第13話「探検、探検!」


次の日。

午前の鐘の音で目が覚めた。

ナイトゼナでは日中、1時間毎に魔法で鐘が鳴るらしい。寝る前に理沙が話していたのを薄っすらと思い出す。カーテンから木漏れ日が漏れ、鳥が朝を祝福している。お日様の匂いにまだ眠っていたいと目を瞑る。けれど、誰かが私を優しく揺さぶる。




「メイ、起きるッスー」




「うーん、あと5分……」




「ベタな返しはいいから、早く起きるッス」




まだベッドに入っていたいけど、揺さぶり攻撃は止む気配がない。こんな状態では寝たくても寝ることができない。仕方なく起きることにした。




「ふぁぁぁぁ……おはよ、理沙」




「おはッス。あ、これ服と下着ッス」




「ありがと」




眠たい目をこすりつつ、ブラとパンツを受け取る。

どちらも新品同然で使ってはいないみたい。丈夫でしっかりしており、いい感じの素材を使っているみたい。手触りがとても優しくて、それが手に伝わってくる。私は寝る時はいつもパンツだけでブラはつけていない。形が崩れるかもしれないけど、そもそもそんなに無いから気にしても……いや、やめよう。



それに付けたままだと寝にくいからなぁ。ってゆーか、理沙はもう着替え終えてるみたいね。私もブラをつけて、パンツを履こうとしたのだけれど……。




「……」




なんか突き刺さる視線が。

もちろん、この部屋には私と理沙しかいない。




「……理沙。なんでそんなガン見してるの?」




「あ、い、いや、べ、別にッス……」




私にジト目で睨まれた理沙は視線を外した。

でも、チラチラと私の方を見ている。

主に下半身を。




「あっち向いてて! いいって言うまでこっち向かないでよね」




「……はいッス」




理沙はしょんぼりと後ろを向き、ため息をついた。まったくもう、スケベなんだから。そういえば、服は昨日の戦闘でボロボロになったわね。どうしようか……つーか、新しい高校の制服なのに。




「服は奥さんが用意してくれたッス。標準的な皮の服ッスね」




理沙は私に背を向けつつ喋る。ん、今の所こっちには向いてないわね。

パンツを履きつつ、彼女の背中に訊いてみる。




「ねえ、下着屋さんってこの世界にもあるの?」




「あるッス。ただ、ここの王様は変態なんで裏通りの方にあって、しかも民家の2階なんで街の人以外はわかんないッス」




「どういうこと?」




「実は、ここの王様は女性物の下着をコレクションするのが趣味ッス。他にも王様のおじいちゃん、つまり、先々代の王さまは娼婦を城に連れ込んだりとか、エロな噂が絶えない人で……今の王様も幼少からそういう環境で育ったんで、それはそれはエロい王様になったッス」




「うわ、そんな王様だったんだ」




「噂じゃ、娼婦に払うお金も税金だったとかで、国民は本当に怒ってるッス。それを鎮めるのとお金を稼ぎたいが為に、城にある本や私物を全て売り払ったとか。でも、エロ本は大好きで、それだけはこぞって集めていたという噂もあるッス」




「……マジで?」




「はい、マジッス。それはともかく、これからどうし……」




「こっち見ないで! まだ着替え中だから!」




「ご、ごめんなさいッス……」




理沙は再びくるりと背中を向けた。

まったくもう、本当に本当にスケベなんだから!

そういえば体育やプールの着替えとかでもチラチラ見ていたわね。

何か……こういうのは女の子同士でも恥ずかしい。

私はため息をつきつつ、無言で着替えていく。









着替えを終え、下に向かう。

包丁のリズミカルで丁寧な音が聞こえてくる。

居間では奥さんが台所で食事の準備をしている。

ボルドーさんはコーヒー(?)を飲みながら新聞を読んでいた。




「おはようございます」




「おう、おはようさん。良く眠れたかい?」




「ばっちりッス」




「それはよかった。もうすぐメシができる、座って待っててくれ」




「すいません、朝食までご馳走になってしまって……」




私がそう言うと、ボルドーさんは新聞を隅に起き、首を横に振った。




「ははは、遠慮なんぞしなくていいさ。それよりこれからどうするんだ。いや、そもそも、どうして君たちのような年端もいかない女の子が旅を? ギルドにでも所属しているという訳でもなさそうだが」




