第10話「ちょっぴり思い出に浸る」


 リサこと近藤理沙こんどうりさと私が出会ったのは中学生の時だ。

ある日、彼女はクラスのお友達数人を食事に誘っていた。




「今日、ラーメン屋行かないっスか? 隣町に美味しいラーメン屋ができたんっスよ。グルメサイトの評判も良いんスよ。一緒に行かないっスか?」




彼女はそう言って放課後、仲の良い友達に片っ端から声をかけていった。理沙は根っからのグルメ通で美味しいお店を巡るのが趣味だった。特にラーメンが大好きでお店の発掘には人生を賭けると豪語していた程。ただ、クラスの女の子はみんな少食でやんわりと断っていた。みんな部活だの、彼氏とデートだのと理由をつけて。



女子という生き物は男と違い、一人で食事をするのが苦手である。ラーメン屋や牛丼屋に一人では入るのは抵抗がある人も多い。まあ、中には一人でも平気な人がいるけど、それはまれだ。理沙も食事をすることは大好きだが、一人よりも誰かと行く事を希望していた。ただ、男子を誘うと勘違いされそうだからと女子にのみ声をかけていた。自分が食べられるわけにはいかない。




「うう、誰もいないッス。みんな、部活だのデートだの。そんなんばっかッス……」




教室の机でグダーと突っ伏して落ち込む理沙。

既に教室は私と彼女以外の姿は無く、空は茜色に染まっていた。

野球部の野太い掛け声と金属バットの快活な音が遠く聞こえてくる。




「……」




私は中学時代、とても引っ込み事案だった。自分から意見を言うことも苦手なのだ。先生に挙手を求められても、手を上げることも答えることも苦手だった。運動だってそれほどできるわけじゃないし、リレーはいつもビリだ。お姉ちゃんと違って頭もそれほどいいわけじゃない。自己紹介も小さい声でしか喋れないし、音楽で歌のテストの時は死ぬほど憂鬱だった。どうしても出たくなくて仮病で休んだこともある。




私には親しい友達ができず、クラスではいつもだった。

何人かは話の出来る人もいたけど、言ってしまえば金魚の糞のような物だ。私はただ人数合わせでついていったり、話題を合わせたり……。本当の意味で友達と呼べる人はいなかった。そんな私にとって勇気という言葉は無縁だった。単に忍者アニメの歌に出てくる造語だと思っていた。



でも、私はこの日、思い切ってそれを出すことにしたんだ。

だって、ラーメンが食べたいから。

そして、彼女とお友達になりたいから。

私は前から彼女とお友達になりたかった。

だから、どうしても、どうしても。

声をかけたくてありったけの勇気を振り絞った。




「あ、あああの、近藤さん……」




「……あ、七瀬さん。どうかしたッスか?」




「ら、ラーメン。よよ、良かったら付き合うよ」




「え……ほ、本当っスか!?」




「う、うん」




彼女は急に椅子から立ち上がり、こちらに駆け寄る。私はビックリして口から心臓が出そうだったけど、辛うじて首をブンブンと縦に振るった。目をキラキラ輝かせた彼女は私の手をぎゅっと掴む。




「よし、善は急げッス! さっそく行くッスー」




「え、ちょ、ちょ、ちょっと~……」




私は抵抗できず、彼女に手を引かれて連れ去られた。でも、思えばこの時始めて誰かと手を繋いだ。お姉ちゃんとはよく一緒に出かけて手を繋いでいたけど、クラスの子とこうやって手をつなぐなんて思わなかった。まして二人でラーメンに行くだなんて思いもしなかった。おまけに自転車で二人乗りなんていうのも初めてで。




