第44話「オーク討伐へ出発!前編」


朝。

といっても、まだ太陽が登ってすぐの頃。

私、ミカ・ストライクは目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。

メイもノノもまだベッドでゆっくり寝ているようだ。

すやすやと静かに眠っている。

昨日は夜通しお喋りしたから、きっと疲れたのだろう。

でも、私の方はそこまで疲れていない。

多少眠気はあるけど、そんなのが気にならないほど、楽しい時間だった。

だから、とても良く眠れたのだ。

こんなによく寝たのはいつ以来だろうか。

窓から朝日が入り、体に染み渡る。

そこで異変に気づいた。

ボール女……近藤理沙がいないのだ。

トイレにでも行ったのだろうか。

そう思っていると、何かブ音が聞こえてくる。

何かを振っているような、風を切る音だ。

音は外から聞こえるので、家を出てみる。




「せい、はあ、たあ!!」




外ではボール女が斧を振り回していた。

確か、ハルフィーナという四英雄の武器の一つ。

メイの持つセグンダディオの妻だという。

武器で夫婦というのはどういう事なのだろうか?

その辺りはよくわからない。

ボール女は突き、振り落とし、振り上げ……様々な動きをして特訓している。

額からは汗が流れ、ポタポタと地面に飛び散る。

その量を見る限り、私が起きる前から特訓している事は想像に難くない。

この辺は裏通りで人の姿は私達以外にはない。

斧を振り回していても誰も気がつかない。




「おはよ」




「はよっス。はあ、とう、せい!!」




こちらには振り返らず、返事だけするボール女。

そのまま黙々と斧を振り続ける。

私は「何をしているの?」とは聞かない。

特訓の邪魔になるからだ。




「よいしょっと」




家の隅に行き、座り込む。

ポーチに入っている仕事鞄を取り出す。

大きい鞄なので普通はポーチに入らないが、そこは空間系魔法が働いている。

無限に物が入る訳ではないが、ある程度の容量なら荷物を大きさ・形を問わずに入れることができる。ギルドに入って初めて稼いだお金で買ったものだ。

鞄には銃のメンテナンス用の機材が入っていて、それを使って銃の調子を整える。

私の銃は機嫌がよくないと暴発したり、弾が上手く装填されなかったりとトラブルを起こしやすい。毎日の整備は基本中の基本だ。

これを朝にする理由は一つ、寝ぼけ頭を起こす為だ。

最初は苦手だったが、今では得意になるほどやり込んだ作業だ。

まあ、ギルドでもほとんど一人だったし、誰かと組むときもほとんど何も話さなかった。話そうにも何を話せば良いのかわからないし、環境も育ちも違うから話が合わない。だから、話さずに機械いじりばかりしたら自然と慣れて得意になったのだ。

