第45話「オーク討伐へ出発!後編」


アルダカ山・東側。

山と言われているが、さほど高くはない。

子供でも頂上へと着くことができるレベルだ。

それでも登山靴を履いて準備はOKだ。

問題は服なのだが、重ね着すると戦闘中は動きにくい。

とはいえ、山は街と比べるとなかなか寒い。

どうしたものかと考えているとボール女が「ん」と何かを出す。




「何よ、それ」




「トレッキングジャケットっス。薄手ですけど、暖かくなる素材や魔法を使用しているんで、山歩きにはもってこいっス。青色がアタシで赤がおチビちゃんので」




「ありがと。用意がいいのね」




「梨音さんのお店であったのを覚えてて、それを買ったんスよ。うん、暖かくていい感じっス」




ボール女の言うとおり、なかなか温かい。

冬に近づいている今の季節では重宝しそうだ。

着込んだ私達はそれから黙々と獣道を進む。

少々しんどいが、街中を歩くよりもストレスはかからない。

辺りでは奮闘する戦士たちの声が幾つか聞こえている。

もう戦闘は始まっているのだろう、気を引き締めないと。

20分ほど進んだくらいだろうか。

所々で焼け焦げた匂いがしたり、木々が幾つも焦げて根本から折れていた。

オークの死体も数多く放置され、蝿がたかっている。

どうやらランド達がオークを倒しまくっているようだ。

本人たちの姿を見つけ、こっそり覗いてみる。

わかっていた事だが、ランドが攻撃しているわけじゃない。

正確には金魚の糞である女魔法使い達が爆発魔法などでオークを倒している。

ランド自身は指示だけして後は何もしていない。

奴はご機嫌のようで馬鹿笑いをしていた。




「ははははは!!もう200匹だぜ、こりゃ余裕だな!!」




女達と共に笑いが止まらないというランド。

悔しいが、完全に先を越されてしまった。

しかし、こうなるとせっかく登ってきた苦労が……。

一匹も倒せないまま仕事終わりは嫌だなぁ。

200匹か嘘ではないこともカウンタークロックが証明するだろう。




「これだけ倒されると私達の出番はないわね」




「いんや、そうでもないみたいっス」




「え?」




途端に辺りから殺気が漂う。

私もボール女も警戒心を最大限にまで高める。

けど、馬鹿笑い御一行様はまだ気づいていない。




「う!!」




そう思ったのも束の間、金魚の糞の女が胸を槍で貫かれた。

槍が自動的に刺すわけはない、オークだ。

連中は数を束ねて辺りを包囲していた。

笑うことに夢中だった彼女たちはそれに気が付かなかった。

女はそのまま絶命し、遺体は山に捨てられた。




「う、嘘だろ……オイ?」




何が起きたかわからないランド一行。

女たちも固まっていたが、やがて死体を直視して状況を把握した。

或いは馬鹿笑いから我に返ったというべきだろうか。




「きゃああああああああああああ!!!」




「いやあああああああああああああああああああ!!!」




「お、おい!待て待て!!俺を置いていくな―!!」




残りの女たちが我先にと一目散に逃げる。

ランドなど無視して自分たち優先で脱兎の如く駆け出す。

すぐさまランドは泣きながら追いかける。

それはもう必死になって追いかける。

ここで彼女達に見捨てられたら終わりだからだ。

だが、時既に遅し。




「グオガアアアアアアアアアアア!!!!」




オークは味方意識が他の種族よりも強い。

仲間を殺され、怒りに燃えるオークは女たちを取り囲む。

一人は刀で首を斬られ、もう一人はハンマーでか頭をち割られた。

奴らご自慢の武器はその精度も攻撃力も高いことが証明される。

そして、あっという間にランドだけが残ってしまった。

奴は尻もちをついて動けずにいる。




「30……45……50はいるっス。これは稼ぎがいがありそうっスね」




「左は任せるわ。こっちは私がやる」




「了解っス、チビちゃん」




「死なないでよ、ボール女」




私たちは互いに反対方向へ駆け出した。

私はまず逃げるフリをして駆け出し、追いかけてきたオークを見渡す。

