第2話「異世界」


森を歩いていく。

相変わらず人気はない。

時折、風が目を覚ますような寒さで吹き付けるだけだ。




雑音に塗れた都会とは違い、物音と言えば鳥が森から空へとはばたくぐらいだ。舗装されていない道なので革靴では少々歩きにくいが、アスファルトのようにストレスを感じないので、心理的には楽だった。




日々、都会の雑踏に疲れていた私には居心地がよかった。緑の匂いや空気の濃度は濃く、森林浴になっている。ここがどこか不安な気持ちもあるが、癒される気持ちの方が勝っていた。




「なんだかお婆ちゃん家を思い出すなぁ」




歩きながらそんなことを呑気に思う私。お婆ちゃんの家は名古屋にあるんだけど、高い建物がないから空が広いし、どこかのんびりした田舎特有の空気があって、素敵なところなんだよね。寒いのは少しアレだけど。




また会いたいな、お婆ちゃん。

今頃どうしてるのかな。畑にでも出てるのかな。

それとも老人会の方かな?




「きゃああああ!!」




突如、絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえた。

我に帰った私はすぐにその場所へと駆け出す。






自分で言うのも何だが、私の耳はどんな音も聞き逃さない自信がある。悲鳴の聞こえた場所は近く、数分もしない内にたどり着いた。そこでは赤ローブを着た少女が怪物に襲われている。




怪物の数は全部で3体。

身長は180センチ程度、全身が毛で覆われたけむくじゃらで鋭い牙が生えており、身体はとても筋肉質でがっしりしている。まるでゲームに出てくるレッサーデーモンみたいだ。




「ウウウ……」




怪物たちは時折、ウウウと声を出しながら口からヨダレを垂れ流していて、少女を品定めをしている。腹ペコの怪物たちにとって彼女は格好のごちそうだ。柔らかな肌に牙を食い込ませることを想像しているのかもしれない。




一方、少女は尻餅をついて動けないでいる。よく見ると足元からやや出血しており、走ることができないのだろう。歩くことも難しいのかもしれない。




私は近くの茂みに身を隠し、思案していた。

戦うにしてもこちらには武器も何もない。

木の枝ならそこらに転がっているが、細い枝ばかりで役に立たない。




石はあるが、軽くて小さいものばかりだ。仮に重いのがあったとしても、女の腕力では持てないから意味が無い。人を呼ぼうにも、周囲に人気はないし、そもそも、ここがどこか、街がどこにあるのかもすらわからない。救援は期待できそうにない。




彼女を助けてすぐに逃げ出すべきか?

だが、怪物は間違いなく追いかけてくるだろう。

お腹を空かせた獣は私も獲物として認識し、迫ってくるはずだ。

足を怪我している彼女を助けるにはおんぶするしかない。

男の人なら抱き抱えられるだろうが、腕力には自信がない。

だが、おんぶしたとして、その状態で逃げれるほど体力に自信もない。

奴らの足が速いか遅いかはわからないが、もし、速ければ、私も奴らに食べられてしまうだろう。けれど、見過ごすわけにもいかないし……。




どうするべきか頭を悩ませていると、また鞄が輝きだした。目を細めつつ、カバンを開ける。なんと、中に入れていたハサミが光っている。

その光のせいで怪物達がこちらに気づいた。




「汝、今こそ我と契約せよ。我は聖剣・セグンダディオ。絶対神により生み出された、古より伝えられし剣なり。そなたは我と契約すべきことで、絶対的な力を手に入れることとなるだろう。我の力は海を大地にし、空を地上に落とし、星々すらも斬り落とさん……」




頭の中に声が響く。

聞いたこともない、男の人のしわがれた声。

中年と老人の狭間のような、どこか耳に残る声だ。過去、こんな声を聞いたことがない。親戚の人や学校の先生、芸能人とか、俳優さんの声とも違う。誰の声にも似ていない、全く知らない声だ。




まさか、この光っているハサミが喋っている? 驚きそうになるが、そんな暇はなかった。怪物達がこちらを狙っている。そもそも、ここが異世界である以上、何が起きても不思議ではない。




「契約します。私は七瀬芽衣! 聖剣セグンダディオ、私と契約を結んで、その力を貸して! 眼前にいる悪しき者を打ち払う、力を!」




と、無我夢中でゲームやマンガに出てきそうな台詞を思いついたまま言ってみる。




「汝の願い、しかと聞き遂げた。今、ここに我は汝と契約を結んだ。我の力、存分に振るうがいい」




ハサミは急激にぐんぐんと伸びて成長し、太くなっていく。数秒もしない内に、それは巨大な剣へと姿を変えた。長さは大体10メートル前後だろうか。 それはマンションの3~4階程度までの長さに相当する。あくまで見た感じなので正確には違うかもしれない。



でも、不思議なことに長く、太くなった剣に重さは感じない。まるで羽のように軽い。刀身は鏡のように太陽を反射していて、刃にはサビ一つない。これならいける!