でも、今はこんな作業よりももっとメイといっぱい話がしたいのが本音だ。




「ふう……こんなもんっスかね。おチビちゃん、ご飯調達してくるんでメイ達を起こしといてっス」




「こんな朝早くに開いている店なんてないわよ、ボール女」




「ま、そこはツテがあるんで。んじゃ、頼んだっスー」




ボール女はそう言って行ってしまった。

あの女、どこで食材を手に入れてくる気だろう。

でも、私と違って社交性があるから、彼女を気にいる人は多いだろう。

私自身はあんまり好きじゃないけど、嫌いという訳でもない。

あいつとオーク退治はちょっと微妙な気もするが……。




「……仕方ないわね」




私はため息をつきつつも、家に戻り、メイ達を起こすことにした。








朝ごはんは魚料理だった。

とても新鮮で高級な魚だ。

恐らく魚市とかで手に入れたんだろうけど、どうやって……。

この付近は漁業がとても盛んだ。

魚は各業者が競り落として手に入れ、お店で売って利益を得ている。

けど、それができるのは魚介類販売業者だけだ。

そういう決まりだし、一般人はそんなことしなくても街の鮮魚店に行けばいい。

安価で売っているし、魚介料理の店もこの街には数多くある。

業者も競り落としたものを人に譲るとは思えない。

とはいえ、盗んだとも思えないし。

それを素早く味噌汁の具材にする手間もいい。

どうやらボール女は食べるだけではなく、料理するのも上手らしい。




「うん、美味しいね。やっぱ日本人にはご飯と味噌汁だよ」




メイは嬉しそうにパクパクと食べている。

その隣で黙々と食事を続けるノノ。

表情は柔らかく満足しているのが感じられる。

メイの向かいで私の隣、ボール女はうーんと渋い顔をしている。

何か納得できないことがあるのだろうか。




「味噌汁はいいっス。けど、ナイトゼナのお米はイマイチっスね……ううむ」




「そんなに味違うの?」




「うん。でも、私はこっちのお米も好きだけどね。いつかミカちゃんにも食べさせてあげたいな。私達の世界のお米はふっくらしてて美味しいんだよ。熱々ごはんに昆布のせて食べると美味しんだよ。涙が出るくらい!」