「あ、ええと、その……」




話していいものかどうか迷ったが、理沙に目を合わせると頷いてくれた。

うん、ボルドーさんなら話していいと思う。驚かれるかも知れないけど、こうなったら話してしまおう。ここまでしてもらっている以上、事情を話さない訳にもいかないし。もしかたしたら何か力になってくれるかもしれない。




「実は、私達は異世界の人間なんです。元の世界に戻る為に情報を集めたいんです」




「異世界だと?」




「詳しく話しますね」




驚くボルドーさんに私たちは経緯を説明した。できる限り、丁寧に経緯を話していく。理沙が的確にフォローしてくれたお陰で上手く説明出来たと思う。ボルドーさんは思案顔だが、私たちの言葉を真剣に聞いてくれた。

説明の間、居間はとても静かで、奥さんの料理をする音だけが聞こえていた。




「……なるほどな。そうか、異世界か」




「はいッス。そこで情報を得るためにナイトゼナ城の図書室を調べたいッス」




「図書室だと?いや、しかし、あそこは……」




「まあ、十中八九、エロ本でしょう。それでも何か手がかりがあるかもしれないッス。旅をするにしても目的は必要ッス。今は少しでも多くの情報を集めたいと思うッス。それらからふるい分けッスね」




理沙の言葉に私は強く頷く。

確かにそれがいいかもしれない。

今の所、特に情報という情報はないし……。




「調べるのは構わないが、望み薄だと思うぞ。君達の言うとおり、あってもその手の本しかないだろう。俺もぜひ一度見てみたいが……」




「あ・な・た・?」




ドスの効いた声と睨みが私とボルドーさんを貫く。ゲフンゲフンと咳払いをし、慌ててお茶を飲んで気分を無理やり落ち着かせたようだ。




「え、えと、ボルドーさんは異世界に関して知りませんか?」




「い、いや、わからないな。恐らく、国民の間に伝わるのは四英雄の話くらいだろう」




とすると、異世界の話なんておとぎ話だ。

まともに信じている人は恐らくほとんどいないだろう。

私達がいた世界ですら、異世界なんてライトノベル小説やアニメを連想する単語。本気でそんなことを訊いたら ”こいつ、頭大丈夫か?” と思われるだろう。これで街の人に尋ねるという選択肢は消えた。




「誰かそういう事に詳しい学者さんとか、研究者さんの方に知り合いはいませんか?」




「ううむ、そういう知り合いはいないな」




「そうですか……」




「すまんな、力になれなくて」




ボルドーさんはその場で深く頭を下げた。

でも、私は首を横に振る。




「いえ、そんな。気にしないでください」




「俺も力になってやりたいんだがな……ああ、そうだ、城の図書室には鍵がかかっている。これを渡しておこう」




ボルドーさんは懐から鍵を取り出した。

それは3つの鍵が束になっており、それぞれ番号が「1」「2」「3」と書かれている。




「理沙、この数字って!」




「ええ、アタシ達の世界と同じッス。何故かはわからないッスけど」




何故、日本と同じ数字を用いているのだろうか。

これは単なる偶然なのかな?

それとも……。




「図書室の場所だが、城の別館の地下一階だ。まず場内に入り、二階に行く。その二階から左にまっすぐ進むと渡り廊下がある。その先に別館があるから、1番目の鍵で開ける。中に入り、地下に進んで2番目の鍵を開ける。そこは牢屋になっていて、その先の扉で三番目の鍵を使うといい」




「え、ええと……」




「メモ完了ッス」




理沙は手持ちの手帳にさらさらとペンで書き込み終えていた。

速筆らしく、とても慣れているようだ。




「すごいね、理沙」




「情報収集は命ッス。色々メモして知識を入れたッス。まあ、こういうのは美味しい店を探すのと同じなんで、それの応用ッスね」




「さ、みんな食事ができましたよ。まずはご飯を食べましょう。思ったより時間がかかったけど、なかなか美味しくできたわよ。さ、めしあがれ」




「いただきます!」




私たちは有り難く食事をいただくことにした。

でも、奥さんが気合を入れすぎたのか朝食というよりはバイキングに近い。お皿には溢れんばかりの野菜やら肉やらがどっさりと敷き詰められている。でも、どれも美味しくてほっぺが落ちそうなぐらい。箸が止まらなくて仕方ない!



