第9話「メイVSシェリル」
「これは由々しき自体じゃ…」
ナイトゼナ国王・フランシス・アルドーナ・ナイトゼナは頭を抱えていた。シェリルとミリィが脱獄したと兵士から報告を受けたのだ。あの二人は様々な国で殺人・強盗・放火……破壊と盗みを繰り返してきた稀代の悪女。奴らを捕まえることで王は自分の権威を高める狙いがあった。捕まえたと喜んだのも束の間、彼女たちは脱獄したという。しかも、捕まえようとした者達は皆、殺された。だが、殺され方が妙なのだ。
遺体は全て胴体や四肢が無く、欠損していたという。
壊したのではなく、まるで彼らにそれが初めから無いかのように消えていた。
その奇妙さに兵士たちは皆、怯えてしまったという。
お陰で兵たちの士気は下がる一方だ。
「もし、これが議会派の連中の耳に届けば……」
昨今、ナイトゼナでは立憲君主制度を廃止し、国民議会を起こそうという動きがある。選挙で選ばれた国民の代表が集い、会議を開いて法律を決めようというのだ。
ナイトゼナは建国以来、王が政治をしてきた。だが、贅沢三昧の王に対してかねてより国民は嫌悪感を抱いていた。国民の税金を何に使っているのか公表もしないくせに税率が年々上がるのもそれに拍車をかけている。悪人や犯罪に対する厳しい法律の制定でナイトゼナは比較的安定した治安になってはいるが、それでも王の不信感は拭えていない。特に現王の祖父は娼婦の女達を夜な夜な城に呼んでいたという。また、美しい娘を貧しい山村から探し出し、金で取引して愛人にしていたという話もあり、国民は王に対し不満を募らせている。
そこに商店会同盟(ギルド)が声を上げた。
彼らは国王による政治の廃止と国民会議を開き、選挙で選ばれた代表数名が議会を通じて民主主義的に物事を話し合いと採決で決める事を求め、尚且つ経済・産業の自由化を訴えた。
ナイトゼナにはまだ経済・産業関連の法律が古く、今の時代に合っていない物も多い。過去には国民が嘆願書を提出したが、頭でっかちでわからずやの王様にはどこ吹く風だったといい、国民は皆、歯ぎしりしたという。
もし、シェリル・ミリィの脱獄が世の中に広く伝われば、”王に政治を語る資格なし”と奴らはますます声を張り上げてくるだろう。議会ができれば、王は勿論追い出される。それはつまり、自身の生活を奪われるということだ。王に年金などなく、一般庶民以下の暮らしとなり、子や孫を食べさせることができないばかりか、自分の明日の身もわからなくなる。そうなればホームレスだ。いや、恨みが濃い国民たちは王を処刑する可能性もある。新しい時代の夜明けは大概、誰かが死ぬことで始まる。
「大臣、大臣はおらぬか!」
「王様、ここにいます」
「大臣、今から言う指令を伝達せよ。私の言う人物にだけ、報告をするのだ。よいな?」
「おおせのままに」
「うむ。ではその指令だが……」
「国王、その指示は必要ないでしょう。シェリル達を捕らえた者だけを呼び、再び捕まえるなど」
「な、何だと?」
王はぎょっとした。
まだ言葉に出していないのに何故わかったのだ?