「へぇ……」




メイは心底嬉しそうに力説する。

彼女の話を聞く限り、異世界「ニホン」は私達の国よりも発達した世界らしい。

食文化も進んでおり、私達のいるナイトゼナよりも美味しいとか。

美食家ではないけれど、どんな料理なのか興味があるわね。

そう思いながら箸を進め、やがて食事が終わる。

さて、ここからが憂鬱タイムだ。




「さ、じゃあ別れようか。私達は島の探索。理沙とミカちゃんがオーク退治。確か、ギルド前で集まるんだよね。青年団の人たちと合同でやるんだっけ」




「ええ、そうよ」




「大変だと想うけど、頑張ってね」




「メイ……」




私はその小さな体を抱きしめた。

いきなりのことにびっくりするメイ。

けど、怒ったりせず優しく抱きしめてくれる。

温かくて、優しくて、気持ちがいい。

こういう感情にさせてくれるのはメイだけだ。

「ずるいっスよー!」等という野次は無視。




「ミカちゃん、理沙と組むのそんなに嫌?」




「……ううん、仕事だしね。メイ、この仕事が終わったらデートしましょう。

仕事達成のご褒美ってことで」




「いいよ。私も離れるのはちょっと寂しいし……約束だよ?ゆびきりげんまん」




「ええ。ゆびきりげんまん」




小指と小指をつなぎ、約束を交わす。

ナイトゼナには無いニホンの風習「ゆびきりげんまん」

詳しいことは知らないけど、彼女のかわいい小指が私の小指の腹に触れる。

その柔らかな感触と暖かさ、それはとても切ない気持ちにさせてくれる。

なんでそんな気持ちになるのか、よくわからない。

なんだかちょっと照れくさい。

それが心地良いと思えるのは何故だろう。




「メイ、アタシからもお願いっス!帰ってきたら一緒にベッドで寝ましょう!つか、マジで激ラブっス!!Hしたいっス!」




「ち、直球は止めて!」




バコンと殴られる理沙。

毎度、毎度、本当にメイをそういう目で見てるのね、コイツ。

メイはとても赤面しているが、呆れて物が言えないという表情もしている。

ハッキリ言って同感だ。




「んじゃあ、デートでいいっスから。美味しい物食べに行きましょう。帰りは繁華街の素敵ホテルへ!」




「だーかーらー、私たちは高校生なんだってば。そういう所行っちゃダメでしょ」




「いやいや、行ってるカップルは多いっスよ。つか、高校生なんて私服だったら見た目わからないじゃないっスか。それにここはナイトゼナっス。だから合法!」




「ほ、他の人のは知らない。そもそも、そういうのは順序ってものがあって……」




「つまり、家の中でならOKっスね!」




「ち~が~う~!」




ばごし!と叩かれるボール女。

こんなやり取りがしばらく続き、家の中は笑いがあった。

こういう雰囲気は嫌いじゃない、

寧ろ、好きと言っていい。

だからこそ、出かけたくない気持ちになる。

けれど、私はそんな心を理性で抑えてギルドに向かう。

ボール女は目に見えるほどガッカリしていたけど、取り敢えずデートの約束は強引に取り付けた。




「二人共頑張ってね!」




「ノノ、メイをよろしく頼むっスー!!」




「まかせて」




まるで根性の別れのようにブンブン手を大きく振るボール女。

私もメイに向かって小さく手を降った。

やがて姿が見えなくなってから、どちらからともなく歩きだす。

お互い憂鬱ではあるが、こればかりは仕方がない。

正直、こいつと組むのはどちらかというと苦手だ。

全く知らない初対面の人間と組むよりはマシだが、それでも気が乗らない。

できれば、プライベートは一緒にしたくない。

私もコイツもきっと同じ気持ちなんじゃないかな。

そんなことを思いながら、ギルドへと向かった。







ギルド前。

ポールシェンカさんを中心に大勢の人達がそこにいる。

筋骨隆々な男性がほとんどだが、中には華奢な女性もいる。

恐らく魔道士とか力が無くても戦える連中だろう。

見た顔も幾つかあるが、大半は青年団メンバーだ。

ギルド「マリアファング」では近年、人手不足に悩まされている。

危険な稼ぎをするより安定した仕事を求める人が多いせいだ。

その為、ギルドに所属する人間はそれぞれ何か事情を抱えている。

借金返済の為にまとまった金が欲しい者、時間にルーズで朝働くのが嫌な奴、一攫千金を狙う者、平凡な仕事が嫌で危険に身を晒したい奴……様々だ。

通常の仕事はともかく、こういった大規模な仕事の場合、どうしても人手が必要になる。そんな時は青年団に協力して仕事をすることになる。

ギルドが入隊資格に厳しいのに対し、青年団は腕っ節さえ良ければメンバーになれるので、青年団の人数はギルドメンバーよりも圧倒的に多い。

見た感じ50人ぐらいは青年団で10人ほどが準ギルドメンバーのようだ。

ちなみに人数が多いので、ギルド内ではいっぱいになってしまう。

なので、外で説明することになっている。

人が多いし、ざわざわしている感じはあまり好きではないが。

それでも話を聞くためにその中に入る。




「おはようございます、ポールシェンカさん」




「おはようございます」




「おはよう二人共。時間通りね。そろそろ仕事の説明をするわ。

よく聞いてちょうだいね」




コホンと咳払いをしてから、ポールシェンカさんは話を始めた。




「皆さん、おはようございます。これよりオーク討伐の説明をします」




ざわざわしていた雑談が止み、しんと静かになる。

私もボール女も集中して話を聞くことにした。




「まず、今回はアルダカ山にいるオークを中心に退治してもらいます。

山の北側に青年団Aチーム、南側にBチーム、西側にCチーム、東側にギルドメンバーで挑んでもらいます。この時期、オークは繁殖期で非常に凶暴です。また、彼らは非常に優秀な武器職人でもあります。彼らの持つ武器は当然強力でしょう。また、鼻が利く連中でもあります。くれぐれも注意してください」




オークは狩りをするのと縄張りを守るため、自ら武器を自作している。

その武器は人間が生産する武器よりも強力だと聞いたことがある。

さて、私たちは東側のようだ。

ここからなら歩いて30分ほどで着くだろう。

メンバーは私とボール女と準メンバー……あれ?




「ねえ、ギルドのメンバーは私達だけ?他にも人がいたはずだけど」




「うーん、まだ見ていないっスね。サボりじゃないっスか?」




「つーことは……」




「アタシら二人だけって事っス」




マジか……。

うーん、胃が荒れそうだが仕方がない。

っていうか、サボりなんて信じられない。

まあ、準メンバーにはそんなに責任ないから何も言われないけど。

でも、受けた仕事くらいきちんと頑張りなさいよ。

まったく……。




「報酬はオーク1体で3000ガルドです。今回、皆様には公平を期す為にこちらの魔法道具を持ってもらいます」




ギルドの女性スタッフがチームごとに何かを配る。

それは丸型の小さい時計だった。

時計の右隅に小さく数字があり、「00」とされている。




「これは魔法道具マジックアイテムカウンタークロックです。オークを倒すと数が増えていきます。また、時計としての機能も併せ持っています。今はまだスイッチがOFFなままです。公平を期す為、全員で一斉に押します。最終時刻は21時です。それまでにギルドに戻ってきてください。続いて……」




