第12話「再会の祝杯」
ボルドーさんの自宅は街から少し離れた郊外にあった。
2階建てのお家で屋根は赤色、ペンキは塗りたてなのか、ピカピカ。
木造建築だがしっかりと建っており、存在感がある。
私と理沙は歓迎を受け、奥さんが手料理を振舞ってくれた。
テーブルの上に次々に料理が運ばれていく。
「さ、食べな。グリオの丸焼きなんて滅多に食べられんぞ」
「おっ! いいッスね~」
「理沙、何なのそれ?」
「クマみたいなもんス。凶暴で倒すのは難しいんッス……ボルドーさん強いんスね」
「俺なんかまだまださ。さあ、どんどん食え」
「ふふふ。さ、遠慮なくどうぞ」
「いただきます!」
「いただきます!」
私達はガツガツと食べ始めた。
丸焼きとは言うが、きちんと皮を剥いで肉の部分を取り出してある。
ローストチキンのお肉よりも大きめで少々獣臭い。でも、食べてみると肉が柔らかくて、とても美味しい。美味しくていくらでも食べられるわ、というか、お肉なんて久しぶり。朝ごはん以降は何も食べてないので助かった。戦いに集中してたからお腹ペコペコだし。
「メシが終わったら風呂に入るといい。難しい話は明日にしよう」
「お気遣い感謝ッス。でも、ここまでしてもらうと何か悪いッス」
「うん、確かに」
「何言ってる、お前たちはあの悪名高いシェリルを倒した英雄だ。歓迎しなきゃバチが当たるってもんよ。ただ、他の連中は街の復興で忙しいからな。町人総出で怪我人の救護やら何やら……だからこその俺だ」
「どういうことですか?」
「ああ、俺はこの街の副市長なんだ。つまり、英雄のお嬢さん達を労うのが役目なのさ。おかわりもあるからたくさん食べてくれよ」
「ありがたいッス。ここ最近、野宿でモンスター肉ばかりだったんで、こうした手作りの料理ってのは嬉しいッス!」
ガツガツ食べる理沙とは反対に私は少し回想する。
シェリルは城の人間たちを一人残らず殺したと逃げてきた兵士さんは言ってた。恐らくその言葉は嘘ではなく、城は死体で溢れているだろう。今頃、遺体を運んだり、身元の紹介や遺族を探したりとしているのだろう。
食事中にいい話題とは思えないので誰もその事を言わない。だが、一つ聞きたい事が私にはあった。
「あの、ロランとミオは……」
「ああ、お前さんの連れだな。二人共、かなりの重症でな。すぐに病院に運ばれたよ。といっても、ナイトゼナの病院はどこもいっぱいだ。今回の事件で怪我人が大勢運ばれたからな。だから、二人はこことは違う大陸の病院に行く事になったそうだ。移動の間、回復魔導師も付いてるから心配はない」
「そうですか……お見舞いは」
「今はやめておけ、意識が回復していない。それに」
「それに?」
「シェリルはどうも厄介な魔法を使ったらしい」
「厄介な魔法?」
ボルドーさんはそこで少し苦虫を噛み潰した顔をした。
「詳しいことはわからないが、どうも呪詛的な物らしい。東洋に伝わる物に似ているそうだ。傷を受けた相手を呪うらしい」
呪う?それ、私達も悪くなるんじゃ……。
と口に出そうとしたが。
”安心しろ、我とハルフィーナには呪いなど効かぬ”
セグンダディオの声が頭に響く。
彼の声は私と理沙にしか聞こえない。
というか、セグンダディオとハルフィーナは夫婦だそうで。
その力強い言葉に少し安堵する。
「あの、呪いって具体的にはどういう?」
「わからん。呪いの継体は様々でな。相手をただ苦しめる物もあれば、一言唱えるだけで殺すことができる物もある。他にも、身体の自由を奪う、相手の知能を極端に下げるなど様々だ。解除方法も呪いによって違うから、呪術鑑定士に調べもらおうと思う。ただ、儀式やら時間やら道具やら手間がかかる。そもそも呪術鑑定士も大陸にいるのは数人で金額も馬鹿にならん……どうすべきか」
「これで足りますか?」
私はすぐにお金を出した。
シェリルを倒した時、みんなで山分けしたお金だ。
財布には入らないので金貨袋に入れている。
結構な額だけど、多少減ってもまだ余裕はある。
それなら彼女たちに使ってもらった方がいい。