理沙なんか無言でガツガツ食って、おかわりもしてるし。私も負けじとバクバク食べていく。奥さんの料理はロランと食べた喫茶店のメニューより遥かに美味しい。とにかく夢中でたくさん食べまくった。そして、食べ終わる頃にはお腹が重くて仕方なかった。








お城には街から正面を進んだ先にある。

場内では人が慌ただしく出入りしたり、何やら話たり、作業をしている。

見張りの人は特にいない為、私たちが城に入っても誰も何も言われなかった。中には遺体の顔を白いカバーで隠し、担架で運ぶ人の姿も見える。

けど、大量殺人があった場所とは思えないほど、カーペットも汚れておらず、辺りには乱れた跡がなかった。一見すると本当に皆殺しがあったのか疑わしくなる。




「まず、二階ッス」




「うん」




メモの通り、螺旋階段で二階へ。渡り廊下を進み、別館へと来る。

この付近には人は誰もいないらしく、静かだった。




「1番目の鍵を使うッス」




扉はすんなりと開いた。中は木造で少しだけかび臭い。

あんまり使ってなかったのかな。




「この別館って何なの?」




「聞いた話だと王様のプライベートルームらしいッス。ここには兵士はおろか、メイドも入れなかったそうで。なので掃除も何もされてないせいか、ちょっと汚いッス」




取り敢えず進むと、地下に行く階段が見つかる。コツコツと靴の音が辺りに反響する。壁にランプがくべられており、辺は明るい。けど、やはり地下なのか少し肌寒い。




「メイ、こうしてるっス」




と、理沙は私と手を繋ぎ、身体をくっつけてきた。彼女の声はエコーがかかったみたいに響く。でも、その声には安心感があって……ちょっとだけ暖かくなる。身体も心も温まるなぁ。




「理沙、ありがとう」




「いえいえ。あ、扉が見えたッス。ここで二番の鍵を使うッス」




扉を開けると、そこから先は牢屋になっていた。その辺りにはランプの火がなく、もちろん窓もない。そのせいで太陽の光も届かないようだ。




「ちょっと暗くて見えないね」




「ライト・トーチ!」




理沙がそう叫ぶと、彼女の手に光の球体が現れた。それは周りを明るく照らし、闇を晴らしていく。私たちの周りだけだが、それでも先が見えるようになる。




「すごい! なにそれ、魔法?」




「簡単な初歩魔法ッス。魔力がある人間なら魔道書を読めばできるッス」




「魔道書って?」




魔法道具屋マジックショップで売ってる呪術書ッス。簡単な魔法ならすぐに覚えられるッス。けど、高位の魔法は神官になるか、修行を積まないと会得できませんが」




「そうなんだ~。今度一緒に行こう、案内してね」




「はいッス」




手を繋ぎつつ、更に奥を目指す。牢屋はどこも扉が閉まり、中には人骨がいくつか見える。粗末な主人福を着た人骨があちらこちらにある。座ったままの者、横になっている者、壁にもたれている者……。まだここの死体は回収されていないらしい。私は恐ろしくて目を瞑り、理沙の後ろに隠れる。




「ね、ねえ、これって……」




「王様はエロの他にも拷問が趣味だという噂ッス。ここに移動された罪人達も多分……」




「ひどい……」




「金持ちの趣味はよくわからないッス」




「俺もだよ、ベイベー達」




そこにギターの音色と誰かの声が聞こえた。私たちは背後に光の球体を向ける。すると、そこには帽子を被り、服を着て、靴を履いている骸骨がいた。




「ひえええ! ししししし、死神!?」




「おっと怖がらないでくれ、ベイベー。俺のピュアでカインドなハートがブレイク寸前だ。大丈夫、何もしやしないさ」




骸骨はギターを弾きながら詩人のように謳う。声は人間そのものだが、声のしている方向は骸骨からだ。ちなみにギターはクラシックらしく、優しげなメロディだ。ある意味、それがとても場に似合わず不快に思えるのだけれど。




「誰ッスか、アンタ。こんな所で何してるんスか」



後ろに隠れる私を守るように立つ理沙はとてもカッコいい。

死神を睨みつける目力はとても細く、強い。




「おチビちゃんの言うとおり、俺は死神だ。ここの魂達を導きに来たのさ。まあ、死神って言っても、フリーランスだけどな」




「ふ、フリーランサー?グ〇ーランサー?」




「メイ、それじゃゲームっス。特定の企業や団体、組織に所属しないでフリーで働く人って事ッス」




「まあ、そういう事だ」




「で、そのフリーの死神がギターを弾いて何してるッス?」




ちっちっちっと自称・死神は指を横に振る。

もちろん、指も白骨化している。




「俺はただ亡くなった魂に鎮魂歌を提供しただけさ。ここにいる連中は重罪人もいるが、大半は小さい罪で捕まった連中だ。国王は拷問好きだったと聞く。おまけに魔法実験や生体実験にも使用されたらしい。王様は戦好きだからな、新しい魔法を作ろうとさぞ研究熱心だったんだろう。で、そういう不条理な死を迎えた魂はこの世に執着が強い。「何で俺(私)が死ななきゃならないんだ!」という負の感情が強いのさ。だから、俺の鎮魂歌で少しでも癒しと安らぎを与えてやる。そういうサービスだ」