説明が続く。

その時、後ろから「よう」と男の声が聞こえた。

振り向かずにそのまま耳だけ集中させる。




「お、おめえら、ふ、二人だけか?」




「それが何?」




小声で吃りながら話してきたのは青年団の奴だ。

名前は知らないが、30ぐらいの男。

モヒカンヘアに髑髏のTシャツとズボン。

ズボンにも髑髏がこれでもかと一面に描かれ、ピアスも髑髏、腕や首周りにもドクロの入れ墨が掘られていてる。よほど髑髏が好きらしい。

っていうか、野太い声が気持ち悪い。

言葉からして田舎からやってきた奴だろうか。

青年団は腕っ節させよければ出身も身分も問われない。

つか、息、臭いから喋らないで欲しいんだけど。




「よよよかったら、おお、おでと組もうぜぜぜ」




「嫌よ」




「ん、んな固い事言うなよ。な、なあ……」




悪寒が走る。

こいつ、私のお尻を触りやがった!

撫で回すように何度も何度も手で触り、更に掴んでくる。

ホルスターに手を回そうとしたが……。

その刹那、男は苦悶の表情を浮かべて思いっきり地面とキスをした。




「まったくバカな奴っス……」




と、足を蹴り上げていたボール女が言った。

男は泡を吹いて白目を剥いている。

どうやら、金的をかましたようだ。




「ポールシェンカさん、こいつアタシの仲間にセクハラしたんですけどー




途端、静かな雰囲気が一気に騒がしくなる。

皆、一様にこちらを注目する。

ちょっと気恥ずかしい。




「どうした、何があった!」




と、そこへ駆けつけてくる声が一人。

それはロランさんだった。

確か、メイの知り合いで今は青年団に属している女性だ。

それ以上はよく知らないけど……短髪の金髪で胸は残念。

中性的な顔立ちだから、少年にも見えちゃうわね。




「副長!どうもガルバの野郎がギルドの子にセクハラしたらしく……」




「何だと!?被害者は……ミカくんだね?」




「は、はい。あ、あの、その……」




「お尻を触られてたのを目撃したっス。で、金的をかましました」




ボール女が簡単に事情を説明する。

私は説明するのが得意ではないので、少し助かった。

こういう所は素直に感謝せざるを得ない。




「うむ……。副長権限でガルバを青年団解雇とする。また罰金60万ガルド、2週間の投獄とする。ジェルダ、ウェント、奴を詰め所へ連れて行け」




「はい」




「はは!」




セクハラ野郎はそのまま御用となり、二人の男に連れて行かれた。

泡吹いて気絶しっぱなしだ。

まあ、当然といえば当然だ。




「ミカくん、ウチの者が迷惑をかけた。副長として謝罪する。すまなかった」




「あ、い、いえ。だ、大丈夫です」




「腕っ節が良くても、ああいう連中が多くてな。その点はギルドに劣る。本当に申し訳なかった」




丁寧に深く頭を下げるロランさん。

まあ、悪い気はしないわね。

罰金も貰えるし、よしとしましょう。

取り敢えず、この場は丸く収まった。

ギャラリーはまだ騒がしいけど。




「……今日はメイは一緒じゃないんだな?」




「メイとは別行動っス。別の仕事が入ってて。

そちらもミオさんがいないようっスけど?」




「ああ、ミオは詰め所の当番でね。また、メイによろしく言っておいてくれ」




「はいっス」




「何かあれば、いつでも青年団の詰め所に来てくれ。ブルースチルを入れて歓迎するよ」




「あ、そうそう。ロランさん、アタシらは裏通りの方に家を持ったんで、また遊びに来てくださいっス」




「そうか、とうとう居住したのか。宿屋ばかりではお金がかかるから心配していたんだ。裏通りのどの辺だい?」




「ええとっスね……」




ボール女とロランさんの会話が弾む。

ロランさんは紙にペンで何か書いているみたい。

私は何か話した方がいいんだろうけど、話す話題が見つからない。

そもそも、この人のことをよく知らない。

メイを助けたものの、脱獄したシェリルのによって怪我を負って負傷した。

でも、メイと理沙は実力でシェリルを倒し、その懸賞金で治療させたとか。

今は復帰して青年団に入ったのは聞いた。

あと、パートナーにミオという子もいるけど、こっちはもっとわからない。

ボール女は社交性がよく、話の中にユーモアも交えながら楽しそうに話している。

そういうのが苦手な私には羨ましい光景とも言える。




「……よし、メモしておいたぞ。では、名残惜しいがこれで失礼する。ポールシェンカさん、話の腰を折ってすまなかった。今度そちらの家に遊びに行かせてもらうよ。そのときに罰金も持ってこよう」