オークは臭いに敏感で1キロ先でも相手の事を察知できるらしい。

逃げたとしても追いつかれるし、隠れてもすぐに見つかる。

勿論、逃げたわけでも隠れる訳でもない。

追手の私から一番近い距離の相手に鉛玉を叩き込む。





「グギャアアアアアアアアア!!!!」




頭を撃ち抜かれたオークは絶命し、果てる。

同じように近い敵から順に撃ち続けていく。

的がデカイオークは狙いやすく、命中しやすい。

また、彼らは銃が何なのかを知らないのだ。

仲間の突然死に驚き、動揺している。

すかさず連射し、頭を撃ち抜いていく。

断末魔の悲鳴が辺りに木霊し、オークたちは血塊となっていく。




「ふう……ボール女はどうかしらね?」




もう追手はいなし、隠れている気配もない。

血の臭いが鼻について鬱陶しいが仕方ない。

特に心配はしていないが様子を見に行く。




「せりゃああああああああああ!!!!」




案の定、斧で殺しまくっているボール女がいた。

顔を腹を、首という首を狙って切り裂きまくるボール女。

その表情は見る者が恐怖するほど、真剣な怒りと憎悪に塗れていた。

オークたちは少なからず、彼女の表情に引いているようだ。

しかし、オークたちも黙ってやられているわけではない。




「コロス、コロス!!」




多少、言葉を覚えているらしいオークはそう呟きながら、ボール女に迫る。

前衛が石槍で後方のオークが弓矢で援護攻撃をする態勢を取る。

彼女は槍をかわし、その槍をなんと脇に締めて固定させ、後ろにいるオークに突き刺した。




「グガアアアアアアア!!!」




断末魔の叫びも背中に浴びる返り血もボール女は気にしない。

脇で槍をへし折り、呆然としていたオークを斧で真っ二つに斬り裂く。

弓矢が放たれても慌てずに槍の刺さった死体を盾にして防いだ。

そのまま盾を持ったまま駆け出し、慌てるオークたちを次々と肉塊にしていく。

オークの体重は成人男性の3倍はあると言われている。

彼女は私と似たような歳だし、腕だって細いのが見て取れる。

ど、どうやって持ち上げているのだろうか?

皆目、見当もつかない。




「そらそらそらっ――――!!」




暴れまくるボール女に数で勝るオークたちは徐々に劣勢になっていた。

仲間が次々と斧で斬られ、肉の塊になっていく。

槍も弓も死体で防がれ、攻撃手段がない。

そもそもボール女が俊敏で目にも留まらぬ速さだ。

確実に首を斬り裂くその様にオーク達は恐怖した。

やがて何匹か逃げ出し、オーク達の士気は格段に下がった。

そのまま殺しまくるボール女はまさに「オークキラー」だと言えるだろう。

辺りは奴らの絶叫が木霊した。

それからしばらくして、辺りは静寂を取り戻した。

ボール女は槍ごと死体を放り捨て、地面へとへたり込む。




「だ、大丈夫?」




「な、なんとか大丈夫っス。あ、水もらっていいっスか?」




「う、うん……」




私はポーチから水筒を取り出し、それをあげた。

ボール女はそれを一気に飲み干した。




「ふう……ああ、生き返る。やっぱ水はいいっスね」




「あんた、アレどうやって……」




「まあ、ちょっとしたコツがあるっス」




「ははは!!流石だな、よくこの俺を助けてくれた!!」




と、場違いな声が響く。

それは足腰がまだ震えているランドだ。

ズボンが若干濡れた後があり、どうも失禁したらしい。

顔だけが唯一笑顔だが、正直キモくて見たくもない。

ウザったいぐらいにムカつく笑顔だった。

「世界一ウザムカつく笑顔選手権」があれば間違いなく優勝だ。




「こんだけ殺しておけばオーク達もビビって出てこねぇだろ。お前ら、護衛しろよ。勿論、金は払うぞ。俺の護衛は死んじまったからなぁ」




「お断りっス。帰るんなら一人で帰ればいいっス」




「そう言うなって。仲間だろ?」




「あ?どの口が言うっスかね?何もしてない癖に……。指示だけして自分は何もしないような奴、仲間なんて言えないっス。ちゃんちゃらおかしいっスね。お前を仲間だと思ったことは一度も、一秒、一瞬足りとも無いっス!!」