その日は嬉しすぎて何を喋ったのか、よく覚えていない。けど、ラーメンが美味しかったこと。いっぱい、おしゃべりしたこと。それだけは今でも覚えている。




それからは彼女のグルメツアーに何度も参加した。理沙の教えてくれるお店はどこも美味しく、いつも楽しみだった。放課後、一緒に手を繋ぎ、お店に向かう。お店からの帰り道、二人で感想を言い合う。理沙の家の近くにある公園でちょっと休み、お喋りをした。それが私の日課であり、理沙の日課でもあった。



でも、そんなある日。




「メイ、聞いて欲しいことがあるッス」




「どしたの、理沙」




中学三年のある日。

受験勉強シーズン真っ只中の私達は久しぶりに再会した。

場所は彼女の家の近くの公園だった。よくお喋りしていた、あの懐かしい場所だ。もうすぐ昼過ぎだが、公園に人気はなかった。平日だと人が大勢いるが、流石に土曜日は少ないようだ。おまけに季節は冬だし、木枯らしが寒いし……。きっと北風小蔵の寒太郎がいるに違いない。



私は塾で毎日夜遅くまで猛勉強し、理沙は家で勉強を頑張っていた。

でも、メールでのやり取りはずっと続けていたし、電話もよくしていた。

けど、やっぱ実際に会う方が嬉しい。私たちは再会を喜び、キャッキャッと無邪気に戯れていた。だが、そんな喜びの気持ちとは裏腹に理沙は真剣な表情をしていた。




「アタシ、商業科のある学校に行くっス」




「え……?」




「すまないッス。本当は同じ高校へ行きたかったス……けど、知っての通り、うちは母子家庭ッス。お父さんが事故で死んで、お母さんがアタシと弟をここまで育ててくれたッス。私立わたくしりつだと奨学金生になったとしても、うちでは厳しいッス」




実は以前、同じ高校にいこうねと約束を交わしていた。その高校は私のお姉ちゃんのいる学校だ。私立ではあるが、奨学金制度を使えば後々働いて返していける。年数はかかるが、金額もさほど高くないのでそこへ行こうねと話していたのだが。




「どうして商業科に?」




「アタシは高校出たらすぐ働きたいんッス。働くには資格があると便利なんスよ。簿記とかの資格があれば就職には有利ッス。商業科のある学校は資格を取るのに最適で、そういう理由っス」




私はその言葉がナイフのように心に刺さった。

その時、私はただお姉ちゃんのいる学校へ行きたいという漠然とした気持ちしかなかった。明確な目標なんて無かったし、高校浪人なんてバカにされたくないのもあって勉強をし続けていただけ。高校に入ったら何をやりたいかなんて、考えたこともなかった。でも、理沙には目標がある。親を楽にさせてあげたいという目標が。私はそれを凄いなと尊敬する気持ちとどうして自分は勉強をしているんだろうという、相反する気持ちが心の中に存在していた。




「一緒の高校に行こうって約束したのに、申し訳ないッス……」




「泣かないで、理沙の人生だもの、あなたが決めていいんだよ。何でも私に合わす必要はないよ。学校が別々になっちゃうのは残念だけど、永遠に会えなくなるわけじゃない。同じ空の下にいるんだもの。いつだって会える。私達の友情はそんなことで消えるほど、ヤワじゃないでしょ?」




「メイ……!」




私の言葉に感動した理沙は勢いで私を抱きしめる。それを私は優しく抱きとめた。私達は時間が過ぎるのを忘れるようにお互いを抱きしめた。その後はとびっきり美味しいラーメンを食べて、別れた。でも、バイバイじゃなくて、またねと私は言ったんだ。




それからは受験勉強が本格的になり、模擬試験も多くなった。毎日毎日勉強する日々が続いた。人生で一番勉強している日々だった。いつしかメールも途切れ、電話も無くなっていった。けど、私は一週間に一回必ずメールを送った。返信しなくてもいいからと前置きをつけて、彼女を激励する言葉を送った。テンプレートな言葉じゃなくて、私らしい言葉で。





そして、私たちは再び再会したのだ。

ナイトゼナという異世界で……。


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