「うわ、ものスゴイ大金ッス。メイ、いつの間にお金持ちになったッスか?」
「以前、シェリルを捕まえたのは私とロラン達なの。これはその賞金の一部」
「え、一部? それだけ使ってまだ残るッスか?」
理沙は呆れたというか、ため息をついてなんとも言えない表情をしている。脱走したとはいえ、私達はシェリルとミリィを倒すことができた。
その事がようやく現実味となったなと思う。金額を提示し、ボルノーさんは少し思案したが。
「……充分だ。しかし、いいのか?」
「構わないです。私に出来ることはこれぐらいしかありません。あの二人は私にとって命の恩人ですから」
ロランとミオがいなければ私は男達の玩具にされ、殺されていた。今でもその事を思い出すと背筋がぞっとする。二人の命が助かるなら、どんな金額でも惜しくはない。
「わかった。このお金は鑑定と治療の両方に使わせてもらうよ」
ボルドーさんはお金の入った袋を受け取った。その瞳は真っ直ぐで真剣な瞳をして私を見つめている。それは先程までの瞳とは違い、真っ直ぐな眼差しだ。すぐにお金を出せた私に感心しているのだろうか。少しは私のことを信じてくれたのかもしれない。まだ彼の事をよく知らないが、信頼できると思う。
「よろしくお願いします」
私は席を立ち、深々とお辞儀した。
後は無事を祈ることしかできない。
再び笑って再会できる日が来ることを切に願う。
食事が済み、私と理沙はお風呂に入ることになった。二人一緒に入った方が効率がいいし、私達は何度もお泊りし合っている仲良しさんだ。久しぶりに頭を洗い、顔を洗い、身体を洗う。死んだ皮膚が再生する感じがする。本当、生きててよかったと思う瞬間だ。
ナイトゼナのお風呂は私たちの世界のお風呂に似ている。違うのは、お湯を沸かすのも、シャワーも全て魔法仕様。この魔法がちょっと特殊で設置にはお金がかかるみたい。その為、お風呂はまだ一般家庭には普及していないらしい。
庶民は公衆浴場……つまり、銭湯で汗を流しているようだ。私はシャンプーをシャワーで洗い流しながら、髪を蘇生させていく。髪が嬉しいよ、嬉しいよと微笑んでいるような気がする。理沙は湯船に浸かりながら「極楽、極楽」と癒されているようだ。身体が少し赤くなってきていて、まるでゆでダコだ。思わず笑が溢れてしまう。
「ねえ、理沙」
「なんスか?」
「悪いんだけどさ、後で下着貸して欲しいんだ。服は奥さんが貸してくれたけど、下着まで借りるのはちょっとね。サイズとか」
「OKっス。メイ用の下着とブラはいつも用意してるっス。あ、変な意味じゃなくてウチにいつお泊りに来てもいいようにっス」
「ん、ありがと。あとさ、生理用品とかもあるかな?」
「ん~……実はナイトゼナにそういう物はないんッス。残念ながら」
「え、そなの? じゃあどうすればいいの? まさか垂れ流し?」
「いやいやいや、ちゃんとそういうのに効く魔法があるッス。あとでかけてあげますから」
「了解。後でお願いね」
私は再び髪を洗うのに没頭する。すると後ろから私を誰かが抱きしめた。
言うまでもなく理沙だ。音がシャワーでかき消されて聞こえなかった。
ちょっとびっくり。
「メイにまた会えて嬉しいッス。もう二度と会えないと思ってたッス。でもまさか、この異世界で会えるなんて……本当に嬉しいッス」
私の背中をぎゅっと抱きしめる理沙。暖かい熱が私の背中越しに伝わる。
柔らかい彼女の肌の感覚が伝わる。心臓がトクン、トクンと鳴っている。
でも、それは私だけじゃない。彼女の鼓動も鳴っている。私達は息遣いができるほどの近い距離にいる。
「私もだよ、理沙。まさか理沙とこの世界で会えるなんて思ってなかった。ねえ、理沙はどうしてナイトゼナに?」
「それは寝る前に説明するッス。でも、その前に……」
セリフをぶつ切りする理沙。でも、何も言わなくてもわかった。私達は互いに向き合い、キスをかわした。熱く、とろけるような口づけ。熱くて、嬉しくて、優しくて、心臓がキツくて。色々な思いや気持ちがごちゃまぜになる。それでも私達は暫くの間、そうしていた。