「んだとコラァ!人が下手に出てりゃいい気になりやがって……!!」




と、二人は口論しヒートアップ。

これでは街でやった喧嘩の続きだ。

ランドはともかく、ボール女は戦闘の後なのによく喧嘩できるわねぇ。

半ば、その体力に関心する。

だが、そう思ったのも束の間。

僅かに何かの気配を感じた。

それはボール女も同じで私達はその場から跳躍する。




「あ、んだ?何逃げて……げ!!」




気配を察知できなかったランドだけが取り残される。

奴が気配に気づいた時、それは眼前に立っていた。

低く唸り声を上げ、獲物を威嚇している。




「べ、ベートじゃない!!な、なんでこんなのが……」




ベートは体高80センチ以上、赤毛で縞のあるたてがみをを持っている。

頭部と腹は白く、身体は全体的に赤毛だ。

尾は馬の尾にそっくりで、足には人の指ほどの長さの六本の爪がある。

一見するとただの野犬のようだが、ハイエナ、人狼とも言われている。

狡猾で頭も良く、食欲には忠実で非常に獰猛な性格。

普段は滅多に遭遇しない。

だが、被害報告は各地で存在し、家畜はおろか、人までも襲う。

ある街では387人が犠牲になったという……。

ギルドでも莫大な懸賞金を出している手配モンスターだ。

だが、討伐した者は誰一人いない。




「GRRRRRRR……」




「な、なんだよ、ワン公!こ、こっち来んな!!」




手でしっしっと追い払らうランドだが、ベートには何の意味もない。

ランドは慌ててポケットを弄り、何かを取り出した。




「こ、これならどうだ!!」




涼しい音色が鳴る。

それは魔除けの鈴と呼ばれているものだ。

モンスターが嫌がる音を出すため、旅に必要な道具の一つ。

最もそれは弱いモンスターにしか効かないのだが。




「GURAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」




「ひ、ひひぃぃぃぃぃぃ!!!」




聖水も効かず、ビビったランドは一目散に逃げ出す。

無視するわけにはいかないので、私達も後を追う。

逃げるランドを素早い動きで追うベート。

ベートの方が何倍も早く、山道を慣れているように駆け出している。

そんなベートにランドはほとんど追いつかれていた。

おまけに彼の靴は街中で履くような、見た目だけが良い普通の靴だ。

山歩きには当然不向きだから、走るにしてもスピードは出ない。

そもそも体力がない。勿論、どんな靴でも素早く走れる訓練などしているはずもなく、あっという間に回り込まれてしまう。

しかし、鼻をクンクンさせるとすぐに興味を失った。




「この男ではないな……そうか、その臭い。お前が四英雄の武器を」




ベートはゆっくりこちらを振り向く。

その視線はボール女に注がれている。

勿論、ハルフィーナを持ち、最大限に警戒するボール女。




「犬っコロがアタシに何の用っスか?アタシは猫派っスけど」




「これ以上、首を突っ込むな」




「は……?」




ボール女はとっくにハルフィーナを構えているが、私も銃を構える。

ボール女と私、交互に見るベート。




「ゴア様はお怒りだ。特にセグンダディオを持つ少女にはな。無駄な足掻きは止めて老後の生き方でも考えていればよい。人はせいぜい80年程度しか生きられん。それを無駄にしたくはなかろう?」




