと抱いてよ。あ、私が攻めでもいいよ。死ぬ前に楽しんでおかないとね」




ミリィはシェリルに口づけをかわし、彼女の股間をまさぐる。

乳を舐め、優しく抱きつく。

だが、シェリルはどこか心ここにあらずだった。

ただ、ミリィの頭を優しく撫でるだけだ。




「どしたの、おセンチになっちゃった?」




「ミリィ、このまま死んでもいいと思っているのか?」




「そりゃ死にたくないわよ。でも、もう何もできないわ。自慢の魔法も特別房じゃ特殊な封印で使えなくされているからね。武器も何もないし……どうすることもできない」




「もし、どうにかすることかできたら、生きたいか?」




「そ、そりゃまあ。もう、シェリル、ifはやめなよ。具体策は何も……」




「あるのさ、それが!」




シェリルは腕から剣を作り出した。

剣や装備は既に没収されている。

だが、彼女の手には黒く禍々しいまでの闇の剣が生まれていた。

それを扉に向かって振るうと闇が扉を飲み込み、消えた。




「う、嘘、なにそれ」




「夢の中である方と契約したのだ。そして、私は力を得たんだ。そして力を得る代わりに戦わなければならない。メイを……あいつらを殺す」




「流石ね、シェリル!それでこそ惚れた甲斐があるってもんよ!

でも、そんなのがあるなら早く言ってくれたらよかったのに~」




「怪我が治りきってなかったからな。それに、お前としたかったのさ。

ここ最近は仕事に精を出しすぎてご無沙汰だったからな」




「もうシェリル大好き!」




胸に飛び込んできた彼女を抱きしめ、くちづけを交わす二人。

ディープキスを何度も交わしている内に固い靴音が響く。

どうやら兵士たちがこちらへとやってきているようだ。

石の廊下に奴らの足音はよく響く。




「だ、脱獄だ! 特別房からシェリルとミリィが!」

「絶対に逃がすな! ナイトゼナ王国の威信に関わるぞ!」

「1日早まった所でどうということはない。殺せ、殺せ!!」




あっという間に周りを囲まれる二人。

男達は剣を構え、裸の二人をいやらしい目で見つつも憎悪を露わにしていた。下半身の滾りを暴力に変え、殺してやろうという破壊衝動に駆られる兵士たち。




「ここでの事は内密だ。犯し殺してもいいぞ!」




隊長らしき人物の言葉に兵士たちが「ひゃっほう!」と歓声を上げる。

いかにナイトゼナの兵士といえど、所詮は男か。下半身の突起物を滾らせながら、汚い笑顔を浮かべる様はあのチンピラ連中と何も変わらないなとため息をついた。だが、シェリル達にとっては、もはやどうでもいいことだ。




「死ぬのは貴様らだ!」




剣を振るうと、男達に闇が憑依した。

闇は身体の自由を奪い、彼らを動けなくした。




「な、なんだ、これは!動けん!」

「うわ、手が!足が!」

「ぎゃああああああああ!」




兵士たちは騒ぐ。

足と手が闇に飲まれて消えていく。

闇は兵士たち自身に絶望を与えた。

深き闇の絶望を。

暗き狭間への誘いを。

助けを求めても、誰も助けはしない。

そんな彼らに二人は背を向ける。




「ミリィ、急ごう。どうせ奴らはこのまま死ぬだけだ。男の死に様は美しくない」




「せいぜい苦しみのオーケストラを奏でてね……いやらしい兵隊さん☆」




男たちの断末魔を背に二人は駆け出した。

目指すはメイを殺すことだ。

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