しかも大臣は王の命令には忠実……悪く言えばイエスマンだ。
あと5年もしない内に引退することもあり、王の命令には反対しない。
もし心象を悪くすれば年金など老後の暮らしができなくなる。
王はそれを理解しているからこそ、大臣を傀儡として使っているのだが。
その大臣が王の提案を否定するとは夢にも思わなかった。
「大臣、余の言う事が聞けぬと申すのか!? シェリル達の脱獄が国民に知れ渡れば、ワシの天下は地に落ちる。議会派の連中はワシを追い出そうとするだろう。お前も、ワシもタダでは済まぬのだぞ!」
「……そうやって自らの保身しか考えない奴は大抵、滅んでいくものだ」
「何だと!?」
王ははっとした。
今の声は大臣の声ではない。
しわがれた年寄りの声ではなく、若い女性の声だ。
まさか……と王は顔面を硬直させた。
その答えに大臣はニヤリと笑みを浮かべる。
「気づいたようだな、王。私がシェリルだ!」
黒き闇が剥がれ落ち、大臣の姿はズルズルと溶けて床に消えていく。
そしてそこにはあのシェリルとミリィが現れたではないか。
二人は衣服を着る権利を剥奪されていたが、城のどこかで服を調達していた。王は突然の状況に事態を飲み込めない。
「ハロー★王様」
ミリィがウインク零して挨拶するが、王はまだ顔面が硬直したままだ。
「……ど、どういうことだ?大臣は?」
「さっき殺したよ。炎で丸焦げにしてやった。今のはミリィの変身魔法で化けていただけさ。ちなみにこの城に兵士は一人もいない。全員、闇に葬った。どいつもこいつも汚らしく悲鳴を上げてな。中には命乞いをする者もいたが、みんな殺してやったよ」
「ななな、なんだと……? 誰か、誰かおらぬのか!」
いつもなら王の言葉にすぐ兵士がやってくる。
だが、声は反芻するばかりで応える声が一つもない。
「わ、我が軍には精鋭部隊がいるのだぞ! き、騎士団長はおろか、騎士団員は全てエリートメンバーだ。戦に何度も勝利しておる。何故貴様のような賞金首如きに……」
「格の違いという奴さ。戦いは数ではなく、力量だ。そもそも戦があったのは何年前の話だ? どれだけの年月が経っていると思っている? 牙を研ぐことを忘れた獅子など、造作もない。そいつらはみんな死体となってそこらに転がっているよ。そうそう、女中やメイドは女の幸せを教えてから、あの世へと送ってやった。やはり処女のほうが楽しいな。女達は皆、いい声で鳴いてくれたぞ、くくくく……」
「もう、シェリル、後で私ともしてよ? 最低100回はするんだからね。つか、その契約は性欲まで旺盛になるの?」
「わかってるさ、ミリィ。一番愛しているのお前だけだ。だが、お楽しみの前にやることがある……面倒くさい事はさっさと終わらせよう」
シェリルは王に踵を返し、その場を後にした。
王は急いで逃げ出そうとしたが、パチンという音が響く。
ミリィが指を鳴らした音だ。
「な、なんだ!?うぐああああああああああああああ!!!!」
王は突如、炎にその身を焼かれていく。
狂ったように燃え上がる炎に王は激しく身体をくねらせた。
どうにかして逃げようと二歩、三歩と進むが、それが限界だった。
王は倒れたまま動かなくなり、そのまま火葬された。
遺体は灰も残らず、そこにはただ絨毯が焼けた跡のみ存在していた。
「バイバイ、王様☆」
そして、城には誰もいなくなった。
ナイトゼナ王国ソルティアシティ・酒場「ウォーレン」
私ことメイはロランと食事を楽しみつつ、今後の方針を考えていた。
ここは酒場兼宿屋で昼にも関わらず、人で賑わっている。
元々、ソルティアシティはナイトゼナ王国の玄関口でもある。
人も物も多い地域だそうで、異国の人も多いとロランは言う。
大概がガタイの良いおっちゃんばかりだけどね。
どうやら職人さんが多く、昼の時間帯はここでゆっくり過ごすのだとか。
なんか、あまり日本と変わらないなぁ。
さて、私、ミオ、ロランの三人は隅のテーブル席に座り、地図を広げながら会議を続けていく。ミオは昨日の夜中に意識が戻り、私はお礼と一緒に旅をすることになったと伝えたばかりだ。
会議の流れとしては全国を周り、情報を調べていくことになったのだが……私は少々不安でもあった。全国を旅したとして、果たして元の世界に戻れる情報が手に入るのだろうか。だが、いくら考えたところで効率のいい方法などわからない。そもそもこの国はおろか、この世界のことについて私は全く知識がない。やはり全国を歩き尽くして、調べまくるしか道はないのだろうか。誰か異世界に詳しい人でもいればいいのだが。私がそう意見を言おうとした時だった。