「残念ながら女子高生なんでそんな事考えてないっス。みんなで美味しいご飯を食べて、楽しく遊ぶことしか考えてないっス」




「ゴア様に戦いを挑むなど愚かなこと。女は戦いなどせずに普通に暮せば良い。そういう人生でいいのではないか?」




「マルディス・ゴアを倒さない限り、未来は訪れないっス。アタシとメイの未来のためにも、ボーとしてる訳にはいかないっス!!」




「そうか、残念だ。では、そんな可哀想な考え方しかできないお前にプレゼントを贈ろう」




「ふざんけんなっス!アタシはメイとの未来が何よりも大切で……」




ボール女の言葉が終わる前にベートが地面を軽く叩いた。

すると、地面が突然揺れだした。




「じ、地震!?」




「くっ……」




「うわああああああああああ!!」





地震かと気づいた時には、私達の周りの地面が割れていた。

木々が、地面が、悲鳴を上げている。

あっという間に地面に亀裂が入り、木々すら巻き込んで崩れていく。

私も、ボール女も為す術もなく落ちていく。

私はランドに手を伸ばしたが、すんでのところで届かない。




「あああああああああああああああああああああああああああ!!!」




ランドは断末魔の叫びを上げる。

ベートはそれを面白がってか、くすくす笑っている。

奴だけ何故か空を飛んでいる。

翼のない犬っころが空を飛んでいるのは滑稽だ。

奴は私達を見下しながら鼻で笑っていた。




「そのまま死ぬと良い……」


















それから何十時間経ったのだろうか。

それともあまり時間は経っていないのだろうか。

目を開けると、暗い場所だった。

周りが寒く、頭や地面がゴツゴツして痛い。

まるで岩の上で寝ているような……。




「気がついたっスね」



声をかけてくれたのはボール女だ。

たゆんとした彼女の豊満な胸が私をイラッとさせる。

どうせ私は貧乳だ。

でも、そのムカつきのせいで頭の思考が戻った。

同時に知った声が耳に入り、私は内心ホッとした。




「ここは……?」




「崖下にあった洞窟っス」




「……私達、生きているの?」




「とりあえずは。……っ」




「だ、大丈夫?」




急に蹲るボール女。

右腕を抑え、痛みを堪えている。

暗くて出血しているかどうかはわからない。

だが、彼女がくぐもった声で呻いているのは間違いない。

まさか、折ったのか?




「折ってはいないっス。ただ、ヒビは入ってるかもしれないっス」




「まさか、落ちた時に?」




「必死でおチビちゃんの手を掴んだっス。そのまま何度か崖にぶつかったりもしたっス。ただ身体も痛いっスけど、腕が一番痛いっス……」




「か、回復魔法は?包帯とか道具は?」




「回復魔法はあくまで外傷のみ効果があるっス。流石に骨折には効かないし、効果を出すにしても莫大な時間と魔力がかかるっス。おまけに落下の途中で荷物を落としたんで、包帯とかもないですし。この洞窟に来るのが精一杯だったス」




私は荷物をすぐさま確認するが、包帯は入っていない。

大抵銃の替えのパーツが大半だ。

あとは傷テープや絆創膏が少しあるぐらいだ。

もっと準備しておくべきだったわね。




「ただ、幾つか食料はあるんで、まずは食べるっス!」




「それはいいけど、そんな腕じゃ食えないでしょ。食べさせてあげるから、それ出して」




「はいっス……」




彼女の指したポーチを私が取る。

その中から小さな黄色い箱が2つ見つかった。

箱は軽いが中に何か入ってるようだ。

表面には大きい文字で何かが書かれている。

裏面には細かい文字がびっしりと書かれている。

しかし、私にはどちらも読むことができない。

ナイトゼナでは見たことがない文字だ。




「これなに?」




「キャロリーメイトっス。私達の世界ではポピュラーな栄養補助食品でして。箱から中身を取り出して欲しいっス」




「へぇ……これがアンタ達の世界の食べ物なのね。とにかく開けるわ」




開けると銀紙に包まれた何かがあった。

それを開けると、太い棒のような物が4つ入っている。

見えにくいが茶色と黒色の2セットだ。




「ほら、口開けて」




「あ……その」




「どうしたのよ?さっさと口開けなさいよ」




「いや、割りと恥ずかしいっス……」




「そういう場合じゃないでしょ。ここから抜け出すためには体力が必要。お腹が減ってたら動けないでしょ。だから食べるの。ほら、口開けて」




「あ、あーん……」




そう言って無理やり一本、彼女の口に詰め込む。

もぐもぐ咀嚼してるのを見ながら私も一本食べる。

あら、結構美味しいのね。

さっぱりとした甘みがあるわ。

何かつぶつぶした感触があるけど、これは何かの果物かしら?