「……邪魔して悪かったッスね。行きましょう、メイ」




「う、うん」




「待て待て。どうして俺がお前たちの前に姿を現したと思う? お前たち、日常生活で死神なんて見たことないだろう? それもそのはず、普段は人間の目に見えないよう隠れているからな。それじゃ今、何で見えるのか? 理由は簡単、お前たちに用事があるからさ」




死神は立ち上がり、こちらに向く。

瞳がないけど、私たちを見ている……らしい。

でも視線は何も感じない。




「天国への片道切符はお断りッス。まだ食べていない食材が山ほどあるッス。メイと一緒に食べ尽くすまで死ぬ訳にはいかないッス」




「理沙……」




じーんと感動する私に死神がちっちっちと指を横に振る。




「慌てなさんな。よく誤解されるが、俺たちは別に魂を刈り取るわけじゃない。迷える魂をあの世へと送る水先案内人、それが死神だ。世間では死神は俺たちは命を刈り取るイメージがあるようだが、生者の魂を脅かすことは死神にとって最大のタブーだ。よく覚えておいてくれ」




死神はどこかやれやれとどこか苦労した声で話す。

過去に誤解されたことがあるのだろう。

顔があれば疲れた表情をしていたかもしれない。




「死神が女子高生に用事なんて、何かのラノベみたいッス。で、その用件は?」




理沙は慎重な態度を崩さない。死神はその骸骨からは表情を伺い知ることができない。怒っているのか、笑っているのかもわからない。第一、男言葉だけど本当に男なのか、それとも女なのか。その部分も私たちにはわからなかった。




「シンシナシティに「マリア・ファング」ってギルドがある。そこのマスターにこの手紙を届けて欲しい」




「なんでアンタが直接いかないッスか?」




「俺が光ある下に出てみろ。みんな、そこのオチビちゃんと同じ反応をすると思うぜ」




確かに街中に死神が現れればパニックになるだろう。その理屈は理解できる。っていうか、オチビちゃんってヒドイ。そりゃ身長小さいけどさ……もう高校生になる女の子をチビって。




「で、その手紙を届けるメリットは? パシリならお断りッス」




「理沙、ちょっと言い過ぎじゃない?」




「いいえ、対価のない労働は割に合わないッス。シンシナシティはここから東に進んで船を使わないと行けないッス。けど、安請け合いする義理はないッス」




「警戒心の強いお嬢ちゃんだな、手紙くらい荷物にならんだろう。それに今すぐ渡せという訳じゃない。近くに寄ったら届けてくれればいいだけの話だ。ついでだよ、ついで」




死神はまるでトランプのカードを投げるかの如く、手紙を投げた。

理沙はそれを反射的にキャッチしたものの、苦虫を噛み潰した顔をする。




「じゃ、頼んだぜ。マスターはサエコって名前だ。ああ、そうそう、一つ忠告だ」




「よく喋る死神ッスね……」




理沙の嫌味を無視し、死神は続けた。




「このまま旅を続けると、お前たちは世界を包む狂気と向き合うことになるぞ。セグンダディオ、ハルフィーナがお前たちの手にあることが何よりの証明だ。これから先、お前らは喧嘩をすることもあるだろうし、納得できない理不尽な事も起きるだろう。それでも旅をする気か? もし、それが嫌ならこの世界に骨を埋める覚悟をするといい」




「ご忠告どうも。でも、私はメイを悲しませたりはしないッス。たとえ、ケンカしたとしても絶対仲直りして、なにがあっても諦めずに立ち向かって前に進んで、絶対に元の世界に帰るッス!」




「そうかい。まあ、若者は反骨精神があったほうがいいだろう。手紙はよろしく頼んだぜ。お前さん達の旅路を祈っているよ」




死神はそう言うと、菊の花を取り出した。花びらが宙に舞い踊り、死神を包む。すると死神の姿が徐々に消え、やがて完全に消えてしまった。

まるで初めから死神などいなかったかのように。

だが、手紙だけは手元に残ったままだった。

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