「グオオオオオオオオオオオオ」




足の早い一匹がこちらに向かってくる。

慌てず落ち着いて、相手の動きをよく見る。




「だあああああああああああああああああああああああああ!」




眼前の一匹を真っ二つに切り裂いた。

血飛沫が辺りを赤く染める。

私にもかかるけど、何故か気にならなかった。

アジの開きのように真っ二つにされた仲間に驚く怪物たち。

その隙を狙い、一気に駆け出し、怪物たちへと近づく。

彼らに反撃する暇は与えない、無我夢中で剣を振るっていく。

剣は奴らの首を一瞬で掻っ攫い、胴体と強制的に別れさせた。








血が辺りの木々を濡らし、クリアな赤色に染める。ポスターカラーよりも赤々しい色と錆びた臭いに蒸せそうになる。断末魔の叫びがなかったから、即死だろう。3体とも地面に転がり、首なし死体と化していた。




「はあ、はあ、はあ……」




剣についた血はまるで無かったかのように消えていた。役目を果たし終えたのか、再びハサミに戻っている。それを鞄にしまい、いつも常備しているタオルで返り血を拭いてから、彼女の方へ行く。




「大丈夫ですか?」




「あ、うん……」




私が手を差し伸べると、赤ローブの少女は頷いた。年の頃は20代前半という感じだろうか。女の人というより、ちょっぴり幼い顔なのでお姉さんに近いかもしれない。胸はそこそこ出ていて、引っ込む所は引っ込んでいる。むむ、羨ましい体型だ。彼女は動こうとしたが、苦痛に顔を歪めた。やはり、足の怪我が痛むらしい。




「あ、じっとしてて。すぐに消毒と包帯を巻きますので」




カバンから消毒薬と包帯を取り出し、ハンカチで血を軽く拭き取り、彼女の足の患部に消毒液をかける。


 


「……っ」




「染みますけど、じっとしてて下さい」




再度注意を促し、ハンカチで軽く拭いてから、包帯を巻く。赤ローブのお姉さんは何も言わず、大人しくしてくれた。 友達がいつ怪我をしてもいいよう、包帯と絆創膏と消毒液は鞄に常備しているんだけど、まさか異世界で役に立つとは思わなかった。




「これで大丈夫です。血が止まるまで、足はあまり派手に動かさないようにしてくださいね」




「うん、ありがと」




お姉さんは笑顔を浮かべ、お礼を言う。

その笑顔が私には嬉しかった。




「ところで、つかぬことをお聞きしますが」




「何?」




「ここって……どこですか?」




「え……」




私もお姉さんもなんと言っていいか、わからない。

変な間が空く。




「ミリィ、そろそろ休憩にするぞー」




と、そこで第三者の声が響く。

足音と共に現れたのはアーマーを着込んだ女の人で、筋肉質で体つきもよく、足腰もムキムキ。ショートカットがよく似合っているが、胸は控えめ……スレンダーである。




「ど、どうしたんだ、ミリィ。というか、その子は?」




「あー、大丈夫よ、シェリル。実はさっきモンスターに襲われたんだけど、この子が助けてくれたの。逃げる途中で足怪我しちゃったんだけど、それも治してくれて。私の命の恩人よ」




「そうだったのか」




シェリルと呼ばれたお姉さんはこちらに近づき、握手の手を求める。

私はその手をぎゅっと握り返した。




「私はシェリル・イア・ハートだ。友を……ミリィを助けてくれてありがとう。君の名前は?」




「あ、はい。私は七瀬芽衣ななせめいと言います。みんなからはメイって呼ばれています」




軽く自己紹介する。

なんだか、初対面なのにどこか懐かしい気がする。

なんでだろ?




「そうか、メイというのか。君も旅をしているのか?」




「あ、いえ、その……」




旅というか、私はたたの高校生なんだけど。

えーと、高校生ってこの世界で通じるのかな?




「つーか、シェリル。メイちゃん、すごい質問してくれたよ。ここはどこですかって」




「何……では迷子か? いや、迷子だとして、どうやってレッサーデーモンを倒したんだ?」




「ええと、その……」




「あの死体を見ればただの殺し方じゃない事はわかる。だが、君には武器もないし、失礼だが、鍛えているようにも見えない。一体、どういう事なんだ?」




シェリルさんは首を傾げつつ、疑問を次々とぶつけてくる。私は何をどう言おうか悩んだのだが。




「シェリル、いくら何でも聞きすぎよ。依頼の薬草も手に入れたし、街でゴハンでも食べましょ。話はそん時にしょ。いつまでもここにいると、またモンスターが襲ってくるかもしんないし」




「……それもそうだな。メイ、少し先に街がある。よかったらそこで食事でもどうだ?」




「あの、私、お金がないんです」




無いことはないが、野口先生と樋口先生はこの世界では使えないよね。




「金なら心配するな、シェリルを助けてくれた礼だ。それぐらいは出すさ」




「あ、ありがとうございます……すいません、ホント」




「そいじゃ、いこっか」




「街は森を抜けた先だ、ここから10分程度だな。ミリィ、おぶってやる。ほら」




「すまないねぇ」




「ははは、お前はいつからお婆さんになったんだ? まだ歳を食うには早すぎるぞ」




そう言いつつ、ミリィさんをおぶるシェリルさん。お互い気心が知れた仲なのだろう。二人はよそよそしい感じはなく、とても自然体だった。長年連れ添った夫婦のように仲良しな感じが肌に伝わってくる。

いいなあ、こういうの。




「あ、そうそう、メイちゃん。さっきの質問なんだけど」




「はい?」




「ここはナイトゼナ大陸だよ。4大陸の内の1つなんだ」




「ナイトゼナ……ですか?」




予想通り、聞いたことがない国だった。

やはり、ここは異世界なんだと改めて確信した。

私、これから先どうなっちゃうんだろう?


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