なんか、お腹にたまる感じがするわね。




「なかなかいけるわね。悪くない味だわ」




「栄養素が多いし、お腹も膨れやすいですから。しばらくは休憩っスね」




「……そうね。つか、喉乾くんだけど、これ」




「ですね。ポーチに水があるんでどうぞっス」




と、ポーチには水2本があった。

なんか白い容器に入ったお水のようだ。

片手に収まるサイズでそんなに重くない。

これもナイトゼナでは見られない文字が書かれている。

どちらも同じ種類でよく冷えている。

ボール女に一本渡し、とりあえず飲んでみる。




「んぐ、んぐ……。うん、美味しい。さっぱりしている。

これもあんた達の世界のお水ね」




「フランス産のボルピックっていう軟水っス」




「フランスってのは?」




「私達のいる日本とは違う外国っス。その国にある山から採れた水なんス。6つの火山層からなる山で、大量の雨雪をろ過してるっスけど、その水は無殺菌で飲むことが……」




「いいわよ、そういう薀蓄うんちくは。まあ、味が美味しいのはわかるし」




「うっ、もっと解説したいっスけど」




ボール女はまだ喋りたそうだったけど、ひとまず黙った。

私一人ならともかく、ボール女が一緒だ。

彼女の怪我をなんとかしたいが、今はここを出るべきだろう。

洞窟は一本道らしく、奥からは光が漏れている。

すぐに出口へと行きたいが、二人共オーク戦で消耗していた。

今は体力を休めて次に備えておきたい。




「ねえ、あのさ」




「ん、なんスか?」




「あの時、どうしてランドを殴ったの?セクハラ男もそうだけど、結果的に私を助けてくれてるよね。アンタ、私の事嫌いでしょ?なのに、どうして……」




私の中で不完全燃焼な思いを吐く。

無言でいるのは嫌だし、耐えられない。

かといってすぐ動けないなら疑問を氷解させるべきだ。

それがお互いにとって都合の良い時間の活かし方だろう。




「仲間だからっス。そして、メイの友達だからっス」




「意味がわからないわ。そりゃメイの友達だけど。でも、なんで私に優しくするの?

その腕だって……私を助けなければ傷つかずに済んだかもしれないのに」




そう、私を守らなければ腕は無事に済んだ。

彼女にとってメイは大切な友人であり、それ以上の関係を望んでいる。

女の子同士の恋愛事情とかそういうのはよくわからないけど、少なくとも彼女はメイを大切にしているし、メイもなんだかんで彼女が大好きなのは知っている。

時折、二人が仲良く話していると少し嫉妬してしまう事もある。

でも、メイは決して私を無視せずに話しかけてくれるし、気を遣ってくれる。

あの宿屋で二人で夜中に話した時の事を今でも思い出す。

思えば、あの時からメイは私に好意を寄せてくれた。

それは素直に嬉しいし、今後も仲良くしたいと思っている。

だが、そんな気持ちはボール女にとって全て邪魔なものだ。

だから嫌いというか邪魔なはずだ、私という存在は。

わかりやすくいえば、お邪魔虫だ。

友達の友達は友達なの?

そんな理由でここまでするとは思えないけど。




「セクハラ男は女の敵なんでぶっ飛ばしたっス。ランドは単純にムカついたんで。まあ、あんたの事はどちらと言えば苦手な方っスけど」




「だ、だったら、私がどういう目に遭っても無視すればいいじゃない。わ、私は四英雄の武器を持ってるわけでもないし、ノノみたいに契約で結ばれている訳でもない、ただの部外者なんだから」




そう、単なる部外者に過ぎないのだ。

メイと理沙は学校の同じクラスの友達。

メイとノノは契約で結ばれた主人と従者。

私は何の関係もない部外者にすぎない。

なのに、どうして?

どうして私に優しくしてくれるの?




「”苦手な事があっても諦めるな。好きになるまで続けろ。それを人に感じるならその人は大いに自分を成長させてくれる。そういう相手は大事にしろ。仲良くなれなくても自分の成長の糧になる。もし仲良くなれれば、その人は大きな財産となる”……って師匠は言ってたっス」




「師匠?」




「半年間、私を鍛えてくれた師匠っス。今はもういないっスけど、その言葉が今のアタシの支えになっているっス」




いないって……亡くなったのだろうか。

でも、その部分はちょっと聞き辛い。

思えば、私の過去の事はほとんど何も話していない。

にもかかわらず、メイもボール女も私に親切にしてくれる。




「苦手だからって放置してたんじゃ意味ないっス。それにこうして出会えたのは何か意味があるかもしれなません。つか、本当に嫌ならパーティメンバーになんか加えてないっス。あんたがどういう過去を辿ってきたのかは知りませんが……そんなのはどうでもいいっス。アタシは今のあなたを好きになりたいと思っている途中っス。ってゆーか!!」




「え、なになに!?」




急にぐぐっと距離を詰められた。

やば、相手の息まで肌で感じられるほど近い。

しかも超真剣な眼差しをしているじゃない。

や、やばいって。

ちょ、ちょっとドキドキしちゃう。




「もうおチビちゃんは卒業です、。これからは同じ宿敵ライバルとして一緒に頑張るっス」




初めて名前を呼ばれた。

なによ、なんでこんなに嬉しいのよ。

嘘偽りのない彼女の瞳が私の心を直視しているようで。

すごく恥ずかしいのと嬉しい気持ちがごっちゃになる。




「……わかったわ。あと……何度も助けてくれてありがにょ」




「……にょっ?」




「……あ」




か、噛んだ!