「お待ちしてるっス」




「うむ。では、また」




そう言って駆け出して行ったロランさん。

短い金髪が風になびく。

ほんと、男装の麗人って言葉が合うわ、あの人。




「おー、ここだ、ここだ。悪い、悪い。遅れたな」




と、ドカドカと足音が聞こえてきた。

若い男一人と女性三人の集団だ。

雑談がピタリと止み、一瞬緊張の糸が張る。

若いと言えば聞こえはいいが、ぶっちゃけ、チャラい男だ。

服装は軽い胸当てとアーマーグリーブを身につけている。

けれど、武器は職人が鍛えた最高級の剣を持っている。

取り巻きの女たちは皆、魔法使いや僧侶で半裸に近い服装をしていた。

全部、チャラ男の趣味だ。




「なんなんすか、アンタらは……」




「なんだ、このランド様を知らないのか?モグリな奴もいるもんだな。つか、ミカじゃねえか。元気そうだな、オイ」




それは親しい友人が久しぶりに再会した友への挨拶ではなかった。

顔見知りの人間をナンパして口説くような口ぶりだった。





「ミカの知り合いで?」




「……まあね」




認めたくはないが、顔見知りなのは違いない。

気を良くしたのか、ランドは自慢げに「ああ」と頷く。

何を自慢したいのやら。




「その通り、俺はランド様だ。ミカには何かと世話したんだぜ?

なんせ流れ者だからな。生きていくのも、仕事するのも普通じゃ無理だ。

この世界じゃ身分が大事だからな。俺が親父に口利きして、なんとか生きていけるようにしてやったのさ。だけどよ」




「……っ」




ランドは私の顎を手で無理やり自分の顔に近づけさせる。

直視したくない顔がそこにある。

それが不愉快だった。

けど、世話になったのは間違いない。

だから否定することができない。




「この俺を差し置いて自分だけが正メンバーになるなんてなぁ……おかしいと思わないか?俺は仕事を数多くこなしてきた。特訓もしてる。当然、ミカより年数は上だ。なのに、お前はメイつー女の仲間になっただけで準から正に大出世。不公平だねぇ、実に不公平だねぇ。俺の親父はギルドに結構な額寄付してんぞ?なのに、なんで俺を差し置いてお前が正メンバーなんだ?なあ、そうだろ、みんな?おかしいよな?」




女共が口々に「イエー!」「そうだそうだー」と口を揃える。

けれど、それ以外の青年団やギルドの人は何も言わない。

賛同の声もないが、抗議をする声も無い。

皆、素知らぬフリで無視を決めている。

それは不良に絡まれない為に目を逸らして無視するのと似ていた。

この街でランドは知らない者はいない。

それぐらいに彼は悪名高い。

彼の父親は大貴族であり、世界各国の貴重な宝を持つ大富豪。

ご先祖様は四英雄に旅の資金を出したスポンサーとしても有名だ。

ランドはそれを背景にこの街では好き勝手に暮らしている。

だが、誰も彼を怒ることもできず、抗議することもできない。

一度たまりかねて激怒した老人がいたが、次の日にはいなくなった。

噂では他所の街の気狂い病院に無理やり入れられたらしい。

その噂が広まってから、人々はますます彼に何も言えなくなった。




「おい、ミカちゃんよう。ギルド辞めろとは言わねぇ。正メンバーの地位、俺に譲れや。今までしてきた恩を返せよ。マスターに直訴するんだ。私は正メンバーにふさわしくないから、ランドさんを推薦しますって。そうなりゃ俺は正メンバーに大出世だ。なあ、そうしろよ?」