熱く火照った身体がますます熱くなった……。
私と理沙は2階の空き部屋に案内され、そこで寝ることになった。
奥さんによると、元々お客さん用の部屋らしい。掃除はきちんとこなされており、床には埃一つ無い。奥さんの掃除が優秀だという事を証明していた。ベッドは二つあるけど、私も理沙も一緒に寝ることを望んだ。ちょっと狭いけど、私達はいつも一緒に寝ることが多かった。お泊りの時とかもそうだったし。
「さて、アタシの話ッスけど……合格発表があった日、アタシはすんごい浮かれてたんッス。ようやく合格したなって。で、どっかでゴハン食べたいなって思って。すぐにメイに電話しようとしたんス。でも、メイは併願だし、アタシは専願なんで、ちょっとだけ日程が早いッス。そんな状況で合格だの何だの言うと流石にプレッシャーになるだろうし……なので、誘うに誘えなかったッス」
高校受験の時、複数の学校の試験を受けることを
「どうしようか悩んでいて、トボトボ歩いていたらメイと最初に言ったラーメン屋に自然と足が向いてたッス。”麺屋 禁じられた愛”に」
「うわ、随分歩いたんだね。理沙が受けた「真田第一商業」からでも20分ぐらいはあるんじゃない?」
「うーん、あの時は時間の感覚がなかったッス。家に帰っても部屋で悶々とするだけだし、せっかくだからお腹いっぱい食べようと思ったッス。悩むと頭を使う分、お腹が減るんッス。なので、マスターさんに頼んで大盛りを注文して、希望と不安、ごちゃ混ぜの気持ちを全部ラーメンの汁と一緒に飲み干したッス」
「ふふ、あそこ本当に美味しいよね。商店街とか都会に出店したら大儲けすると思うのに、どうしてあんな路地裏の辺鄙な場所にあるんだろう?」
「さあ、わかんないッス。マスターさん、自分の気に入った客にしかラーメン出さないし、接客も大嫌いッス。あ、でも、最近女子高生の常連の人ができたとか言ってたッス。ファンは少しずつ増えているのかもしれないッス」
「あう……なんか、またお腹減ってきそう」
「夜中に食べると太るッス」
「理沙がラーメンの話をするからでしょ、もう……。で、それからどうしたの?」
「帰り際にある神社に寄ったんス。ウチの近所にある
「何で斧が? ってゆーか、もしかして……その斧って」
「お察しの通り、その斧はハルフィーナの事ッス。なんとなく手にした瞬間……いきなり契約者だの何だの言われて。気づいたらナイトゼナにいたッス。それから半年間は谷を駆け、山を登り、野を下りで……なかなかパワフルッス。基本野宿で過ごしたっスけど、エロい山賊とかにも襲われて大変だったッス。返り討ちにしたんスけどね」
「大変だったんだね」
「メイの場合はどうだったんッス?」
「ええとね、私は高校に行くために準備してたの。家を出る途中でお姉ちゃんからハサミをもらってね。それで商店街を抜けて、地下鉄に乗るために駅に入ったら、いつのまにかナイトゼナに来てたわ。そしてハサミはセグンダディオになって私を守ってくれた。でも、シェリルとミリィには騙されて酷い目に遭ったけどね……」
「……なるほど」
一瞬、怖い顔をした理沙。ど、どうしたんだろうか? 尋ねようとしたが、私の視線に気づいて理沙はわざと欠伸をする。
「ふあああ……メイ、そろそろ寝るッス。今日は戦闘もあって疲れたッス」
「う、うん……私もだよ。おやすみ、理沙」
「おやすみなさいッス……」
訊きたい気持ちもあるが、今は眠気の方が強かった。
なので、質問は別にいいやと心の内に封じた。
きっと心配してくれたんだと思う。
「あ、理沙、その……いいかな?」
「はいッス」
私が差し出した手を優しく握る理沙。手を繋ぐのは本当に久しぶりだ。
以前は放課後、毎日手を繋いでいたのに。なんだかそれがもう大昔の事のように思えてくる。ただただ嬉しくて、優しい気持ちで心が満たされていく。そのまま、ゆっくりと目を瞑った。
今日は久しぶりにいい夢が見られそうだ。
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