な、なんで大事な所で噛むのよ私!!

う、嬉しすぎて口がまわらなかった。

うう、絶対バカにされる。

つか、顔が赤面してるのバレそう。

こんな暗い洞窟でも絶対わかりそうよ。




「くくく……ヤバイ、お、お腹痛いっス」




「う、うっさいわね!噛んだだけよ。う、嬉しかったからつい……」




「はいはい。ま、これからもよろしくっス」




「もう……涙目でよく言うわよ。でも、こちらこそよろしくね」




拳と拳を合わせる私達。

心が通い合った瞬間だった。












洞窟の出口を抜け、開けた平野に出る。

そこかしこからオーク達の殺気を感じていた。

どうもその辺にうじゃうじゃといるようだ。




「理沙、かなりの数がいるみたいよ」




「そうっスね。利き腕じゃないっスけど、戦える事はできるっスよ」




「私が閃光弾で助けを呼ぶわ。あとはここで時間稼ぎをする」




まず、閃光弾を放っておく。

これを誰かが見て気づいてくれと願いながら。

空に光が音と共に弾ける。

敵がこちらの場所に気づいたけれど、別に構わない。

殺気がしている時点でどうせ逃げられないのだ。




「アンタは洞窟の中に逃げて。その怪我じゃ戦えないわ」




「いえ、ミカ一人に無理させる訳にはいかないっス。ハルフィーナ!」




”ええ、理沙。協力しましょう。闇の女王としての力、あなたに授けます”