「た、大変だあああ!」
そこへ誰かが慌てて入ってきた。
大量の汗をかき、肩で息をしているのは鎧を着た男の人だ。
まだ若く30代後半くらいだろうか。
「メイ、あれはナイトゼナの一般兵だ。装備が背中にある槍と腰にある短刀だけだから確実だな。そして肩にはこの国のエンブレムがある。二本の剣と龍……初代ナイトゼナ王が好んだマークだ」
「その兵士さんがどうしたんでしょう?」
酒場の雰囲気はざわざわとし始めた。
兵士さんはよほど慌てて来たのか、その場で膝を折り、地べたで肩で息をしていた。近くの何人かの人が駆け寄り、水をあげたり、背中を優しく撫でてあげている。兵士さんは水を何杯もがぶ飲みし、やがてこう言った。
「しぇ、シェリルとミリィが脱走した! 奴らは兵士達を次々と殺しまくり、メイドや女館長すらも犯し殺した。城内は死体だらけだ! ただの死体じゃない。みんな、腕や頭、足や顔……どこかが欠損しているんだ! 恐らく王様ももう……というか、も、もうすぐこの街に来るぞ!!!!」
みんな、最初は冗談かと思った。
だが、兵士さんの恐ろしいほど鬼気迫った表情はどうも嘘ではないようだ。あいつらが逃げたですって!? 人々は悲鳴を上げ、我先にと逃げ出そうとしたが……。
「無駄だ。私の前では誰も逃げられん」
その言葉と共に凄まじい光が放たれる。
それと共に爆発音が辺りに轟いた。
「はあ、はあ、はあ……」
私は間一髪、セグンダディオを盾にしていた。
おかげで何とか無傷ではあるが、酷く耳鳴りがしている。
耳を引きちぎって捨てたい衝動にかられた。
酒場は跡形もなく破壊され、火の手が天を焦がさんと店を焼いている。
店はレンガではなく木でできているせいで、よく燃えているようだ。
そして、辺りには死体がゴロゴロ転がっている。
顔や全身が焼けた焼死体、首から上がない人、足や首だけの人もいる。
ゾンビのように呻いている男性も何人かいるようだ。
だが、風前の灯火だろう。
ロランとミオは頭から血を流し、気絶している。
炎と煙の中、シェリルとミリィが姿を現した。
「久しぶり……でもないかな。メイ、また会えて嬉しいよ」
「おひさだね、オチビちゃん★」
「シェリル、ミリィ……」
私が睨みつけると二人は笑顔でそれに応えた。
その笑顔はとても汚く、不気味さを感じ、なんとも言えなくなる。
「私達は大罪人として捕らえられ、町人に晒し者とされた。罵声され、罵られ、物を投げられた。城では衣服を着る権利を剥奪され、下着すら剥ぎ取られた。男達はいやらしい笑みを浮かべ、私達は何時間も辱めを受けた。これは私とミリィにとって、非常に耐え難い屈辱だ。だが、私は夢の中であるお方と契約を交わした。その力で兵たちを殺し、王も殺して、ここまでやってきた。全ては貴様を殺すため。そして、この世界を破壊するために!」
私はゆっくり立ち上がる。
セグンダディオを握り締めて。
既に刀身は背高く伸びている。
「この世界を闇に染める……それがあのお方との契約だ。だが、そのためにはお前を殺す必要がある。まずはお前をゆっくり料理して、その下半身を貪り、快感と快楽を与えてやろう。絶頂の果てに殺してやる。絶望と恐怖! 混沌と破壊! ゆっくりと味あわせてやるぞ」
「アンタが何の力を持っていても、セグンダディオには敵わない。今度はこっちも殺す気で行くよ」
私がそう言うと、シェリルとミリィが急に笑いだした。
笑いが止まらないという嘲笑たっぷりの笑い方だ。
少し、腹が立った。
「お前が私を殺すだと? ははははは、とんだ茶番だ。異世界でぬくぬく育ったお前に人殺しができるとは思えん。そもそも人を殺した経験があるのか?」
「……っ」
勿論、そんな経験はない。
唯一殺した経験があるのは蚊やゴキブリなどの害虫ぐらいだ。
そもそも喧嘩もしたこともないし、相手を殴ったりしたこともない。
「確かにセグンダディオは強力だ。だが、貴様はまだ剣を使いこなせていないようだな。どんなに殺傷力が高い剣でも、使うのは人間だ。未熟な人間が名剣を使っても宝の持ち腐れ。おまけに連れは気絶し、お前は一人だけのようだな」
「……っ」
シェリルの指摘は当たっている。
ロラン・ミオ達は血を流し、気を失っていた。
ケガをしている事も考えると、目が覚めた所でまともには戦えまい。
周りにはほぼ死体だらけで遠巻きに見ている人たちもいるが、野次馬たちが戦力になるとはとても思えない。
正義の味方が助けてくれる……なんてことはなさそうだ。
考えろ、考えれるんだ。
どうすれば奴らを倒せる?