「……っ」




言った所で認められるわけがない。

正メンバーは責任ある役職だ。

こんなちゃらんぽらんの奴に務まるはずがない。

年数だけ無駄に長くても正直、意味はない。

特訓だって大したことはしていないし。

いつも自分ができる簡単な仕事しかやらない奴だ。

奴のそういう所はギルドメンバーなら誰もが知っている。

そもそも準メンバーになれたのも父親の力添えがあったからこそだ。

普通ならギルドメンバーになることも不可能だ。

私はそう言い返したかったけど、でも何も言えずにいた。

奴は顔を私に近づけ、尚も迫る。




「言えよ。マスターに直訴しろ。ランド様の方がふさわしいと。安心しな、また俺の所で雇ってやる。金なら幾らでもあるから………ぶべごお!!」




ランドは吹っ飛び、壁に激突した。

正確には殴り飛ばされたのだ。

ボール女の一撃によって。




「鍛えてる割にはヤワっスね。ほとんど力入れなかったっスよ?」




「な、なにしやがる!!お、俺の親父は貴族で大富豪なんだぞ!!

お、俺を怒らせたら、どうなるかわかってるのか!!」




早口で捲し立てるランド。

女たちも抗議の声を上げるがボール女は無視。

耳をほじって聞き流している。

おまけに欠伸までしているわ。




「あーはいはい、ごめんなさーい。頬に蚊が止まってたっス~」




まったく謝る気ないだろ。

あと、力を入れていないというのは嘘だ。

ランドの歯が何本か折れているし、鼻血も出している。

ご自慢の金歯がボロボロで台無しだ。

恐らく、相当力を込めて殴ったのだろう。

なんで、そんなことを……。




「お前とおチビちゃんがどういう関係なのかアタシは知りませんし、興味ないっス。アンタのお父さんとか、どうでもいいっス……が、仲間を侮辱することは許さないっス」




仲間……。

ボール女は確かにそう言った。

ちゃんと私の事を仲間だと認めてくれている。

それがとても嬉しかった。

予想外な嬉しさにどぎまぎしてしまう。




「こ、この野郎……。上等だ。ぶっ殺してやる!」




「フン、どっからでもかかってこいっス!!」




ランドもボール女も獲物を取り出し、辺りは一触即発の事態となる。

触れたら爆発する爆弾のように皆、恐れおののいている。




「じょ、嬢ちゃん。そ、その辺でさぁ……。ら、ランドさんも熱くなりすぎっすよ」




と、口を挟んできたのは若い青年団のメンバーだ。

あいつ、確かランドの腰巾着だったわね。




「仲間を侮辱されて黙ってる事なんてできないっス。おチビちゃんとはまだ友達にはなれてませんが、彼女はメイの友達です。悪く言う奴は神様だろうが許さないっス」




口調は穏やかだが、殺気の篭った目の彼女に腰巾着は引き下がるしかなかった。

ランドも剣を鞘に収める雰囲気はなく、怒りは頂点へと達している。

一触即発の雰囲気は変わらない。

辺りは静まり返り、昼だと言うのにそこだけ時間が止まったかのようだ。

今なら針の音も聞こえそうなくらい静かだった。

睨み合いが続き、目で殺せそうな視線が交差する。

怒りと憎しみが二人の心を支配する。

が……。




「二人共、そこまでです!!今は仕事前です。両者、矛を収めなさい。

無許可で私闘をすることはギルド規定違反です。両者に罰金と独房入りを命じますよ!」




ポールシェンカさんが厳しい声で怒鳴った。

その言葉に二人は渋々従うことにした。

だが、睨み合いだけは続いている。

咳払いをし、威嚇をしつつ、話し始めるポールシェンカさん。




「では、皆さん手元のカウンタークロックの右側にスイッチがあります。カウントダウンしますので、0と言ったら押してください。5、4、3、2、1、0!」




ボタンを押し、時計が進み出す。

皆が一斉に目的地へと向かった。

ランドと私達は同じ場所だが、奴は勝手に女たちと行ってしまった。

どうやら魔法使いに頼んで箒で一緒に行ったらしい。

まあ、別にいいんだけど。




「ほら、とっとと行くっスよ」




「う、うん……」




本当はお礼を言いたかったけど。

少し気恥ずかしいのとタイミング的に言い出せないまま、駆け出した。

だから心の中でお礼を言い、頭のなかでお礼をするイメージをしておく。

タイミングが合うまで辛抱だ。

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