理沙はハルフィーナを天にかざした。

すると、斧はみるみるうちに巨大になっていく。

私達の背丈をあっという間に超え、その何倍も何十倍も大きくなる。

天まで届けとばかりに巨大化する斧はまだ成長を続ける。

その巨大さにさすがのオーク達もビビっている。




「ちょ、重くないのそれ?そんなバカでかいの振り回せないでしょ?」




「羽のように軽いっス。でも魔力消耗が激しいから長時間は使えませんが。なので、援護を頼むっス」




「り、了解!」




「さあ、東京タワー級の巨大ビッグなハルフィーナを味あわせてやるっス!!」




理沙は左手に斧を持ち、駆け抜ける。

巨大な斧を手にすれば普通は移動速度が激減する。

つか、そもそも持てずに横転する。

そんな物理法則を無視して、巨大すぎる斧を手に駆け抜ける。

正直、目を何度も疑う。

ハッキリ言って非常にあり得ない光景だ。

理沙は駆け抜けながら、一振りする。

その場の10体前後が吹っ飛ばされた。

それだけでも凄いが、吹き飛ばされた連中は全員起き上がることができなかった。

何故なら、首を切断されていたからだ。




「これぞ斧台風ハルフィーナタイフーン!!いちいち斧を命中させるのは骨っスからね。どんどん頭をぶっ飛ばしてやるっスよ――――!!」




そんなわけで台風を起こしまくる理沙。

不思議と私にはその風による影響がない。

距離的にはさほど離れていないのだけれど。

何かしらの加護がかかっているのだろうか。




「シネ、シネ、シネェェェェェェェェェェェェ!!!」




理沙が吹き飛ばしている間、その中の4体がまとめて襲い掛かってきた。

どうやら理沙よりも私を襲うとい魂胆らしい。

オークにしては頭の良い作戦だ。

通常、弾は一発ずつしか撃てない。

よって、複数体を接近戦で倒すのは難しい。

2匹殺せても、残りの2匹が私を殺しに来るだろう。

けれど、慌ててはいけない。

こういう時の為に便利なものがある。

私はすぐに弾を付け替え、銃を撃つ。

けれど、その銃は弾を発射するものではない。




「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」



「ウグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」




オーク達が燃え上がり、断末魔の叫びを上げていく。

これは火炎放射器フレイムスワロー機能だ。

純粋な酸素とある魔法を組み合わせた複数対応時の必殺銃。

1700℃の熱に流石のオーク達も耐えきれず、のたうち回る。

その中の一匹が我武者羅にこちらを殴ろうとするが、蝿のように遅い。

すぐにかわし、脳天に風穴を開けて止めを刺す。

やがて絶命し、人形のように動かなくなった。




「ヴヴヴ……」




火葬された仲間達に驚きと衝撃を持ったオーク達はじりじりと距離を離す。

恐らく、本能でわかるのだろう。

こいつに向かっていけば、次に火葬されるのは自分だと。

誰だって命は惜しい。それは人間もモンスターも変わらない。

頭のいいオークたちは脱兎のごとく逃げ出していった。




「逃さないっス!!」



一陣の暴風が舞う。

吹き飛ばされたオークたちは崖や地面に頭を強打して死んでいく。

やがて、辺りは死臭だけが立ち込める場所となった。

さながら、オークの墓場とでも言えるだろう。




「ふうっ~~~~~~~、これで全員っスね」




「それはどうかな?」




理沙の言葉にツッコミを入れる一匹。

言うまでもなく、ベートだ。

奴は周りの死体を一瞥したが、特に興味はない様子だ。

すぐに視線をこちらに向ける。




「流石はハルフィーナ。武器となった今でもその力は衰えていないようだな」




「お前、ハルフィーナを知ってるっスか?」




「ふっ……そんなことはどうでもいい事だ。オーク達を150匹放ってもこの程度か…。ふむ、よいデータが取れたよ。それには感謝せねばな」




そこまで言うとベートはすっと背中を見せた。

そのまま去っていこうとする。




「アンタ、どこ行く気?このまま逃げるつもりなの?」




「逃げるだと?」




銃口を奴に向ける。

だが、ベートはこちらを振り向かない。

足だけ止めて言葉を考えているみたいだが。




「……お前たちを倒せという命令は受けていない。我が受けた命令はお前たちがどれほど強いのかを調べろということだ。命令以上の行動をするつもりはない」




「そうやって言い訳して逃げるって事ね」




「威勢のいいお嬢ちゃんだな。だが、お前たちは体力が消耗している。おまけにハルフィーナを持つ者ももう戦えぬだろう。そんな状態で戦っても我が勝つことは火を見るより明らかだ。わかりきった勝負をすることはない」




確かに体力が消耗しているのは確かだ。

正直、立っているのもやっとだ。

それは理沙も同じだろう。

おまけに彼女は利き腕を骨を折っている。

戦っても勝てるかどうかはわからない。

十中八九、こちらが負けるだろう。




「心配せずとも、君たちとはいずれ戦う事になる。それまでに腕を磨いておくがいい……楽しみにしているよ」




そう言ってベートは去っていった。

なんか、不気味な感じ。

奴はきっとまた私達の前に立ち塞がるだろう。

でも、何にせよ今日の戦闘はここまでだ。

そろそろ21時になろうとしてるし。




「危ない、ミカ!!」




「え?」




気を抜いた瞬間、オークが飛びかかってきた。

ヤバイ、まだいたのか?

私は逃げようとするも足がもう動けない。

とっさに目を瞑るが……。




「はあ!!」




痛みはいつまで経っても現れない。

それもそのはず、オークは身体を真っ二つにされていた。

自然に真っ二つになるはずがない。

助けてくれたのはロランさんだ。

他にも青年団メンバーが大勢いる。

彼らが残敵を始末してくれた。




「大丈夫かい、ミカくん、理沙くん!?」




「ロランさん!!」




「二人共、よく頑張ってくれた。理沙くんは怪我をしているようだね。すぐに応急処置をしよう。街についたら専門機関で治療させるからね」




理沙の肩を担ぎ、歩くロランさん。

私もその隣を横に並んで歩く。

腕を折っている理沙に肩を貸すのはロランさんだけでいい。

本当は私がやりたかったんだけど、我慢しよう。

悲しいけど、身長が低くて筋力の低い私じゃできないしね。




「二人共、ありがとうっス」





その後、私たちは助け出され無事にシンシナティへたどり着くことができた。

理沙も病院で治療を受け、3日ほどで治るという。

私は大した怪我ではなかったので、簡単な治療で済んだ。

その後、何日か山狩りをしたが、ランドだけは行方不明。

遺体や遺留品もなく、崖下に埋もれたか、無事に逃げたか……。

まあ、別にどうでも良いことだけど。

討伐した報酬とセクハラ男の罰金で凄まじい金額を手に入れる事ができた。

これでオーク達も当分は街へと来ることはないだろう。

生き残りは山を捨て、どこか遠い土地へ移動するだろうとの事だ。

さて、メイはどうしているだろうか。

彼女の旅が無事に済むよう、私は祈りを捧げた。

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