確かに今の私ではセグンダディオは使いこなせない。
けど、あの時だって勝てたんだ。
きっとまた勝てるはずだ。
最後まで希望を捨てる訳にはいかない。
「はあああああああああああああ!!!」
私は駆け出し、剣を振るう。
だが、シェリルはいともあっさりかわす。
その回避スピードは人間離れしており、姿を目で追えない。
どこだ、どこにいる!?
そんな時、背中に激痛が走った。
熱い衝動が背中から全身に伝わってくる。
斬られたとわかるまで5秒かかった。
いつのまに後ろに……!
身体が力を失い、倒れようとするのを私は押し留め、そのまま背中越しに剣を振るう。だが、背中の痛みで手に力が入らず、剣は大きく空を斬っただけだった。
「ははは。そんな攻撃、子供でもかわせるぞ!」
シェリルはすぐに回避し、その後ろでミリィが炎の呪文でスタンバイしている。もう跳躍する体力も、回避する体力も残っていない。
立っていることさえやっとだ。
あまりの痛みに気さえ失いそうだ。
くそ……このままここで死んじゃうの?
剣で突き刺されて、炎でバーベキューみたいに焼かれて。
それとも好きでもない女に抱かれて、いやらしい事されて死ぬの?
彼氏もいないし、新しい友達もできないまま、死んじゃうの?
これがゲームなら死んでもセーブポイントからやり直せばいい。
ザコ敵と戦闘を繰り返してレベルアップをして、装備やアクセサリーを強化。そして、また再びボス戦を迎えれば勝てるはずだ。
だが、ここは異世界だけど、でも、私にとっては現実なんだ。
死んだらそれでおしまい。
セーブすることもコンテニューすることもできない。
やり直すことはできない……。
「さあ、メイ!地獄に落ちろ!」
シェリルが私を切り裂こうとする。
「それは困るッスね」
突如現れた誰かがその攻撃を防いだ。
その声を私はよく知っている。
けど、声の主を確認できず、そのまま地面に倒れた。
痛みに耐えて呻く、それが精一杯だった。
「誰だ、貴様は。邪魔をする気か!」
「お前らみたいな悪党にメイはやらせないッス」
つばぜり合いの二人。
斧と刀が激しくぶつかり合う。
斧を持つ彼女のその背中を私はよく知っている。
「ちっ、ミリィ!」
「OK!」
シェリルの合図にミリィが特大の炎の火球を飛ばす。
以前、ミオと戦った時の火球よりも大きい。これでは人はおろか、町や森ですらも焼き尽くしてしまうだろう。
「そうはいかないッス。魔法のマントで怒涛の反射ッス!!」
そこで女の子はマントを持ち、ひらりとさせる。
それはまるでスペインの闘牛士のようだ。
すると炎は進行方向を変え、ミリィの元へ向かう。
「う、嘘でしょ!?え、や、ちょ、あああああああああああああああ!!!」
「ミ、ミリィ!」
ミリィは突然自分の所に来た火球を避ける術も防ぐ術も無かった。
彼女はそのまま自らの火球に包まれ、焼け死んだ。塵一つ残さず、彼女の服や骨すらも焼けて消えた。人が骨で残る時の炎の温度は800度。骨すら残らないほど強力な温度だと1200度以上。想像を絶する温度にミリィは苦しみながら死んだのか。それとも苦しまずに一気に死んだのか。それはわからない。
「残るはお前だけッス!」
「よ、よくもミリィを。貴様、何者だ!」
「真田第一商業高校1年の
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